第738話◆閑話:ソウル・オブ・クリムゾン――Ⅱ

 その平穏が終わったのはリリトがもはや失敗作と誰にも言わせぬほどの力を付けた頃だった。

 失敗作と呼ばれて捨てられた者達の体の一部を奪いできあがった、数多の力を持つ存在。

 一つ一つの力は元の持ち主に及ばずとも、組み合わせ、そしてリリトの発想で斬新に使いこなし、その実力は全てを持つ者であるリリスに迫るほどになっていた。


 それまでも何度か、リリスが体の一部を奪った相手が突撃してきたことはあったが、だいたい何とかなっていた。

 中にはしつこい奴らもいたが……とくにアイツとアイツはしつこかったな。

 右目を奪われた奴は暇さえあれば『僕の右目は役に立ってる?』と突撃してきて鬱陶しかった。

 しかもそれを試すように、毎度毎度碌でもないことをしでかして帰るから、あの温厚なリリトですら嫌がっていたな。


 もう一人はその右目野郎の対になる双子の兄だが、こっちはリリスに心臓を奪われて性癖を歪まされた奴だな。

 俺のハートを奪ったお前が悪い、などと言いながらリリスにしつこく付き纏っていたがどうなったのやら。

 かの神からはこの世で最も明るい星の称号まで貰っていたというのに、結局失敗作とされ堕とされ、その後リリスに性癖を歪まされるなんて哀れな奴よの。

 面倒くさい奴だったが、偉大な俺の爪の先くらいほんのちょこっとだけ同情はしている。

 むしろあの特殊で粘着質な性癖と性格のせいで欠陥品判定だったのかもしらん。


 この面倒くさい双子がどちらもキンキンピカピカの金髪だったせいで、古代竜の姿になるとキンピカになるラグナロックは少し苦手だったんだよなぁ。

 竜の姿をしている時のキンピカさも似ているが、面倒くさい性格とかマジそっくり。

 人の姿をしている時はまだマシな色味なのだが、やっぱりなんか面倒くさそうな空気があのキンピカ双子にそっくりなんだよなぁ。



 ま、そんな奴らを含め元神が神捨て場を抜け出してちょいちょい突撃してきて面倒くさかったのだか、成長したリリトと元から全てを持つリリス、そして全ての炎を従える俺の前には敵ではなかった。

 そう、何も持たなかったリリトが全てを持つリリスに劣らなくなっていたのだ。

 真逆な状態から始まり、最終的にかの神が理想とする完璧に近いものになってしまった。

 正しくはリリスが創り出したといっていいだろう。

 それはかの神が何度も失敗し、ようやく創り出した理想に近いリリスと同等の存在を、リリス自身があっさりと創ってしまったということだ。


 リリスはただ弟を捨てられたくなかった一心で、かの神が望むような存在にリリトを仕上げただけ。

 かの神が望むような存在になれば、リリトが捨てられることはないと思ったから。


 それで創り出したものが、かの神が創り出したリリスに匹敵する存在だったからだろう。

 かの神がこの双子を成功作の神として認め与えた使命には、かの神のリリスへの嫉妬と完全すぎる存在への危機感が見え隠れしていた。

 そしてその矛先はリリスだけではなくリリトにも向いていた。

 それに気付いたとしても、俺とて絶対的なかの神には力が及ばぬ存在。リリスとリリトがかの神の決断に従い、俺の巣から旅立っていくのを黙って見送るしかできなかった。


 かの神が双子に与えた使命――リリスは世界の礎となる樹となりその力で世界を豊かにし、リリトは記憶の全てと力のほとんどを封じられ人間に幾度も転生し、地上に暮らす者と共に世を平定する役割を与えられた。



『いつか、いつか必ず会いにいくから、俺のことを忘れるんじゃねーぞ』



 そう言って旅立っていくリリトが、いつも付けていたイヤーカフスを残していった。

 あいつが寄せ集められた力を使って自ら作ったイヤーカフス。それがソウル・オブ・クリムゾン――俺達を象徴する色、俺達の絆の証し。

 いつかまた会うという約束の証し。

 再び巡り会った時にそれをリリトに返すという誓いの証し。


 いつかとはこの生を終え、全くの別人として生まれ変わった後のこと。

 記憶もなければ姿形も違う。

 俺のことなど生まれ変われば忘れてしまうだろう。そして俺も人間に生まれ変わったリリトを見つけるなど簡単なことではないだろう。

 だが、忘れぬことはできる。

 かつて創り出した記憶を記録する魔法で、偶然ではあるがこれまでのリリトとの想い出は残してある。



 それを決して朽ちぬ黄金の箱に閉じ込めて――あの歌と共に。



 見つけるのは困難かと思ったが、何故か不思議な偶然で俺の元に鮮やかな赤毛の奴が時折やってくる。

 もちろんそれが奴だという確証はないが、俺の鱗にも劣らぬ鮮やかな赤い髪。

 リリトの記憶があるわけでもないし、髪が赤い以外全く似ていない。

 ただどいつも人懐っこく憎めない。そしてその時代に何らかの影響を与える存在。


 確証はなくとも確信していた――また逢えたと。


 その度に俺はイヤーカフスを赤毛に託した。

 少しでもその時の赤毛の力になればとちょいちょい細工をしているうちに、ちょっと色々効果が付きすぎたかなって思ったが、まぁ偉大な古代竜感覚ではだいたいほんのちょっとだ。

