第759話◆難しい依頼

 ルチャルトラ島沿岸をシーピッグに乗って南下し、途中で海から川へ。その川を上り、ルチャルトラ島最南部にあるシュペルノーヴァの住み処がある火山へと迫る。

 目的地であるシュペルノーヴァの住み処に近い場所でシーピッグから降りて、シーピッグにお礼の肉を与え別れた後は徒歩での移動となる。


 シュペルノーヴァの棲む火山はアゴニ火山という名で、地元のリザードマンの言葉で火という意味らしい。

 アゴニ火山にシュペルノーヴァの住み処があるというか、火山全体がシュペルノーヴァの住み処であり、火山のあちこちにねぐらがあるらしい。

 一番大きなねぐらは火山の火口の内側で、ここはとてもではないが人間には近寄れない場所で、ここにはシュペルノーヴァが休眠期を過ごす場所であり、最も大切にしてある宝が隠されている場所だといわれている。

 二番目にでかいのが六合目あたりにある洞穴。

 普段は島全体が見渡せるこの穴にシュペルノーヴァがいるとかなんとか。


 俺達が向かうのは、いくつもあるねぐらの中で比較的標高の低い位置にあり、大きさもあまり大きくないねぐら。

 アゴニ火山の裾野にあるねぐらで、シーピッグを降りた場所から少し歩けば到着する場所だ。

 しかし裾野なので、ねぐらの周辺は多くの植物が生い茂る火山を囲むジャングルになっている。


 こんな植物だらけのところに、強烈な火属性のシュペルノーヴァが降りてジャングル火事になることはないのだろうか?

 それに、俺が先日見たシュペルノーヴァは非常に巨大で、このアゴニ火山よりも大きいのではないかとも思えた。

 その話をベテルギウスギルド長にすると、いつもは怖い顔が少し緩み、シュペルノーヴァは偉大だから環境に配慮できるので自らが棲む火山の周辺のジャングルは燃やすことはなく、偉大なので大きさも本来の姿である最大サイズまでなら伸縮自在で、身に纏う炎もひっこめることができるのだと教えてくれた。


 古代竜すげーーーー!!

 こないだ見たのは空を覆うほど巨大な炎の竜だったが、あれがミニチュアサイズになることもできるのか。

 オルゴールを引き取りにきた時もミニチュアで来て欲しかったな!!

 でっかいと威圧感があって怖いけれど、あれのミニチュアか……可愛いかもしれない。

 掃除にいった時にミニチュアサイズで姿を見せてくれないかなぁ。

 あぁ……いやいやいやいや、古代竜は人間とは次元の違う存在。小さくてもやばいに違いないから、間近で会うのはやっぱ怖いから遭遇はしたくないな。

 あのかっこいい炎の竜のミニチュアを想像して、可愛いかもって妄想しているだけでいいかも。


 その裾野にあるねぐらの掃除が今回の仕事なのだが、掃除中に手に入れた素材――ねぐらの中に生えている植物やキノコ、その他素材になりそうなものは好きに持って帰っていいとのこと。

 その際不要な分はルチャルトラの冒険者ギルドに売って欲しいとのこと。

 掃除の依頼なのだが、なんとも俺好みの依頼で、もう出発した時からワックワクである。


 よっし、ソウル・オブ・クリムゾンのお礼も兼ねて今日は頑張って掃除するぞ!

 そして、掃除ついでに素材もたくさん貰って帰るぞ!




 と、張り切って上陸して小一時間、俺達はまだ目的地のシュペルノーヴァの住み処に到着していなかった。

「おいいい、お前ら! おっさんのねぐら……じゃない、おっさんに指示されたねぐらにいくんじゃねーのかよ!」

 アゴニ火山の麓を覆うジャングルに案内役アムニスの声が響く。

 おーい、魔物がたくさんいるジャングルで大声を出すとは冒険者失格だぞー。マイナス五点!

「だってこの辺りはシュペルノーヴァの住み処のすぐ近くだから、ドラゴンフロウもリュウノアカネも超高品質なものばかりで見逃すのがもったいなくてさ」

 ドラゴンフロウもリュウノアカネも上位の竜種が棲息する場所に生える植物で、竜の魔力を糧として育つため力のある竜がいる場所ほど質の良いものになる。

 古代竜シュペルノーヴァの住み処の近くだなんてもう最高級品ばかりである。それを見逃すなんてとんでもない!


「確かにそれはわからなくもないが、さっきからずっと道草を食って……いや、道草を摘んで全然進んでないじゃねーか! 目的地は豚を降りた場所から三十分もかからない場所のはずなのだが!? あんまり時間をかけてると到着する頃には昼飯時になるぞ!! というか、銀髪も脳筋エルフも赤毛を引きずってでも連れていけよ! って、お前らも草毟りか!!」

 草毟りじゃなくてこれは薬草の採取だ。マイナス二十点。

「草毟りじゃないよ、薬草採りだよ。草と薬草の見分けがつかないなんて、グランに笑われるよ。ま、あんまのんびりしてたら遅くなりそうだから、ほどほどにして先に進も。あっ! こんなところにすごく火の魔力を蓄積したドラゴンフロウがあるよ! やったー、これは高そうだー!」

「ははは、アムニスはエルフなのにせっかちだなぁ。エルフたるものもう少しのんびり生きるくらいでちょうどいいぞぉ? うおぉ……シュペルホーンの花が咲いているぞー! これってグランがめちゃくちゃ欲しがりそうなやつじゃねーの!?」

 ほらー、いつもせっかちアベルだって薬草採りに夢中になっているからもう少しのんびりしてもいいだろぉ?

