第770話◆恥ずかしがり屋のアベル

 貰った鍵を扉の鍵穴に差し込んで回してみると、カチャリという小気味の良い音といかにもな手応えの後スウッと消えていった。

 なるほど、これを後六回繰り返せば扉が開くということか。

 先が長いな!! しかも次は闇属性!!

 リリーさんに頼んでめぼしいものが見つからなかったら自力で探さないといけないな。

 夜行性の生物に多いせいもあって、微妙に狙い撃ちしづらい属性なんだよなぁ、闇属性。

 や、今はまさに夜だけれど、今日は昼間に仕事頑張ったし明日も仕事だし、良い子は適度に酒を嗜んだら寝るのです。

 夜はゆっくり寝たいでござるよ。


 リリーさんに聞いてみてからにしようと、この後もう少しだけ酒を飲んで寝ることにした。

 苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんは泊まっていくんだね。サラマ君はお家に帰るの?

 そっか、じゃあまた遊びにおいでー。夜遅いから気を付けて帰るんだよー。




 と、お開きになったその数時間後――。




「んんー、トイレトイレー。今日はちょっと飲みすぎたかなー」

 深夜トイレにいきたくなって目が覚めてしまい、ゴソゴソとベッドから起き出すことになった。

 うちは気配に敏感な奴らばかりだから、起こさないようにしっかりと隠密スキルを使って気配を消してトイレへいこう。


 って、あれ? リビングに人の気配がするどころか、魔力がユラユラとしている感じがしているうえに少しだけ開いているリビングの扉の隙間から薄い光が漏れている。

 この明るさの感じ、リビングの照明は点けずに光魔法で弱い光を出しているだけだな。


 この気配とよく知った魔力の感じアベルか……何やってんだ、アイツ。

 ははん、さては夜中にこっそりつまみ食いかぁ?

 あれ? だったら冷蔵箱の中にはアベルの大好きなプリンが入っているキッチンにいくよな?

 しかも何か魔力がユラユラしているので、つまみ食いって感じじゃないな。

 んじゃ、何でこんな夜中にリビングなんかで魔力を使って何をしているんだ?


 気配を消したままそっとリビングに近付き、少しだけ開いているリビングの扉から中を覗く。

 うちの家は中古物件なので、やや立て付けが悪い場所もある。リビングの扉なんかがまさにそう。

 ちゃんと閉めたつもりでも、時々閉まっていなくてこんな風にいつのまにか少しだけ開いていたりする。

 アベルなら気配察知が苦手だから、隠密スキルまで使って完璧に気配を消している俺に気付くはずが――。


「誰だっ!?」


 ぬお!? 気付かれた!? アベルのくせに!?

 しかも気配を消して近付いたせいか、突き刺さりそうなくらい鋭い声が俺の方へと放たれた。

 あぶねぇ……トイレにいきたいせいもあって、びっくりした拍子に漏らすところだった。

 家の中だからそんなに警戒しなくてもいいのに、うちの家にいったい何がいると思ってそんな警戒してるんだ?


「悪ぃ、驚かせた。トイレにいきたくなって目が覚めちまったな」

「……グラン?」

 隠密スキルを解いて扉を開けて姿を見せると、警戒を解いたアベルが何をそんなに驚いているのかってくらいポカンとした表情になった。

 ここは俺の家なのだから、俺が夜中ウロウロしていてもおかしくないだろ?


