第762話◆うっかり万歳
最初はうるさかったアムニスも、一度キノコ採りを始めてしまえばすぐに夢中になっていた。
どうだ、素材集めは楽しいだろぉ?
ははは、まだまだ慣れないみたいだから素材集めエキスパートの俺が丁寧に教えてやるよ。
素材は自分で使ってよし、売って金にしてよし、集めていて損はないのだ。
さぁ、君も今日から素材集め職人だ!!
あまり広いとはいえない洞窟の中を、リュウノコシカケを片っ端から採取しながら進んだ先で突如現れたドーム状の空間。
大型の竜が動き回ることができるほどの広い空間。それは、とても洞窟内部とは思えないほどの広さ。
洞窟を抜けてこの空間に入る時、入り口を通った時と同じように何か薄い壁を通り抜けたような感覚があり、突如としてこの空間が広がったのだ。
ここはおそらく空間魔法がかかった空間。いいや、もしかするとダンジョンの一種なのかもしれない。
シュペルノーヴァがのんびり休むために作り出した空間なのか、それともシュペルノーヴァがここをねぐらにしている故にその魔力でダンジョン化してしまったのか。
その正確な理由はわからないが、ここが明らかに外部とは違う空間だということはわかる。
そしてその空間の壁には道中よりも更に濃い火属性の魔力に満たされ、壁には道中と同じように火属性の魔石がいくつも張り付き俺達を照らしていた。
道中と同じなのは魔石だけではない。いや、同じどころか道中以上の密度。
その空間に入ってすぐ、周囲を見回した俺の目に飛び込んできたのは、壁にミッチリと生えているリュウノコシカケだった。
うわ、すごっ! でもこれだけ密集するとキモッ! ていうか、これだけ生えるまで放置したってすごいな!? 前回掃除したのはいつ!?
この空間に入った場所から真正面、一番奥の部分には俺達がいる場所より数段高くなっている大きな台座のよう場所があるが、そこもリュウノコシカケだらけである。
リュウノコシカケまみれでわかりにくいが、台座の前には横長の祭壇のようなものもあり、寝床というより何かを祀ってある場所のようにも思えた。
もしかするとここは、シュペルノーヴァを祀る場所。
シュペルノーヴァを信仰するリザードマンとシュペルノーヴァの接点となる場所だったのかもしれない。
ルチャルトラのリザードマン達の集落は現在ほとんどが島の北部にあると聞いている。
南に行くほど火山活動の被害も大きいため集落の数は少なくなり、近年では人口密度の低さによる不便さから栄えている北部に移住する者も増え、いくつもの集落が自然消滅し現在では南部に住む者はほとんどいないらしい。
この祭壇のような場所は、この近くにリザードマンの集落があった頃はちゃんと管理されていたのかもしれないな。
人がいなくなり管理が行き届かなくなり、時々こうして冒険者ギルドで清掃を行っているのだろう。
古の竜が棲む島ルチャルトラ。
その古代竜の膝元で暮らすリザードマン達は、シュペルノーヴァを島の守り神として崇め祀っており、リザードマン達の集落にはシュペルノーヴァをモデルにしている竜の像や置物があちこちで目に付く。
リザードマン達にシュペルノーヴァのことを聞いてみると、とても誇らしげにその逸話を語ってくれる。
そして彼らはいつもいう。
シュペルノーヴァ様はその本当の姿は遠くからしか見えなくとも、いつも我らに寄り添って生きておられるのだ――と。
その言葉からは絶対的な強者に対する信仰と同時に、すぐ傍で共に暮らしている者への親しみも感じた。
そんなリザードマン達が大切にしている存在だからこそ近くに住む者がいなくなった今でも、決して安全とはいえないジャングルの奥深くにあるシュペルノーヴァのねぐらの掃除をギルドが請け負っているのだろう。
なぁんって、このリュウノコシカケだらけの寝床に勝手な想いを馳せてみたが本当のところはどうだかわからない。
しかし任せられたからには、徹底的にキノコ狩り……じゃない! 掃除をしてやるぜ!!
