第774話◆無理矢理に捕まえようとすると逃げていくもの

 やはり実験というのは何が起こるかわからない。

 まぁ何が起こるかわからないからこそ実験なのだが。


 と、真面目に反省をしながら言い訳をしたところでアベルとリリーさんのお説教は止まらなかった。

 助けて、カリュオン!!

 高位の貴族屋敷でスリープ効果を付与した札はまずかった? やっぱりそう思う?

 は、すみませんでした。次からはもっとまろやかな効果にします。

 え? あ、はい。まろやかどころか、周囲に影響が出そうなものを実習では作りません!!


 どちらにしろスリープ札は、使用者すら眠くなるからダメだな。あれだと魔力を与えて札の効果を発動した瞬間、使用者も眠ってしまうことになる。

 戦闘で使うからもっと改良しないと自爆するだけだな。

 安眠効果も少し強すぎたので――これはたぶん、紙にバイコーンの魔皮紙を使ったのと神代文字を使ったのがまずかったな。

 効果が高すぎると紙とインクの魔力がすぐに切れてしまうし、もっとまろやかな効果にして長持ちさせる方が実用性がありそうだな。

 って、何でみんな眠そうな顔をしているの? もうあのスリープ札はしまったよ?


 俺のうっかりスリープ札で主役のリオ君が寝てしまったため、今日の授業は終了。

 もうすぐ終わりの時間で、作ったものの発表会が終わったら片付けをして終わる予定だったしね。

 スリープ札で眠ってしまったリオ君は、魔力の効果でぐっすり眠ってしまっているが三十分もすれば目が覚めるだろうと、そのままそっとしておくことになった。

 目が覚めるころにはちょうどランチタイムになっているだろう。

 いやぁ、ホント申し訳ありませんでした!!!


 片付けが終わると、サロンに移動して昼食待機。

 片付けといってもスライム用機具やリオ君側で用意した素材の片付けは、リオ君が寝てしまったので使用人さんがやってくれた。

 俺は自分が持ち出したものを収納……いや、マジックバッグにしまうだけ。これはちょっと性能のいいアベル印のマジックバッグですよ~。

 それにしてもさすがは高位貴族屋敷の使用人さん達、片付けも手早いなぁ。普通の貴族令息の部屋にはなさそうな、スライム用機具の片付けも手入れも手慣れていたなぁ。


 そのサロンのふかふかの椅子に腰を掛けて一息ついたところで、リリーさんの表情がキュッと厳しくなった。

 ゲッ! スリープ札の件の説教はもう終わったと思ったのに、まだ続きがあるのか!?


「ところでお三方にはとても伺いたいことがございますの」

 お茶と茶菓子を運んできたメイドさんが下がったところでリリーさんが口を開いた。

 その超笑顔で声もいつもの鈴を転がすような声ではあるが、何故か歴戦のオーガ女史並みの迫力があった。

 これはたぶんやっべーやつだ。

 あれ? でもお三方? スリープ札でやらかしたのは俺だけだから、その件ではない?

 三人揃って何かやらかしたっけ? 全く心当たりがないなー?

 リリーさんや、リリーさんのお家に迷惑を掛けるようなことはやっていないはずだけどぉ?


「あー、先日のウンダの漁村の件かな? シュペルノーヴァが飛んできたやつ。いやぁ、びっくりしたよね? 俺達もたまたま近くにいただけだから詳しいことはわかんないけどさ、とりあえず先日フォールカルテの冒険者ギルドから手紙を送っておいたけど読んでない? それにだいたいの事情を簡単に書いておいたよ」


 アッ!


 そうだ、バッタバッタしていてすっかり忘れていたけれど青いフラワードラゴンに貰った宝の地図で宝探しをした結果、古代竜シュペルノーヴァがきてしまったんだった。

 いや~、まさかシュペルノーヴァのお宝を見つけてしまうとは思わなくてさ。

 ま、このことはどこまで話していいかわかんないから、説明はアベルに丸投げしよーっと。

 人間誰でも得手不得手はあって、適材適所の役割分担で効率化!!


「そう、それですそれです! 手紙の方も拝読いたしましたが――ウンダ地区沖の小島で宝探ししていたらシュペルノーヴァがきちゃった。でも、帰っていったからたぶん大丈夫。周囲にちょっと影響が出たけど俺達のせいじゃなくてシュペルノーヴァのせいだからね。それと、あの小島にグランが釣り小屋が欲しい言ってるから長めに見て百年くらいあの島を俺に貸してくれないかな? ――って、だいたいの説明が簡単に書かれすぎてましたよ!! それと然程重要な土地ではなくとも気軽に島一つ貸せって言われましても、はいそうですかって返事できる話ではねーんですわ!!」

 アベルらしい手紙というか、リリーさんがヒートアップしすぎて言葉遣いがおかしなことになっている。ご令嬢も大変だなぁ。


「そっかー、あそこの島に出没するアンデッドの噂の真相を教えてあげようと思ったのにぃ? たぶん知っていた方がいいと思うよぉ? 知らずに変な人に渡るより俺に貸してくれた方がいいと思うよ? 俺なら時々転移魔法で様子を見に行けるからね。それにグランが干物を作れる海沿いの別荘が欲しそうだしぃ? 別荘というか釣り小屋? ね? 貸して?」

