第769話◆過ぎたるは猶及ばざるが如し

 夕食が終わると一度片付けた箱庭を引っ張り出してきて、リビングのローテーブルでそれを囲み箱庭とキノコ君のお願いについて考察。酒を飲みながら。

 夜になり三姉妹は寝てしまったので、箱庭を囲んでいるのはでかい男四人と可愛いモフモフジュスト、そして青、緑、赤、焦げ茶のチビッコ生物達。


「キノコの生活状況は物を与えれば変わるようだが、環境は魔力を与えるか魔力を含んだ物を投げ込むとどんどん成長していくな。確かに我々だけだと森に多い要素――土や水、それから聖と光にも偏りがちだな。水と聖はカメも弄っているから更にだな。で、苔玉が弄って風が追加されて、モグラモドキが弄って土が更に伸びてしまったと。それにしても光が妙に強いな……やはり我らのせいか。フクロウの子も時々参加してるので闇要素は僅かにあるが、火だけは確かにこれまでほとんどなかったな。まぁ、属性はバランスが取れている方が環境としては過ごしやすいな」

 と言いつつも、箱庭のど真ん中に立っている大きな樹にキラキラと何かしら魔力を振りかけているラト。その顔はすでに白い肌が赤くなり目もトロリとして、随分と酒が回っていることを示している。

 おい、そのでかい樹ってレベルアップした時よりも更にでかくなってるよな!?


 その箱庭のほぼ中央にドーンと居座るでかい樹の周りには森が広がり、森の端には湖、その中には何か怪しげな洞窟のある小島。

 その湖からは川が流れ出しその川の傍にキノコ君の家と畑がある。

 もちろんその川は、カメ君の魔力の影響でできたと思われる海へと流れ込んでいる。

 そしてキノコ君の家から見て森の向こう側には山が、更にその向こうには別の海が広がり小島が点々と浮いている。

 これもカメ君の仕業かな。海だから配置は端っこの方が景観的に落ち着きやすいってことかな?


 確かに言われてみると火属性の要素はほとんどない。

 今は外の季節と同じく夏のようだから、火の要素が少なくても寒さに凍えることにはならないだろうが、冬になるとやばいかもしれないな。

 火山があれば温泉も湧くみたいだし、これは早急に火山ができそうな要素をキノコ君に渡すことにしよう。


 一度レベルが上がってサイズが大きくなった箱庭。俺はあまり弄っていなかったのだが、ラトや三姉妹達が暇潰しで弄っているせいか、あれから更に自然が豊かになっている。

 その反面、自然が豊かになりすぎて、キノコ君一家だけでは開拓が追いついていないようだ。

 そこにきて、苔玉ちゃんの仕業なのか森の拡大。そりゃ、キノコ君も手が回らなくて助けを求めるってことだな。

 自然が豊かになりすぎると、キノコ君が住むことができなくなってしまう。それどころか属性のバランスが崩れすぎると箱庭内の生態系にも影響が出てくるだろう。

 その結果、箱庭内の環境が崩壊して箱庭が成り立たなくなるかもしれない。そうなると箱庭の崩壊ともいえるかもしれない。

 箱庭の耐久は物理的耐久だけではなく、こういった箱庭世界的な耐久も含まれているのではないだろうか。


 ということは無闇やたら弄くり回して自然を豊かにしすぎると――。


「ゲッ!!」


「カーッ!!」


「キエエエッ!!」


「モ……ッ!?」


 と思った時にはもうチビッコ達が騒ぐ声が俺の耳に入っていた。

 四大元素の魔力をヒシヒシと感じて嫌な予感がするぞおおおおおおおお!!


 アッ!! 火山!! 箱庭の山岳地帯に先ほどまではなかった火山が生えている!! これはサラマ君の仕業かな!?

 キノコ君の家からは離れているしこれはセーフかな!? というかこれでキノコ君の一つ目のお願いは達成されたのでは!?

 火山が生えてラッキー、サラマ君ありがとうって思ったら、カメ君が対抗して火山周りの森や山を削って火山を湖で囲んでしまったぞ!!

 湖の中央に浮かぶ火山……かっこいいからありだな!! 噴火しても湖で溶岩が止まるかな!?

 しかしこの湖で森を削られてしまった苔玉ちゃんが、葉を逆立てて反論をしている。

 そして森を削られた腹いせか、荒野の方に何かをしようと前足を伸ばして焦げ茶ちゃんにペチッと前足を叩かれた。

 うん、森はちょっと増えすぎだから少し削ってちょうどいいくらいじゃないかな?


 陣取りゲームみたいですごく微笑ましい光景だし、火山は大歓迎だったんだけどちょっと待って! ストップ! ステイ! お座り!!

 やりすぎたら、また大自然が豊かになりすぎて箱庭の耐久が下がらない!? いや、これで実際下がったら検証完了ではあるな!?

 そうだな、キノコ君の領域が浸食されなかったらセーフだな!?


 そんな中、箱庭の家からヒョコッと庭に出てきたパジャマ姿のキノコ君が、こちらに向かって手を振っている。

 ごめんね、もう夜だから寝る時間だった? まだ起きてた? 手を振っているってことは何か用事かな?

 キノコ語はわかんないから、助けてジュスト!!


「キノコさんが何か言ってますね。火山ができたから一つ目の鍵の条件は達成だから、鍵は箱庭のオーナーのグランさんに渡しますって。でも夜はねるから、次回からは夜に達成しても鍵を渡すのは日の光がある時にするそうです。それから次は闇の魔力を増やしてほしいそうです。光の魔力が強すぎて寝苦しいみたいですね。そして、それではおやすみなさい――とのことです」

 手を振るキノコ君から視線をジュストにやると、ジュストが察してキノコ君の言葉を通訳してくれた。

 さすがジュスト! 空気の読める良い子のうえに、チート翻訳スキルがすごい!!

