第745話◆すぎたる力

 究極の炎――全ての炎を従える古代のレッドドラゴン、シュペルノーヴァがくれたイヤーカフスの加護。

 それは究極的に火属性に強くなる加護? それとも攻撃に究極の火属性を与えてくれる加護?

 いや、そんなもんではない。

 確かにそれらも、そんなものではないほど恐ろしく強烈な効果だが、ソウル・オブ・クリムゾンの効果はそういった類いではない。


 巨大なランドタートルの顔面に着地し炎を纏ったナナシを深々と突き立てながら、高い位置から周囲の様子を確認した。

 アベルとカリュオンが調子に乗ってシュペルノーヴァに貰った武器で暴れて燃え広がった炎が、吸い寄せられるように燃えている地面からランドタートルの顔面に乗っている俺の方へと集まってきている。

 正確には俺の左耳。

 そこに周囲の炎と炎から発せられている火の魔力が集まり、その影響でイヤーカフスが強い熱を持っているのだ。


 このイヤーカフス、周囲の火属性の魔力を吸収している!

 それはシュペルノーヴァがくれた武器が発生源になっている炎だからか、それとも火属性なら何であろうと全てなのか?

 詳しいことまではわからないが、周囲の火属性の魔力を取り込み――正確に炎を従え、それを糧として強烈な炎属性を俺の装備と俺に付与をしているのだと思われる。


 それは全ての炎を従えるシュペルノーヴァの力の片鱗――炎の隷属。

 周囲の火属性の魔力が俺の力になるイヤーカフス。

 アベルやカリュオンの武器に比べれば見た目は小さなものだが、とんでもないイヤーカフスである。


 ソウル・オブ・クリムゾンにはシュペルノーヴァの力の一部が込められていると思って間違いがない。

 それを裏付けるように、ナナシを突き立てる直前までランドタートルの瞳に映っていた俺の姿は、火の魔力で揺らめく防具を付け、背中に炎の翼を背負ったようにも見えた。

 それはまさしく炎の竜シュペルノーヴァを連想する力強い炎の翼だった。 


 ランドタートルの左目に突き立てたナナシは、飲み込まれるように瞳の中に深々と刺さり、ナナシが纏った炎がランドタートルの目から後頭部を貫いて、左目の周辺が大きく燃え上がりランドタートルの頭が大きく後ろに仰け反った。

 頭から振るい落とされる前にナナシを引き抜き、ランドタートルの背中へと跳びそこに着地して、次の行動にそなえ体勢を整える。


 その間もソウル・オブ・クリムゾンは周囲の火の魔力と共に炎を吸い寄せ、それらがナナシと俺の装備に絡み付き続けている。

 ソウル・オブ・クリムゾンが周囲の炎を吸い寄せているため、燃え広がっていた炎はだんだん小さくなりまだ残っているものもアベルとカリュオンの雨魔法により消し止められそうだ。


