第760話◆本気を出す前に
「シュペルホーンいっぱいあったねー。ふふ、シロップがたくさん手に入ったから、帰ったら紅茶にたっぷり入れて飲むんだ。ねね、グランならこのシロップを砂糖に加工できる? あの高級品のシュペルシュガーを自作できないかな? それからルチャルトラ名物の火酒も」
依頼の目的にいく途中に質の良い薬草に釣られ少々時間を食ってしまったが、ドラゴンフロウやリュウノアカネだけではなくシュペルホーンのシロップまで手に入って、いつもは俺の道草に文句を言うアベルも超ご機嫌である。
「シロップのまま使う分は俺も欲しいけど、砂糖や酒にするのは絶対にプロに任せた方がいいかな。理屈で作り方はわかってもプロの職人には敵うわけがないから、過剰なシロップはギルドで買い取ってもらって、その金でシュペルシュガーと火酒を買って帰ろう」
砂糖や酒への加工方法が頭でわかっていたとしても、実際にそれを素人がやってもそう簡単に上手くいくはずはない。
理論として知っていても、最高の品質の製品を作り出すための隠された知識も磨かれた技術も、素人の俺にはないものなのだ。
買い取り価格の高い素材だし、下手に自分で加工していまいちのものを作るよりは、プロの作った美味しいものを買う方がいいに決まっている。
素材と製品の差額は素人には真似できない高品質というものへの技術料なのである。
高級なものだからこそ素材はプロの手に委ねて、最高の仕上がりの製品を買いたい。
「だなぁ、高い薬草もたくさん採れたし帰りは美味いものを買って帰ろうぜ」
「そうだね、グランに加工してもらうのは面白そうだけど、せっかくだからいいものを買って帰りたいね」
「面白そうって何だ!? 面白そうって!? でもそう言われたらちょっとだけ試してみたくなるだろー」
やっぱ何ごとも挑戦だよなぁ。やらないで諦めるのは俺らしくないから、少しだけ挑戦してみよう。
「だああああああああ!! お前ら道草食いすぎだろ!! 加齢臭……火炎臭のするシロップ集めに夢中になりやがって!! くそぉ、もっと爽やかな水属性のものを集めろよ!! ていうか、普通に歩けばそう時間のかからない距離に、どんだけ時間をかけてるんだ!」
道中だけで思わぬ儲けになってほくほく気分の俺達だが、せっかち海エルフのアムニスは一人でプンプンと怒りながら騒いでいる。
まぁちょっと道草を食いすぎたかなぁとは思っている。
これから本気を出すから、そうカッカすんなってば。
シーピッグ君から降りてからシュペルノーヴァのねぐらに移動中に、ついつい薬草やリュウカクランのシロップを集めまくっていたら、目的地であるシュペルノーヴァのねぐらに到着する頃にはお日様がすっかり頭の真上にきていた。
思ったより道草を食いすぎたかもしれないなと思っても、もう遅い。
過ぎてしまったことはどうしようもない。人生とは過去に捕らわれてもどうにもならず、ただ前に進むしかないのだ。
「午後から本気を出すから、俺達Aランク冒険者を信じろ!! 信じる者は救われる!! でもその前に昼飯な。腹が減っては仕事はできない」
そうだー、俺達Aランク冒険者トリオに任せておけば安心なのだー。
そして途中で作業を中断するよりは先に昼を済ませてから作業に入る方がいいのだー。
「そこは最初から本気を出せよ! ていうか信じない! 俺の経験……いや、勘からいって、信じる者は巻き込まれる! 間違いなく巻き込まれる! あ、昼飯は食う!」
「そうだね、午後からは本気を出さないといけないからお昼ご飯にしよ。豚に乗ったから豚肉が食べたくなっちゃった」
「おう、豚に乗ってた時からトンカツの気分だったんだよなぁ。トンカツを食って勝つぞー!!」
アムニスは相変わらず騒がしいが、満場一致で昼飯タイムだ。
「豚肉じゃなくてグーレトボアの肉だからボアカツになるけど、だいたいトンカツだから問題ないな!」
豚肉はストックしていないので、今回はでっかいイノシシの魔物グレートボアの肉を使ったボアカツだ。
シュペルノーヴァのねぐらの目の前ではあるが、俺達が掃除にいく予定のねぐらにはシュペルノーヴァはいないらしいので、ここで昼飯を食べても問題ないだろう。
というか、腹が減るのは生理現象なので昼飯を食べるのは仕方がないのだー。
というわけでちゃっちゃと準備をして、サクッとボアカツを食べてシュペルノーヴァのねぐらの掃除を頑張るのだー!!
ちゃっちゃと準備をするためにアベル達にテーブルや飲み物の準備を任せて俺は揚げものに専念。
午前中のんびりしすぎたから、あまり手が込んだことはできないな。
こんなこともあろうかと用意しておいたキャベツの千切りをボアカツに添えるかな。野菜や果物をコトコトと煮て作ったソースも持って来ている。
もちろん米も炊いた状態で収納に保存しているので、後は味噌汁を作りながらサクッとボアカツを揚げて転生開花のせいで懐かしく感じるボアカツ定食風だ!
