第739話◆閑話:ソウル・オブ・クリムゾン――Ⅲ
双子達が俺の巣を出て行った後は巣を転々と変えていたが、最終的にルチャルトラの火山に辿り着きそこで島のリザードマン達を見守り、たまにその中に紛れ暮らすようになっていた。
元いた火山は険しすぎて、リリトが帰って来た時に空を飛べない人間が歩いてくるには難しい場所だったからな。
あれはまだズィムリア魔法国がユーラティア王国になる少し前だったな。
ラグナロックが王になり、小競り合いは時々あったものの千年近くも安定した時代が続いた時期だった。
ルチャルトラではバロンとランダが度々大暴れしていて、海では亀がいきり散らして頻繁に俺に喧嘩を売ってきていた。
ちょうど休眠期明けで――というか気持ち良く寝ていたら、俺の寝ていた火山の火口に水を注いだバカ亀のせいで目が覚めた。
突然予想外の噴火というか爆発が起きて、めちゃくちゃ目覚め最悪だったのを覚えている。
あの亀は友達がいないというか、友達が非常識の混血児だらけなので古代竜としての常識が全くない。
古代竜の休眠期はどんなに仲が悪くとも暗黙の了解で不戦ということになっているのだ。
我ら古代竜は強大な力を持つ故多くの縛りを自らに課している。
例えば古代竜同士で無駄に争わぬように、本気で戦う前に魔力比べをしてそこで負ければ引く。
それでも決着が付かなければ、別の穏便な方法で極力周囲に影響を与えないようにするのだ。
大きすぎる故に本気を出せば、周囲がめちゃくちゃになってしまうからな。
本体で争うなど最終手段の最終手段であり、そんなことは歴史上ほとんど起こっていない。
古代竜は長寿故に繁殖力が低めで、しかも混血の場合は古代竜の血を引いていても古代竜と呼ばれるような強大な力を持つまでにはならず、混ざった相手の特徴を強く引く者の方が多い。
そう、混血で古代竜と呼ばれる程までに力を持った古代竜の血筋の者は、限られた一部の者だけなのだ。
故に古代竜同士で争い、無駄に傷つけあい個体数を減らすようなことは避けないとならぬのに、あの亀といったらラグナロックがド派手な親子喧嘩をしたせいで、それに悪い影響を受けたのか、やたらでかい亀の姿で喧嘩を売ってきていた時期があった。
そんなバカ亀のせいで目が覚めてしまい、目が覚めてしまったのならとリザードマンに紛れ暮らし始めた折、対岸の陸地に住む漁民の船が突然の大波に巻き込まれルチャルトラに流れ着いた。
というかその大波、たぶん非常識な亀が暴れてただけなんだけどな。
それで流れ着いた奴らが船を修理して本土に帰るまでの間リザードマンの集落の近くで暮らすようになり、船の修理をしながら集落の者とも交流し共に漁に励み友好を深めておった。
俺はその様子を微笑ましい気持ちで見守り、奴らが本土に帰る時はもうバカ亀の起こす大波に巻き込まれないように送っていくつもりだった。
だったのだが、あんの人間どもは俺の巣に潜り込み俺の宝物を盗んでいきおった。
そういえば、対岸の漁民は不漁になると海賊行為をしていたな。商船を襲う程度のせこい海賊かと思ったら俺の宝に手を出しやがって!
