第781話◆閑話:この世の海は俺の海
海はいい――果てしなく広く、果てしなく深い。まるで俺様そのもののように偉大な場所である。
俺様の方が偉大だけれど、偉大な俺様の本拠地である海は俺様の次に偉大だ。
今日はその偉大な海のパトロールの日である。
おっさんは火属性だから何だかんだで水とは相性が悪いので、おっさん島周辺の海もパトロールをしてくれと頼まれたため、散歩ついでにルチャルトラの周辺の邪魔くさい奴らを蹴散らしている。
俺様がいない間に俺様の縄張りに増えたバハムートやクラーケンやシーサーペントは纏めてブチ転がしておいた。
こいつらは赤毛に渡せば大喜びで美味しく料理をしてくれるので、赤毛いきが決定している。
それから海の底に沈んでいる色々なものも掃除してやった。
俺様があの箱庭に入れられる前からあった人間の船――の残滓。
船やそれに乗っていた者達の体はとうの昔に朽ちてなくなってしまっているが、奴らの魂は数百の時を過ぎて未だ海の底に縛られている。
昔はそのうち消えるかと放置していたのだが、まだ残っているということはこの海底がそうとう気に入っているのか、それとも水の中で暮らせぬ生き物故浮上する術がないのか。
いや、その執着に近い思いから沌の魔力が発生し、それが一定以上に濃くなるとゴーストシップとして具現化し、海上を彷徨っているのも見かけるから浮上はできるのか?
やはり海の底が好きなのか?
海の底は静かで居心地がいいのはわかるが、陸の生き物が縛られるべき場所ではない。
矮小な人間のくせに船に乗って海に出て他の陸地を目指す。俺様から見ると小さな小さな船。
当然だがそんな小さな船で、この俺様より大きな海に挑むとは命知らずな話だ。
だが人間はどんなに船が沈んで海の藻屑になる者がいようと、船に乗って海へ出る。
陸地の暮らしで満足しておけば安全だというのに、いつの時代でも必ず海に出る奴がいる。
それは欲望か、それとも知らぬ地への希望か――。
そんな海に沈んだ者達の残滓が海底のいたるところで目に付き、時には墓場のようにいくつもの船の残骸がある場所もある。
放っておいても偉大な俺様には全く害はないし、形を成して海上を徘徊していようが関係ないのだが、時折生きている小さき者の船と出会い、生者達を自分達同様に海の底に沈めようとする。
俺様には関係ないのだが、あまり海の底にそういう存在が増えるとうるさくて叶わないので、浄化魔法で天へと送ってやった。
次に生まれてくる時は身の程をわきまえて暮らすんだな。それでも身の程を知らず海に挑むというのなら――まぁ……海が好きでやっているなら、そういう奴は嫌いじゃないな。
一つ綺麗にしてやると、他も気になり始めあちこちで海の掃除をしてやった。
俺様は綺麗好きなのだ。住み処は綺麗な方がいい。
ゴチャゴチャと部屋を散らかしている赤毛とは違うのだ。
最初はおっさん島の周辺から始まった。
おっさん島のすぐ近くに大きな陸地があり、そこの沿岸部には何故か俺様のことを信仰している小さき奴らがいたので、その周辺も念入りに掃除をしてやった。
うむ、俺様のことをもっと崇めて、俺様のかっこよさと偉大さを世界に広めるがよい。
ついでに近くにあるフラワードラゴンの島の様子も時々見てやることにした。
フラワードラゴンの子供を助けたらなんだか崇められたんだよなぁ。
下級の竜のくせに俺様の偉大さがわかるとは、なかなか賢い種なので俺様の子分にしてやった。子分にしてやったら更に崇められた。
うむ、俺様の子分になれたことを誇るがよい。俺様は偉大なので子分は大切にしてやるぞ。
おっさん島周辺の海は元より俺様の縄張りだったので特に念入りに掃除をしておいたが、偉大な俺様は海のように心が広いので、おっさん島周辺が綺麗になったら他の場所も掃除してやることにした。
掃除した場所は俺様の縄張りということでいいな。
どうせこの世の海で最強は俺様だから……ああ、俺様のようにでかくはないし古代竜でもないが、北の果ての海にはそこそこ力のある古臭い元神の縄張りがあるな。
たまーに奴の眷属がふらふらと南方まで泳いでくるので、持って帰って赤毛に渡して美味しく料理してもらうことにしている。
