第779話◆渚の大惨事

 楽しい薬草採取が終わった後は、今度は砂浜でほのぼのシージュエル採取。

 セレちゃんと俺達に加え、リリーさんも一緒にシージュエル拾いをしている。

 平和な砂浜にしゃがみ込んで、砂浜に打ち上げられているシージュエルという魔石を拾うだけ作業なので、楽しくお喋りをしながら作業をしている。


 シージュエルとは魔力が豊富な海で、水の魔力が結晶化した魔石である。

 それが海を漂ううちに尖った部分が波に削られ、海岸に打ち上げられる頃には丸みを帯びた宝石のようになっている。

 大きさは親指の爪くらいなので、それほど魔力を含んでいるわけではなく魔物を倒して手に入る魔石の方が稼ぎはいいのだが、町の中での作業が多く戦闘にも慣れていない駆け出しの冒険者にとっては数少ないお手軽に安全に手に入れることのできる魔石である。


 シージュエルは魔力を含んだ魔石であるため、それが漂着した場所に放置し溜まり続けると水の魔力が濃くなり、周辺の環境に影響を与えるようになる。

 一つ一つは小さくて少ない魔力だとしても、塵も積もれば山となるというやつである。

 ただ単に水の魔力が周囲の環境に影響を与えるだけではなく、その魔力に惹かれて魔物も寄ってくるため、シージュエルが漂着しやすい町ではこうしてシージュエルの採取の仕事がある。

 初心者でも魔石を手に入れやすいシージュエルの採取依頼は、海沿いの町では低ランク冒険者の定番の仕事である。

 依頼に関係なくシージュエルを集めても、魔石なので買い取ってもらえるし、自分で装備の加工に使うこともできる。


 フォールカルテでは夏の間は特にシージュエルの漂着が多いようだが今年は特に多いらしく、砂浜のあちこちに青や青緑に輝くシージュエルが落ちているのが見える。

 そして俺達以外にもシージュエルを採取する冒険者の姿も多く目に付いた。


 俺も初心者の頃に海に行った時にたくさん拾ったなぁ。

 大きさ的にアクセサリーに加工しやすく、魔石であるため付与をする時の魔力源としても使えるので、細工と付与のスキル上げでめちゃくちゃお世話になった素材である。

 水属性だから浄化とか解毒とか回復の付与と相性がいいんだよね。



「ふふ……これはね、まだグランと会ったばかりの頃に海岸でシージュエル集めをした時に、グランが俺のために作ってくれたネックレスなんだよ。実はグランとお揃いなんだよね。ふふふ、セレもいつかキルシェちゃんとお揃いのアクセサリー付ける日がくるといいね。ま、キルシェちゃんは商人だからグランみたいに手作りとはいかないかもしれないけど。ふふふ、羨ましい? ねぇ、羨ましい?」


「あ、シージュエルのネックレスなら俺もグランに貰ったぜ。ちょっとだけ水耐性が上がって、あまり強力ではないけど浄化効果と解毒と回復効果が付いてるんだよな。細かい汚れとか毒とか傷を気にしなくていいから便利だったんだよな。俺は、タンクだから怪我も多くてもう壊れちまったけど」


「え? カリュオンも貰ってたの!? 俺だけじゃないの!?」


「俺どころか、ドリーかリヴィダスやシルエットも似たようなものを持っていたはずだぜ。それから王都でグランと仲良かった奴らはだいたい持ってんじゃね? 安くてすぐ作れるし、細工のスキル上げでたくさん作るからって、ギルドでお世話になった人に渡したり、小遣い稼ぎにバザーで売ったりしていたよな?」


「ああ、懐かしいなぁ。ネックレスだけじゃなくてピアスやイヤリング、指輪なんかも作ったな。シージュエルは海に行けばたくさん拾えるし、細工と付与のスキル上げにちょうどよかったんだ」


