第780話◆閑話:婦女子達の終礼

「皆様、今日もお疲れ様でした」


「百合様も陣頭指揮お疲れ様でした」


「週に一度のイベントとはいえ、毎回ファンサが過剰すぎて何から話していいのやら」


「ええ、いろいろな意味で何が起こるかわからなくて気が抜けませんが、それがまた癖になるというかなんというか」


「最前線は大変そうですが、離れて見ている分にはとても楽しいですね。やはり、推しというものは近寄りすぎず見守るに限りますね」


「ええ、ターゲット様からの無茶振りもありますし、ウンダ地区の島の件もありますし、油断していると飼育員様がサラリととんでもないハプニングの引き金を引きますし……あ、でもこれが日頃のターゲット様の気持ちと思えば、ありありのありですわね。やっべー付与とか、やっべーアイテムは勘弁していただきたいですけど……しかし何故、飼育員様はメイルシュトロックをスライムが育成できるほどお持ちになっていたのでしょう。あれは、深海でしか生成されないことに加え衝撃で海水に戻るため、偶然の偶然の偶然が重ならなければ人が手にできる場所で見ることはない稀少な素材ですのに……」


「やはりそこはターゲット様のご実家のお力でしょうか。飼育員様のためなら稀少素材も用意することも厭わないということですか」


「そこは非常に非常に厭っていただきたいところですわ。しかし無茶振りではありますが、ウンダ地区の島の件はお父様をなんとか説得したいところですわね」


「孤島の釣り小屋」


「干物小屋」


「つまり、海の見える別荘」


「ターゲット様と飼育員様……最近ではバケツ様も一緒に……何も起こらないわけがなく……」


「そう、何も起こらないわけがなく……またシュペルノーヴァが飛んでくるようなことがあったら大騒ぎの大忙しになってしまいますね」


「ええ、その件はびっくりとか大騒ぎとかのレベルじゃありませんでしたわ。シュペルノーヴァがうちの領を襲うことはまずないと思いますが、その気はなくてもあれだけでかければ周囲への影響も桁違いですのに。しかもよりにもよってあのバカでかいお姿で本土付近にまでお越しになるとは、人間と古代竜のスケールに気付いていただきたいところですわ。それはそうとあの件につきましては近々ルチャルトラのベテルギウスギルド長様にお話を伺おうと思っております。わたくしが伺うのが早いか、ギルド長様が叔父様と一緒にうちにお越しになるのが早いか……オホホホホホホ」


「百合お嬢様、お気を確かに。古代竜の行動など人間にどうこうできるものではありませんからね。それより、つい先ほど今日の午後の件――陸地で大量の海水が溢れるという事故が起こった場所を特定致しました。巻き込まれた近所の住人から冒険者ギルドに対応の依頼が来ましたので、場所はすぐに特定できました。この件に関しましてはこちらに来る前に、セレーナ様の護衛の方にお伝え致しましたので、すぐに対応されると思われます」


「セレーナ様の授業中に起きた転移スクロール事件ですね。鈍くさい山賊で良かったですね。もしあの転移スクロールが、ターゲット様やセレーナ様の近くで発動していたらと思うとゾッとしますね」


「せっかくほのぼのとした幸せな時間でしたのに、空気の読めない奴らでしたよね。何か悪いことを企んでいるなら纏めて懲らしめてやりましょう。いつでもご命令をお待ちしております」


「ターゲット様の幸せな時間を邪魔する者は万死に値しますね。それにしてもターゲット様の飼育員様自慢は間近で見ると破壊力が大きいですね」


「ええ、ほんとマジで迷惑な山賊ですわ。しかしその件に関してはわたくしも油断をしておりました。わたくしの魔女の目は生者を覗くのは難しくて……。ターゲット様も彼らの称号にはお気付きになられていたようですが、冒険者にはそのような称号を持つ者も少なくないですし警戒をされていただけだったご様子です。ところでその海水の溢れたのはどの辺りか情報は掴めてますか?」


「はい、フォールカルテ郊外の別荘地帯ですね。暑い時期にこちらに来られる方は少ないので、ほとんどの屋敷が管理人やハウスキーパーばかりで、海水が溢れた屋敷で重傷者が数名出た以外は特に大きな人的被害は出ていないようです。まぁ、海水が溢れて別荘地に流れ出したので物的な被害はありますし海水ですので塩害も懸念されますので、冒険者ギルドからはすでに被害調査と復旧のために人員が派遣されております。ただその別荘の持ち主というのがですね、北部地域の子爵の方――かの公爵家の寄子の家門なのです。別荘にいた者を全て拘束できたかはまだ把握しておりませんが、救護院に運ばれた負傷者は治療という名目で拘束されております。まぁ、重傷者はすぐに動けないほどですしね」


