第782話◆閑話:やがて乱闘に至る覗き見

 何やってんだ、あいつら。


 赤毛と目が合った気がして思わず海に潜ってしまったのだが、よくよくかんがえたら何故偉大な俺様が赤毛と目が合っただけで逃げるように海に潜らなければならないのだ。

 思い出したら何だか悔しくなってきた。

 そもそも、あいつら海の近くで何かやってなかったか? 今日はフォーなんとかって町で家庭教師の仕事だとか言ってなかったか?

 そういえば昨日もフォーなんとかの町に行くと言っていたが、何故かおっさん島にいたな。


 ちょうど赤毛達がいる辺りがフォーなんとかって町の郊外だな。家庭教師の仕事と聞いた記憶があるのだが、何やってんだ?

 勉強というのは建物の中でやるものではないのか?

 偉大な俺も最近は、小さき者に混ざって遊ぶため冒険者ギルドの講習というやつに参加して小さき者の生活についてや冒険者について、周辺地域について学んでいるが、それは全てギルドの建物内で行われる。


 ふむ、建物の外でやる勉強もあるのか?

 というか赤毛が教師というのも不安しかないな。生徒に非常識なことを教えるのではないか心配になってきたぞ。

 銀髪と変エルフも一緒だが、あいつらも赤毛とたいして変わらない非常識で、三人で非常識をたらい回しにしているからな。


 …………不安になってきたな。


 先日マグネティモスの縄張りを大火事にした奴らのことだ、海辺で何か非常識なことを始めそうだ。

 マグネティモスがトロくさくてドンくさくてニブちんな奴じゃなかったらどうするつもりだったんだ。

 まぁあれは、あんな装備をあの非常識三人組に渡したおっさんが悪いのだが。

 ふむ……俺の縄張りで非常識な大惨事を起こされても困るからしばらく見張っておくか。


 今度は赤毛に見つからないように、海の底から竜の眼を使って覗いてやろう。

 おっと、そんなとこにシーサーペントがいたのか。竜の眼に集中すると周囲への注意が疎かになるからな、海の底に移動しながら竜の眼を使っていたら、うっかりぶつかってひき殺してしまったわ。

 惨殺死体になってしまったので、素材好きの赤毛は喜ばなさそうだから、そのまま海の底に沈み朽ち果てるがよい。

 俺から見れば小さな存在だがシーサーペントにしては大きな奴だったな。

 海に棲む巨大生物が死に海の底に沈むと、その死体周辺に小さな生物達が住み着き始め生態系を形成する。

 魔力を多く持ったものなら、朽ち果てる過程でその魔力が周囲の魔力と混ざり合いながら結晶化して水属性の魔石となる。

 この水属性魔石が海を魔力に満ちた豊かな海にし、時にはメイルシュトロックの核になることもある。

 海に生まれ海に生きる者は、死した後はまた海に還るのだ。


 おっと、うっかりひき殺してしまったシーサーペントを気にかけている場合ではない。俺には赤毛達を覗き見するという重大な使命があるのだ。

 これは赤毛のことを気に入っているからではなく、赤毛達が俺の縄張りで非常識なことをしないか見守るだけだ。


 ふむ……あの金髪の少女に何かを教えているようだな。

 ほぅ、薬草採取の指導か?

 なるほど、実際に実物を見ながら触りながら教えているのか。確かに薬草の採取は慣れぬ者には見分けるのが難しそうだな。

 俺様もおっさん島で珍獣やリザードマンの子供達と一緒に薬草を採取することがあるぞ。

 何でもお見通しの竜の眼を使ってしまうと面白くないので、竜の眼を使わず奴らに付き合ってやっているのだが中々難しくて面白い。

 並の鑑定スキルでは使用者の知識が足りていなければ詳細まで鑑定できない。赤毛がやたら薬草を含む素材関係に詳しく、それらを詳細で正確に鑑定しているのは、赤毛自身がもとから素材について非常に多くの知識を持ち、それらに関わるスキルを使い込んでいるからだろう。

 非常識で変な奴だが、そういう面はすごい奴だと思う。非常識で変な奴だが。


 そして稀にすごくいいことも言う。非常識だが、無意識に相手のやる気をくすぐることを言う。

 竜の眼は目で見る能力であるが、もちろん周囲の音も聞こえてくる。

 ほら、そうやって相手のやる気を後押しする。非常識だけれど他者に物事を教えるのは上手いやつである。

 ――欲望の暴走がなければな。


 赤毛はこっそり回収しているつもりだろうが、俺の竜の眼は誤魔化せないぞ!

