第744話◆究極の炎

 ランドタートルが吐き出した大きな火球が高速で俺へと迫ってくる。

 直撃をくらえば大ダメージ。そして炎に当たれば、更に追撃もくるだろう。

 だが、避けようと思えば余裕で避けることはできる。


 ならば避けるか?


 いや、いける気がする。


 元から気温の高い荒野に加え、周囲で燃える炎の影響でものすごく熱い。

 カメ君が付けてくれたイヤーカフスのおかげなのか、右耳を中心に顔の辺りはこの熱さの中でもひんやりとしたした感覚がある。

 だが左耳――シュペルノーヴァのくれたイヤーカフスはやけに熱い。金属が周囲の熱で熱くなっている感じ。

 左耳のソウル・オブ・クリムゾンに手を触れると、手袋越しにもわかる明らかな熱さ。

 しかしそれは俺を傷つけることはなく、まるで熱が体の一部になっているような感覚。


 いける。


「いくぞ、ナナシ」

 ベルトのナナシに右手で触れつつ声をかけるとナナシがブルリと強く震え、いつもの魔力をごっそり吸われる感覚と共にナナシが本来の姿になり、俺の右手の中にスルリと収まった。

 そして左耳のイヤーカフス、それがどんどんと熱さを増している。正確にはイヤーカフスから感じる火の魔力がどんどん強くなり、それが熱を持ち始めている。

 それはまるで炎として具現化する時を待っているかのように、魔力が強まり圧縮されていっているよう。

 周囲の火の魔力に反応してこうなっているのか?

 熱の原因はわからないが、ソウル・オブ・クリムゾンが出番を待っているようにも思えた。

 だが使い方がまだわからない。

 わからないが、今は迫って来ている火球が先だ。


 火球を避けてその後は逃げながら、ランドタートルをアベル達から引き離し時間を稼ぐ。

 いつもならそうするところなのだが、今日は逃げるのではなく攻める。攻めることができる気がする。

 ソウル・オブ・クリムゾンが強い火属性だからか、迫ってきている炎は避けなくていいと直感的に思った。


 本来の姿に戻り俺の手の中に収まったナナシがいつもよりも輝いて見えるのは気のせいか?

 いつもなら無色に透き通ったクリスタルのような刃が、今は周囲の炎に照らされているからやたら赤く見える。

 ナナシ・オブ・ザ・クリムゾンとか名付けてやりたくなるくらい、周囲の炎の影響で無駄にかっこいい赤色に煌めいているような。

 ソウル・オブ・クリムゾンもだが、何故かナナシまでやる気に満ち溢れているのはわかった。


 そのナナシを構え、もう目の前に到達する火球と向かい合う。

 俺の名を呼ぶアベルの声がやたら遠くにいるように錯覚するほど、今はナナシを握る手に、目の前の火球に集中している。


 いける。


 ランドタートルの放った火球が俺にぶつかる寸前、手にしたナナシを下から上へと振り上げた。


 ゴッ!!


 空気が切れる音がして目の前で火球が真っ二つに割れ、炎の尾を引きながら俺の左右を通り過ぎていった。

 決まった。今の俺メチャクチャかっこいい!!

 心の中で自画自賛をしていると、ナナシがカタカタと震えて次の行動を催促したのですぐに我に返り、上へと振り抜いたナナシを戻し低い位置で構えなおした。

 大火球がすぐ近くを通り過ぎた影響か左耳のソウル・オブ・クリムゾンは更に熱くなり、そこから感じる火の魔力はもういつ炎として具現化を始めてもおかしくないほどだ。

 ソウル・オブ・クリムゾンの熱は気になるがナナシがカタカタと急かすし、火球を撃ち終えたランドタートルは俺が炎を斬るとは予想などしていなかったようで、未だ火球を吐き出した時の体勢で隙だらけなので、今はランドタートルに集中しよう。


「いけると思うか?」

 ナナシに問うと力強い振動が返ってきた。

 ああ、俺もいける気がしている。

 いこう。


 隙だらけのランドタートルに今なら大きな一撃がいけると確信して、ナナシを強く握り地面を蹴った。

 いつもならこの大きさになると首を一発で落とすのは無理と判断をするだろう。

 だが何故かいけるよう気がした。それは何かに後押しをされているような感覚。

 熱い何かに強く背中を押されているような……ん? 熱い? 後ろ……背中が?


