第775話◆午後の授業の前に
昼ご飯前にアベルが上手く交渉してくれて、あの小島に釣り小屋兼干物小屋を建てられるかもしれない可能性が出てきた。
いざとなればテントで寝泊まりすればいいから、小屋じゃなくてもいいんだ。ただ干物を干せればそれでいいな。
別荘なんてとんでもない。あそこはフラワードラゴンの住み処だから、住み処を荒らさない程度の休憩場所があればいいんだ。
やー、楽しみだなー。ていうかあの小島、カメ君がすでに縄張り宣言していたなー。
ま、カメ君は人間の理屈に囚われない存在だから、関係あるけれど関係ないかー。
でも島の賃貸料はいくらになるのかなぁ? アベルが借りるって言っているけれど、全額払ってもらうのは申し訳ないので俺もちょっと払うよー。俺の財布から出せる程度でー。
ドラゴンフロウが生えているなら、それをポーションにするだけでも稼げるし、フラワードラゴンの住み処になっているならフラワードラゴンの鱗が落ちているかもしれないのでそれも珍しい素材でいいお値段になる。
でもアベルのことだから、採算が取れないような場所を長期間借りようなんて言い出さないはずだから、きっと何か考えがあるのだろう。
もしかしたら何か無茶な値段交渉かもしれないけれど。
まだどうなるかわからないけれど、釣り小屋の可能性にワクワクしているうちに昼食の時間になって、侯爵家の豪華で美味しい昼食を食べ終わると午後からはセレちゃんのための冒険者講座の時間だ。
食事が終わると、スーツからいつもの冒険者装備に着替えて、まずはセレちゃんと顔合わせとして簡単な自己紹介をするために用意された部屋に向かった。
そこで軽く冒険者として必要な知識をどのくらい身に付けているかと、アベルに出された宿題の進み具合を確認することになっている。
アベルがめちゃくちゃたくさん宿題を出していたけれど、ちゃんとやったかなぁ?
「改めて自己紹介を致します。リオの双子の妹のセレと申します、家名はわけがありまして名乗れ――あっ! 貴方はあの時の!! キルシェさんの連れのお方!」
「あ、どうも。レッド先生ことグランです。覚えていたのかな? まさにあの時のキルシェの連れだよ」
セレちゃんが待っている部屋へはアベルが先頭で入り、俺とカリュオンはその後ろに。
アベルの横にはリリーさんと護衛の騎士さんがいるため、自己紹介を促されるまでは俺の立ち位置からセレちゃんの姿はよく見えなかった。それはセレちゃんもきっと同じ。
自己紹介を促されカリュオンと共に前に出た時の反応がこれである。
午前中はレッド先生ルックで家庭教師。先週セレちゃんに会った時もレッド先生姿だった。
そのためレッド先生が、王都でのキルシェ迷子事件の時に会った、赤毛の冒険者グランだとは気付いていなかったようだ。
バタバタと混乱している中の短い時間だけだったし仕方がない。
てか、俺の変装で俺って気付かれなくて嬉しかったよ! アベルもハンブルクギルド長もあっさり見破ったからね!!
あ、そういえば白銀さんも気付いていなかったような……まぁ、あの人はものすごく脳筋そうだしな。
「もー、セレはちゃんと自己紹介もできないのかな? ていうか、一度だけしか会ったことない相手でも、あの程度の変装を見破れないのはダメだね。これは宿題を増やさないといけないね」
「げっ! あ、あの時はバタバタしてましたし、時間も短かったですし……べ、別に人の顔を覚えるのは苦手なわけじゃないですわ! アベル兄様は究理眼があるからズルいですわ!」
意地悪な表情でセレちゃんに小言をいうアベルは、すごくお兄ちゃんっぽい。
アイツ、末っ子っぽいと思っていたら更に下がいたのは意外だなー。しかしこうして見ると、しっかりお兄ちゃんをやっているよなぁ。
「究理眼がなくても俺の記憶力なら一目見たら特徴は覚えられし、その記憶を後に引っ張り出してくることもできる。ふふふ、ギフトもユニークスキルも実力の内だよ。でもセレはもっと注意力を鍛えないとダメだねぇ。これは性格の問題もありそうだから大変そうだねぇ。冒険者のことを教えながらそこもしっかり鍛えてあげるからね。それよりほら、ちゃんと挨拶をして? そんなことじゃ、学園に入ったら困るんじゃないの?」
「く……学園に籍だけ置いてテストだけしかいってない兄様に言われたくないですわ……。あ、失礼いたしました。この度はご指導を引き受けていただきありがとうございます。この夏――こちらに滞在中の間、よろしくお願いいたします」
籍を置いていただけみたいだけれどアベルは学園なんて行っていたのか。王都にある貴族の子息子女が通う学園のことかな?