 少女の横でしゃがみ込んで薬草採取を教えながら、一緒になって薬草を毟ってはシュンシュンと収納スキルの中に引き込んでいるのをしっかり見ているぞ!

 なんならよくわからない落ち葉や木の実まで回収しているぞ? 海沿いの掃除人かな!?


 しかしあの少女、どこかで見たことあるような、ないような……まぁよい、偉大な古代竜は小さき者を見分けるのが苦手なのだ。そして古代竜は器も大きいので、小さき者の見分けが付かない程度のことは気にしないのだ。

 何ごとも気に入ったものだけ覚えておけばいいのだ。

 つまり、無駄に記憶力がよくて会った奴や細かい出来事をなんでもかんでも覚えているラグナロックは器が小さい。少し煽るとすぐに俺のことを蹴飛ばしていたし、マジで器の小さいキンピカだよな。


 そんなキンピカを体の中に飼っているあの銀髪もキンピカに似て器が小さい。

 ほら、赤毛が変な草を回収していることに気付いて文句を言い始めたぞ。そういうところが器が小さいというのだ。

 草ぐらいなら大目に見てやれ、草ぐらいなら。大量の海水や土や岩を持って帰るよりいいだろう。

 って、今変なキノコを回収したのが見えたぞ! 銀髪は文句を言うのに夢中で気付いていないが、赤毛が後ろ手に何か水色のキノコを回収したぞ!

 赤毛の鑑定は目で見るのではなく触ればわかる系のようだから、銀髪から見えない角度の後ろ手で変なキノコを次々と毟って収納に突っ込んでいるぞ!!

 無駄に器用な奴だな! というか器用さの無駄遣いだな!!


 海際に生える水色のキノコと言えば――サイクロンマッシュルームだあああああああ!!


 サイクロンマッシュルームは海から来る嵐の多い地域に生えるキノコだ。

 海の上で発生し大きく発達した嵐の魔力に影響され育つそのキノコは、その名の通り水と風の属性を持った嵐を呼ぶキノコである。

 嵐といっても、手のひらサイズくらいのキノコなら、ちょっとした衝撃で小さなつむじ風と水飛沫が起こるくらいだ。

 大きくなればその規模は増し、巨大なものになると竜巻を伴った嵐を発生させる。

 幸い、自然環境ではそのサイズまで成長をすることはまずないので安心ではあるが、ダンジョンに行けばそういうデカイサイクロンマッシュルームが生えているかもしれない。

 しかし小さいものでも大量に同時起爆すると、つむじ風が大量発生して大変なことになるからな!

 そこの赤毛! たくさん収納に詰め込んでいるが、それを無計画にばら撒くなんてことは絶対にするなよ! 絶対だぞ!!



 表面上は何ごともなく授業が進行しているようだが、やはり俺が見張っていないと不安がある赤毛である。

 薬草の採取は一段落したようだが、奴らが海沿いにいる限り見張っておかなければ何を始めるか不安で仕方ない。

 それで次は海岸でシージュエル集めか……ただ石ころを拾うだけだというのに何故こんな胸騒ぎがするのだろうか。


 何故か妙な胸騒ぎがして、赤毛達が砂浜の波打ち際で石拾いをしているのを海面付近まで浮上し、いつでも赤毛達の非常識を止められる体勢で見守っていた。

 シージュエルか……海水に大量に含まれる魔力が結晶化して魔石になったもの。最近は俺様がこの近くをよく泳いでいるので、俺様の偉大な魔力によりシージュエルがたくさん生成されていることだろう。

 しかしこのシージュエル、陸地まで流れ着くのは生成されたもののほんの一部で、その多くは海底に沈み時と共に魔力が海水に溶け力を失い石ころとして砂に還る。

 仕方ないなぁ、少し大きな波が発生するが海底にあるシージュエルを巻き上げて陸地に送ってやるか。

 そぉれ、偉大なカメさんシュトローム!!

 ふはは、手加減してやっているから、逃げ遅れても頭から海水を被る程度のさざ波だぞ。

 赤毛達の他にも小さき者が海岸にいるが、ついでにサービスしてやるぞ。ありがたく石拾いをするがよい。


 ん? 赤毛達は気付いていないが青いフラワードラゴンが波の合間で遊んでいるな。

 あいつら無駄に周囲に同化するのが上手くて、俺様レベルの古代竜の目すら欺くことがあるから油断ならないんだよな。

 で、奴らは何をしているのだ?

 海風に紛れて風魔法を飛ばして遊んでいるのか。それが赤毛達の近くにいる冒険者の鞄に当たって、鞄の蓋の留め具が千切れたのが見えたな。

 おっと、俺が起こした波がその男達にかかってしまった。その拍子に男達の鞄の中身が海に落ちているのが見えたな。

 すまんかった、詫びに魔力とシージュエルをたっぷり含んだ波をそっちに送ってやるぞぉ。


 って、あれ?

 あいつらの落としたものって転移スクロールってやつじゃねーか。

 あぁ~~、俺が送った波のせいで転移スクロールの紐が解けてしまった~~~~。

 しかも、魔力たっぷりの海水を送り込んでやったから、その魔力で転移スクロールが発動してしまってメチャクチャ海水を吸い込んでる~~~~。


 ……まぁ、長く生きていればそういう不幸な事故に遭遇することもあってもおかしくない。

 すまんかった、詫びとして食ったら美味しそうな魔物をその転移スクロールの付近に流しておくから、転移先の奴らで美味しく食ってくれ。

 称号的に内陸部から来た奴らっぽいから、海産物はちょうどいい手土産だろう。海水共々転移先の奴らで有効利用をしてくれ。

 俺様は何も悪くない。


 そんなハプニングがあったのだが、赤毛達の周りは概ね平和。

 変な胸騒ぎもいつの間にかなくなって――いや、まだ油断はできないな。

 ほら、気付けば赤毛と銀髪が波打ち際でじゃれ始めて、それに変エルフも参加して氷と海藻と軟体生物の飛び交う大騒ぎだ。

 金髪のお嬢ちゃんとお姉ちゃんがドン引きした顔で見ているぞ。


 って、だんだん三人のじゃれ合いが白熱してきたと思ったら、赤毛の手に先ほどのサイクロンマッシュルームが何個も握られているぞ!!

 一個一個はつむじ風程度だが纏めて投げると威力は上がるし、海の上で投げれば海水を巻き込んで水竜巻が発生するぞおおおおお!!!

 これは常識的な俺様が止めに入らなければ非常識の大惨事だーーーー!!


 子亀の姿に化けつつ、赤毛達のすぐ近くまで水に乗って転移。そこからは波の上をシューッと滑って、まずは赤毛の持っているサイクロンマッシュルームを回収――って、俺様に気付いてマッシュルームを引っ込めただと!?

 無駄に勘のいい奴め!! そのキノコ、絶対に無闇にばら撒くんじゃないぞ! 絶対だぞ!!


「やぁ、カメ君。一緒に水遊びをするかい? まずはアベルからやっつけようか」


 妙に爽やかに声をかけられたが、銀髪をやっつけるのは楽しそうだから賛成だ。


「お? カメッ子も合流かぁ? よっしゃ、楽しくなってきた!」


「え? カメ? うぎゃっ!!」


「カーッカッカッカッカッ!!」


 俺様に気付くのが一番遅かった銀髪にまずは海藻の塊をぶつけてやった。

 くらえ! 俺にとっては万年以上前にお前の中の奴に蹴られた恨みだ!

 思い知ったか、托卵野郎!!

 とカメ語で煽ってやったが、どうせ奴らにカメ語は通じない。


「こんの、カメエエエエエ!!」


 うげ! 銀髪の目の色がギラギラとしたキンキラキンだ。

 こ、これは中の奴では!?

 貴様、まさかカメ語がわかるというのか!?


 この後、金髪のおねーちゃんが呆れて止めに入るまで大乱闘になった。

 赤毛達からは見えない角度で闇魔法を使って俺を捕まえて蹴飛ばすとか汚ねーぞ、性悪キンピカ野郎!!







 あれ? このおねーちゃん、どっかで会ったことないか?



 まぁ、偉大な俺様は細かいことは気にしない。

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