「ほほほ、アベル兄様に良いお友達がいらっしゃるようで羨ましいですわ~。ええ、わたくしもアベル兄様のようにお友達――キルシェさんから唯一無二のプレゼントを貰えるよう……いいえ、プレゼント交換できるようになりたいですわ~」


「キッ! 俺がグランに貰ったものはこれだけじゃないんだからね! 今日はこのくらいにしておいてあげるけど、今度もっと自慢してあげるんだから覚悟しときなよ!」


「でしたらわたくしは、キルシェさんとのお手紙を自慢して差し上げますわ。おほほほほほほ」


「ふぇえ……推しの供給過多ですわ……」


 楽しくお喋りをしながらのシージュエル採取。

 アベルがものすごく懐かしいネックレスを出してきてセレちゃんに自慢をしている。

 いい大人が大人げないというか、そんなもの自慢すんな!

 俺がアベルと知り合ったばかりの頃スキル上げで作りまくったアクセサリーの一つのネックレスで、もうとっくにシージュエルの魔力は消えて効果もなくなっているものだ。

 まだ細工や付与に慣れていない頃に作ったもので、不格好だし付与も面白みがなくて恥ずかしいのでさっさと捨てて欲しい。

 こいつ、俺にいらないものは捨てろというわりに、たまにこういうどうでもいいようなものを残しているんだよなぁ。


 おっと、それよりもシージュエル拾いだ。

 リリーさんの言う通り、流れ着くシージュエルの数が多くてまさに石の供給過多になっていてもおかしくない。

 これはフォールカルテやその周辺で水の魔石は値下がりしそうだなぁ。

 水の魔石はフォールカルテの特産品でもあるので、値下がりするのは領地経営的にも問題があるのだろう。



「それにしてもたくさん落ちてるねぇ。シージュエル拾いをしている人もたくさんいるし、確かにこれは供給過多になっちゃうよね」

 アベルが砂浜をガサガサと漁る手を止め、顔を上げて周囲を見回した。

「エゥ!?!? そ、そうです! 今年の夏はシージュエルが供給過多気味なんです!! 水の魔力の薄い場所だと緩やかに魔力が減っていきはしますがシージュエルは魔石ですから腐るものではないですので、市場で溢れ価格が崩壊しないように侯爵家で買い上げ供給を絞って、在庫は停滞魔法のかかった倉庫に保存しておいて枯渇しそうな時期に放出することになっております。それでもこのまま供給が多いようなら新しい消費方法を考えなければいけませんね」