 リリトという確証はなくても、俺がその赤毛をリリトだと思ったからそれだけでいい。

 たとえリリトではなかったとしても、ただ俺が出会った赤毛に勝手にリリトの面影を重ねて待ち続けているだけだから。


 しかし相手は人間。

 再び出会っても一瞬で消えていき、その時代の持ち主がこの世を去れば、どういう魔法がかかっているのかイヤーカフスは俺の手元に戻ってきた。

 そして戻ってきたイヤーカフスを見つめながら赤毛との記憶をオルゴールに詰め込んだ。

 少しだけ話しただけの時もあった、共に旅をしたこともあった、修行と称して俺の巣に居座られたこともあった。

 すぐに消えまた生まれ代わり、しばらくするとまたふらりとやって来る。

 俺はいつまでもいつまでもそれを待ち続け、気の遠くなるほど出会いと別れを繰り返している。




 変化があったのは大きなごたごたがあり世界の礎にされていたリリスが樹から解放された後だったか、リリトは相変わらず人間としての短い命を幾度となく繰り返していた。

 双子の片割れであり全てを持つ者故にリリスはリリトの存在を確実に把握しており、リリトがその時代で課せられた使命を終えると用済みとばかりに不幸な命の落とし方を繰り返していることに気付き、それが神の呪い――自分ではない者が創り出した完璧な存在への縛めだと確信した。


 リリスはリリトをその呪いから解放するための方法を長い時に渡って探していたが、結局その呪いを解くことはできず、その間も世のために生きるも不幸な命の落とし方をするリリトを見かね別の世界へと逃がすことを決意した。

 別の世界に送ってしまえばかの神の呪いからは逃れられるかもしれないが、生まれ変わる先が数多にある世界のどこになるかもわからない。

 そうなるといかにリリスといえど、リリトを見つけ出すことは難しいだろう。


 もう会えぬかもしれないと思いながらも、リリトが理不尽な呪いに苦しめられなくなるならそれでよいと、とうの昔に神の手を離れ神の影響の少ない世界へとリリトを送り出した。


 すでに成功作の神々も増え世界はかの神の手を離れつつあったため、リリスの復活は見逃されていたようだが、さすがに神の使命を持つ者を別の世界へ送ったことは見逃されず、今度は大きな罰を受けることになった。

 いや、これはかの神がリリスを罰する口実を待っていたのかもしれない。

 もしくはリリトがかの神の呪いを逃れて力を取り戻し、リリスと共謀してかの神の地位を脅かすのではないかという危機感があったのかもしれない。


 結果リリスは体を奪われ、かつてのリリトのように器を持たぬ存在となり、その力を使うには自分と相性の良い器に取り憑かねばならなくなった。

 またリリスの復活に手を貸したあいつは、体をバラされて世界の各地へと封印された。


 それが千年以上前の話だな。

 ちょうど古代竜達の魔法国が大きく変わり、キンピカラグナロックがあの国の頂点に立った頃だ。

 キンピカラグナロックと当時の赤毛が共に行動していたのを最後に、あの鮮やかな赤毛と会うことはなくなった。



 それでもリリトがかの神に押しつけられた理不尽な人生から逃れ幸せに暮らしているというのなら、もう会うことがなくともそれでよいと言い聞かせて幾百の時が過ぎた。



 リリトとの想い出はこのオルゴールに詰まっているから。



 オルゴールの音を聞きながら、古い記憶を思い出し。



 小さき者に紛れ暮らしながら、もしやと思い鮮やかな赤い髪の者を目で追いながら。



 時にはそれが新たな縁を繋ぐこともあった。



 いつまでも過去を見てばかりだと、リリトに笑われると思いオルゴールに新しい想い出もたくさん詰め込んだ。



 たくさん、たくさん、たくさん――すぐ消えていく者達との大切な想い出を。



 想い出を詰め込みまくったオルゴールを大切に巣の奥にしまい、巣に戻りそれを開いては消えていった者を思う。

 小さき者に紛れて暮らし新しい出会いに一喜一憂しながら時は流れていった。


 リリトがいなくなってしまうと、リリスともいつのまにか疎遠になった。

 体を失ってからのリリスは、相性のいい体に取り憑かなければ活動がままならず、その相性の良い体が失われればまた体のない状態に戻る。

 そういう奴だから器は短いサイクルで代わり、気配を消されていると見つけることはほぼ不可能である。


 あのイヤーカフスが最後に戻ってきてから数百の年が過ぎた頃だった。

 リリトが遠き世界へいき、リリスは気配を潜め、あの双子達との想い出がどんどん記憶の奥へと押し込まれていくのを感じながらも、相変わらず俺はオルゴールを見ては彼らを思い出しながら過ごしていた。



 そんなおりくだらない悪意に巻き込まれ、あのオルゴールを奪われてしまうことになった。



 

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