第764話◆閑話:運の悪い少年と巻き込まれ体質の竜――弐
うむ……結局飯を貰って一晩泊まってしまった。
酒を少しでも飲むとすぐ眠くなってしまうので酒はあまり飲めないのだが、酒を飲んで騒いでいる奴らを見るのは楽しいから嫌いではない。
酒を飲むのに夢中になっている奴らの横で料理を摘まむのも好きだ。酒のつまみは何故か酒がなくても美味いものが多い。
気がついたら寝てしまっていたのだが、あの楽しそうな空気は古代竜達が正体を隠して入り込むのもわかる気がする。
というか私を含めメチャクチャ怪しい生き物ばかりなのだが、何故疑われないのか不思議である。
まぁ、偉大な我らの変化が完璧なのだろう。完璧すぎて同格の古代竜でなければ気付かぬほどなのだろう。
赤毛のグランという奴が家主のようだが、そんなにあっさり見ず知らずの生き物を家に入れるのは危険だぞ。以後、気を付けるように。
あの緩さとガバさ、それに少々違うが赤毛というだけで古い友人を思い出して親しみが湧いてくるんだよなぁ。
もう少しその顔と魂をよく見せて……と近付こうとしたら青いカメにメチャクチャ威嚇されたわ。
お前、いつからそういうキャラになったの? 昔はもっとこう他者を寄せ付けない海の王者の風格があったろ? そんな執着心のある性格だったのか?
しかしあまり執着や嫉妬をしていると、ジットリとして粘り気のある性格のキンピカラグナロックに似てくるぞ?
それからここの結界、人間が張ったものと珍獣が張ったものがあるようで強力な結界ではあるが、どちらも似たようなガバガバさでザルすぎるぞ。
全然似ていないのに、私はただのモグラさんですよ~って通ったら簡単にすりぬけられたぞ?
そのせいで赤毛の縄張り内は変な妖精だらけである。
玄関はいってすぐには、靴を片方だけ磨く妖精が二匹見えたな。二匹いるから結果的に両方磨いてくれていることになっているな。
家の奥では、夜中家人が寝静まった後にこっそり家事をしてくれる妖精がこっそり隠れているのを見たぞ。
縄張りのそこかしこにはピクシーどもがやたらいっぱいいるし、屋根の上では陰気なはずのバンシーが陽気に歌っているのも見たし、というか何でレッドキャップが赤く染めた麦わらの帽子を被って畑の草毟りをしてんだよ!! しかもその赤染めは生き物の血ではなくて、ものすごく鮮やかな赤い木の実で染めているぞ!?
バンシーといえばいつも悲しみに満ちている妖精だし、レッドキャップといえば生き物――特にヒト型の生き物の血で帽子を染めるのが好きなはずだが!?
血と違って時間が経っても色がくすまないからお気に入りなのかな? そして時期的に暑いから麦わらの帽子が快適なのかな?
まぁ、私が眠っている間に妖精達の性格にも少しくらい変化があったのかもしれない。古代竜の眠りの時間は長く、小さきものの習性が変わるには十分な時なのだ。
赤、青、緑に釣られてそんな妙な家に来てしまったのだが、飯と宿を提供してもらったからにはこのまま帰ることは古代竜の矜持にかけてできぬ。
恩には恩で返す。恩も仇も古代竜感覚の倍返しが古代竜の流儀なのである。
そして一晩泊めてもらった今朝、家主の赤毛は出かけてしまうのか。ついて行きたいところだが、冒険者ギルドの仕事とな?
冒険者ギルドならもちろん知っているぞ。私が前回起きていた時にもあったから、冒険者に登録してみたのを覚えているぞ。
ボロボロになっているかもしれないが、まだその時のカードが残っているはずだから、赤毛に飯と宿の恩を返した後は冒険者でもやってみるか。
赤毛と一緒に銀髪と半エルフも出かけるのか。
うーん、あの銀髪……やっぱ知っているような気がするんだよなぁ。しかし人間だし私が寝ている間に生まれた者に違いないから初めて会うはずなのに、この既視感は何だろう。
それにあの半エルフのカッチカチギフトも何だか見覚えがあるようなないような……うーんうーん。まぁ、思い出せないのなら、おそらく重要なことでもないのだろう。
この運の悪そうな犬コロは留守番か。
この家の者の話を聞いた限りだと、犬コロは普段はどこか遠くにいて昨日この家にやってきたようだ。
そして今日は留守番の犬コロは、自分の寝る部屋を確保するということか。
いいだろう! その作業、この偉大なマグネティモス様が手伝ってやろうぞ!!
赤毛には世話になったから、赤毛が留守の間この犬コロの世話は私がしてやるぞ!!
何だか非常に運が悪そうなので、運の悪い事件に巻き込まれないように私が見ていてやるぞ!!
犬コロは屋根裏を自分の寝床にすることにしたのだな?
しかしこの時期の屋根裏は暑いぞ。仕方ないな、土の加護でこの屋敷全体の強度と断熱効果を与えてやろう。
何だ緑いの? お前も退屈しのぎに来たのか? 何か面白いことでもするのか?
風の加護で風通しをよくして、屋敷に熱気や湿気そして澱んだ魔力が溜まらぬようにするのか。
うむ、ついでにこの屋根裏も風の流れが良くなるようにしてやってくれ。
我らが加護を与えている間、犬コロは屋根裏に置いてあるものの仕分けか。
それにしても色々なものが無造作に積み上げてあって危険だな。
ぬあっ!? 悪戯好きのピクシーが小さな箱を蹴ったぞ!!