「これがAランク冒険者の実力というやつか……さすがにこれは偉大なる俺様でも認めざるをえないな。いや、違うな……これは欲望だ! 果てしない人間の欲望の結果だ!!」
「おーい、もう残りは少ないけどさぼんなー。お手々がお留守だぜー。それと欲望じゃなくて仕事だからなー、素材を集めるの冒険者の仕事だからなー、たくさんあることはいいことなのだー。ほらー、最後までサボらずキリキリキノコを集めろー……じゃなかった、掃除しろー」
「キノコを集めろっつってんじゃねーか! やっぱ欲にまみれてるだけじゃねーか!!」
「こっちはほぼ採ったよー。見て見て~、リュウノコシカケがこんなにたくさ~ん。グランに頼んでお茶とポーションにしてもらおーっと。こないだは強い杖をくれたし、シュペルノーヴァには大感謝だよ」
「カーーーーーーッ! こんな暑い場所で更に暑くなりそうなキノコを大量に抱えやがって! そんな火属性のキノコばっかり摂取してると加齢臭が滲み出すようになるんだからな!!」
「こっちもだいたい片付いたぜ。思った以上にリュウノコシカケだらけで旨かったなぁ。こんな仕事ならまた引き受けたいぜ。あんま火属性のリュウノコシカケを集めてると苔玉が拗ねそうだけど……ま、バレなきゃいいか」
「ケッ! 隠しごとってのは案外あっさりバレるもんなんだぜ? いや、絶対バレてるな。何なら俺がバ……おっと、何でもない何でもない」
シュペルノーヴァのねぐらに入ってどのくらいの時間が過ぎただろうか。
実はあまり時間は経っていない。
Aランク冒険者たる者、素材の採取作業くらい手際よく行えるのだ。
相変わらずアムニス君は賑やかだが、俺達Aランク冒険者の仕事っぷりにはさすがに感動したようで、大はしゃぎしながら手がお留守になっている。
仕事は最後まで気を抜いてはダメだぞー。
海エルフは水の魔力に適性が高い反面、火の魔力への適性は低いので、火の魔力に満ちたこの場所は居心地が悪いかもしれないが、仕事は仕事だ最後までやり通せ。
冒険者たるもの仕事中は最後まで気を抜いてはいけないのだ。
最初見た時はリュウノコシカケだらけで時間がかかるかと思ったのだが、汚れている箇所はアベルとカリュオンの浄化魔法ですぐに綺麗になるため、手間がかかるのはその浄化魔法をかけるだけの状態にする作業。
リュウノコシカケに覆われた、寝床というか寝台と祭壇らしき場所をリュウノコシカケの中から掘り起こす作業――つまりリュウノコシカケの採取作業が今回の仕事の中心だった。
コシカケといわれるだけあってリュウノコシカケの表面は固いのだが、ここもナナシが大活躍。ナナシが採取用のナイフに取り憑いてくれたおかげで採取効率も爆上がりだ。
一方アベルは水で円盤を作ってそれを高速回転させながら纏めて切り取り、切り取ったキノコを空間魔法で回収していて、無駄にかっこいいし効率もいいし楽ちんそうで魔法使いずるい。
ついでに水で周囲も洗っているみたいで、水の円盤が通ったところは綺麗になっていっている。
これには水魔法が得意な海エルフのアムニスも目から鱗だったようで、途中からアベルの真似を始めたのでアベルが超ドヤ顔になっていた。
そして二人で競い始め――アベルとアムニスが担当した区域はピッカピカだーーーー!!
なお、カリュオンはというと……普通に毟っている。
リュウノコシカケってカチカチで固いのだけれど、普通のキノコを毟るように毟り取っている。
どんな指の力をしてんだよ……やだ、カリュオンと指相撲だけは絶対にしない。
あえ? 指相撲って何だ? 相撲? スモウ? ジュードー? カラァテ? ニンジャーーーーーーー!!
やめろ、転生開花。余計な記憶は俺にダメージが入る。
中学二年生くらい頃にニンジャごっこなんかしていないはずだから、変な記憶を引っ張り出すのはマジでやめてくれ。
だから中学二年生とか余計なことを思い出させるなっつーの!! こっちの世界は中学校はないの!!
「ふう、もうほぼ終わったなぁ。もうちょっと残ってるとこと、仕上げに空間全体に浄化魔法をかけるのはアベルとカリュオンとアムニスに任せるとして、魔法が使えない俺はこの祭壇っぽいとこを磨くかな。ここは手で丁寧に磨こう」
ナナシをタワシに憑依させれば、きっとピッカピカだ。
イヤイヤ、じゃねーぞ。俺とお前は相棒なんだ、俺の魔力をしっかり吸って俺に力をかしてくれよ相棒。
そっかタワシにもなってくれるか、ありがとう!!
