第740話◆人気者は辛いぜ
宝探しの翌日はいつもの朝。
夏の日の出は早く、俺が起きる時間にはもうすっかり明るくなって、早朝だというのに少し体を動かせば汗ばむ気温である。
いつものように起き出して服を着替え外に出ると、まずは軽く準備運動をして敷地の外を軽く三周ほどランニング。
パーティーに入った時に足を引っ張らないようにもっと体を鍛えたいので、五周に増やしたいところだが今は暑い季節なので秋になったら本気出す。
ランニングが終わったら剣の素振り。
ナナシは手に馴染むのだが馴染みすぎて軽く感じるので、刃こぼれして以来あまり使うことのないアダマンタイト製のロングソードを振るう。
アダマンタイトはミスリルや鋼鉄よりも重いので、鍛錬で振るのにはちょうどいい。
もっともっと強くなりたい。
昨日から左耳に付いているイヤーカフスを撫でる。
古代竜シュペルノーヴァに貰ったイヤーカフス――ソウル・オブ・クリムゾン。
これはただのオルゴールのお礼で俺の勝手な思い込みかもしれないが、このイヤーカフスを貰って、あの強大な古代竜シュペルノーヴァにちょびっとだけでも認められたんじゃないかなーって気持ちになった。
そうじゃなくて、なんとなくもっと励むように背中を押されたような気分になった。
だから見るからにすごいこのイヤーカフスを付ける資格があるだけの自分になりたい。このイヤーカフスの性能に恥ずかしくない実力を身に付けたいと思った。
そしてもし次にシュペルノーヴァに会うことがあれば、昨日のようにただ気圧されるだけではなくちゃんとイヤーカフスのお礼を言いたい。
それからもう一つ。
右の耳に触れるとひんやりとした小さな金属が指に当たった。
これ、カメ君だよね? 昨夜、枕元で何かしていたよね? もしかしてこのイヤーカフスを付けた?
【スピリット・オブ・カレント(試作品)】
レアリティ:???
素材:???
オーナー:グラン
属性:水/聖
効果:俺様の加護
朝起きたら右耳に付いていた、青みがかった銀色の小さくてシンプルなイヤーカフス。
鑑定してみるとその名前の横に試作品と見える。
そして俺様の加護って何!? 水属性が見えるしどう見てもカメ君でしょ!?
試作品っていうことは未完成ってこと? これから何かとんでもない付与とかするつもり!?
……でも、せっかくだからカメ君のその気持ちはありがたく受け取るよ。
昨夜カメ君が俺の枕元でゴソゴソしていて一瞬だけ目が覚めたけれど、すぐ寝直してしまってその後どうしたか覚えていないな。
朝起きた時にはカメ君はいつものカメ君用籠ベッドに寝ていたから、俺が寝ているうちにこっそりイヤーカフスを付けて戻っていったのかな?
まるで真夏のサンタさんだな。
ん? サンタさんって何だ? 転生開花余計なことをするんじゃねえ!!
俺はクリスマスなんてちっとも好きじゃないぞ!!
ん? クリスマス? だから余計なことを思い出させるんじゃね!!
こっちの世界にはクリスマスなんかないのだから、あっちの世界へ帰って二度とこっちに来るんじゃねえ!!
はー、前世の嫌なこと思い出しちゃった。
雑念を捨て去るためにも心を無にして鍛錬鍛錬。そして朝の畑の世話。
あ、フローラちゃんおはよう。
え? 耳? ああ、左はシュペルノーヴァに貰って、右は昨夜カメ君がこっそり付けてくれたみたいなんだ。
そうそう、火属性と水属性で対になっているみたいでかっこいいよね。
え? 何? 何で肩をポンッて叩いたの? あ、応援してくれたの?
うん、もちろんこのイヤーカフスの性能に負けない男に俺はなる!!
でも、今日は暑いから鍛錬はこのくらいにしてワンダーラプター達と少し遊んだら野菜を収穫して、空調の魔道具が効いている涼しい部屋にさっさと戻ろうか。
昼間はもっと気温が上がるから、フローラちゃんも暑さで辛くなる前に家の中に入っておくんだよ。
よっし、じゃあ今日も一日頑張るぞ!