「グラン! グラン! グラン!! どうなってるの!? 熱くないの!?」

 下からアベルの声が聞こえてくる。

 そちらに視線をやると、消火作業を投げ出してこっちにすっ飛んできそうなアベルの腕を、カリュオンが掴みながら消火作業を続けている光景が見えた。

「大丈夫、熱くない! この炎はこいつの効果みたいだから、消火作業に専念してくれ!!」

 応えて、ナナシを握り直しランドタートルの背中の上からまだ燃えている頭部を見据えた。


 左目から後頭部にかけて、ナナシとナナシが纏った炎が貫いた一撃は致命傷だろうが、これだけでかい生き物なのですぐには死なない。

 まだしばらく暴れ続け、力尽きる前に俺達を攻撃してくるはずだ。

 追い詰められた魔物は恐ろしい。死に物狂いで何をやってくるかわからない。

 ランドタートルはその大きさ故、広範囲に影響する魔法を使える個体も少なくない。

 以前戦ったランドタールは重力魔法を使ってきた。今回の奴は土魔法と火魔法を使う。

 ソウル・オブ・クリムゾンの力により、一撃で追い詰めたといっても油断できない。


 それに――。


 左耳が相変わらず熱い。

 強い意志を持って俺に力を貸してくれているかのように、火の魔力が荒ぶり続けている。

 それは人間の力を遥かに超えた力。俺如きが制御できるようなしろものではない。

 油断すれば先ほどの大炎上では済まないほどの炎になってしまいそうな力が、背後で燃え上がる炎から伝わってくる。

 考えるまでもなく、人間にはすぎた力である。


 それほどの力を俺に託すほど、アベルやカリュオンにあれほどの武器を託すほど、シュペルノーヴァにとってあのオルゴールは大切なものだったのか。

 冒険者にとって強い装備は、稼ぎと生存率に直結するのでありがたい。

 だが、それは自分が御すことのできる力の範囲。

 アベルやカリュオンが貰った武器は、彼らなら訓練次第で制御し使いこなせるようになるだろう。

 だが俺が貰ったソウル・オブ・クリムゾンの能力はおそらく炎の隷属、それはただの人間が扱うには大きすぎる力である。


 大きく息を吸って、力の強い後押しに流されてそのままランドタートルに斬りかかりそうな自分を制御する。

 すぎたる力は身を滅ぼす。

 きっとこの力も使いすぎれば自分までも焼き尽くす気がしてならない。

 今ならいつも以上の力が出せそうな気がするのは、ソウル・オブ・クリムゾンにより俺の身体能力が上昇し、そのことを体が無意識に理解しているのだろう。

 しかし身体強化は自分の限界を超えればその反動が必ずくる。

 筋肉を使いすぎれば筋肉痛になるのと同じようなものだ。

 強大な力を使い、それに頼りたい気持ちを抑え、強い意志を持って左耳を意識する。


 力を貸してくれてありがとう。

 だけどもう燃え広がった炎は落ち着いた。あっちはもうアベルとカリュオンがなんとかするよ。

 そしてランドタートルも先ほどの攻撃が致命傷になっているから、後は動きが止まるまで周りに被害が出ないようにするだけ。

 大丈夫、それは俺の力でもできるよ。力を貸してくれて、ありがとう。


 俺も毎日ちゃんと鍛えているから。前回、俺だけボロボロになった時よりもきっと強くなってるから。

 俺の力でとどめを刺してみせる。

 だから寄り添ってくれているだけで大丈夫。

 見ていて、俺はちゃんと人間としての力でやっていけているよ。


 自分の気持ちを伝えるように、左耳のソウル・オブ・クリムゾンを強く意識する。

 ナナシが纏っていた炎が消え、熱く感じていた背後の火の魔力が少し落ち着いた気がする。

 だけどそれが、なんだか炎がシュンと落ち込んだように思えて少し申し訳なくもなった。


 ごめんな、今の俺はまだまだ力不足だから。どんなに強い力を預けられても、それを使いこなせるだけの力が俺にはないから。

 このまま使えばきっと、炎を制御できずランドタートルを燃やし尽くしてしまうだろう。

 ランドタートル素材は高級で美味しい大事な素材、まだまだ制御できない力で燃やし尽くすわけにはいかないから。

 これからもっと精進して、授けてくれた想いに少しでも応えられるようになるから。

 人間の身で古代竜の想いに応えようなんて傲慢かもしれないけれど、それでも。


 荒ぶっていた炎が少し落ち着くのを感じながらナナシを握り直し、ランドタートルの背中から頭の方へと駆け出す。

 その直前、ランドタートルの体がグラグラと揺れ始めたことに気付いた。

 ランドタートルの甲羅には火山の噴火口のような穴があり、噴火するようにそこからたくさんの岩を撃ちだしてくることがある。

 このグラグラ揺れているのはその前兆。

 発動すると周囲に岩が降り注ぐ非常に危険な攻撃である。


 一度安全なところまで逃げてこいつが力尽きるのを待つのもありだが、でかい生き物故に頭の一部を貫かれたとしていてもいつ力尽きるかわからない。

 ならば噴火攻撃中は無防備になる頭をもう一度狙って、とどめを刺しにいく。


「いくぞ、ナナシ!」

 揺れるランドタートルの甲羅の上を身体強化全開で使って強引に駆け、頭部との距離を詰める。


 首ではなく頭。

 首は太い。そして表面は硬い鉱石の皮膚に覆われている。

 だが頭に近付けば――そう、ランドタートルが俺の存在に気付いてこちらに首を巡らせ、口を開くはずだ。

 火を吹くために、もしくは噛みつくために。

 亀の首は意外と長いのだ。


 俺が頭に近付くと、左目周辺がまだ燃えているランドタートルがニュッと首を伸ばして俺の方を振り返り、予想通り大きく口を開いた。

 その口の横を交差するように、ナナシを振りかざして跳んだ。


 いけるか?


 そのまま斬り払うことができるか?


 少し力不足かもしれないけれど、足らなければ次の攻撃をするまでだ。

 迷わず、その口を開けたところへ斬り進む。


 ランドタートルの口の横で交差するように跳んだ俺を、背後から火の魔力が熱い風で煽るように少しだけ後押しをしてくれた。

 心配症だな。

 俺とナナシだけだと、ギリギリだったかもしれないから助かる。これでなら確実だ。


 ナナシの刃はランドタートルの開いた口の中を水平に後頭部方向へと進む。

 そのナナシを握る俺の視界端に、ナナシの透明な刃が赤く光っているのが見えた。


 口の横を通りすぎる間に刃越しでずっと感じていた手応えから、急激に解放されたことで勝利を確信した。

 そのまま地面に着地すると、背後から最初にドスンという音がして、少し遅れてズシンという生命の終わる重たい音が聞こえてきた。

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