アッ! それがグラッとして上に置いてあった瓶が犬コロの上に落ち――あ、犬コロが上手く受け止めた。良き反射神経であった。
アッ! だがその拍子に後ろの木箱にぶつかって木箱の上に積み上がっている他の箱がグラグラし始めたぞ!!
仕方ない、これは私がピョーンと飛んでいって支えてやろう。
「モーーーーッ!!」
ガシャーッ!!
うむ、目覚めたばかりで小さき者の匙加減がわからず、グラグラしているところに突っ込んで崩してしまった。
助けて、テムペスト!!
「キッ!?」
驚きながらも緑いのが風の魔法で崩れ落ちそうになった箱を元の位置に戻して……。
ドサドサドサドサァツ!!
「うわっ!? キノコ!? 何でこんなとこにキノコが降ってきて――あはははははははは!!」
「モッ!? モモモモモッ!!」
「キッ!? キキキキキッ!!」
テムペストのおかげで箱が崩れるのは阻止したのだが、箱の上から何故かキノコが落ちてきた。
いや、何故かではない。小憎たらしい笑いを浮かべたピクシーが怪しいキノコをばら撒いているのが見えた。
ホホエミノダケーーーーーー!!
おかげで腹の皮が痛くなるほど笑い転げることになり、たかが屋根裏掃除で無駄に体力を使うことになった。
うむ……やはりこの犬コロ、相当運が悪い奴だと思う。
その後も、屋根裏を片付けるという単純作業だというのに、不幸な偶然が重なったり、ピクシーの邪魔が入ったりして、犬コロと共に数々の酷い目にあった。
卑怯者のテムペストはさっさと退散しおった。
わ、私は見捨てないぞ! この不幸な犬コロ少年の屋根裏掃除に意地でも付き合ってやるぞ!!
不運な偶然の連続で酷い目に遭いまくって、ただの屋根裏掃除が午前中いっぱいかかってしまって、犬コロ……私はもう疲れたよ……。
疲れたのだが、昼飯はあの女神達が用意してくれていたので元気が出た。
飯を貰ったので返さねばならぬ恩が増えてしまったな……恩を返すためにこの屋敷にしばらく滞在することになりそうだ。
昼飯を貰いながら、女神達が水鏡で赤毛達の様子を覗いているのを横から覗き見た。
何故青いのが海エルフに化けて、赤毛達と一緒にいるのかは気になったが、とりあえずちゃっかり美味そうな昼飯を食っていてズルい。
私も飯を食いたいから冒険者になる!!
古代竜は飯を食わなくても魔力を取り込めば腹は満たされるものなのだが、やはり飯として食材に含まれている魔力を取り込む方が美味いし満たされた気分になる。
長い竜生、娯楽というものが必要なのだ。
そして昼飯の後はのんびりと。
女神達と緑いのとそして犬コロと共に、妖精の箱庭という玩具でのんびりと遊んでいた。
ほぉ……箱庭の中が小さな世界のようだな。このキノコ一家が住人ということか。
このキノコ一家が快適に暮らせるように、この小さな世界を発展させる遊びなのだな。
なるほど、美味く発展すればキノコがお礼をくれることもあると。
なるほど中々楽しそうだ。私も一緒に遊びたいぞ!!
うむ、私からは大地の加護を与えよう。
緑溢れる大地も良いのだが、暑く乾いた大地も悪くないぞ。たまに雨が降れば美しい緑の絨毯が広がる。
何!? 荒野は嫌い? 荒野も住めば都なのに……隅っこに少しだけ……少しだけな? 鉱物もサービスしてやるからな? な?
ぬ? 荒野に気を取られていると、緑いのが反対側で森を巨大化させているぞ!! こら! 何ごともバランスが必要だろ!!
ほら、森がでかくなりすぎてキノコが困って何かを訴えておるぞ。
何を訴えているのかキノコ語だからわからないな。
「ええと、森が広がりすぎて家が飲まれそうなので、伐採を手伝ってほしい? 手伝うってどうするんですか? 上から引っこ抜くんですか?」
ぬ!? この犬コロ、キノコ語がわかるのか!?
うお!? 自動翻訳とな!? よく見るとこの犬コロ、やばいすごいユニークスキルを持っているぞ!?
そのスキルでキノコと会話をしておるのか!?
「え? 中に入って木を伐採してくれ? 確かに斧は持ってますけど……ああ、怪しい中古武器屋で売りつけられちゃって……多分、伐採にも使えるからできないことはないと思いますけど――うわわわわわっ!?」
「ちょっと、ジュスト!? 迂闊に妖精の願いごとに返事すると危ないわよ! ってもう遅いわね」
「あらあら、ジュストはお人良しでうっかりさんですわね」
「キノコさんのお願いを聞くと戻してもらえると思いますよぉ」
「キッキーッ!」
キノコと会話している犬コロの体が光始め、シューッと箱庭に吸い込まれ始めた。
どうやら今の会話で、キノコの頼みごとを引き受けたことになったようだ。
その様子を見ている、女神達も緑いのも呑気なものである。
この犬コロ、運が悪いから箱庭の中で何か不幸に見舞われるかもしらん。
仕方ない、今日は私が犬コロの面倒を見てやると決めたのだから付き合ってやるか。
「モーーーーッ!!」
ピョーンと跳んで、箱庭に吸い込まれる犬コロの腕にしがみついた。
安心しろ。偉大な古代竜の私がいれば安心だ。
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