 ジュストに言葉を伝え終わったキノコ君が家の中に入る直前にクルンと回ると、金色の光が箱庭から俺の方へと飛びだして来た。


「おっと。これが鍵かな、サンキュー! 夜遅くにごめんな、おやすみ」

 飛んできた金色の光をキャッチすると、手のひらの中にはいかにもという感じの金色の鍵が。

「え? もう一つ目貰えたの? 火山が生えてきたから何もしなくても貰えたの? 赤い子がやったの? ふぅん、なかなかやるじゃない」 

「ゲッゲッゲッゲッ!」

 自分達では何もしていないのに、一つ目の鍵を手に入れてしまった。

 これにはいつもツンツンしているアベルも、素直にサラマ君を褒めている。

 おかげで明日ルチャルトラに行かなくてよくなったなぁ。でも次は闇かぁ……闇なぁ……。

 毛玉ちゃんが闇属性の妖精っぽいけれど、普段弄っているメンツが格段強烈なメンバーなので、彼らにとってほんの少しだけの力で弄っているだけだとしても、普通の妖精である毛玉ちゃんの闇の魔力だけではどうしても押し負けてしまうようだ。

 闇かぁ……闇といえばあの人だよなぁ。それでもラト達の魔力相手だと足りるかどうかわからないなぁ。


「闇といえばシルエットだよなぁ」

 俺がまず頭に思い浮かべた人物の名をカリュオンが口にした。

「ダメ!! シルエットはダメ!! 箱庭を弄るってことはシルエットをここにつれてくるってことでしょ!? シルエットが来たらなし崩し的にドリーとリヴィダスも来そうだよ!! そしたらもう部屋が余ってないのに住み着かれたらどうするの!? それにドリー達に説明しにくいことだらけの家に呼べるわけないでしょ!」

 秒でアベルの反論が飛んできた。

 言われてみると説明しにくいことばかりの家だな。

 カリュオンは里帰りの流れでそのままうちで過ごすようになったが、カリュオンはあまり他人に干渉はしないし、その過程で知ったことを他人にペラペラ喋るタイプではないので、ラト達のことを知られても大丈夫だと思っている。

 そもそもカリュオンの故郷がうちの裏の森と続いているせいで、ラト達の存在はうっすらと知っていたみたいだし。

 勝手に押しかけてきたアベルは、まぁアベルだし……。

 ドリー達にまた改めて説明すると思うとやっぱ面倒くさいし、気の利いた説明を思い付くまでドリー達を呼ぶのはやめておこう。

 気の利いた説明を思い付く日が来たらドリー達も呼んでホームパーティーをしてもいいな。思い付いたら……いつか、そのうち、また今度。


「闇かぁ……闇ねぇ……。それっぽい素材を探してくるしかないかなぁ。明日リリーさんのとこに行った時に何かすごいアイテムがないか聞いてみるかー」

 ラト達の魔力に負けないものとなると相当なものになるけれど、メイルシュトロックを賄賂としてバルダーナに渡せるほどの令嬢のリリーさんなら何かすごい闇素材を持っているかもしれない。

 よし、リリーさんに相談してみよう!


「ねぇ、ところでさ……箱庭にヒントが見えるよ」

「む? まこと、ヒントが増えておるな。あのキノコなかなか気が利くではないか。ふむ……スギタルハナオオヨバザルガゴトシ?」

「カメェ?」

「クサァ?」

「ゲェ?」

「モォ?」


 首を傾げながら箱庭を指差すアベル。

 それに続いてラトとカラフルなチビッコ達が首を傾げる仕草がシンクロした。


【妖精の箱庭:Lv2】

レアリティ:SSS

品質:マスターグレード

素材:???

属性:聖/光/土/水/風/火/他

状態:良好

扉開放準備期間:鍵(1/7)

耐久:12/15

用途:ままごと

アミダモゼニデヒカル

ヒント:スギタルハナオオヨバザルガゴトシ


 鑑定するとラトが口にした言葉がヒントという項目として追加されていた。

 そして夕食前に鑑定した時から火属性が追加され、鍵が一つ増えているような表記。

 それから……耐久が一つ減っているぞおおおおおおおお!!!

 もしかして、あまりに耐久の減りが早いから、キノコ君がヒントをくれたのかーーーー!?


 スギタルハナオオヨバザルガゴトシ――過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 どんなに良いことでもあっても、度が過ぎてしまえば足らぬのと変わらない。


 そのヒントからは不穏さと、もりもりと拡大する箱庭の中の大自然に対するキノコ君の感情が感じられた。


「スギタルハナオオヨバザルガゴトシ……どういう意味だろう。でも何かすごくいい言葉にも聞こえるね」

 縛めのための言葉だから。心の隅に置いておくべき言葉だな。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し――どんな良いことでもやりすぎと足りないのとは変わらないのでほどほどがよい、という意味ですね」

 さっすが、つい最近まで現役の日本の中学生! ジュスト、偉い!!

「へぇ……グランに千回くらいは口に出して言わせたい言葉だね」

「うるせーぞ、アベル。世の中、大は小を兼ねるって言葉もあるんだよ」


 何故か矛先がこちらに向いたが、箱庭弄りはほどほどにしないとダメなようだな。

 これからは、やりすぎないようにほどほどに頼むぞ!!

 特にそこの酔っ払い!! 幼女三姉妹にもしっかり伝えておいてくれ!!

 チビッコ君達もほどほどで頼むよ!!


 箱庭が壊れたら遊べなくなるし、せっかく小さな世界みたいになってきたのだから壊れちゃうと悲しいからね。

 ほどほどに頼むよ、ほどほどに。 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る