第773話◆飛び出す手紙

 採取したスライムゼリーに水を適度に加え加熱する。それを漉してやると、やや薄まったスライムゼリー液ができる。

 スライムゼリーのままだと文字を書くには粘度が高すぎるので、ゼリー内に紛れ込んでいる未消化のゴミを取り除くついでに程よく薄めてやると、付けペン用のインクにすることができる。

 この作業により、濃縮されて紺色だったラピスラズリスライムのゼリーが、鮮やかな青色の液体となった。まさにウルトラマリンブルー。

 といっても手作りなので、やっぱ少し薄いな。プロの業者に加工してもらうときっともっと鮮やかな青になるのだろう。

 まぁ、今回は実験も兼ねているのでこれでいい。


 ゼリーをインクとして使えるように加工する作業は、リオ君の部屋の片隅にある作業台を借りておこなった。

 日常的にスライムを弄っているので、自室で一通り作業ができるようにしてあるようだ。

 ソファーの周りは比較的片付いているが、リオ君がいつも作業をしていると思われる作業台には様々な道具が、勉強をしていると思われる机の上にはたくさんの本が置かれていて、その辺りは研究者の部屋のようになっている。


 リオ君はこの夏の間、リリーさんのご実家にホームステイ中とのことなのだが、滞在中の部屋はなかなか貴族屋敷らしからぬゴチャゴチャさに仕上がっている。

 それでも俺が来た初日よりは随分片付いているのだが。

 授業開始前にアベルがブツブツと小言を言っていたが、スライムは増えるもんだし、育成に必要な素材や資料も増えるもんだから仕方ないね。

 助け船を出そうかなーと思ったが、下手につつくと俺の方に飛び火して俺まで小言を言われそうだから、苦笑いをしながらピカピカ兄弟の会話を見守っていた。



 というわけでスライムゼリー液の熱が取れたら、実際にそれで魔皮紙に文字や魔法陣を書いて付与の実験だ。






「むぅ……できたけど、上手くいかないな。ていうか、グランを基準にすると下手っぴに見えちゃうから基準はリオにしよ。あっ、リオも意外とちゃんと付与できてる、悔しっ! しまった、グランじゃなくてレッド先生だった」


「アベル兄は魔法の才能があるからって力押しすぎるんだよ。力押しだから元の素材が良ければ何でも簡単に付与しちゃうけど、こういう効果の低い素材にそれに合っただけの付与が上手くできないんだよ。あ、レッド先生のことはアイリス嬢に詳しく聞いたよ。まさかレッド先生がアベル兄がよく家族に自慢してる冒険者友達だとは思わなかったよ。レッド先生の”ガラクタウェポン”っていう弱い武器に付与をして、意外な強さを引き出す手引きのハンドブックも読んだけど、実際に見るとレッド先生の付与ってすごく細かいなぁ」


「キッ! 俺は、付与は専門じゃないの。グランの付与はすごいし、非常識だから誰でもできるって思っちゃダメだよ。って、付与の本も出してたの……リオもどこでそんな本を手に入れてきてるの」


「最初に読んだのは護衛の騎士が持っていたスライムのお手軽飼育ハンドブックだけど、その後は図書館の司書に頼んでそろえてもらったよ。しばらく新しい本は出してなかったみたいだけど、最近”完全爆発マニュアル”ってハンドブックも出してたよね。他の人と共著だったけど、面白かったよ」


「何その物騒なハンドブック!? しかも共著!? そんなの一緒に作りそうな人ってバルダーナギルド長しか思いつかないよ! ていうか、うちの図書館にグランの本が入ってるの!? 帰った時にさがしてみよ!! あそこの司書、仕事してるのかしてないのかわかんない変な人だけど、頼んだ本は必ず見つけてくるんだよねぇ」 


「俺のもできたぞぉ~。ちゃんとできているかわからないけど、グランが持って来たローズクォーツスライムのインクで書いた、投げると一瞬強く光る目潰し用の札だ。上手くできてるかわかんないから、どっかで投げてみないとなぁ」


「ヒッ! そんな物騒なものここで作らないで下さいまし!! やっべーですわ、この方々のカオス度は加算形式ではなく乗算方式ですわ。ところでわたくしもできましたわ、ローズクォーツスライムの薄いピンクのインクと孔雀スライムの緑のインクで、羊皮紙に花を描いてみましたわ。こうして魔力を持つ者もしくは物が花の部分に触れると、幻影効果が発動して立体的な花として浮き上がってきますの。羊皮紙なのであまり可愛らしさがないのが残念ですわね。これを綺麗な紙でもできるようになると、令嬢の間ですごく流行りそうですわ。書いたものを一時的ではありますが立体として見せる……すごくありですわね」


 気付けば、授業を見学していたアベルやカリュオン、リリーさんまで参加しての付与実験になっていた。

 リオ君が育てたラピスラズリスライムと孔雀スライム以外にも、俺が育てた孔雀スライムとローズクォーツスライムのゼリーもインクにして、思うがままに色々な付与をして楽しんでいる。

 やー、授業は実習だよなぁ! 実際にやってみると楽しい。楽しいから好きになる。好きになると学ぶことが楽しくなる。

 どうせ学ぶなら、楽しい方が自主的に次のステップを求めるようになる。

 前世でも理科の実習は楽しかったなぁ、特に化学の実験、生物や地学の野外実習、物理は――数学みたいで難しくて時々寝ていたな。

 ……まぁ、誰しも得手不得手や好き嫌いはあるからな。楽しいと思えることは人によって違うのだ~。

 そう、今はスライムインクを利用した付与実習が楽しければいいのだ~。


 なお、もう一つ用意していたメイルシュライムインクはアベルとリリーさんに猛反対されて、収納の中に戻ってもらうことになった。

 ラピスラズリのインクに負けないほど綺麗な青なのに~。

 扱いに注意が必要なものも、実際に扱ってみないとその危なさはわからないんだぞぉ~。

 俺は危ない素材も扱いなれているから大丈夫。俺の実績を信じてくれてもいいのに、教育に悪いからダメだと言われた。何で!?


