第748話◆閑話:お兄ちゃん会議再び
「やぁ、よく来たね。今日のお兄ちゃん会議は庭園でお茶会風にしてみたよ。エクシィはお茶が好きだからこういうの好きだろ? ノワはお茶よりも疲労回復ポーションの方が好きそうだから、お茶の代わりにポーションにするかい?」
「どっかの誰かさんがすごい勢いで仕事を押しつけてくれるし、可愛い弟達が次から次に仕事を増やしてくれるから、いつも疲労回復のポーションを飲んでるよ。でも鍛えてるから平気だし、可愛い弟のためなら頑張れるよ。兄者の仕事はもういらないし、ポーションも飲み飽きたからお茶でいいよ。で、今日のお兄ちゃん会議はリオのこと? それとペトレ・レオン・ハマダの竜の寝返りのこと? それともプルミリエ侯爵領のすぐ傍までシュペルノーヴァが来たこと? そういえば昨日はペトレ・レオン・ハマダで大火事があったとか?」
「うっわ……ノワ兄さん情報はやっ! 昨日のペトレ・レオン・ハマダでの荒野火災の話がもう兄さんのとこに届いてるんだ。それとお茶は好きだけど、こういうお茶会形式は俺達とやるより義姉上達とやりなよ。ていうか、お兄ちゃん会議またやるの!? 今朝王都に到着して、ドリーと合流するなりいきなり呼び出したと思ったらこれ!? 昨日グランが無理をしすぎて倒れたから今日は早く帰って、グランが大人しく寝てるか見張らないといけないのに!」
「え? あの赤毛君が倒れた? もしかして寝込んでるの? それでエクシィが看病? 赤毛のくせにズルいぞ!! 俺もこれから寝込む予定だから、エクシィが見舞いにきてくれるのを待っているから。そうそう、情報が早いのは騎士の嗜みだよ」
「そうだね、情報の速さは強さだからね。昨日のペトレ・レオン・ハマダのCランクダンジョンでエクシィ達がいたことも、大火事現場付近のダンジョン入り口近くにエクシィ達が転移したのも、ちゃんと目撃情報から把握してるからね。時間的にCランクダンジョンの後に火災現場の近くのダンジョンに行ったのかな? 荒野の方に行くのをダンジョン入り口の警備員が見てたらしいけど、この後どうしたの? 昨日の荒野火災の報告と何か関係ある? それと前日の、プルミリエ侯爵領付近にシュペルノーヴァが姿を現す前、近くの集落で漁業ギルドの出張所に立ち寄ってるね? もしかしてシュペルノーヴァが現れた時に近くにいた? 竜の寝返りの時の話はだいたいドリアン君が報告書を作ってくれたから、改めて報告はしなくて大丈夫かな? あ、そうそう、リオに平民の家庭教師が付いたらしいけどどうなってる? これには、エクシィの知り合いかもって情報があったけど関わってたりしない?」
「うわあああ……何でそんな細かいことまで知ってるの!? ペトレ・レオン・ハマダの荒野火災なんて昨日のことだし、シュペルノーヴァだって一昨日のことで、王都とプルミリエ侯爵領なんてユーラーティアの西と東の端っこじゃん。何でもう情報を持ってるの!? 土竜の寝返りは偶然居合わせただけで、俺達は本当に何もしてないよ!! 報告書にも書いてあったと思うけど、俺が報告に戻っている間にグランとカリュオンが魔物を倒しまくってたら収まったって! ね? ノワ兄さんとは別行動だったけど、翌日に調査に向かった時はもう魔物の増加は収まって、増えた魔物を処理すれば元通りだったでしょ? リオの家庭教師? ああ、王都の冒険者経験のある人だったから、お互い顔を知っててもおかしくないよね?」
「ああ、土竜の寝返りね。慌てて厳重体制を敷いたけど、予兆だけで収まってよかったねぇ。エクシィと一緒に調査に行けるかと思ったけど別行動だったのは残念だったけど、まぁだいたい元通りかなぁ? なんかダンジョンにミミックが増えたとか、荒野エリアが草原エリアになったとか、ランクの高いダンジョンは最深部になんか珍しい木が生えていたとか報告あったけど、エクシィ達は何もやってない?」
「ねぇ、それって元通りじゃないと思うんだ。ミミックが増えたのは冒険者達がぬか喜びするくらいだろうけど、荒野が草原になったのは産出物が変わりそうだから、調査して纏めて報告してもらわないとね。ドリアン君がダンジョンに行きたそうな顔をしてるから、ペトレ・レオン・ハマダの調査はドリアン君に任せようか。エクシィは今週から毎週リオの授業を見学に行くって話を小耳に挟んだからペトレ・レオン・ハマダの調査は無理だよねぇ? そんなに驚くことでもないよ、僕の手の者が侯爵家の使用人の中に入っているだけだから。シュペルノーヴァの目撃情報もそこからだよ、フォールカルテと王都は転移魔法陣で繋がってるし、大きな町の役所は魔道具で情報伝達は速いからね」
