第747話◆閑話:竜の眼
「カメェ……」
水鏡越しに見えたあまりにも危なっかしい光景に、思わずため息が漏れた。
おっと、今の俺は海エルフの冒険者のアムニスさんだった。子亀の姿に慣れすぎて、うっかり亀語でため息をついてしまった。
ここは加齢臭島ことルチャルトラ島の冒険者ギルド。の中にある、おっさんの仕事部屋、ギルド長室というところだ。
俺は今、おっさんの仕事場でおっさんと一緒に赤毛達の様子を”竜の眼”を使って覗いていた。
竜の眼――それは最上位の竜が持つ、何でもお見通しのすごい目だ。
赤毛がよく使っている鑑定というスキルを更に更に更に更にすごく更にすごくしたみたいなもんだな。
まぁ鑑定スキルなんかとは格が違うのだが。
銀髪がよく使っている究理眼っていうのは、性悪キンピカラグナロックの竜の眼の一部だな。だから奴は人間のくせに、生きている者の正体を覗くことができる。
ま、銀髪は未熟でキンピカの力を全く使いこなせていないので、暇潰しにおちょくって遊ぶのにはちょうどいい劣化竜の眼カメ。
竜の眼は銀髪の究理眼のように生き物の正体を暴くことを始め、遠く離れた場所で起こっていることも見ることができる。
小さき者達は、このような能力を千里眼と呼んでいるな。
俺が持っているのは現在のものを遠くまで見ることができる現在視だ。その中でも俺がいる場所と水で繋がっている場所ならどんなに離れていても見ることができる。
そう、海にいる時は世界の海とそれに繋がる場所ならその気になればどこでも見ることができるのだ。
そうだ、川や湖、地上から見えない場所に流れる水さえも、繋がっていれば見ることができるのだ。
しかし遠すぎたら見えづらくなり、苦手な属性やそれなりに力を持つ存在に邪魔されやすいけどな。
おっさんは年寄りだけあって、属性関係なしに遠くまで見ることができるようだ。
しかしやはり火に縁のある場所ほど鮮明に見えるのだと思われる。
このように古代竜は偉大な竜の眼をもっていて、その能力は持っている奴それぞれで違う。
中には過去を垣間見る眼を持つ者や、断片的な未来を見ることができる者もいる。
そんな偉大な竜の眼を使って、おっさんの仕事場から赤毛達を覗き見ていた。
俺様の偉大な加護を付与した耳飾りの試作品を赤毛にくっつけておいたので、水のない荒野でもなんとか見ることができた。
なるほど、これが赤毛がよく言っている備えあれば憂いなしというやつだな。
今日、赤毛達はおっさんに貰った装備を試すとかで大陸のど真ん中にある荒野へと行ってしまったが、あそこは寝相の悪いマグネティモスの縄張りなので俺はあまり近寄りたくない。
それに今日の俺はシュペルノーヴァのおっさんにものすごく用事があったので、赤毛達の共はせずおっさんの島にやってきたのだ。
そう、ものすごく大事な用事。
俺の特等席の真上に、暑苦しい耳飾りなんか付けやがって!!
赤毛の左耳があまりに暑苦しいので、バランスを取るため右耳に俺様作のイヤーカフスを付けてやったのだが、全く気が収まらず一言二言文句を言おうとルチャルトラにやってきた。
文句を言った後は珍獣達と冒険者活動もするつもりだったのだが、冒険者ギルドの受付にいくとすぐにおっさんが出てきてギルド長室に連れて行かれた。
な、何だよ! ななななな何も悪さなんかしていないぞ!!
今日も珍獣とリザードマンのチビッコ達の面倒を見てやろうと思っていたのだ。
俺様は一度任せられたことは最後までやり遂げないと気が済まないからな。奴らが一人前になるまで見届けてやるぞ。
うむ、優秀な俺様はあの珍獣より一足先にDランクになったからな。
常識的な俺様は偉大なクーランマラン様であることを隠して、海エルフのアムニスと名乗って日々ルチャルトラの平和を守っているのだ。
まぁ時々本来の姿で、近所の海の平和も守ってやっているけれどな。
だから、おっさんに怒られるようなことは何もしていないぞ!!