 アベルがものすごく悪い表情になっているぞぉ。しかも顔がいいので無駄に様になっているのが悔しい。

「え? あの孤島の噂の真相? ええ、確かにあの辺りの漁民の間であの島にはアンデッドが出没するという噂があって、なんどか調査を行ったのですが沌の魔力は通常より少ないくらい、むしろ聖の魔力が多くてアンデッドが発生する条件が揃ってなければ、アンデッドが発生したような痕跡もなかったという報告がありましたわね。ですが、その後も地元からは度々アンデッドらしき存在の報告が上がってきておりますわね。その真相ということです? 毎年調査を行って毎年何もなく終わっているのですが、その真相を教えていただけるなら、あの島を一時的に貸すというお話はお父様に交渉してみますわ。それに別荘……く……干物の作れる海沿いの別荘……釣り小屋……」

 あぁ、あのフラワードラゴン達のお祭り騒ぎで舞っていた青い花びらか……。

 あれは遠目に見るとウィル・オ・ウィスプにも見えるそうだからな。

 地元の者達が勝手に勘違いしたとはいえ、フラワードラゴンの住み処に人が近付かなくなる理由としては十分だった。

 もしかしてそれが目的で、お祭り騒ぎのついでにあのように花びらを舞わせていたのだろうか。


「ふふ、じゃあちょっとだけ教えてあげる。あそこの島ね、フラワードラゴンの巣になってるよ。知ってた? 知らなかったよね? 知っていたら放置なんかしないで侯爵家で直接管理してたよね? 直接管理してたらアレも侯爵家が見つけてただろうしねぇ? ふふふ、続きも聞きたい?」

 うっわー、すごく悪人面。悪魔の顔!!

 つい飛びつきたくなるその誘惑。でも乗っかるとやばいやつ!! 


「へっ!? フラワードラゴンの住み処!? いやいやいやいや、知っていたら当然うちで管理してますから! っていうかそんなことが知られたら、あの島を買収しようとする者も出てきますし、然程重要な場所でもないのでフラワードラゴンの情報がなかったら、普通に売ったり貸したりしてもおかしくない場所ですわね。フラワードラゴンなら人の前に姿を現すことは滅多にありませんから、調査隊を派遣してもそこがフラワードラゴンの住み処だとわかるわけはないですわね……しかし、その証拠は……アッ! しかもアレって何ですかアレって!?」

 あぁ~、もう完全にアベルのペースだ~。


「証拠ならあるよ~。ほらほら、これ見て。小さな青い花のついたドラゴンフロウ。あの日、あの島で咲いてたんだ。魔力解析をするか、過去視のある人に見て貰えば、あの島産のドラゴンフロウってわかると思うし、きっとフラワードラゴンの魔力も検出されると思うよ。ふふ、これは証拠品として渡しておくね? えぇ~~? アレって何だっけ? アレって?」

 不敵に笑うアベルの表情は最悪の悪魔の表情である。


「く……確かにわたくしの鑑定でも、あの島産で水属性のフラワードラゴンの魔力を含んでいるように見えますわね……。これを隠して買収や借り入れの交渉をしてこなかったのは誠実な態度、こちらとしては非常にありがたいのですが……って、すっとぼけないで下さいまし!! 先に話を振ったのはアベルさんの方でしょう!」

 リリーさん劣勢だなぁ。応援したくなるところだけれど、俺は釣り小屋が欲しいのでアベルを応援するぜ!


「アレの話はまた後にして、先に島の話ね。フラワードラゴンの住み処だからさ、売るのは無理だと思うから、貸してくんないかなぁ? ね? 俺達が教えなかったら発覚しなかったことだし。それに俺達さ、あそこのフラワードラゴンに恩を売っといたから、俺達ならあそこに出入りしてもたぶんフラワードラゴンはあそこに住み着いたままだと思うし。どう? 下手に人の手を入れて幸運のドラゴンが逃げていくより俺達に貸した方がよくない? というわけで、侯爵にはそうやって伝えといて~。いい返事を待っているよ~」

 誠実どころか、めっちゃ交渉のカードに使っている。


「く……わかりました。それはお父様に伝えて交渉をしておきます。そうですわね……フラワードラゴンが気を許した者でない限り、近付いても姿を見せることはないでしょうし、下手に住み処を荒らせばそこから去っていってしまうかもしれませんからね。ならばフラワードラゴンと縁を繋いだ方に貸しておく方がよいですわね」

 あーあ、リリーさん、折れちゃった。

 やったー、干物が作れる釣り小屋計画が一歩前進だ!!


「そ、無理矢理に捕まえようとすると逃げていってしまう幸せと一緒だよ、幸運の象徴フラワードラゴンってやつはね」


 アベルがなんとなくいいことのように言って纏めているが、悪魔のような交渉だった。

 リリーさんおつかれ様。そして俺の釣り小屋のためにお父様を説得してくれ!

 釣り小屋兼干物小屋ができた暁には、ちゃんとお裾分けもするよ。



「で、アレというのをそろそろ教えていただけませんか?」

「ああ、アレね? シュペルノーヴァの宝物。たぶんあの辺の伝承にあった、海賊が盗んでシュペルノーヴァが激怒したっていう宝物を見つけちゃったんだ。そしたら、シュペルノーヴァが来ちゃった。すごくびっくりしたよねー」

 コテンと首を傾げてこちらを振り返るアベル。

 やべぇ、その向こうでリリーさんが顔を引き攣らせているぞ。

「おう、ちょっと熱かったけど、でっかくてかっこよかったぞ。ま、うちのテムペスト様の方がかっこいいけどな!」

 思ったより熱くなかったけれど派手ではあったな!!

 そしてどさくさでテムペスト様自慢をしているぞ!! うちのって何だ!? うちのって!?

「あ、大丈夫です。シュペルノーヴァさん、ちゃんと帰っていかれましたし、お礼もくれたのでだいたい丸く収まりました。貰ったものの実験もリリーさんちの近所ではやらなかったのでだいたい大丈夫です!!」

 俺はちゃんとフォローをしておこう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る