深い海に住む長細~い魚で、人間の目に付くところにはあまり姿を見せない。
まぁ、俺様は凍った海はそこまで好きじゃないし、あちら側の海にいくには大陸の外を迂回しないといけないので、水で繋がっている場所ならどこでも瞬間的に移動できる俺としても少々距離が長くて面倒くさい。よって、あの辺はアイツの縄張りでいいや。
そう仲が悪いわけでもないのでそのうち挨拶にでもいくつもりだが、遠いのでまたいつか、また今度な。
そんな感じでおっさん島の周辺から始まり、すぐ目の前の陸地周辺、東にある大きな川の河口とその少し向こうまで。
南の方には海の中にバカでかい島――孤立した大陸があり、そこは魔族の国がある。そのうちその大陸辺りまで掃除してやって、俺様の縄張りにする予定だ。
西は沿岸部にそって泳いでみたので沖合のほうはまだ手を付けていないが、沿岸部だけならかなり西の方まで掃除してやった。
確かこの辺りで大きな湾の中に入れば、赤毛と何度か来たことある王都近くの海へといける。
現在この大陸にドーンとあるでかい国の王都は、かつて金ピカラグナロックが住んでいた場所だから俺様もだいたいの位置関係はわかる。
その湾の入り口にクラーケンの大規模な巣があったが、ここは小さき者の政治情勢的に取り除かない方がいい巣だと赤毛が言っていた気がするので、今回は見逃してやってあの大きな湾を俺様の縄張りにするのはまたの機会にすることにした。
縄張り見回り中に陸の近くを移動していることもあったので、時々俺様の存在に気付いた小さき者達を驚かせることもあった。
俺様が海の主だ。長い間不在だったが、これからは俺様が真の海の主として君臨するぞ。しっかりと崇めるがよい。
俺様は偉大だからな、俺様がいる海はどんどん魔力に満ちて豊かになるからな。
まぁ、俺様が泳ぐと海面が大きく揺れて波が高くなるが適当に躱してくれ。
そうやって今日も海を泳ぎながら縄張りを見回っていた。
今日はおっさん島から遠くない大陸の海岸線がぎりぎり見える辺り。
あまり陸地の近くにいくと、偉大すぎる俺様の魔力が小さき者の生活に影響を与えるから、本体で泳いでいる時は陸地に近付きすぎるなって言われたので少し遠くから。
つい先日、興奮しすぎて本体で赤毛に近付きすぎたおっさんに言われたくないのだが、俺様はおっさんみたいに大雑把ではないのでやろうと思えばその程度の気遣いくらいできる。
午前中、珍獣とリザードマンの子供達とギルドの仕事をして昼飯を一緒に食って、午後からは奴らと別れて本来の姿で縄張りの見回り。
見回りしながら海で寛いで、ついでに赤毛への手土産も確保する。
これは宿代と食材だから。べべべべべべ別に赤毛のことが気に入っているから手土産を持って帰っているわけではなく、海の生き物がどのような料理に化けるのかという探究心なのだ。
べべべべべ別に赤毛のことなんて少ししか気に入っていないから。
赤毛の――作る料理のことを考えていたらうっかりゴーストシップにぶつかってしまったわ。
すまんな、小さすぎて気付かなかったわ。ぶつかってしまったついでに浄化してやるからありがたく思え、じゃあの。
また今日もつまらぬゴーストシップを浄化してしまった。
ん? 何か視線を感じるな? 小さき存在の視線のようだが、近くに人間の船もゴーストシップのような存在もいない。
水の中からでなく、陸地の方からの視線。
このクーランマラン様にガンを飛ばすとはいい度胸ではないかと、その視線の方をジッと見る。
俺様の目は鼻ほどよくないので、竜の眼を使って遠くを覗いてみたら――。
??????? ???? ????
赤毛だーーーー!! 赤毛がポカーンとしたアホ面でこちらを見ているぞーーーー!!
ポカーンとするのは俺様の方だ! というかポカーンとなった!!
どうしてその距離で俺様の存在に気付いた!? 人間のくせに何故ここまで見えている!? 俺様の存在が偉大すぎるのが原因か!?
やっぱ、非常識な赤毛じゃないか!!
ふぉお!? 今、目が合った!! この距離で目が合ったぞ!!
びっくりして思わず海に潜ったわ。
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