第776話◆フォールカルテ周辺の最新情報

「フォールカルテはプルミリエ侯爵領の南部にある港町で、南方と東方との交易の窓口となっているため、冒険者ギルドとプルミリエ侯爵家騎士団が協力し近海に出没する魔物の対応に当たっております。また、南方にあるルチャルトラ島には古代竜シュペルノーヴァが棲んでおりますが、今のところ敵対をするような状況ではありません。ルチャルトラ島は自治区ではありますがプルミリエ侯爵領の一部でリザードマンとの関係は良好。ルチャルトラからフォールカルテに出稼ぎに来ているリザードマンも多く、海洋性の魔物の討伐には彼らが一役買っております。海岸部はDからCランク程度、近海ではBランク前後、沖合までいくとAランク以上の魔物との遭遇があるとのことです。またフォールカルテ周辺の平野部はEからCランクの魔物が中心で、北部の山岳地帯にはそれ以上のランクの魔物も出没するとありました」


 セレちゃんがメモや資料を見ることはなく、スラスラとフォールカルテと周辺の状況を口にする。

 しかしこれは、フォールカルテ町の外で活動する冒険者なら必ず知っておかなければいけない基本的な知識。

 フォールカルテの冒険者ではなくても、フォールカルテを訪れここで依頼を引き受けるなら、その前に必ず調べて知っておかなければいけない情報である。

 冒険者にとって情報は命に直結するものであり、活動する地の最新情報の収集を怠れば、知っていれば避けられた事故に遭遇し命を落とす例も少なくない。

 情報収集だけではない、その情報から予測される危険を回避し依頼を達成する方法を考えねばならないのだ。

 冒険者という職業は、見た目よりずっとインテリジェントな職業なのである。


「うん、フォールカルテの平常時のことはだいたい覚えたみたいだね。でもそれは貴族としても知っておかないといけないことばかりだからね。じゃ、その先――俺の出した宿題ね。現在のフォールカルテ周辺の情報と、そこから懸念される事項。これは当然だけど冒険者視点から見てのことだよ。これで合格点が出せたら、この後冒険者ギルドに行って一緒に実際に依頼を受けようか」

 そう、これは先週アベルがセレちゃんに出した宿題。

 薬草と毒草の見分けすら怪しいセレちゃんに、難しすぎるのではないかと心配になるような宿題。

 フォールカルテの周辺の基本情報及び最近の情報を集めるだけなら、ギルドなり侯爵家の人なりに聞けばわかることだろう。

 しかしその先、そこから導き出される懸念事項を纏めるのは容易ではないと思われる。

 もちろんそれは冒険者視点としてのこと。セレちゃん自身が冒険者としての活動する上で、自分の身を守るために予想しておかなければならないこと。

 本来ならコツコツと経験を積んたり、先輩冒険者と共に行動したりしているうちに身につくものだ。

 手加減をせず厳しくいくと言っていたが、お嬢様から冒険者になったばかりのセレちゃんには厳しすぎる宿題である。


「ええ、ちゃんと最近の状況も調べましたわ。まず海及び沿岸部――こちらはここ一ヶ月では大型の魔物の目撃がこれまでより非常に少なくなっております。これに関しましては、一見フォールカルテ近海が安全になったように見えますが、更に大型の魔物、捕食者の存在が懸念されます。その証拠にフォールカルテ沿岸部では動く島の噂があります。また同じようにルチャルトラでも動く島の目撃があったという話を冒険者ギルドで聞きました。この件はわたくしにはどうしようもございませんが、プルミリエ侯爵家と冒険者ギルドで調査を行っているようですが、今のところこの動く島による被害はない模様です。そうですわね、わたくしはまだ町の外の依頼は受けられませんので、そのような存在と対峙することはないでしょうが、もし目撃した場合は速やかにギルド及び騎士団にその状況をお伝えします」


「動く島」

「動く島」

「動く島」


 俺とアベルとカリュオンがハモった。

 ……俺はピエモンの冒険者で、フォールカルテやルチャルトラにはアベルの転移魔法でたまに来ているだけだから何も知らない。

 島のようにでっかい亀だか鮫だかの偉大な生物なんて知らない。


「そ、そうだね。確かに、一ヶ月ちょっと前くらいからフォールカルテ近海で大型の魔物の目撃が急激に減ってるって、冒険者ギルドの資料にもあったね。ま、大型の海に棲む島サイズの魔物なんて人間にどうこうできるレベルのものじゃないからね。そんなのを相手にできるなんてそれこそシュペルノーヴァクラスの生き物だよね。もしその噂が何かの巨大生物で敵性の存在なら領主、冒険者ギルド、国の案件になりそうだね。で、他には? そうだね、もっとセレに関係ありそうなことは何かあるかい?」

 動く島の話のせいか、アベルの笑顔がほんの僅かにピクピクとしているのが見えた。

 そしてその動く島の話題をサラリと終わらせ、宿題の続きを尋ねた。


 そう、そんな巨大生物なんてセレちゃんどころか俺達にだって相手にするのは無理な話だし、きっとその動く島は無闇に人間の町や船を襲うことはないと俺は思っている。

 もしかすると大きすぎる故に、海を移動する際に大きな波が起こるかもしれないから、それに巻き込まれないように気を付けなければいけないくらいじゃないかな? 