「お前、こんな夜中に何やってんだ。アッ!」

 何やってんだと思ったが、その答えはすぐにわかった。

 それと同時にアベルが目を泳がせながら、その答えと俺の間にすっと体を動かして背中の後ろにそれを隠した。

 もう、見えてるっつーの。

「…………何もしない。何もしてない」

 恥ずかしがっているのかいつもより低いアベルの声。

「別に箱庭を弄るくらい隠すことでもないだろ。みんなが弄ってる時あんま興味なさそうな顔をしてたけど、アベルも弄りたかったのか?」

 こいつ昔から変なところで恥ずかしがり屋というか、一匹狼気取りのとこがあるんだよなぁ。

 俺に図星を突かれたようでアベルの顔が引き攣る。

 うんうん、俺は勘が鋭いんだよ。


「べっ別に、はっ、箱庭を弄りたかったわけでは……っ! 箱庭に闇の魔力が必要のようだったから……ね? 特化しているわけではないが、闇の魔力なら俺でもなんとかなるので魔力を注いでいたのだ……よ。闇故に深夜の方が効果が高いと思って……ね?」

 ものすごくそわそわして落ち着かない様子で話し方までぎこちなくなってるアベル。

 ははぁ~ん……アベルの奴、みんなにバレないようにこっそりと二つ目の鍵の条件をクリアしておこうとしていたな?


 アベルって時々こういう陰でこっそりと助けてくれようとするんだよなぁ。ツンツンしていて自己中のくせに、根は世話焼きなところは昔から変わっていないなぁ。

 少しひねくれているから素直になれない時があって、時々こんな風に陰でこそこそやってるんだよな。


 でもそういうのって縁の下の力持ち感あってかっこいいので、気持ちは俺にもわかる。

 そしてそれを見つかってしまうと恥ずかしさが倍増するので、今こうしてアベルが目を泳がせまくっている気持ちもわかる。

 気付かないふりをすればよかったかな……いや、完全に気配を消していたのに気付いたのはアベルだ。

 せっかくアベルが良かれと思ってやってくれているのだから、あまりつっこむのは野暮ってものだ。

 俺は当初の目的のトイレへいこう。


「そっか、夜遅くにありがとな。アベルのそういう、いつも陰で助けてくれていることにはいつも感謝してるから。きっと俺の知らないところでたくさん助けてくれてるんだと思うけど、いつもありがとう。アベルが恥ずかしいなら誰にも言わないから、このことは俺とアベルだけの秘密な。それじゃ、漏れそうだからトイレ! 朝になったら二個目の鍵が貰えるといいな!」

 改めてお礼を言うと何だか恥ずかしくなって、言うだけ言ってリビングからさっさと出て扉をしっかりと閉めてトイレへと早足で向かった。




 そんな出来事があって、その後はトイレを済ませてベッドでスヤァ。

 夜が明けて、朝食前に箱庭を覗くとキノコ君が例によって手を振っていた。

 おっと、これはぁ!? いつもの朝のお裾分けに、俺が期待しているものが――あった!!

 いつものお裾分けと一緒に二つ目の鍵を貰って、俺と一緒に朝練をして朝食の準備も手伝ってくれていたジュストに次のお願いを通訳してもらった。


 みんなが眠っている間、二つ目の鍵の条件を満たしていたものだから、朝食の話題は当然のように箱庭の話だった。

 アベルが夜中にこっそりやったことなのだが上手い具合に魔力の特徴を誤魔化していて、何か強力な闇属性素材でも投げ込んだのかという感じで、箱庭の一箇所に闇の魔力が溜まっている。