え? 違う? 昨日のお礼?
ああ、あのそれなりに古そうな洞窟の奥にあったオルゴールだな。
ふん、別に羨ましくはないけれど、いいオルゴールだな。
それで……えっと……戻ってきてよかったな。
赤毛達が何か確かめるために入っていた箱を開けたからな、中身は見たけれど全部は見ていないぞ。
ほんとほんと、赤毛が途中で閉じたから最後までは見ていないぞ。
それで……えっと……いや、やっぱ何でもない。
え? 記憶を記録する魔法を教えてやる? マジか!?
赤毛達のことはどうでもいいのだが、赤毛が作る料理のレシピを忘れないように記録に残しておきたかったんだよなぁ。
赤毛ではなくて料理の記憶をだぞ!! べ、別に俺様は赤毛のことがすごく気に入っているわけではなくて、ちょびっとだけ気に入っているだけだからな!!
そこんとこ、勘違いすんなよ!!
え? ああ、赤毛の家の近くにモールの巣があるな。そこでオルゴールを頼むとするか……いや、赤毛が俺にオルゴールを買ってくれそうだから、それを見てからだな。
べべべべべべべ別に楽しみになんかしていないぞ!! 日頃俺がたくさん世話をしているお礼をくれるって言うから貰うだけだからな!!
ああ、もちろん悠久の時を超えて輝き続ける黄金だな。金がないと嘆いている赤毛が破産しない程度のやつにしてやるつもりだ。
さぁ? 少し前に変な剣を拾ってしまって、そいつのせいで金がないらしい。人間社会とはなかなか難儀だよな。
そんな感じでおっさんに記憶を記録する魔法を教えてもらっていると、おっさんが赤毛達にあげた耳飾りや武器が使われた気配がすると言って竜の眼で覗き見を始めたから、俺も赤毛達の様子を見てみることにした。
眼だけでも見ることはできるのだが、折角なので水に映した方が見やすいと、水で鏡を作りそこに竜の眼で覗いた赤毛達を映し出した。
おっさんは炎を出して、その中に赤毛達を映しているようだ。
ところで部屋の中で炎を使って大丈夫か? おっさん、結構うっかりだから火事にならないように気を付けろよ?
まぁ、今日は俺がいるから火事になっても消してやるよ。
しまった! 記憶を記録する魔法を教えてもらうことに夢中で、ここに来た目的を忘れかけていたがイヤーカフスと武器で思い出したぞ!!
俺が面倒を見てやっている赤毛や変エルフや銀髪に……え? 荒野がやべーことになった?
うわあああああ……燃えている! 荒野が! マグネティモスの縄張りが! 燃えているぞおおおおおお!!
そして現在に至る。
おっさん! なんであの非常識三人組にどう見てもやばそうな装備を渡した!?
若かりし頃の思い出の詰まった宝物を見つけてくれたので、これでも足りない?
古代竜たるもの、受けた恩は古代竜のスケールで返さなければ、古代竜としての誇りに傷が付く?
それはわからないでもないし、俺も赤毛には多少の恩があるから古代竜の誇りにかけてその礼は必ず返すつもりだけれど、限度ってものがあるだろ!?
そもそもおっさんの炎は何でも燃やして危ねーんだから、あんなやべーもの渡したらああなるのは当たり前だろ!!
俺の水のようにどうやっても害にならないものならいいが、火はやべーよ火は!!
え? 水も多ければ津波になって生き物が流される?