 だから動く島の話はここで終わりにしてもっと身近な話にしよう。


「わたくしに関係ありそうなことでしたら、そうですわね……最近フォールカルテから近い海岸で水属性ドラゴンフロウが生えていたとのことで、ランクの低い冒険者や採取専門の冒険者で海岸周辺が賑わってますわ。わたくしも海岸近くの依頼を受けた時は、注意して見ておりますの。でもドラゴンフロウって上位竜種の巣の近く、もしくは縄張りの近くに生えるのでしょう? つまり、近くにそういう存在がいるということですよね? シュペルノーヴァは火属性ですので、シュペルノーヴァではない強力な水属性の竜がフォールカルテ近海にいるということになりますわ。先ほどの動く島の件と関連があるかは不明ですが、大型で強力な水属性上位竜種の存在が懸念されます。もちろんわたくしでも気付くことですので、冒険者ギルドの職員の方々もプルミリエ侯爵家の方々のお気付きになっておられると思いますが、アイリスお姉様、その辺りはいかがなのでしょう?」


「水属性のドラゴンフロウ」

「水属性のドラゴンフロウ」

「水属性のドラゴンフロウ」


 またハモった。

 知らない。俺は何も知らない。

 海は広いし大きいから、どこに上位の竜種がいてもおかしくないのだ。

 そうそう、ウンダ集落に行った時も水属性のドラゴンフロウの話を聞いたなぁ~。

 海の守り神様のおかげかもしれないなぁ~。


「ええ、ルチャルトラにシュペルノーヴァが棲んでおり、シュペルノーヴァは現在活動期のためフォールカルテ付近まで飛来することもありますので、距離があるこの辺りでもドラゴンフロウが生えてくることもございます。しかしシュペルノーヴァのドラゴンフロウは火属性のドラゴンフロウですので、水はまた別の竜にまちがいございません。そのため、水属性のドラゴンフロウの見られた地域の海上では強力な竜種への警戒がされており、また採取されたドラゴンフロウの魔力解析も急がれております。まだ調査の途中ですが、他に類を見ない強力な水属性で今のところ魔力が合致する種がなく、ユニーク種の可能性が高くなっております。動く島の噂もありますので、このことにつきましては更に調査を進め、国と冒険者ギルドにも情報共有をする予定なのですが――皆様は何かご存じありませんか? つい最近シュペルノーヴァを呼び寄せてしまった、貴方方なら何か情報をお持ちではありませんか?」


「ふえぇ……まっまっまっまったく全然これっぽっちも心当たりがないっす」

「そうそう、シュペルノーヴァには心当たりがあるけど、他は知らないなぁ~。近くで変な亀でも泳いでるんじゃない?」

「亀じゃなくて鮫かもしれないぞぉ」


 やだなー、リリーさん。俺達を疑うのはよしてくれないか。

 人畜無害な一般市民で善良な冒険者の俺達が、ドラゴンフロウを生やすような竜とそんな頻繁に関わるわけがないじゃないか。

 はっはっはっ、先日のシュペルノーヴァはホント偶然だったんだ。

 ほらぁ~、アベルとカリュオンも竜じゃなくて亀か鮫じゃないかって言ってるだろ~。

 そんな、疑わしそうな目で見ないでくれよぉ~。


「うん、セレはちゃんとフォールカルテ周辺の近況を調べたみたいだね。セレの冒険者ランクを考慮すると、それだけ考えられるなら合格でいいかな。よくやったね、褒めてあげるよ。じゃあ、次は実際の現地に出てセレがどのくらい薬草と毒草を見分けられるようになったか、実際に薬草採りの依頼を受けて確認しようか。今日は薬草に詳しいレッド先生もいるから、レッド先生からたくさん学ぶといいよ。でも非常識は学ばないでね」

 フォールカルテ周辺の近況の話題は色々危険が危ないとアベルも思ったのだろう、極々自然に話題をすり替えた。


 そう、次は薬草! 採取が本業でなくとも安全な植物と危険な植物の見分けがつかないと冒険者活動は厳しいからな! 薬草エキスパートのレッド先生が直々に指導してあげるぞぉ!

 それからアベルは一言多いぞ!


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