第783話◆海の香り

「貴方達、臭いわ」


「洗ってない海藻のにおいがしますわ」


「洗ってない魚のにおいかもしれませんよぉ」


 女の子に臭いって言われるのはさすがにつらい。


「お前達、洗ってない亀のにおいがするぞ」


「亀というか夏の海岸で放置された海藻のにおいですね」


「キ……」


「モ……」


 確かに俺達の有様も酷いが、ラトが酷い。

 カメ君は亀だから亀のにおいはするかもしれないけれど、綺麗な海で泳いでいるから洗っていない亀のにおいはしないと思う。

 俺達は……亀じゃなくて、謎の軟体生物やワカメなどの磯の香りはするかもしれない。

 あまりに海水や海藻や謎の海洋性軟体生物をぶつけ合いすぎて、浄化しても何だかまだ海のにおいが残っている気がするし、髪の毛も装備もまだベタベタしている気がする。

 そしてジュストのそれも遠回しな臭いという意味だし、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんは虚無な表情で口を半開きにしている。


 リリーさんのお宅で家庭教師の仕事を終え帰宅したら、出迎えてくれた留守番組がこの反応である。

 ちくしょう! これは今日の仕事をがんばりすぎてこうなったんだよ!!


 あの山賊さん達が帰った後、授業をアベルに邪魔されたことが切っ掛けで、俺とアベルとカリュオンでちょっとした乱闘に。

 気付けばカメ君が合流していて更に白熱、最終的にリリーさんのパンパンという手を叩く音とめちゃくちゃ迫力のある笑顔によって収束した。

 そして俺達はびしょ濡れで、頭や装備に海藻や軟体生物を貼り付けた状態。


 アベルとカリュオンはさっさと浄化魔法で自分達だけ綺麗になったのだが、魔法の使えない俺は浄化してもらうの待ち。

 カメ君は元から海の亀だから、海の香りがするのは気にならない。

 いつもなら汚れているとすぐ浄化してくれるアベルだか、今日は海藻をぶつけまくったせいか適当にしか浄化してくれなかった。

 よって、俺が一番磯臭い。

 アベルやカリュオンも何となくまだ磯臭い気がするが俺ほどではない。

 ちくしょう、海藻の塊を四、五回ぶつけただけで心の狭い奴だぜ。



「ケーーーーッ!!」

「俺様いつも綺麗な海で泳いでいるから洗っている亀のにおいカメ~。そもそも亀のにおいが磯くさ……冷たっ! もう今日は海水は見たくないから水鉄砲は禁止!」

 あーあ、アベルがまた性懲りもなくカメ君を煽るから水鉄砲を撃たれているよ。

「ちょっとはしゃぎすぎたから今日は装備の手入れが面倒くさいな、だがその前にシャワーを浴びてスッキリしたいぜ。浄化魔法だけだとなんかまだスッキリしないんだよなぁ」

「俺も俺も~、アベルが適当にしか浄化魔法をかけてくれなかったら、シャワーを浴びたい~」

「散々俺に海藻をぶつけたグランなんか生臭いくらいでちょうどいいよ。それより俺もシャワーを浴びたい」

 そう、そんなことよりシャワーだシャワー。温かい湯と石鹸の香りでサッパリしたい。


 だがうちの風呂は一人用。シャワーも風呂にある一つだけ。

 俺とアベルとカリュオンの視線が激しくぶつかった。

 仁義なき風呂の順番決定戦の始まりであった。


 ――と、玄関先で壮絶な風呂争奪戦が始まろうとしたのだが、呆れた三姉妹にものすごく強烈な浄化魔法をかけられて身も心も装備もスッキリした。

 おかげで風呂はアベルとカリュオンに先を譲って俺は夕飯の準備。

 今日からはジュストも手伝いに参加してくれた。

 キッチンには俺の他に三姉妹とカメ君とジュストがいて、家の中だけではなくキッチンまで賑やかだ。


 一人でここにきた時は随分広く感じた屋敷、アベルが居着いてすぐにラトと三姉妹も住み着いて、ジュストを一時的に預かったり、カメ君とカリュオンが転がり込んだり、そして一度うちを出たジュストが夏休みに帰って来たり、急に謎のチビッコ生物が増えたり。

 一人の時はどうやってこの大きな屋敷の部屋を使おうか悩んでいたけれど、いつの間にか狭く感じるようになってきた。

 俺だけだと動き回るのに困らなかったキッチンも、この人数だと少し作業しづらくも感じる。

 それが賑やかで楽しい。


 そろそろ増築かな――部屋もキッチンも風呂もトイレも。


 家の増築なんて金のかかることのはずなのに、何故か頬が緩むのを感じた。









「屋敷の増築か……まぁ、この辺りは今は住む者がいなくなっただけで元は人間の領域ではあるし、森に害がなければ屋敷の辺りまで人が来るのは何ら問題はない」


「ええ、境界の湖辺りまでは普段から立ち入る人間もいますわよ」


「むしろお家を広くしてくれる人間なら大歓迎よ」


「お風呂とトイレもですけど、キッチンも広くして欲しいですぅ」


「先立つものが貯まってからだけどな。さすがに家を増改築するのは金がかかるから、何かパパーッと儲かる話はないかなぁ」


「グランの場合、収納に溜め込んでる素材を売ればそれなりの大きさで新築の屋敷が、二軒は買えそうだと思うんだけど? 最近チビカメにたくさん海の素材を貰ってるでしょ? ていうか食材ダンジョンから持って帰ってきたもの、高い素材は売らずに全部収納に眠らせてるでしょ? 俺は知ってるよ、そうやっていつも溜め込んで結局使わずにずっと収納の奥で眠らせてるんでしょ? その使ってない稀少素材を売ったら屋敷二軒どころじゃ済まない金額になりそうだけど?」


