第765話◆閑話:運の悪い少年と巻き込まれ体質の竜――参

 箱庭の中に引き込まれつつある犬コロに向かってピョーンと跳ぶと、私の体に魔力が絡みつくのを感じた。そして引っ張られる感覚。

 これは箱庭の魔力だな。

 もちろんその気になればこの程度の魔力なら振り払って、犬コロと共に元の場所に戻ることはできる。

 まぁ、その衝撃で箱庭が壊れてしまうかもしれないが。


 あの女神三姉妹が随分楽しそうに遊んでいたところを見ると、この箱庭はそうとうお気に入りのようだ。しかも白い珍獣も青い亀も緑のデブも弄くり回している痕跡があった。

 あいつら纏めて面倒くさい奴らだからお気に入りの箱庭を壊したら、この世の終わりの如く面倒くさいことになりそうだ。

 それにこの箱庭は赤毛の持ち物のようだし、世話になった者の所有物を壊すわけにはいくまい。

 少々面倒かもしれないが、古代竜の私がいるなら何が起こっても安心だ。ここはキノコの願いを叶えてやって、穏便に脱出することにしよう。


「いたぁ……中に引き込まれちゃったのかな……」

 引っ張られる体に纏わり付く魔力と引っ張られる感覚から解放されると、ドサリという音と犬コロの声が聞こえた。

 その間、私の体はポーンと宙になげだされていたが、尻もちをついている犬コロの横に華麗に着地。小さくなっても古代竜の身体能力は偉大なのだ。

「モッ!」

 そして犬コロの言葉に応えるように前足を上げた。


 周囲を見れば木々が密集する森。明らかに魔力で創り上げられた空間の感じがする。

 外部から弄り倒し、弄った奴らの力が混ざり合い創り上げられた世界。ダンジョンに近いものではあるが、それとはまた少し違う。

 正真正銘の箱庭――小さな世界のようなものである。

 そしてその箱庭の中に引き込まれてしまったのだが、安心しろ私がついている。


「あっ、焦げ茶さん!? もしかして巻き込んじゃいました? それともついて来てくれたのかな?」

「モモモッ!」

 うむ、付いて来た。私が来たからにはキノコの住み処の周辺から森をなくす――森を更地にするくらい簡単なことである。

 ドーンと地震を起こして全部土の中に埋めれば解決というやつだ。

 と思ったのだが……。


「ごめんなさい、僕がうっかりだったばっかりに。箱庭のキノコ君のお願いを叶えればここから出られるのなら、キノコさんの生活に支障が出ないくらいまでこの森の木を伐採すればいいのかな? でも、魔物の気配もしますね。僕だけでなんとかできるかな……ううん、なんとかしますね! 僕がちゃんと焦げ茶さんのことも守りますから安心してください! それで一緒にグランさんの家に帰りましょう!!」

 え……馬鹿正直にこのモコモコしまくっている森の木を伐採するつもりか?

 しかも私のことをただの可愛い小動物と思い込んでいるのか?

 もしかしてめちゃくちゃ純粋な子か!?

 昨日からそんな気はしていたが、近年稀に見る天然物の良い子ではないだろうか?

 しかし偉大な魔力を隠しているとはいえ、私のことをただの可愛い小動物だと思い込んでいるのは、少し油断がすぎるというか察知能力に難があるというか警戒心が足らなすぎるぞ。

 だがまぁ、自分より弱き者を守ろうというその姿勢は気に入ったぞ。

 よいだろう、しばらく犬コロのやりようを見守ってやろう。


 って、何だその斧ーーーー!?

 魔神の斧(呪い状態)とか見えるが、犬コロがすでに持っている呪いの方が圧倒的上位で、斧の呪いが無効化されているぞおおおおおお!!

 使えば使うほど持つ者を魔物に変える斧のようだが、すでに犬コロは呪いの効果で犬コロになっているから魔神の斧の効果が全く出ていないぞおおお!!

 何だこの毒を以て毒を制する状態は!?

 中古武器屋で売りつけられたとかいっていたが、その店主が犬コロの状態をわかってこの斧を売りつけたのなら、恐ろしく見る目のある奴だな!?

 ていうか、それ伐採用の斧ではなく普通に生き物をぶん殴る斧だと思うのだが……木こり用の斧ではなくバトルアクス。

 ま、犬コロがノリノリで伐採しているから、そっとしておいてやろう。

 偉大すぎる古代竜たる者、小さき者に干渉しすぎるのはよくないのだ。時にはこうして見守ることも必要なのだ。


 ノリノリで伐採をしているわりには、斧の扱いに慣れていないのか動きがぎこちないな。

 仕方ない、そこは偉大な私が指導してやろう。長寿の古代竜たる者、竜生で一度くらいは木こりになったことがあるものなのだ。

 うむうむ、身振り手振りで教えてやると通じたようで随分それらしくなって、木こり姿も様になり始めたぞ。素直に学ぶ子はよきかなよきかな。

 というか切った木は持ち帰るのか。何かに使うつもりなのだろうか。まぁ、なかなか性能の良さそうな収納スキルだし問題ないか。


 私の中で一番の思い出であるラグナロックやその友ヴァッサーフォーゲルとの冒険の旅でも奴らに色々と教えたが、奴らは私が教えたことを無駄に捻って斜め上向きに応用する奴らだったからな。

 その結果だいたい碌でもないことになるんだよな。緑い奴はだいたいそれを大はしゃぎで見ていて、青い奴は毎回キレてたな。

 思えばこんなに素直に学んでくれる子は貴重かもしらん……伐採を頼まれて真面目に伐採をする子が今時いるなんて……。

 どうせ開拓するなら伐採などせずに燃やした方が方が早いと森に火を点けるヴァッサーフォーゲル、それを風で煽って大火事にするガーランドことラグナロックみたいなアホの子ではない純粋な良い子のようだ。

 いかんいかん、昔のことを思い出したら気が遠くなるところだった。


「焦げ茶さん! 逃げますよ!?」

「モッ!?」


 適当な石の上に座って犬コロを見守りながら昔のことを思い出して少し気が遠くなったついでにウトウトしていると、突然体が持ち上げられる感覚がして目が覚めた。

 気付いた時には全力で走る犬コロに抱きかかえられていた。

 ん? どうした? 何があった?