「そうだね、そこの祭壇っぽいとこは丁寧にやったほうがいいからグランに任せよっか。こないだ杖も貰ったし今日はリュウノコシカケを採らせてもらったし、貰った分には足りないかもしれないけど、ちゃんとお礼をして帰りたいね」
アベルにしては珍しく素直である。きっとそれくらい杖が気に入っているのだろう。
「だなー。古代竜からしたらほんの少しの気まぐれな施しかもしれないけど、俺達には十分すぎるものだからな。施しを受ける側は、それが当然のことだと思うようになってはいけないと苔玉がよくいってたな。あくまで力を持つ者が善意で分けてくれているだけだから」
苔玉ちゃんはよくできたモコモコだなぁ。
そう、善意でやってくれていることやものを受け取る側は貰えることが当然と思ってはいけない。
当然と思うと欲求は加速し、いずれ貰えないことを、与えてくれない相手を悪者にしてしまう。
だから何か貰えば俺は感謝することにしている。
そして俺達がここを掃除したことをシュペルノーヴァが少しでも嬉しいと思ってくれたら、報酬を貰ってやった仕事だとしても俺達も頑張った甲斐があった気分になって嬉しい。
ありがとう。
色々な気持ちを込めながらナナシ・ザ・タワシでゴシゴシと祭壇を磨いてピカピカにしていく。
せっかく祭壇があるのなら、お供え物を置いて帰ろう。
火酒ほどいいものではないけれど、リュネ酒でいいかな。それから果物や肉、ちょっとした料理やお菓子も置いておこう。
ねぐらの中にあったリュウノコシカケを全て回収し、祭壇は俺がピカピカに、その他の場所はアベル達が浄化魔法でピカピカにして、今日の依頼は完璧に完了。
「ふふ、祭壇に供物を置いたらすごくそれっぽくなったね。喜んでくれるかな? そしてまた次回も俺達を掃除に指名してくれるかな?」
王都の名店のチョコレート菓子を祭壇に供えてニコニコしているアベルの表情は欲に満ちている。
お前の欲望、シュペルノーヴァは絶対に気付いていると思うぞぉ。
「ハイエルフは火と相性が悪いけど、俺はハーフだから全然平気だからな。また指名してもらいたいな……苔玉には内緒で」
苔玉ちゃん、植物の妖精だから火属性は苦手そうだよなぁ。
綺麗に火属性の魔力を中和してから帰らないと気付かれて拗ねられるかもしれないぞぉ?
「ケッ! 火はあんま好きじゃないけど、今日は儲けさせてもらったから感謝だけはしておいてやる!」
相変わらず尊大な態度のアムニスだが、どこからともなく程よいサイズのクラーケンを出して祭壇の上に放り投げた。
おい、せっかく掃除した祭壇が海の匂いになっちまうぞ!?
まぁ、お供え物だからシュペルノーヴァも許してくれるか。
「よし、綺麗になった! これにて任務完了!」
掃除が終わりここを去る前に、ピカピカになった祭壇の前に立ってパンと手を打って合わせお祈りをする。
素材が旨かったこともあるが、それとは関係なしにまたここの掃除に来たい気持ちになり、また次回があれば指名をしてくれないかなと思いつつ。
そして全てが終わり、すっかり綺麗になった広い空間の出口まで来た時、ふと何か視線を感じたような気がして後ろを振り返った。
その視線の先には先ほどピカピカにした祭壇と寝台。
その寝台の上で、竜の形をした人よりも小さな炎が揺らめいているのが見えた。
シュペルノーヴァ!?
そう思って思わず足を止めた時にはその炎はフッと消えていた。
「グラン、どうしたの?」
後ろを振り返り足を止めた俺に、アベルが不思議そうに声をかける。
もう祭壇の上には炎はない。
「ああ、シュペルノーヴァは満足してくれたみたいだなって思って」
そう言って、前を向き再び歩き出す。
炎は見えなくなったけれど、その視線は今でもうっすらと感じている。
知るまでは遠くに感じていた強大な存在が、実はもっと近くにいる存在だと思えた。
シュペルノーヴァのねぐらだという洞窟から外に出ると、ジャングルの木々の隙間から赤を帯びた夕方の眩しい日差しが俺達の上に降り注いだ。
半日くらい時間を潰して戻るつもりだったのだが、すっかり時間を食ってしまった。
だがこれなら丸一日しっかり働いたように見えて、俺がうっかりミスをしたなんて気付かれないだろう。
はっは、俺のうっかりミスなんてなかった。むしろのそのうっかりミスのおかげで高級素材がザックザク!!
うっかり万歳!!
なんてウキウキ気分で家に帰ったら、ジュストがあんなことになっているなんて――。
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