ちょうどその年頃の時期のアベルって、俺と一緒にダンジョンで遊んでいた気がするけれど、そういう資格をしっかり取っているのはアベルらしい。
「アベルとグランのお守り役のカリュオンだよー。ポジションはタンク。武器は棍棒だが、最前線の立ち回りのことなら俺に聞いてくれてもいいぜ」
ああ、そっか冒険者としての授業だから、自分のポジションと得意な戦闘スタイルを示しておいた方がいいのか。
「グランだ、改めてよろしく。ポジションは前衛から中衛で火力補佐と足りないポジションの補欠要員兼雑用係だ。得意武器は一応剣かなぁ? 弓も使うし、殴る蹴るは冒険者の基本だから体術もそこそこかなぁ……槍も時々使うな。とりあえず浅く広く一通り使えるので、興味のある武器やポジションがあれば聞いてくれ」
こうやって言葉にしてみると、何にも特化していない自分の立ち位置の微妙さを思い知らされるなぁ。
魔法は全く使えない。剣も体術もドリーには劣る。防御は特化どころかペラペラ装甲の回避型なのでタンク役にはなれないので、敵を引きつける時は基本逃げ回ることになる。弓はドリーパーティーに競合がいないので俺の独壇場だが、俺より上手い弓使いなんていくらでもいる。他の武器? ギルドの講習会で習って、たまに実践で使って器用貧乏ギフトのおかげで伸びただけのやつだよ。
一番役に立っているのが索敵関係と飯の用意をメインとした雑用係なんだよなぁ。
……かなしっ!
「たくさんのことができるのですね、素晴らしいですわ。そういえば、先日王都でお会いした時も、狭い酒場の中で殴る蹴ると、周囲にある物を武器として扱って上手く立ち回ってらっしゃいましたね。後でノワ兄様に聞きましたの、狭い室内での立ち回りは長さのある武器は振り回しにくく時として致命的な隙ができてしまうので体術やナイフなどの武器が向いており、室内に限らず場に応じて使い分けられるように使える手段は多ければ多い方がいいと。それにわたくしが大好きな冒険小説の主人公も、たくさんの武器を状況に応じて使い分ける方ですの。それがまたかっこよくて……しかも、戦闘面だけではなく罠解除や索敵、野営時の料理まで何でもこなしてしまうスーパー冒険者ですの。グランさんも読んでみます? 暁の獅子と――」
「セレ! セレ! ノワ兄さんじゃなくてカシュー兄さんでしょ!! ていうか、自己紹介はもう終わったから、授業を始めるよ!!」
「ああああ~~、自己紹介もそのくらいにして、授業! そう! 授業を始めましょう!! セレお嬢様は、アベルさんの出された宿題をすごくすごくすごぉ~~~~く頑張られましたの!! ぜひぜひぜひぜひご覧になってくださいまし。はい! 自己紹介はここまで! 授業です、授業!!!」
セレちゃんが超早口で話し始めたところで、アベルとリリーさんがほぼ同時に止めに入った。
早口すぎるセレちゃんの話も、ほぼ同時すぎて声が被ってしまったアベルとリリーさんの言葉もよく聞き取れなかったけれど、とりあえずそろそろ授業開始かなぁ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます