第777話◆同じじゃない

「アベル兄様とこうして一緒に冒険者活動をする日がくるなんて夢のようですわ」

「俺もまさか、セレが冒険者として活動をしたいと言い出すとは思わなかったよ」


 海岸に沿って通る道を並んで歩くキラキラした兄妹、どこからどう見ても貴族の散歩。任務中の冒険者になんか見えない。

 俺達は今、セレちゃんが受けた薬草採りの依頼のため、目的の薬草が生えている場所へと向かっている。


 アベルはいつものローブ姿で、見慣れている俺からはギリギリ冒険者に見えるが、知らない人が見れば冒険者というより、貴族出身の宮廷魔法使いのように見えるだろう。

 一方セレちゃんはというと――女性騎士用の礼服をイメージした装備なのかな!? 似合っているし可愛いけれど、めちゃめちゃお嬢様オーラが出まくっているぞ!! それから、金髪眩しっ!!


 俺とアベルとカリュオンがいるので護衛騎士達は少し離れた場所にいるのだが、誰からでも見える場所で付いて来ているため、明らかに物々しい警護付きの高位貴族兄妹に見える。

 しかもリリーさんまで一緒なので尚更。それっぽい恰好をして冒険者になりきっているつもりかもしれないけれど、リリーさんもどっから見たって貴族のお嬢様のオーラが出ているからな!?

 

 更に護衛騎士とは別に、気配を消して付いて来ている護衛らしき人達。

 昔はアベルの周りにもよくいたなぁ、隠れてこっそり見守っている護衛のおじさん達。初めて見つけた時は不審者かと思って仕事の邪魔をしちゃったんだよね。

 ところでさ、コソコソと隠れながらついてきているのだと思うけれど、いつも言っているじゃん真っ黒い服は逆に目立つよって。しかも今は昼間だし黒はないなー。

 真っ黒は意外と目立つよって昔教えてあげた記憶があるのだけれど、ここはフォールカルテだから昔アベルの周りにいた護衛のおじさん達とは違うかな。プルミリエ侯爵家の護衛さんかな?

 バレているよって教えてあげた方がいいかな。真っ黒だと木の陰や岩場に潜んでいても浮いて見えるよーって。ヤッホーって手を振っちゃお。

 そんなびっくりしなくてもアベルやセレちゃんにはばらさないから安心してー。


 アッ! 木の陰にいる人に手を振ったついでに他の人も見つけちゃった。

 こっちは緑と茶色の迷彩っぽい服を着ているからすぐには気付かなかったけれど、明るい昼間だから付けているゴーグルが日の光を反射して光っちゃったね。

 黒い服の人と迷彩の人は所属が違うのかなぁ?

 もし知り合いなら、黒い人達に忍ぶなら真っ黒はやめた方がいいよぉって教えてあげた方がいいと思うよ。

 特に昼間なら迷彩。野外と市街地ではその迷彩の色も変えた方がいい。

 とりあえず迷彩のおじさんにも手を振っておこー。やだなー、そんな引き攣った顔をしないでよー。


 そんな感じで近くに護衛らしき人がわらわらいるので、冒険者ギルドの依頼で薬草採りっていうか貴族のお散歩だよ!!

 でもセレちゃんはいいとこのお嬢様なので、普通の冒険者と同じようにはいかないのだろう。

 いや、むしろこのくらいの方がアベルも安心だろう。


 いくらセレちゃんが冒険者になりたいといっても、やはりいいとこのお嬢様。剣を嗜んでいるといっても、実際に生き物を斬ったことはない可能性もある。

 そしてなにより、冒険者になった頃の俺やアベルと決定的に違うのは、冒険者として自立しなければ生活ができないという状況ではないということだ。


 あまり詳しくは知らないが、アベルは家庭の事情で家を出て平民として冒険者になったと言っていた。

 駆け出しの冒険者の仕事は、魔物を狩ったり町の外で素材を集めたりするよりも、町の中での雑用や手伝いの仕事が多い。

 店の手伝いから、町の掃除、家畜の世話など、冒険というか便利な何でも屋である。


 俺もよく鶏小屋の掃除をしたなー。アベルと一緒にやったこともあるが妙に手慣れていたから、きっとアベルも駆け出しの頃は普通の冒険者と同じように地味で汚い仕事をたくさんやったのだろう。

 それは今のセレちゃんのように護衛付きで、貴族のお嬢様でもできる綺麗な仕事ではなく、正真正銘の駆け出し冒険者がやる仕事。


 俺がアベルに出会ったのはまだアイツが十四だか十五くらいの時だったが、すでにBランクでそこそこ稼いでいてそこそこいい暮らしをしており、それは明らかに経験を積んで身に付けた技術と知識の上にあるものだった。