 なので、あまり危険のないスライムインクで付与の実験。

 ははは、アベルは魔法の才能にものをいわせて付与をするのは相変わらずだな。

 ギルドの講習で初歩的な付与は習っているはずなのだが、面倒くさくて我流でゴリ押ししている奴だ。

 そのため強力な付与もできるが、しっかりとした素材でなければ上手く付与をすることができない。

 今回は浄化用の札を作っていたようだが、力押ししすぎて素材の魔力がほとんど消し飛んで失敗したようだ。

 アベルが力押しなんかしているから、同じような魔除けの札を基本に忠実に作っているリオ君の方が上手くできているぞぉ。

 ははは、お兄ちゃん失格だな~。

 いて! いきなり、ちっこい氷をぶつけんじゃねぇ!

 しかも、床に落ちる前に消えてなくなるとか、部屋を汚さないように気遣いなんかしやがって!

 その無駄な器用さを付与にもいかせよ!


 って、ピカピカ兄弟を見ていたらカリュオンが何か物騒な札を作っているぞ。

 物理的ダメージのないものかもしれないが、フラッシュ御札なんて物騒なものを貴族様の屋敷で作るんじゃねぇ! リリーさんも困惑しているぞ!

 というかカリュオンは、自分は不器用だからとか付与は苦手だとか言っているけれど、この小さな札にしっかり付与を成功させているじゃないか!

 カーッ! どの世界もそうだよなぁ~! 

 できない~とかやっていない~とか飄々と言っている奴は、だいたい平均以上できたりやったりしているんだよおお!!

 そう、テスト勉強とか、テストの結果とか。カリュオンは明らかにそのタイプである。

 でもその札の実験は別のところでやろうな。もちろんうちでやるのもダメだし、実戦でいきなり使うのもダメだぞ。


 そしてリリーさん、さすが女性らしい付与。

 っていうかすご! 紙とインクで幻影効果付与しちゃってるよ! 絵も上手いけれど、それと同様に付与の腕前もすごい。

 女性が好むような質のいい紙の可愛い便せんは、魔力と相性を考慮せず見た目と書き心地に振り切ったものがほとんどだ。 

 それと魔力との相性を両立させるのはコスト的に大変そうだが、お金持ち貴族の道楽用ならば高くても需要は絶対にあるだろうなぁ。

 いやいやいやいや、でもそんなやっべー技術の付与ができる人がどれだけいるのか。

 リリーさん、さらっとやっちまってるけれど、それ多分やっべー高度な技術だよ。

 その高度な技術を無自覚に使うリリーさんは、間違いなくやっべーご令嬢だ。

 そして相変わらずものすごく早口。



「ところでグランは何を作ったの? メイルシュライムインクは収めたみたいだから、もう危ないものはないと思うけどグランだし安心できないんだよね」

「そうだよなぁ、俺達の予想を突き抜けるのがグランだからなぁ」

「手に持っている札から闇属性が溢れてますわね……孔雀スライムのインクでしょうか?」


 お? 俺の渾身の即席御札の話を聞いてくれる!?

 やー、語っちゃう語っちゃう!


「アイリス嬢、正解! これは孔雀スライムなんだけど、孔雀石は風属性だけじゃなくて闇属性もあって、これはその闇属性を利用したものなんだ。魔皮紙はバイコーンの皮から作った闇属性のものなんだ。バイコーンは二本の角を持つ黒い馬の魔物で雄も雌も関係なく人型種族の若い男が大好きな、ユニコーン同様特殊性癖の変態馬なんだ。なんで角のはえている馬って変態なんだろうなぁ。そんな闇闇の闇な素材に、神代文字で眠りに関する文言を書き込んでスリープ効果を付与したんだ。これに魔力を通せば強烈なスリープ効果が札を中心に発生するので、戦闘にも使える。しかもそれだけじゃなく、このままでもリラックス効果と誘眠効果があるから枕の下に入れておけば夜もぐっすり眠れるんだ。あれ? みんな眠そうな顔になってる? あれ? リオ君は寝ちゃった? あ、俺も眠くなってきた……ふあぁ……」


「グランの話が長いから眠いのかと思ったけど、その札の効果だよね!? 装備を外してきてるから魔法耐性がいつもよりも低いけど、それでも俺達まで眠くなるって絶対おかしい効果だよね!! 護衛も使用人も眠そうだから早くそれしまって! っていうか、リオが寝ちゃったよ!! もうこれ、覚醒魔法を使ってもいいかな!?」


「俺が眠いのは札じゃなくてグランの話のせいだと思うけどなー」


「バイコーン、けしからん馬ですわね……。や、そうじゃなくて覚醒魔法! 皆様、起きて下さいまし!! レッド先生はその札を早くしまって下さいまし、って自分の御札の効果で寝落ちしかけてる~~~~!!」


 だんだん皆の声が遠くなっていくと思っていると、ものすごく強烈な覚醒魔法で叩き起こされた。

 いや~、すまんすまん。札が効果の発生源だから自分にまで効果が出ちゃったよ。これは使用者が巻き込まれないように調整しないといけないなぁ。

 常時発生型の効果は加減が難しいなぁ。


 付与実験は自分と周囲への影響を考えながらやらないといけない。


 もちろんこの後、アベルとリリーさんにダブルで説教をされた。


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