 ブブブブブブブブ~~~~~~ン!!


「蜂です! 切り倒した木の上にスズメバチの魔物の巣がありました!!」

「モモモモッ!?」

 うわああああああ……。

 蜂だぁ!! 巣のある木を切り倒されてめちゃくちゃ怒りモードの蜂が、群を成して追いかけてきているぞおおおおお!!

 偉大な古代竜の私でも、あの蜂の大群に刺されたくない。


 切った木に蜂の巣があるとかやはり運が悪い犬コロだな。

 いや、木に蜂の巣があるのは、切る前に上を確認すれば気付くよな。デカイ蜂の巣ならなおさら。

 ……もしかしてこの犬コロ、運の悪さに加えてうっかり属性もあるのか!?


「向こうに湖のような気配がするので、そこに飛び込んでやりすごしましょう! うわっ! 熊! 熊さんごめんなさい、僕は今忙しいんです! 死なない程度に思いっきり蹴飛ばすけど許してください!!」

 森の中を疾走する犬コロの前に、大きな熊が出てきて立ち上がった――のだが、その顔面に勢いのある跳び蹴りが決まったーーーー!!

 犬コロは生き物を殺すと獣に近付く呪いがかかっているから死なない程度に加減をしているようだな。

 ふむ、自分の呪いと上手く付き合っているようでよろしい。

 その呪いはただ犬コロに姿が変わっているだけのように見えるが、人間より遥かに優れている犬の嗅覚や聴覚もその気になれば使いこなせるはずだ。

 ただの呪いとは違うその呪い、犬コロが上手く付き合えば犬コロにもっと力を貸してくれるぞ。

 ……まぁ、めちゃくちゃ運が悪いのはどうしようもないと思うが。


「あ、湖が見えてきましたよ! 飛び込みましょう!」

 飛び込みましょうって、追いかけてきていた蜂の魔物は道中に現れた熊にターゲットを変えて、もう追いかけてきてはいないぞ?

 あの熊、日頃から蜂の巣を襲撃しておって蜂に恨みでも買っていたのではないか?

 犬コロにしてはラッキーだったなって、飛び込むのかよ!? 後ろをちゃんと確認しろーーーー!! もう蜂も熊もきていないぞーーーー!!

 私は今すごく嫌な予感がしている、湖に飛び込むと此奴の不運のせいできっと何かが起こるっ!!

 お前の不運、実は半分くらいは自分の責任だろーーーー!?


「モモモモモモーーーッ!!」

 私を抱える犬コロの腕をベチベチと叩いて後方を指差し、もう追っ手がいないことを犬コロに気付かせる。

 嫌だ、あの湖はなんか嫌な予感がする。あの女神や珍獣、そして青や緑が弄り倒しているのならきっと碌でもない。

「あ、もう何も追いかけてきてないんですね。じゃあ飛び込まなくても大丈夫か」

 と、犬コロが止まったのが湖の直前。つま先はもう水に浸っていそうな場所。

 危なかった――。


 ザバアアアアアアアアッ!!


 湖に飛び込むのは阻止したと思ったら、突然水柱がっ!

 飛び込まなくてよかった……本当によかった……。


 水柱と共に出てきたのは……バカデカナマズだーーーー!!

 全然地底ではないが地底ナマズだーーーー!!


 どっかで見たことある地底ナマズだと思ったら、珍獣の森の地下に広がる大洞窟の地底湖の主グーテンベルク――のそっくりさんではないか。

 飛び込んだら、バチンと電撃をくらうかドカンと地震をくらうところだった。

 珍獣や緑いのがつつき回しているせいで、グーテンベルクのそっくりさんが生まれてしまったか。

 まぁ、グーテンベルクはあの洞窟の更なる奥――地の底への入り口の番人のような存在で、知らぬ者が地の底に迷い込まぬよう見張っていてくれる良いナマズなのだ。

 基本的に温厚で奴の住み処の湖を荒らさねば攻撃されることもないし、湖を通過したければ代償を払えば通してくれる。もちろん古代竜に逆らうほどアホでもない。


 モッ! と睨んで見ると、グーテンベルクのそっくりさんは私のことに気付いたのか、ビックリした顔をしてドボンと湖に戻っていった。

 わきまえていてよろしい。


 ふぅ……これで落ち着いたか?

 では、伐採の続きをしよう。

 見守っていてやるから、がんばるのだぞ?

 伐採作業は体力もつくからな。しっかりと励むがよい。


 と、思ったらこの後も度々蜂の巣があるし、熊は出てくるし、めちゃくちゃ花粉を撒き散らす木が密集しているしで酷い目に遭った。

 途中から伐採はやめて風魔法で纏めて刈り取り始めたら、更にそれが悪化した。


 ただ木を伐採するだけのはずだったのに、どうしてこんな大騒ぎになるのだ。

 キノコに頼まれた伐採が終わる頃にはすっかりクタクタ、しかも花粉まみれでくしゃみが止まらない。

 やっぱ地震を起こして更地にして、さっさと帰ればよかった。


 

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