 領地運営は大変そうだなぁ。


「おぉい、そろそろでかい波がくるぞお~」

「おっ、ここまで浸かりそうだから少し下がるか」

 カリュオンの声を聞いて海の方を見ると、大きな波がこちらに押し寄せてきているのが見えた。


 フォールカルテは外海に面した町で、沿岸に押し寄せる波は内海の町に比べ高い。

 時々こうして高い波がやってきて、砂浜の奥まで海水が押し寄せてくる。そしてその大きな波にまたシージュエルが混ざっていることも。

 シージュエルだけではなくて、時々海洋性の魔物も混ざっているけれど。


「セレ、下がるよ。大きな波がきちゃうと濡れちゃうし、海水は装備が傷むからね」

「はぁい、兄様」

 アベルがセレちゃんの手を取ってヒュッと転移魔法で波打ち際から離れた。

 俺も連れていってくれよーと思いつつ、カリュオンとリリーさんと一緒に即座に走って移動を開始。

 俺とカリュオンは冒険者なので走り回るのは慣れているが、リリーさんもお嬢様なのにすごく身軽に砂浜を駈けている。

 さすが海の町のお嬢様だ。


 俺達がその場を離れた直後――。


「うわっ!?」

「ゲッ! 転移スクロールがっ!」


 俺達のすぐ近くでシージュエルの採取作業をしていた冒険者の男二人が逃げ遅れて頭から高い波を被った。

 その拍子に何かを波に攫われてしまったらしく、引いている海水を追いかけて海へと入っていった。


 転移スクロールとか聞こえたな。

 あらかじめ指定した場所に転移することのできる、転移スクロールという使い捨ての巻物は便利だが非常に高額である。

 そんなものを波に攫われるなんて、ポケットかポーチにでもいれていたのだろうか。


 男達が波に攫われた転移スクロールを追いかけて入った直後、魔力が作用する気配がして男達より少し先でピカーと海中から光が上がった。

 あーあ、水の中で転移スクロールは開いちゃったかー。しかもシージュエルができるほど豊富な魔力を含んだ海水だから、その魔力に反応して転移スクロールが発動しちゃったかー。

 発動したらもう効果が消えるまで止められないし、近くに行くと転移に巻き込まれちゃうんだよなぁ。

 お高いアイテムなのにもったいないなぁ。


 あぁ~~~~、転移スクロールが発動してその魔力の光が出ているあたりで海水が渦巻いてるぞ~。

 あれは転移スクロールが海水をひたすら転移させているってことだよなぁ?

 ああ~、これは間違いなく転移先が大惨事だ~。きっと突然の海水の噴水になっているぞ~。

 波に乗ってきて細々した魔物も吸い込んでいるみたいだけれど大丈夫かぁ~?

 さすがに転移スクロールの持ち主の男達も、吸引される海水の渦に近付きたくなかったようで、回収するのを諦め呆然とその様子を見ていた。

 いろいろな意味でご愁傷さまである。


 しばらくして転移スクロールの効果がなくなり海水の渦も消えて穏やかになった海に、ぽかーんと立ち尽くす持ち主の男達の姿だけがあった。

「大丈夫すか? 災難だったなぁ。時々大きな波がくるみたいで、気を付けないと波を頭から被って攫われそうになるから気を付けた方がいいぜ。またその辺にいると大きな波が来るから上がった方がいいぞ~」

 あまりにいたたまれなくなって、その男達に波打ち際から声をかけた。

「ふぉ!?」

 声をかけたら跳び上がりそうな勢いで驚かれた。

 なんだよぉ、そんなにびびることもないだろぉ。

「くそっ、失敗だ。撤退するぞ」

「お、おう。ははは、いやースクロールが無駄になっちまったなー。いやー、騒がせちまったな! 今日はこれで帰るかなー。はははー」

 片方の男は足早に、もう一人の男はボリボリと頭を掻きながらペコペコと下げながら、もう一人の男の後を追って海岸から町の方へと消えていった。


「何あれ? 鈍くさい山賊だね」

 アベルが変な顔をしながら俺の横にやってきた。

「山賊?」

 冒険者だと思っていたのに山賊だったのか。

「うん、それっぽい称号が付いていたよ。山賊も海まで来てシージュエルを集める方が儲かるのかな? たくさん集めて転移スクロールで山間の町に持って行って、価格が下がる前に売るつもりだったのかな? 転移スクロールなんか使ったらそんなに儲からなさそうだけど。ま、ものすごくたくさん海水を転移させてたみたいだから、もしこの時間に海水が溢れた場所があったらそこが山賊のアジトかもしれないねぇ」

 海でシージュエル集めをする山賊なんて平和的でいいじゃないか。そのまま冒険者になって更生できるんじゃね?

「彼らが山賊だというのなら、言われてみるとそうですわね。転移スクロールの転移範囲はそう広くありませんから、念のため調査をするようにお父様に伝えておきましょう」

 あーあ、更生できるかと思ったけれど鈍くさい山賊さんのせいで、アジトごとお縄になるかもしれないなぁ。


 ところで時々やって来る大きな波って本当に自然の波なのかなぁ?


 目を凝らして遥か遠くの水平線付近を見ると、ゆらっと島が動いたような気がした。


 そして夏の海風に乗って聞こえる海鳥の声の隙間に、キュッキューッというどこかで聞いたような鳴き声も聞こえた気がした。






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