「へぇ、ふぅん、へぇ……両耳にイヤーカフスねぇ……ま、俺には去年の夏、グランが作ってくれたひんやりするイヤーカフスがあるからいいもんねー」
「その便利そうなイヤーカフス、いいな。夏はフルプレートには辛い季節だから、俺も一つ欲しいな」
「カメーッ!」
「は? チビカメは水属性だからそんなのいらないでしょ! 自分の水で冷やしカメになっておけばいいよ!! うわ、冷た! 痛っ!」
「あらあら、カメさんもアベルもお食事の席でお行儀が悪いですわ」
「でも暑い季節にひんやりするイヤーカフスはいいわね。暑いのも寒いのも嫌だからずっと春と秋ならいいのに」
「えーたまには雪も悪くないですしぃ、暑い日に湖で遊ぶのも悪くないですよぉ。それより、グランはカメさんに耳飾りを貰ったのですねぇ。そうですねぇ……両方の耳に耳飾りですかぁ……」
「ふむ……耳は埋まってしまったか……いや、ピアスならまだまだ開ける場所はたくさんあるな。いざとなれば耳以外の場所のピアスでもいいな、東の南の大陸にはその昔、鼻や舌やヘソにもピアスを付ける種族がいたな」
朝食の時間、食卓に全員揃うとカメ君がくれたイヤーカフスに気付いたアベルがスッと目を細めた。
アベルは貰えなくて残念だったな。俺はカメ君と大の仲良しだからな!
そうやってカメ君をすぐ煽るから、イヤーカフスじゃなくて氷をお見舞いされるんだよ。
ほらー、食事中に遊んでいるからウルが呆れているぞ。
それで、カメ君も体感温度が少し低くなるだけのイヤーカフスが欲しいの?
そうだね、だったら頭のてっぺんのピョコンと飛びだしている耳みたいな鱗に付けられる飾りを作ろうか。
カリュオンは夏は確かに暑そうだけれど、アベルやシルエットの火魔法で炙られても平気そうな顔をしているのに、ひんやりするだけのイヤーカフスなんているのか?
ま、あのイヤーカフスは簡単に作れるからここにいる全員分だけじゃなくて、パッセロ商店の人達とジュストの分と毛玉ちゃんやフローラちゃん、ワンダーラプター達のも作ることにするか。
前世の日本の夏ほどジリジリジットリ暑い夏ではないが、それでも暑いものは暑い。
やっぱこの季節は熱中症が怖いので身近な人の分は、日頃お世話になっている感謝の気持ちとして作って渡しに行こう。
何かくれるなら喜んで貰うけれど、ラトとクルの視線が少し怖い。
鼻ピとか舌ピとかヘソピとかじゃなくて普通のアクセサリーがいいな!!
「今日の予定はまだ決まってないから、アクセサリーを作……」
「俺とカリュオンの連休は今日で終わりだから、昨日シュペルノーヴァに貰った武器の試し撃ちにどっか過疎なダンジョンに行こうよ」
言葉を遮られたが確かにシュペルノーヴァに貰ったものの性能は気になる。
「ああ、そうだ俺もイヤーカフスはどんな効果があるのか確か……」
「ええー、アベル達は昨日グランと宝探しにいったでしょー。今日はグランは私達とアクセサリーを作りましょ」
「ひんやりするイヤーカフスに他にも機能を追加するのも悪くないですわね」
「貰うだけじゃなくて、私達で作ったアクセサリーをグランに渡すのですぅ」
アベルの意見に乗ろうとしたら三姉妹に遮られた。
そうせがまれると、可愛い三姉妹を選びたくなるなぁ。
「でも装備の試運転はしっかりしておかないと、いきなり使うと予想外のことが起こって危ないからなぁ。今日はグランをこっちに貸してくんね?」
カリュオンは相変わらず冷静だな。
ん? どうしたナナシ?
ああ、オルゴールか。
今日は神の日で世間一般は休日だから休みの店も多いんだ。オルゴールは平日に専門店を探してみよう。
ああ~~、人気者は辛いぜ~~~~。
オルゴールはまた別の日にするとして、アクセサリーも作りたいし、シュペルノーヴァに貰ったものの試運転もしたい。
二人に分身してどちらもやりたいところだが、残念ながら俺は一人しかいない。
どうしようかなぁ……。
「む、確かにシュペルノーヴァに貰ったものなら大雑把な調整かもしれないな。どういう効果があるかしっかり確認した方がよかろう。絶対に森で試さないように頼むぞ。ウル、ヴェル、クル、今日はそれでいいな?」
と思ったらラトがシュペルノーヴァの装備を先に確認してくるように勧めてきた。そして三姉妹の方へ何やら意味ありげに視線を送ったのが見えた。
「そういうことなら仕方ないですわね」
「なるほど、そうね。今日は譲ってあげるから、後で覚悟してなさい!」
「ふふふぅ、そうですねぇ。シュペルノーヴァさんに貰ったものをゆっくり試してきてくださぁい」
三姉妹があっさり引き下がって、なんだか気になるな。
ま、装備の性能確認は大事だからな。
じゃあ、今日はちょっとどっか過疎なダンジョンへ行ってくるよ。
カメ君はどうする?
今日はルチャルトラの日?
そっか、じゃあ今日はアベルとカリュオンと三人でダンジョンへ行ってくるよ。
大丈夫、大丈夫、少し試し撃ちをするだけだから。
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