 こっそりと護衛の人はいたが、俺が気付くまでアベルはその存在を知らなかった。

 ということは、大人の手助けなしにあの年でBランクまで駆け上がったということだ。


 兄妹かもしれないが、明らかにセレちゃんとは違う。

 詳しくは知らなくても長い付き合いの中、何度かアベルを狙う奴らに遭遇したこともある。

 おそらくアベルが家を出て冒険者になったのは、階級の高い家門の男子にありがちな理由があるのだろう。

 そしてそれはアベルに貴族としての身分を捨てて冒険者を選ばせ、それを続ける必要と生死のかかった覚悟を与えるだけのものだったのだろう。

 同じキラキラとした兄妹でも全く背景が違う。セレちゃんにはアベルが冒険者の道を選んだ時と違い、覚悟というものがないのだ。


 だがセレちゃんにはそんなものはなくていい。そんな覚悟を決めた決断をするようなことがない方がいい。

 だからアベルはこの状況でセレちゃんが冒険者活動をすることに何も言わないのだろう。

 そういう選択をしなくていいから、して欲しくないから。だけどセレちゃんの希望を否定したくないから。

 口では厳しいことを言いながらたくさんの宿題を出しながらも、なんだかんだで甘い奴である。

 昔から分かりにくいんだよ、アベルの優しさは。


 ま、でもこんなキラキラで可愛くて世間知らずのお嬢様が、荒くれ者だらけの冒険者の中で活動したいと言い出したら俺でも止めると思う。

 そうだな……田舎娘で野生児みたいなうちの妹が冒険者になりたいと言い出しても、ものすごく心配だし、表向きでは妹が決めたことならと理解を示しながら内心ではメチャクチャ反対だな。

 しかも最初のうちは絶対にこっそりついていって見守っているか、それができないなら信用のおける誰かに頼むな。



 俺達が歩いているのは、フォールカルテの中心部より三十分ほど歩いた海岸沿いの道。

 海側には白い砂浜があり、その反対側には風よけのために人工的に作られたと思われる林が道に沿って続いている。

 セレちゃんが受けた依頼はこの林で周辺に生えている薬草の採取と、シージュエルと呼ばれる砂浜に打ち上げられる水属性の小さな魔石の収集だった。


 この辺りはフォールカルテの中なので陸地では魔物が出没することはほとんどない。

 ただし海には魔物がおり、海から陸地に上がってくるものもいるので気を付けなければいけない。


「陸地側は防壁なり結界なりで魔物の侵入を防ぐことはできるのですが、海側は水産業のこともあって魔物をシャットアウトするのが難しいのです。ですから沿岸部は防風林に魔物避けが施されており、それより外側はプルミリエ家の騎士団と冒険者ギルドで警備に当たっています。海は危険も多いですが資源も多く、フォールカルテはその海と共存する町なのです」

 フォールカルテに限らず海沿いの町は、このように海側は魔物避けが手薄な場合が多い。危険ではあるが、海から得られる資源は町を豊かにし大きく発展させるのだ。

 町によって沿岸部の魔物対策は様々だが、フォールカルテは海沿いに人工的に作られた防風林が、風よけ以外にも魔物避けの役割を担っているようだ。


 リリーさんの話を聞きながら周囲を見ると、採取作業をしている冒険者以外にも沿岸警備らしき者の姿も目に入った。

 海の方へと視線を移すと、砂浜の向こうには広い海が夏の午後の光を受けキラキラと輝いていた。

 穏やかな海には点々と島が見え、その向こうには水平線。

 穏やかに押し寄せる波の音と海から吹き上げる風が心地良く、どこまでも広がる海は無限の可能性を感じて自分まで大きくなったような気分になる。


 ん?


 広大な海に目も心も奪われていたいた時、遥か沖合に霞んで見える島が妙に気になって視線がそこで止まった。

 何故妙に気になったかというと、そこだけ更に霞んでいるというかなんか白い……白い…………身体強化を使い視力を思いっきり上げてみると――白く見えたのは水柱と水飛沫だーーーー!!


 おい、あの島動いてるぞ!!


 顔が引き攣りそうになった直後、その島が俺の視線に気付いたのだろうか。一瞬動きが止まり無表情な鮫の顔が見えた気がしないでもない。

 こんな遠くからなのに、身体強化を使ってガン見していたことに気付くなんてさすがである。

 直後、その島が更に白く霞み――水飛沫を上げた後その姿は見えなくなっていた。


「どうかされましたか?」


 表情が引き攣りそうになりそうなのを堪えながら身体強化を解除したタイミングで、リリーさんに声をかけられた。


「ああ、いや遠くで大きなウミガメが跳ねたなって」


 そう、あれは大きなウミガメ。


 見てない。俺は何も見てない。




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