それで宝を取られた俺が怒り狂って、宝を盗んだ奴の集落を燃やした――というのが、人間達の間に残っている伝承である。
まぁだいたいあっているのだが、実際はもう少し……いや、かなり面倒くさい事情があった。
面倒くさい奴が絡んできて、めちゃくちゃ面倒くさいことになって、もう焼き払うしかなかったんだよ。
あの人間達とほぼ同じ時期にルチャルトラにやって来た者がいた。
右目と右の頬にかけてを隠す白い仮面を付けた長い金髪の男――リリスに右目を奪われた奴である。
お前の右目はめちゃくちゃ役に立っているし、リリスにもリリトにもものすごく価値のあるものだから二度と来るなと来る度に追い返していたのだが、忘れた頃にフラリとやってくる。
あいつはいつも気の向くままに禄でもないことをやらかすのだが、その中でも最大級に禄でもなかったことの一つが、ラグナロックと仲の良かった赤毛の男、ヴァッサーフォーゲルに古代竜の血で作った不老不死になる薬を飲ませたことか。
最大級に禄でもなく、この上なく胸くその悪いことなのだがあれに関しては非常に複雑な気分である。
ラグナロックが苦悩したように、望んではならぬとわかっていても、できることなら命短き友も俺と同じ時を歩んで欲しいと心のどこかで思っていた。
それ故にこの仮面野郎がしでかしたことに憤りは覚えたが、もしそれが上手くいっていたならと一瞬でも思った自分はあいつを責めることはできなかった。
もしあれが上手くいっていたら、ヴァルの体が古代竜の血を受け入れ永遠の命を手に入れていたなら。
そうすればリリトの非業な転生に終止符を打てるのではないか――少しだけ期待をしてしまった。
だから俺には仮面野郎を責める資格はない。
こいつが面倒くさい奴、そして悪を悪と思わず実行する奴だと知っていながらも、こいつもこいつなりにリリトをかの神の呪いから解放する手段を探しているのではないかとも思ったこともあった。
もちろんそんなことはなかった。
こいつはただの自己満足、自己証明のために動いているだけだった。
そんな奴がルチャルトラにやって来て何か嫌な予感がするなと思いつつ、奴を警戒してベッタリと張り付いていた。
だがその間奴はとくに怪しい行動をするわけでもなく、いつものように張り付けたような胡散臭い笑顔をしながら、俺にリリトの昔話をするように求めるだけだった。
奴は昔からそうだ。リリスが奪いリリトの体の一部となった奴の右目がどれだけリリトが使いこなし、リリトの役に立っているかを知るのが好きだった。
奴は無価値を与えられた元神。無価値故に神捨て場に落とされた理不尽な存在。
故に自分の一部がリリトに渡り役に立っている、価値のあるものとして存在していることが嬉しいらしい。
それを証明するためにわざわざトラブルを起こすからマジで面倒くさい奴なのだがな!!!
あの目の能力は何だったかなぁ……確か見たものを分析して数値化する能力だったか?
数値がわかったところで、そのものの優劣や勝敗が変わるわけでもなく、優れていることも勝つことも神としては当たり前でそうでなければ無価値であり、故にただ優劣がわかるだけのこの能力は無価値だと奴は言っていた。
そうか? リリトが使いこなしているのを近くで見ていたからかもしれないが、俺としては十分価値のある能力だと思うぞ? 物事を数値化して分析できるってすごくね? 何でお前そんな自己評価が低いんだ?
まぁ、生みの父でもあるかの神から無価値無価値と言われつづければ拗らせるのも仕方ないか。
もうかの神はこの世界に興味はないみたいだからこっそり言うけれど、俺もかの……あいつは嫌いだから。
そんな災厄みたいな奴ではあるが、俺としては完全に憎むこともできずだらだらと長い付き合いになっていたのだが、あの時のことはマジで許さない。
奴がフラリと島にやって来たあの時、奴をずっと見張っていても何も怪しいことはしなかった。
それもそのはず、奴はすでに仕込みを終えていた後だったから。
島に流れ着いてきた人間、それが奴の仕込みだった。
島に流れ着いた後に俺に警戒されぬようにリザードマン達に溶け込み、彼らより少し遅れ島にやってきた仮面野郎に俺が気を取られているうちに、その人間達が俺の巣に忍び込み厳重に隠していた宝を盗み出し島から逃げ去っていた。
持ち歩くとどこでも出して聞きたくなるのでうっかり落として壊しそうだと、巣に隠していたのが裏目に出てしまった。
盗み出された時すぐに、魔力を遮断する何かに入れられたようで盗まれたのは気付いてもどこにあるかまではわからなくなってしまった。
幸い奴らがそれを持ち帰った後、一度だけ魔力を遮断する何かから出したようで盗まれた宝、オルゴールが島から持ち出され陸地の方へいったことはわかった。
なぜたかが人間の漁民にそんなことができたかって?