「土竜の寝返りは俺はホントに何もしてないし、グラン達の話も報告書通りだよ。確かに昨日は荒野火災の現場にいたけど、あの辺りで新しい武器を試してたら突然ベリアライトのランドタートルが出てきて火を吹いて燃え広がっただけだよ。一時的に大きく燃え上がったから遠くから見えちゃったのかな? でもすぐ消したし、近くに人もいなかったから報告してなかっただけだよ。シュペルノーヴァの時も近くにいたけど、俺はほとんど見てただけで何もしてないよ。リオの授業は……まぁ、うん……リオが暴走しないようにね。それにしても情報速すぎ!」
「嘘発見魔道具が反応しないってことは、だいたいホントのことみたいだね。ま、荒野で火災ならあんま迷惑にならないからいいんじゃないかな? あ、でもあそこは土竜が寝ているみたいだからそれだけは気を付けた方がいいね。まぁ、リオはなぁ……好きなものにのめり込むタイプだからさぁ、誰かが時々様子を見るのは正解だと思うよ。ていうかさ、兄者の情報網広すぎて何でも知ってて正直気持ち悪っ!」
「ふふふふふ……情報は武器だし、言動が気持ち悪いノワよりましだよ。それでシュペルノーヴァにも会ったの? ここにいるってことは無事に戻ったってことだよね? さすがにそれは何があったかまではわからないけど、あまり危ないことはしないようにね。昔の僕は力が足りなくて、エクシィ自身が自分で自由と安全を勝ち取るのを見てるしかできなかったからね、エクシィがやることにあれこれ言う筋合いはないけど、それでも大事な家族だから心配だし危ないこともしてほしくないんだ。今回は人に理解のあるシュペルノーヴァだからよかったものの、他の古代竜だったらどうなってたかわからないからね」
「そうだね、シュペルノーヴァの縄張りの近くには悪名高い津波の化身クーランマランの縄張りもあるんだっけ? 長いこと目撃の記録がなかったけど、つい最近あの辺りの海域で超巨大生物が目撃された情報はあったから、遭遇したのがそっちじゃなくてよかったのかもねぇ。エクシィは冒険者だから強い魔物と戦うのが仕事でそれがエクシィが選んだ道かもしれないけど、いくつになってもエクシィはお兄ちゃんの大事な弟だからちゃんと無事に帰ってくるんだよ」
「……うん、心配してくれてありがと。あんまり無茶なことはしないよ。無茶なことはしないから、兄上もノワ兄さんも、冒険者ギルド経由で俺のこと調べまくるのはやめて! 行き先把握しまくってるのやめて! 冒険者だから冒険者ギルドに寄らないと仕事にならないんだから、俺の仕事場に権力振りかざして突撃するのやめて! あんまり調べてると兄上の影響力の及ばないとこで仕事するよ。そうだね、グランもコメの補充をしたいだろうからまた東の方に行こうかな」
「エクシィは馬鹿だなぁ。それを言っちゃうと、陰険兄者がエクシィの冒険者カードで出国できないようにしちゃうよ」
「だからって転移魔法で国境を越えたら、帰って来た時に冒険者カードを没収するからね。というか僕のどこが陰険なの?」
「今、馬鹿って言った! 脳ミソまで筋肉のノワ兄さんが俺のこと馬鹿って言った! 最低! 馬鹿っていう奴が馬鹿なんだってグランが言ってたよ!」
「む? またあの赤毛の話か? エクシィはあの赤毛を贔屓にしすぎじゃない? お兄ちゃんももっと贔屓にして?」
「ノワのそういうとこが、エクシィに気持ち悪がられるんだよ」
「は? 気持ち悪いのは兄者の方でしょ? いつもいつも兄弟のストーカーしてマジでキンモー☆」
「ノワ、それはちょっと不敬じゃないかなぁ? 温厚な僕もそれはムッとしちゃうよ」
「俺から見たら、どっちも気持ち悪いよ」
「あーあ、また湿度の高い兄弟喧嘩が始まっちゃいましたよ。ドリーさん、この兄弟喧嘩なんて放っておいて帰っちゃいましょうか?」
「口には気を付けろ、うっかり聞かれるととばっちりを喰らうぞ。あれは触ったらいけないやつだ。俺達は置物だ置物、ただの背景なんだ。帰りたいけれど帰ることはできないのだ」
お兄ちゃん会議がエキサイトして湿度の高い喧嘩が始まったところで、隣の眼鏡男――プルミリエ侯爵家の長男が眼鏡を触ってチャキチャキとならしながらため息をついた。
迂闊なことを口にして、あの兄弟の耳に届くとウザ絡みをされるだけなのに、この男はすでに我慢の限界だったらしい。
まぁ気持ちはわかる。わかっちまったから、俺もついポロッと反応をしてしまった。
緑溢れる庭園の午前は、暑い季節でもすごしやすく感じる。
その庭園に純白のテーブルと椅子を並べ、同じく純白ティーセットでお茶を楽しむ煌びやかな三人。
貴婦人なら絵になるのだろうが、残念ながら顔は良くても性格は粘着質な男三人である。
声に出せば不敬だが、心の中で思うだけならセーフだセーフ。