 背中に熱を感じ、ランドタートルとの距離を詰めつつチラリと背後を振り返った。

 その途中で気付いた――そういえば俺が斬った火球は、そのまま後ろへ飛んでいってどうなったんだ?

 後ろの地面にぶつかるような音も衝撃も全くなかった。


 その答えはチラリと後ろに向けた視線の先。

 俺に斬られ、一度後ろへと通り過ぎていった炎がシュルシュルと伸びて、それを斬ったナナシへと絡みつこうとしていた。

 いや、絡みつくというよりナナシに吸い寄せられている?


 ナナシ、何かやってるのか!?

 心の中で問うがすっとぼけるようにカタッとした後、いいからランドタートルに集中しろとばかりにカタカタと揺れて俺を急かした。

 ええ……背後めっちゃ気になるんだけど? とりあえず気にしなくていいの?

 ナナシを信じて大丈夫? いや、こいつはあんまり信じたくないんだけど?

 ギャー、無理矢理進もうとするなー! 信じる! 信じるから! 信じてランドタートルに一撃を見舞うことに集中するぜ!!


 ランドタートルに向かって身体強化の出力を上げながら走り出す。

 その俺を追うように、先ほど斬った炎が付いて来てナナシに纏わり付いているのが視界の端っこにチラチラと赤く見える。

 その炎がナナシを包み、ナナシを燃え上がる炎の剣のように見せる。

 左耳のソウル・オブ・クリムゾンも更に熱量を増し、燃え上がるナナシに呼応するように溢れる火の魔力が具現化を始めた。


 視界の端に見える赤い光、メラメラという火属性の魔力が具現化する音。

 明らかに俺の顔すぐ横に高温の炎があるはずなのに、熱さはあってもそれを危機感のある熱さに感じない。

 まるで炎と一体化しているような気分。


 究極の炎――ソウル・オブ・クリムゾンの効果を思い出して、この炎はこいつの効果なのではと気付く。

 だから熱くない。もしかすると究極の火耐性とかかもしれないが、とにかく熱くない。

 そしてナナシが炎を纏っていることにより、攻撃力も上がっている。


 相手は火属性を持つベリアライトのランドタートルで、もちろん火には高い耐性を持っているだろう。

 だが奴の火属性はあくまでベリアライトという鉱石の火属性、こっちはシュペルノーヴァのくれた究極の炎だ。

 どちらが強いかなんて考えるまでもないよなぁ!?


 そのことに気付くと迷いなどなくなった。

 地面を蹴ってランドタートルの方へ大きく跳ぶと、燃え上がる炎で巻き起こった熱い風の影響か、熱い風に後押しされて自らの体重をほとんど感じることなく宙へと舞い上がった。

 本当なら、火球を吹き出した後の大きく空いたランドタートルの口の中に何かを詰め込んで、そこからナナシで斬り付けるつもりだった。

 だが後押ししてくれた熱風の影響で思ったよりも高く、ランドタートルの頭上まで舞い上がってしまった。


 ゲェ! 跳びすぎた!


 と思った直後、高く跳び上がりすぎたために周囲の様子が目に入る。

 地上で燃え上がった炎が俺の背後の辺りに向かって伸びていることに気付いた。

 視界の下ではアベルが俺の名を叫んでいる。カリュオンは相変わらず楽しそうだな。


 そして跳び上がる俺の方へ顔を向けるランドタートル。

 その真っ黒な瞳には、背後に左右に広がる赤い大きな炎を背負った俺の姿が映されていた。


 そこで跳躍は頂点に達し、落下が始まる。


 ランドタートルの目に映る自分の姿がどんどん大きくなり、それがその目にいっぱいになる瞬間、ナナシをランドタートルの目に突き立てた。


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