あのクソ仮面野郎が手を貸して、けしかけていたのだ。それができるだけの力を人間に与えて。
それができるだけの力、人間が人間以上の力を出させることができるもの。だがそれを体に入れるともはや人間ではなくなるもの。
古代竜の血から作った不死の薬、それと共に俺の宝の情報を与えて。
ついでに転移スクロールまで与えていたみたいで、仮面野郎に気を取られているうちにあのオルゴールを盗み出されてしまったのだ。
人の心とは弱いもの。お膳立てをされそのための大きな力が与えられれば、冷静な時なら決してやらないようなことでも勢いでやってしまう。
身に余る大きな力は人の欲望を増幅し、簡単にその人生を狂わせてしまうのだ。
自分だけではなく、自分の周りの者さえも。
気がつき追いついた時にはオルゴールを盗んだ者達は、すでに人ではない者になり果てていた。
もはやそうなってしまっては跡形もなく焼き払うしかない。中途半端に残せばまた復活してしまう。
しかもその不老不死の薬の余ったものを家族や恋人に飲ませたものまでおり、奴らの集落に到着して竜の眼で覗いてみれば住人の大半がリュウノナリソコナイになっていた。
結果、あの集落を焼き払わなければならなくなった。
いやまぁ、オルゴールを盗まれた時はカッとなって焼き払ってでも取り戻すつもりで飛んでいったのだが、集落の住人の大半がリュウノナリソコナイになっていることに気付き、仮面野郎の仕業だと気付いて冷静になった。
冷静になったが、結果は同じになった。
ラグナロックの治める国の首都からは遠く離れた場所とはいえ、一応はラグナロックの支配下の国の一部。
それを理由なく焼き払ったとなれば、俺とラグナロックが対立することになる。状況によっては俺が悪竜に仕立て上げられるところだった。
仮面の狙いはそれだったようで騒動が収まった後に『シュペルノーヴァとラグナロックが争えばまた動乱の時代がきてリリトが現れるかもしれなかったのに』と言い残して帰っていきおった。
マジで災厄の権化である。
あの集落を焼き終わった頃に亀が喧嘩売ってきて嵐を起こしたものだから火は消えたのはよかったのだが、そのままちょっとした喧嘩になってその余波で地形が少し変わってしまった。
しかも亀を追い払った後、俺が集落を焼いたこととあの辺りの地形が変わってしまったことの説明をラグナロックのとこまで説明しにいくことになるし、これって俺は悪くないだろ!? むしろ被害者だろ!?