「かの北方の公爵家といえば、かの公爵家しかありませんよね。冬に大雪崩があって別荘地が甚大な被害を受けた……」


「ターゲット様と仲のよろしくない、かの公爵家ですよね。あの公爵領といえば最近斬っても斬っても再生して死なない魔物が出没するそうで、冒険者仲間の間でも噂になってます。斬っても死なないので、細かく刻んで再生する前に燃やし尽くすしかないと」


「その話ならオルタ辺境伯騎士団からも共有情報としてつい最近流れてきましたね。一見して普通の見た目なのですが傷つけてもすぐに再生し、再生を繰り返すうちに異形になっていくとかなんとか。それも様々な姿形のものがいるらしいのですが、鑑定をするとどれもこれも共通して”リュウノナリソコナイ”という名が見えるそうです。幸い感染する類いのものは持っていないようですが、ただひたすらに面倒くさいらしいです」


「無限に再生する……リュウノナリソコナイ――ですか……」


「百合様、何かお心辺りでも?」


「いえ、ちょっとこちらの件は侯爵家でも対応致しますのでいったん保留で。発生場所が北方というのも気になりますね」


「私、今パーティーに入ってませんし、ちょっと北まで行ってきましょうか?」


「いえ、ご無理はなさらずに。少々不穏な感じが致しますので、直接赴く前に北部からの旅人が集まる町にお住まいの方に会誌をお届けする際にお伝えして、まずは噂話を中心に情報を集めていただきましょう」


「わかりました。北部からの旅人が、東部に移動する際に必ず通る規模の大きな町といえばソーリスですかね。ちょうどターゲット様の商会の一号店がある町ですね。そこなら同志もいらっしゃることですし、そちらに詳しい方にお任せして、私は明日から例の別荘地の復旧作業に参加しつつ情報を集めることにしましょう」


「でしたら私は、オルタ辺境伯領での演習に参加する際にそちらで北部の情報を集めましょう。かの公爵領から転移魔法陣でオルタ・クルイローに移動して、シランドルへ向かう商人も少なくないですから」


「皆様、ご協力ありがとうございます。しかし相手はプルミリエ家より格上、決して無理はなさらぬように。そしてわたくし達の本来の目的を忘れぬようにお願い致しますわ」


「はい、私達の本来の目的は推し様を見守る会」


「そして推し様に平和に過ごしていただくのが我々の幸せ」


「推し様の健やかな日々を祈り」


「推し様の心が乱れぬこと願う」


「ええ、見守ることしかできないわたくし達ですが、推し様に禍が降りかからぬよう、推し様に迷惑にならないよう、日陰から力になりましょう。全ては推し様のために! っと、つい熱くなってしまいましたが、この話は一度切り上げ今週の推し様達について語りましょう。まずはトリプルスーツから……」


「その前に昨日の飼育員様のうっかりもありますわ。あれはなかなか見られない一幕でしたね」


「く……あの場にいた方が羨ましいですね。私はお屋敷務めですので海にも同行できなかったので、海の話も聞かせてくださいませ」


「海……海ですか……ああ、あの山賊達が帰った後、飼育員様が効率的なシージュエルの集め方とか、海の砂は役に立つとか言い出しまして、セレーナ様のマジックバッグに海岸の砂を詰め込むように指示をして、そこから砂は護身用にも使えるから持ち歩くべき、砂も便利だけど海水も便利なのだと海水も勧め始めたところで、ターゲット様が氷をぶつけて止めに入ったものですから飼育員様が仕返しにターゲット様に落ちていた海藻を投げつけて、そこから氷と海藻の対決になって、何故かバケツ様も参加されてクラゲや軟体生物も飛び交い始め、いつの間にか謎の子亀も混ざっていて……」


「ええ、あれはカオスでしたがなかなかの見応えでしたわ。わたくしとセレーナ様は離れて見守っておりましたが……。それとあの亀は飼育員様が連れてらっしゃるの何度か見ましたわ。ちょっと不思議な姿の亀ですわよね、首が妙に長くて、尻尾は魚の尾びれのようにヒラヒラで海を連想する体色ですが、海亀のように見えるのですが足はヒレ状ではなく淡水の亀の足ですわね。鳴き声もカメェという不思議な鳴き声ですし新種もしくはユニーク種ですかね」


「最近はお三方で行動されているようですし、これは例の物語に新キャラの追加になりそうですね」


「せっかくですので子亀ちゃんも追加するのはどうでしょう。もちろんイケメンに化けるタイプの亀で」


「でもすぐに人化してしまうのは面白みに欠けますからね、亀と人と使い分けるキャラでもいいのでは?」


「そうですわね、最近は情報量も多いですししっかりと纏めましょう。そして新たな章を始めましょう。全ては推し様を愛でるために、推し様の尊さを広めるために――」




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