……と思っていたのだが。
「揚げものなら俺も手伝えるぜ。賢くて器用でちょっとだけ料理が得意な俺様が手伝ってやるから、お前は揚げもの以外のメニューを作れ。あっちは手が足りているみたいだから俺様は赤毛を手伝ってやるぜ。手分けをすれば早く準備が終わる」
揚げものを始める準備が整った頃に、アムニスが俺のところにやってきた。
いつもながらの尊大な態度ではあるのだが、料理はちょっとだけ得意と言っているのが……無駄に自信過剰じゃないところが、微妙に信用できそうだな。
「いいぜ、じゃあ揚げものは任せよう。この塩胡椒をしたボア肉に小麦粉をまぶして、溶き卵を付けた後にこっちのパン粉を付けて揚げるんだ。できるか?」
「おう、コロッケってやつと一緒だな。グリフォン色になるまで揚げるんだよな? よし、俺様に任せろ。偉大なボアカツに仕上げてやるぜ」
いや、やっぱ珍妙に尊大で少し不安だわ。
ま、ちょこちょこ様子を見れば大丈夫か。油の番をしてくれているだけでも、俺は他の作業ができる。
ならば揚げものを任せて空いた手で即席のソースを作るかな。
アムニスが真剣な顔でボアカツを揚げているのを横目に見ながら俺はニンニクを細かく刻み、それを醤油とホワイトビネガーを混ぜたものの中へポイ。
そこに更に、先日食材ダンジョンで手に入れたゴマを煎って保存しておいたものを収納から取り出し、ひとつまみほどすり鉢で摺り下ろして先ほどの醤油とビネガーの中にポイ。
それを混ぜ合わせて醤油とゴマが香る爽やかなタレの完成。
タレが完成する頃にはアムニスが揚げていたボアカツがいい感じにグリフォン色になって、見るからにサックサクの仕上がりになっている。
けったいな海エルフのくせにやるじゃねーか。少しだけ見直したぞ。
そしてトンカツといえばやはり山盛りの千切りキャベツ。それはボアカツだって譲れない。
キャベツだけだとアベルが文句をいいそうなので彩りにプチトマトを添えてやろう。
皿の上に絨毯のように千切りキャベツを敷いて、その真ん中によく油を切った後に食べやすく切ったボアカツを元の形がわかるように並べて載せ、上から先ほど作ったタレをかければ完成。
これにご飯と味噌汁を添えて、俺風爽やかボアカツ定食だ。
さぁ、午後から本気を出すためにサックサクのボアカツタイムだ。
「ヒッ! キャベツ多っ!! 多すぎ! こんなにキャベツばっかり食べてたらアオムシになっちゃうよ!!」
「アオムシなら将来は綺麗な蝶々だな。というか、アオムシにはならないから安心してキャベツも食え。揚げものは脂っこいからキャベツの水分で中和した方が美味しく感じるんだよ」
予想通り山盛りキャベツに眉を寄せているアベルが、肉ばかり先に食べている。
今日のタレはキャベツも美味しく感じるタレだから安心してキャベツも食べろ。
「おっ、確かにキャベツと一緒なら揚げものがスイスイ喉を通っていくな。しかも今日のタレはいつものトンカツにかかっているのと違って爽やか系で、更にスルスル食えるぞぉ! おかわり!」
「え? もう一枚食べ終わったのか!? おかわり分も揚げてあるけどはやっ!」
キャベツを嫌がるアベルに気を取られているうちに、カリュオンがすでに一枚目を食べ終わってキャベツもほとんどなくっている。
この勢いで食べられると作りがいがあるが、用意しているおかわり分のボアカツが足りるか不安になってくる。
「このボアカツは俺様が揚げたやつだから感謝して食えー! どうだ、美味いだろ! ていうかマジ美味っ! 赤毛の作ったさっぱり系で何か香ばしいにおいのするタレが俺様が揚げたボアカツによく合うな!」
「ビネガーを使ったさっぱり系のタレはカツに意外とよく合うんだよなぁ。香ばしいにおいはゴマの香りかなぁ。それにしても変な海エルフのくせに料理ができるのか。ちょっとだけ見直したぜ」
「ふふーん、偉大な俺様は料理くらいできてしまうのだー。もっと褒め称えよ! また料理を手伝ってやってもいいぞ。なんなら合作料理をするのも悪くないな」
変な海エルフのくせに、ボアカツの揚げ加減はほどよい。
すなおに褒めてやると、いつものトンチキな尊大さで、褒めたのは間違いだったかもしれないと思ってしまう。
でも合作料理は楽しそうだな。
「ちょっと! 少し料理ができるからっていい気になってんじゃないよ!」
「カーーッ! 食う専門は大人しくキャベツでも食ってろ。ほら、赤毛が用意したキャベツがまだあっちに余ってるから、おかわりを入れてやるよ」
「ゲッ! そんな気軽に空間魔法を使って人の皿にキャベツを追加するんじゃないよ! お前の皿にもキャベツを入れてやる!」
賑やかな食卓だなぁ。そしてキャベツで遊ぶな。キャベツをちゃんと食え。
シュペルノーヴァのねぐらの前で賑やかなランチタイム。
一応魔物除けの魔道具は置いているがこんなに騒いで大丈夫かな。
というか騒ぎすぎてシュペルノーヴァに怒られないかな?
と思わずどこからともなくシュペルノーヴァに見られているような気分になって周囲をグルリと見回した。
「どした?」
それに気付いたカリュオンがボアカツをモグモグしながら首を傾げた。
「いや、気のせい。騒ぎすぎてシュペルノーヴァに怒られないかなって思っただけだよ」
思っただけ、思っただけ。
超巨大で偉大な古代竜が、ちっぽけな人間の食卓を覗いているわけなどない。
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