で、全てが落ち着いた後オルゴールを探したのだが、魔力を感知されないように隠されたようで結局見つけることができず、もしかすると亀との喧嘩で変わった地形のどこかに埋まってしまったのかと探すのを諦めてしまった。
大丈夫、オルゴールは無くなっても想い出はちゃんと俺の記憶の中にあるから。
肌身離さず持ち歩いていた、嫁さんの歌が記録されている懐中時計にもオルゴールと同じ歌が残されているから。
そう言い聞かせ、オルゴールのことは諦め長い時間が過ぎた。
それからラグナロックが王を辞め、あの国の名が変わり人間の国となったり、かつて俺が嫁さんと過ごした集落に亀が津波を浴びせ更地にしてしまってカッとなって亀を山奥に封じたり、その後ふて寝をしていたらバロンとランダが大暴れして起こされてしまいイラッときてランダを焼き払ってバロンを封じたりと色々なことがあった。
だがその間ずっとリリトらしき者と出会うことはなかった。
やはり遠き世界へいって、もう戻ってくることはないのだろう。
それでいい、リリトがかの神の呪いから解放され幸せな生を繰り返しているのならそれでいい。
形あるものはいつか消える。命もものも。永遠などない。
あのオルゴールも黄金でできていたとしても、いつかは消えるものだった。
そうやって納得して、想い出を忘れぬように思い出しながら今の時まで生きてきた。
そして、あの歌が流れる懐中時計すら壊れる時がきた。
時の流れを歯がゆく思っていた直後にそれを直してくれたのは、くすんだ赤毛を持つ人間だった。
リリトのように鮮やかではない赤毛。
故に出会った時も心が動くことはなかった。
そのくすんだ赤毛が亀を解放した時の光景を眷属の目越しに見た時は、かつてリリトと共に旅をし様々な困難を乗り越えた日々のことを思い出した。
亀が子亀のふりをして赤毛の肩に乗っているのを見た時には、かつての自分の定位置を思い出した。
それに嫉妬などはないが、リリトとまた旅がしたくなった。
そしてあの時――不意にオルゴールの気配を察知してギルドの仕事を投げ出して空へと飛びだった。
一瞬でその気配は消えたが、その場所はもう把握した。
竜の眼、別名では千里眼ともいう眼でその辺りを見ればいつもの赤毛達の姿が見えた。
ああ、奴らが見つけてくれたのか。耳を澄ませばそれを返してくれるつもりの話が聞こえてきた。
嬉しさのあまり飛びだしてしまったが、どういう顔で会えばいいのだ。
ルチャルトラのギルド長としては何度も会っているが、俺がシュペルノーヴァというのは一部を除いてギルドの最重要機密事項である。
もちろん、ルチャルトラのギルドの職員達も知らない。
やはり秘密のままでいいだろうと、シュペルノーヴァの威厳たっぷりで登場したらやりすぎたみたいでドン引きをした赤毛達の表情が目に入った。
そして亀には何か文句を言われたが亀語はわからないからスルーだ。
赤毛が俺の方にオルゴールを差し出し、それを受け取ろうとした時。
不意に俺の炎に照らされた赤毛のくすんだ赤い髪が、夕焼けよりも燃えさかる炎よりも鮮やかな赤に見えた。
その瞬間、グランという赤毛がリリトに見え言葉を失った。
礼の一言くらい言うつもりだったのだが、言葉が全く出てこなかった。
もう戻ってはこないと思っていた物ともう戻ってはこないと思っていた者。
俺の思い違いでもいい、俺が望むものを思い出して見えた幻でもいい、たとえリリトではなくとも俺の大切な想い出を見つけ出してくれたこの者に、リリトとの約束の証しを預けよう。
いや、やはりグランがリリトではない方がいいな。
リリトがこの世界に戻ってきたのなら、またかの神の呪いにかかってしまうかもしれないから。
それに大恩があるこのくすんだ赤毛には穏やかな生を過ごして欲しいから。
リリトに似た誰かでいい。
俺が勝手にリリトの面影を重ねて満足しているだけだから。
オルゴールから流れる曲が終わり、最後は最愛の妻の笑顔で俺の記憶の描写が終わる。
長い時間が空いてしまったが、またオルゴールに想い出を詰め込もう。
今の時代の親しき者達――ギルド長仲間に、バロン達や島の者、まぁ亀も交ぜてやっていいだろう。
そしてくすんだ赤毛とその仲間達。
そこまで親しいというわけではないので遠くから彼らが、楽しそうにしている姿を残しておいてやろう。
年月が過ぎたら亀に自慢してやるか……いや、亀にもこの魔法を教えてやろう。
そしてお互いの記憶を並べ、その時を思い出し長く長く語り合うのだ。
赤毛とその友達に最大限の炎の祝福を――。
ソウル・オブ・クリムゾン――俺の心の中にはいつもその赤がある。
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