 その溜まっている場所というのが、湖の真ん中にある小島にポッカリと空いた穴。毛玉ちゃんがよく弄っていた場所らしく、もとから少しだけ闇の魔力が溜まっていた。

 その穴は洞窟の入り口のようにも見えるが、その雰囲気はダンジョンの入り口にそっくりである。

 箱庭自体ダンジョンに近いものにも感じるが、そこにダンジョンでもできてしまったのだろうか……。

 その部分が濃い闇属性の霧に覆われ、なんとも怪しげな雰囲気になってしまっている。


「ふむ、まこと闇の魔力が増えているな……しかし、何故?」

「キィ?」

「モモォ?」

「カメー……」

 箱庭に闇の魔力が増えていることに気付いても、その原因にまではラトすら気付くことができていない。

 ラトすら欺いてしまうなんて、なかなかやるな。

 苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも不思議そうに首を傾げている。

 カメ君だけはアベルが何かやったことを察したのか、チラリとアベルの方に視線をやったのが見えた。


「昨夜突然、箱庭の中に闇の魔力が増えたってキノコさんが言ってました。グランさんが昨夜何かやったんですか?」

 おい、ジュスト。真っ先に俺を疑うんじゃない。

 そんな俺ばっかり疑っているとアベルのような大人になるぞ。


「んあ? 俺は何もやってないなぁ。夜中に親切な妖精さんが闇の魔力を注入してくれたんじゃないかなぁ?」

 チラリとアベルの方を見ると、眉を寄せてめちゃくちゃ渋い表情をされた。

 ははは、ごめんて。昨夜のことは俺とアベルの内緒の話なのはわかってるって。

 箱庭を弄ったのは妖精さん。そう、妖精さんですよ~。


「で、次の鍵は何なんだ? って、箱庭に足りなかった火と闇ってくると何となく察するけど」

 さすが勘の鋭いカリュオン。火と闇の次に気付いてしまったようだ。

 そう、うちの箱庭に圧倒的に足りない属性。そして周りにその属性に高い適性がある者がいない属性。


 沌! そうだよ、俺の苦手な沌だよ!! どうすんだよ、沌とか!! やっぱ、シルエットに頼むしか!?


「でも、それも解決してるように見えるけど?」

 何だか不機嫌そうなアベルが目を細めてこちらを見ている。

「えへへ、バレちゃった? 三つ目は沌属性を増やせってお願いだったから、やっぱシルエットに頼もうかなって思ってたんだけど、収納に貯めてた沌の魔石を箱庭の中に埋めたらいけちゃった。三つ目の鍵までゲット完了! 褒めて褒めて!」

 実は思い付いたことがあって二個目の鍵を貰ってすぐに試したら、それでキノコ君のお願いが見事達成になってしまったのだ。


「それでこの森の中の歪な裂け目なわけね……確かに裂け目の奥から沌の魔力が出ているわね」

「わたくし達やラトやそこのおちびさん達のせいで聖の魔力が増えすぎているのを、ナナシを地面に刺して中和してそこに沌の魔石を埋めたのですね」

「この裂け目はナナシを刺した跡ですねぇ? 確かに聖の力が弱まって沌の力が増えてますけどぉ、どうしてそこだったんですかぁ?」


 やー、まさにウルの言う通りなんだよなぁ。

 ラト達が弄くり回した影響で聖の力が強すぎるなら、沌の魔石ごときではいくら投入してもバランスは取れないだろう。

 ならば聖の魔力を少し減らしてはどうか。


 そういう理由でナナシをぶっ刺してみた。

 やたら森だらけになっているので森の深い場所にブスッと。

 ここならキノコ君の家から距離があるし周りは聖属性たっぷりの森なので、何かあっても森の聖属性が沌の魔力を中和してくれるだろうとブスッといって、大きめの沌の魔石を三つくらい埋めてみた。

 その結果、森を切り裂くように大きな亀裂ができ、そこから怪しい沌の魔力が上がるようになった。


 これはやらかしたかと思ったけれど、キノコ君的にはセーフだったらしく三個目の鍵を貰えた。

 やったね! 残りは四つだよ!!


【妖精の箱庭:Lv2】

レアリティ:SSS

品質:マスターグレード

素材:???

属性:聖/光/土/水/風/火/闇/沌

状態:良好

扉開放準備期間:鍵(3/7)

耐久:11/15

用途:ままごと

アミダモゼニデヒカル

ヒント:スギタルハナオオヨバザルガゴトシ


 ナナシをぶっ刺したせいか、耐久が減っちゃったけど……どうしよう。


 そして四つ目の鍵を手に入れるためのお願いもどうしよう。



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