第746話◆カメ君のありがたみ

 最初にドスンと落ちて来たのは、ランドタートルの口から上の頭部。

 ソウル・オブ・クリムゾンの力を借り、俺がナナシで斬ったもの。

 頭部を切り離されればさすがに生命活動は停止する。

 それでも本体が倒れる大きな音がするまでしばらく時間があり、それまでに数歩動いた気配を背中に感じたのは恐ろしい生命力である。


 相変わらずいつものように耳の奥にナナシの反動が響いているが、知能はそこまで高くない生物のためただひたすらうるさいだけで、精神ダメージが痛みになるほどの反動はない。

 その反動も徐々に小さくなって消え、巨体が地に崩れる音を背後に聞いて、勝利を確信し身体強化を解きナナシを持った手を下ろした。

 ナナシが俺の魔力を吸い取る感覚が消え、光が消えるように剣先から色を失い真っ黒い姿へと戻っている。

 それと同時にナナシと俺の周りに感じていた、ソウル・オブ・クリムゾンの火の魔力がスッと左耳のイヤーカフスに退いていくのを感じた。


 ゆっくりと振り返ると、地面に倒れたランドタートルと、まだ完全には消火されていないもののすっかり下火になった炎が見えた。

 まだ燃えている範囲は広いがこれならアベルとカリュオンがすぐに消してくれるだろう。

 でもシュペルノーヴァのくれた武器由来の炎だから、そう簡単にはいかないかな?

 のんびりしていたらまた燃え広がって火が大きくなってしまいそうだ。


 まだ残っている炎に反応してか、左耳でソウル・オブ・クリムゾンがほんのりと熱を持っているようだが、もうお前の出番は終わりだ。

 ここまで下火になれば、後は何とかなるよ。ありがとう。

 与えられた力に振り回されっぱなしは恰好がつかないからな。後はあの放火魔二人ががんばるさ。

 それにさすがにソウル・オブ・クリムゾンの火の魔力が強烈すぎて、これ以上間近であの魔力に当たると魔力酔いをしてしまいそうだ。

 というかすでにしている。


 黒い姿に戻ったナナシにベルトに戻るように促し、深呼吸をしながら足に力を入れる。

 左耳ではソウル・オブ・クリムゾンが、まだ残っている炎からゆっくりと火の魔力を吸収しているのを感じる。

 これはソウル・オブ・クリムゾンが、否応なく周囲に溢れた火の魔力を吸収しているということだろう。

 昨日の料理中には今のように体感できるほどの魔力吸収は感じなかったので、おそらくは常に周囲の火の魔力を吸収しているが、火の魔力が強ければ強いほどその吸収量が増え、環境としてバランスが取れているならば急激に魔力を吸収することはない。

 人間の日常生活で感じる程度の火の魔力なら吸収しないか、環境に影響のない程度の微量しか吸収していないということか?

 それで溜まった魔力は先ほどのように、放出されて俺と俺の装備を強化する。そして、その状態の時は周囲からの魔力の吸収量は更に増える。

 今回でわかったこいつの能力はそんなところか。

 

 ということはもしかしてこいつ、火の魔石の魔力も吸収しているのでは!?

 大火事のように火の魔力が過剰な状態でなければさほど多くはない吸収量だとしても、もし恒常的に火の魔力を周囲から吸収しているとすれば、魔道具に使われている火の魔石の魔力も僅かずつであるが吸収されているかもしれない。

 魔石は自分で魔力を補充することもできるし、火の魔石は産出も多いため魔石の中では安い方である。

 だけど補充を繰り返していると劣化して割れるし、その回数が多ければ劣化も速い。そして安いといっても塵も積もれば山となるだ。

 おいこら、ソウル・オブ・クリムゾン! お前、家にある魔道具の魔石から火属性の魔力を吸収していないよな!?

 お前は、念のため台所出禁だ出禁!!

 あ? 何か今、左耳でイヤーカフスがキュッと締め付けるような感じがしたぞ? おいこら、もしかして出禁は嫌だアピールか!?

 さすがはシュペルノーヴァのくれたイヤーカフス。小さな装備品だと思ったら魔剣ナナシのように、自己主張をするのか!?

 まぁ、古くて強力な装備には心が宿り持ち主を選ぶというしな。

 ナナシほどはっきりとした自我を持たなくても、こいつもその類いなのかもしれない。


「グランー、大丈夫ー? 炎が全部そっちにいったのは、シュペルノーヴァに貰ったイヤーカフスのせい? おかげで火事も何とかなりそうだから、グランはもう休んでていいよー!」

「無茶苦茶強そうだったけど、体に負荷はかかってないかぁ? まぁ、終わるまでその辺でゆっくり休んどけー!」

 遠くでアベルとカリュオンの声がする。

 彼らがいるのは地面に伏したランドタートルの向こう。

 まだ燃え残っている炎と荒野の日差しで熱くなった空気の影響か、景色がゆらゆらと揺れる。


 声が遠い? 視界がゆらゆら?

 あ、違う。

 遠いのは声じゃなくて、俺の耳。

 揺れているのは景色じゃなくて、俺の視界。


 あ、これ、魔力酔いだ。


 ナナシにガツガツと魔力を吸われた状態で非常に強い火の魔力を身近に感じ、身体強化を最大まで使った状態からソウル・オブ・クリムゾンの後押しで更なる力を出せた。

 これはおそらくその反動。

 周囲の暑さとは違う、体の内側からくる熱さ。それに伴う全身のほてり。

 頭がクラクラとしてだんだんボーッとしてくる。


 ああ、休んでおけと言われたので少し休むよ。

 地面に腰を下ろして、ついでに少し横になろう。

 アベルとカリュオンがいるから大丈夫……大丈夫。


 荒野の地面は熱いけれど、ソウル・オブ・クリムゾンのおかげか、その熱さがまったく気にならない。

 ソウル・オブ・クリムゾンの影響でもしかすると俺の体の方が熱くなっているのかもしれない。

 そんな状況で急激に眠気が襲ってきて、瞼が重さに抗えなくなる。


 ああ、冷たい雨が降れば気持ちよさそう。


 そう思った直後、心地の良い雨が降り始めた。

 俺が疲れて横になったから、アベル達が気を利かせてくれたのかな?


 カメェ……。


 何となく右耳の辺りでカメ君のため息が聞こえた気がする。

 カメ君がいたら熱くなりすぎた周囲に、こんな心地のいい雨を降らせてくれていたかな。


 シュペルノーヴァの魔力の影響で、熱くなりすぎた時にカメ君が雨を降らせてくれたことは何度かあった。

 アベルとカリュオンが二人がかりで消火に苦戦しているというのに、カメ君はカメッとやってのけていたな。

 さすがカメ君。そのありがたみがよくわかったよ。いつも助けてくれて、ありがとう。


 そうだね、強い力を手に入れてもそれを使いこなせるだけの自分じゃなきゃだめだね。

 シュペルノーヴァにもカメ君にも恥ずかしくないように、もっとがんばらないとね。


 だからこれからもよろしく、カメ君。そして、ソウル・オブ・クリムゾン。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る