 カリュオンだってそう言っているぞ。

 のんびり薬草採り! 平和の証!

 しかしのんびりしすぎて夕方までに掃除が終わらなかったらいけないのでほどほどだな。

 そう、ほどほどにして目的地に――ナンダッテー!! シュペルホーンだってー!?


 シュペルホーンとはリュウカクランといわれる植物の一種で、シュペルノーヴァの住み処の近くにだけ生えるルチャルトラ固有種だ。

 リュウカクラン――その名の通り竜の角のように長く尖った葉が特徴的な植物で、やはり上位の竜種の棲む場所にしか生えない植物である。

 数年に一度しか花をつけないのだが、花が咲く頃になるとリュウカクランの内部に蓄えられているデンプンが糖化して、葉の部分からシューッと伸びて先端に花をつけている茎を切ると切り口から甘いシロップが流れ出してくる。


 このシロップは砂糖の原料になったり酒にされたりもするのだが、採取できる場所が上位の竜種の棲む熱帯地方、しかも気候とその地に棲む竜の魔力によって開花状況が左右されるため、リュウカクランが原料の砂糖や酒はあまり一般市場には出てこず、金持ちの間で高級品として取り扱われている。


 シュペルノーヴァの住み処と熱帯のジャングルがあるルチャルトラは、このリュウカクランの育成条件にぴったりと当てはまっている地域であり、他の地域よりもリュウカクランが花をつけやすくユーラティア一のリュウカクラン製品の産地である。


 シュペルノーヴァの魔力により育ったルチャルトラ産のリュウカクランはシュペルホーンと呼ばれ、リュウカクランの中でも最上級品である。

 そのシュペルホーンから作られた砂糖はシュペルシュガー、蒸留酒は火酒ファイアスピリッツという銘柄で高級特産品としてユーラティア本土にも流通している。

 また花をつけていなくても、成長したシュペルホーンを含めたリュウカクラン種は根の部分に糖分を蓄えており、開花時期のものよりもやや質は落ちるがこちらも砂糖や酒の原料となる。

 質が落ちるといっても、やはり庶民からしたら上質な高級品に変わりはないのだが。

 リュウカクランは砂糖や蒸留酒の原料だけでなく、葉の部分の繊維は織物や縄などにも使われ、こちらでも火属性の魔力を多く含んだシュペルホーンは高級品として取り引きがされている。


「いるいる! 茎に切り込みを入れてそこから出てくるシロップを瓶に溜めておいてくれ。あっ! あっちにも花のついたシュペルホーンがあるぞ!!」

 カリュオンが見つけたシュペルホーンを見にいったら、その近くで別のシュペルホーンが花茎を伸ばしその先端に花をつけているのが見えた。

 こっちもシロップを回収しなきゃ。

 ああ~~~~、シュペルノーヴァのねぐらにいくまでにどんどん時間が溶けていく~~~~!!

 なるほど、これはAランク三人でも難しい依頼だな!!


「おいいいいいい!! 薬草採りだけじゃなくて、シロップ取りまで始めちまったぞ!!」

「もー、このシロップはめちゃくちゃ高級品だから見逃すのはもったいないんだよ。ほら、甘いからちょっとだけ舐めてみろ」

 せっかちアムニスが急かすので、シュペルホーンの花茎を切って出てきたシロップを収納から取り出した小皿に溜めて味見をさせてやる。

「あまっ! めちゃくちゃあまっ! でもおっさ……めっちゃ火の魔力臭い!! くそ、爽やかな水の魔力のシロップはないのか!?」

「あ、ずるい! 俺も味見する!」

「俺もちょっと舐めてみるか~」

 アムニスにシュペルホーンシロップの入った小皿を渡したらアベルまで寄ってきたし、カリュオンまで小皿を出して味見を始めた。

 仕方ないな~、品質チェックも兼ねてみんなで少し味見をするか~。


 それとここはシュペルノーヴァの住み処の真下だから水の魔力のはなさそうだなぁ。

 どっか強力な水属性の竜が棲んでいる熱帯地域なら、水属性のリュウカクランが生えているかもしれないなぁ。

 そんなことを話しつつシュペルホーンシロップを集めながら味見していたら、また時間を食ってしまった。


 欲に目がくらんで受けたお掃除依頼、目的地に辿りつくだけで時間がかかるとは、なかなか難度の高いクエストである。

 さすがシュペルノーヴァの住み処の掃除である。


 そしてこの数年後、ルチャルトラのジャングルで新種の水属性のリュウカクランが発見されクーランファングと名付けられて、シュペルホーンと並んでルチャルトラの新たな名産になることをこの時の俺はまだ知らない。



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