確かにそうなのだが……そうだ、赤毛が”過ぎたるは及ばざるが如し”と言っていたな。
まぁ、あいつの場合は自分の収集癖の非常識さを自覚してから言えとしかいいようがないのだが。
それより、おっさんが渡したあの耳飾りは人間にはすぎたるものすぎて、赤毛がダウンしちまったぞ。
まぁ、俺様の渡したイヤーカフスが赤毛のピンチに、こっそりと力を貸してやる魔法がかけてあるから大丈夫だが。
見ろ、俺様の加護がちゃんと発動して荒野に雨が降り出したぞ。
これで荒野火事も落ち着いて、マグネティモスにもばれないだろう。
たぶんばれないと思う……たぶん。あいつは寝起きが最悪に悪い。
やっぱあの耳飾りは人間にはすぎたものだから、回収しろ回収。
俺様の定位置の上にあんな耳飾りを付けやがって!!
え? 回収しない? 右耳に俺様の耳飾りが付いているなら大丈夫?
ああ、そうか? そうだな?
だがやはり、アレは赤毛には早すぎただろ?
ん? 赤毛とその仲間ならきっと成長して使いこなせるようになるだろう?
そうすればきっと彼らを助ける力になる。
チッ、確かに奴らならそのうち使いこなしそうだけどな。
だがやっぱ気に入らないな。
俺も奴らに何か――。
コンコン。
それぞれの方法で赤毛達を覗いていたら、おっさんルームの扉をノックする音がして、慌てて水鏡をしまった。
俺はただの海エルフ冒険者のアムニスさんですよ~。
おっさんも即座に炎を消し、扉の向こうにいる者に中に入るように促す。
扉の向こうにいたのはギルドの職員。何やらおっさんに来客があることを知らせに来たような。
その話声は俺にも聞こえてくる。
ふむふむ、来客は二人。一緒に来たのではなくたまたまギルドの受付で鉢合わせた様子だった。
緑色の髪をした礼儀正しい青年と褐色肌が特徴の黒髪の青年?
どちらもおっさんの昔からの知り合いと言っている?
それ、俺もすごく昔からの知り合いな気がするわ。
やっべ、絶対面倒くさいことになるやつだわ。
おっさんがオタクグリーンのお気に入りの変エルフに加齢臭のする鈍器を渡したり、赤毛達がおっさんの渡した装備でモグラブラックの縄張りに放火したりしたから奴らがおっさんに苦情を言いにきたのだろ?
温厚な俺だってそのつもりでここにきたのだし。
銀髪にも杖なんか渡したから陰険ラ……おっと、銀髪の中身におっさんは気付いていなさそうだから黙っておいてやろう。
説教くさくて大雑把でいい加減で放火魔なおっさんのことが、ラグナロックは苦手だったからな。今でもまだ苦手みたいで、おっさんの前では銀髪の中に引っ込んで気配を完全に消しているし。
ま、性悪キンピカに一つくらい貸しを作るのも悪くないから黙っておいてやろう。
それで黒いのと緑いのをギルド長室に通すように言ったのか……よし、面倒くさいのでただの海エルフ冒険者のアムニスさんはそろそろ撤退しますよ~。
ただの海エルフどころか、ただの子亀になって撤退!!
冒険者たるもの戦略的撤退の時期を見極めるのは重要だと赤毛が言っていたから、これはその戦略的撤退というやつカメ~。
え? おっさんも逃げる? 部屋に通したのでは?
それは策略? 奴らがここに案内されているうちにジャングルに逃げる?
サラマンダーの姿ならばれないだろう?
馬鹿野郎! ジャングルにサラマンダーはいないだろう!! それにおっさんはギルド長として仕事中だろ!?
おっさんは昔からそうだよな!? 考えているようでわりと適当だよな!?
あ、やべ、足音が近付いてきているぞ!
というわけで俺は窓からピョーンとして戦略的撤退をするぜ!!
何だよ、おっさんもサラマンダーになって窓からピョーンと逃げるのかよ。
って、俺と同じ方向に逃げるんじゃねえ! 同じ方向に逃げたらあいつらが追いかけてくるだろ!!
げえええええ!! 窓を開けっぱなしで逃げたから、奴らが気付いて追って来たぞーーーー!!
この後四隻でめちゃくちゃジャングルを走り回った。
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