「貯めてる素材は売らない! いつか使う! きっと使う! もしかしたらもっと値上がりするかもしれない! すごく値上がりしたら売る! だから、別で稼ぐ方法を考える!!」


 今日の夕食時の話題はこの屋敷の増築の話。

 金が貯まったら増築したいところなのだが、ここに人間の業者が来ても大丈夫かなと念のためラトと三姉妹に確認。

 器用貧乏のギフトを上手く使えば何とかなるかもしれないが建築の知識はあまりないので、修繕程度ならともかく新しく建物を広げるとなるとやはりプロに頼みたい。

 ま、その前に金の問題もあるのだが。

 でも貯めている素材は売らない! 超高値で売れるとかじゃないと売らない!


「そうやって、溜め込んだものの存在いつも忘れてるでしょ。収納の性能が良すぎるのも考えものだね。でもここの増築は賛成だよ、風呂も広くしてトイレも増やそうよ。あ、トイレは二階にも設置しようよ。俺もここに住んでるしちゃんとお金を出すからね」

「増築かぁ、世話になってるし俺も協力するかぁ。でも金がかかりそうだからパパッと儲かりそうなダンジョンに行って稼ぐのもありだなぁ。できればグランが素材として溜め込まず、即換金できるものが手に入るところか。王都のBランクダンジョンの最下層まで行くのもいいかもなぁ」

「あそこか……あそこはさすがに気軽に行ける場所じゃないかなぁ。場所的にも戦力的にも」


 アベルもカリュオンもうちの増改築に乗り気である。

 しかしまぁ金のかかることなので、その問題が出てくる。

 アベルとカリュオンが少し出してくれると申し出てくれるのはありがたいのだが、ここは俺の家なのでできるだけ俺の懐から出したいというのもある。

 でも貯めている素材は売りたくないので、やはりカリュオンの言う通り儲かりそうなダンジョンに行くのがいい。

 できれば、未練なく売れる高価なものが手に入る場所がいい。

 いくら高価でも手に入りにくい素材だと手放したくなくなって、売ることができず現金が増えないんだよおおおおおお!!

 そんな感じで、高級素材はあるのだが現金はそれほど貯まらないのが俺である。


 カリュオンが提案した王都近くのBランクダンジョン。そこの最下層は溶岩が川のように流れる火山洞窟エリアである。

 もちろんその溶岩に落っこちると、普通の人間では命はない。しかもBランクダンジョンの最下層だけあってAランクレベルの魔物が闊歩しており、最終フロアのボスことダンジョンのボスもSランクでもプラスが付きそうな勢いのやべー強いレッドドラゴンである。

 レッドドラゴン――そう、レッサーの付かないやべー方のレッドドラゴンである。

 奇襲状態だったとはいえ、食材ダンジョンで大騒ぎしながら倒したレッサーレッドドラゴンより更に強いのである。


 もちろんその素材は超高級品で手に入れば儲けががっぽりなのだが、レッドドラゴンの巣には多くの貴金属や貴重な魔道具が溜め込まれている。

 ただしめちゃくちゃ強い。

 こいつに触らなくていい場所に帰還用の装置が設置されているので、最下層までいっても無理に触る必要はない。

 むしろ、普通は触らない。

 身の丈をわきまえず欲に目が眩んでこいつに手を出して、消し炭になったり溶岩の海に沈められたりした冒険者の数は知れず。

 ドリーパーティーですら、こいつに挑むのはベストメンバーで尚且つコンディションのいい時だけだ。

 そして最悪の場合すぐに撤退できるように、アベルが後方に控えて帰還装置にいつでも転移できる準備をしている。

 幸いこちらから手を出さなければ襲ってはこず、洞窟の中なので飛び回らないのと、撤退して奴の巣から離れると追ってこないのが救いである。

 それはただねぐらの奥にある宝を守っているよう。


 レッドドラゴンの素材は売らずに残しておきたいな。だったら奴が貯めている財宝か。

 そこまで考えて、ふと先日のシュペルノーヴァのオルゴールを思い出した。


 仮初めの命だが、金銀財宝に囲まれその巣から動かず、手を出さなければ交戦することもない巨大なレッドドラゴン。

 奴の守る宝も、もしかするとシュペルノーヴァの宝のように彼にとっては大切な想いが詰まったものなのかもしれない。

 食材ダンジョンで出会ったガーゴイルのメイドちゃんのように、仮初めではなかった者をダンジョンが作り出したものかもしれない。


 ダメだな……気にしたら何もできなくなる。戦えなくなる。

 そうあれは仮初めの命。ダンジョンが作り出した魔力が具現化しただけの存在。

 その命も宝も。


 首を横に振ってレッドドラゴンのことを考えるのをやめる。

 でもやっぱ今はレッドドラゴンと戦う気にはなれないな。

 シュペルノーヴァの装備があれば勝てそうな気がしないでもないが、何だかあまり気分が乗らないや。


 しかし最深部まで行かなくてもあのダンジョンの二十一階層以降で手に入るものは、強力な装備や珍しい魔道具もあって非常にいい金になる。

 ついでに稀少な素材もあるしな。


「行くかぁ、王都のダンジョン」

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