あの方の護衛として後ろに控えながら、この湿度の高いお茶会を後ろから見守っている。
すぐ横にはあの方の側近の男も控えている。
あの粘着質な兄弟の上の三人が集まる、お兄ちゃん会議とかいうふざけた密談の場所故に、護衛は信用できる者達だけ。
見える場所にいる護衛は俺と側近の男だけだが、庭園の木の陰には隠密部隊の奴らも潜んでいる。
「ていうか、うちの実家にあの方の諜報員が紛れ込んでることがサラリと発覚しましたよね」
「俺なんかナチュラルに仕事を増やされちまったぜ。湿度の高い兄弟喧嘩に巻き込むの勘弁してほしいところだぜ」
一度ポロポロと零し始めたらもう止まらない。
まぁ、今のところ粘着質な兄弟喧嘩で白熱中なので、俺達の小声での私語は聞こえていないだろう。
「ちょっと、そこ! 聞こえてるよ! 俺を兄上達と一緒にしないで!」
アベルが俺達の私語に気付き、こちらを振り返り指をさした。
おい、余計なことに気付くんじゃねえ! いつもならパーティーで一番周囲の気配に鈍いのに。
「湿度が高いのは兄者だけじゃないかなぁ? ていうか、エクシィは俺とよく似てるっていわれるから、後五年もすればもっと俺にそっくりになるし。俺は兄者にも似てるっていわれるから、更に年を取れば兄者みたいに湿度が高くなるのは間違いないよ」
カシューの湿度の高さは、汗臭そうな暑苦しさにあるんだよなぁ。
それにその言い方だと、自分も将来あの方のような粘着質になると自分で言っているように聞こえるけれど大丈夫か?
カシューとは奴が騎士になる前からの付き合いで、現場でも度々顔を合わすので身分差を超えてわりと気安い仲である。
懐かしーなー、あのお方に弟が騎士になりたいって聞かないから、ぶん殴ってでも説得してくれと命令されて、説得にいったら本当に殴り合いになったんだよなぁ。
殴り合いの末、騎士になりたい理由を聞いたらあの方やアベル、そして下の双子のことを考えての選択だったため、結局俺はカシューを説得するどころか騎士の道へ進む手助けをすることになり、当時のことは今でもあの方にちょいちょい小言を言われる。
高貴な家系故に跡取り問題も複雑だったのだ。
血筋が途絶えないように、跡取りのスペアは複数いた方がいい。
だがそのせいで後継者争いも起こる。本人の意思とは関係なく、周りの欲望によりそれは悪い方に転がりがちだ。
それを避けるため、騎士学校に入学できる年に即決断をしたのがカシュー――アベルの二番目の兄ノワゼットである。
それ以来、家門の名が必要な時と家族の前以外ではセカンドネームのカシューを名乗るようになり、今では一騎士カシューとして現場での任務に当たっている。
悪い奴ではないというか、むしろすごくいい奴なのだが弟と妹が好きすぎて面倒くさいんだよなぁ。
アベルも似ていると言われてめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。
実際すごくよく似ているけれどな。粘着質なところとか、セカンドネームを名乗って身分に縛られない活動をしている時はすごくいきいきしているところとか。
粘着質なところはあのお方もそっくりだな。マジで兄弟。
「君達さ、ちょっとお兄ちゃんに不敬すぎない? それから、そこの二人も私語はちゃんと聞こえてるよ? 暇そうだから何か仕事する?」
げぇ! 兄弟喧嘩で盛り上がっていると思ったらこちらに注意が向いたぞ!!
「君達さ、任務中に私語とか弛んでるよ? ちょっとアリーナで手合わせする? なんならハンブルクギルド長も呼ぶ?」
任務中の私語は俺達が悪いのだが、ハンブルクギルド長を呼ぶのはやめろ。王都の高ランク冒険者の九割以上は、ランクアップ試験のせいであの人に何らかのトラウマがあるのだ。
それと俺はともかく、この側近眼鏡はぶん殴ったら吹き飛んでいって仕事に支障が出そうだからアリーナには誘わない方がいいかな?
「ちょうどいいや、兄上も兄さんもドリーに任せて、俺は家に帰ろうっと。じゃあドリー、後はよろしくね」
いや、任せるな! お前の兄二人だ!! 任せられても困るし、家に帰るとか言っているが、それはグランの家だろ!?
ああ~、そんなことを言うから兄貴二人の表情が引き攣ったぞ!!
お前も粘着質だが、お前の兄も粘着質だからな!!
マジそっくり! 誰がどう見ても兄弟に間違いなし!!
※明日から新章になります!!!
ノワゼット兄さんが騎士の道を選んだ時の話は、小話の方でガッツリやろうかなと思ってます。
ちょっとバタバタしてるので春先くらいになりそうですが、気長にお待ち頂ければ!
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