第737話◆閑話:ソウル・オブ・クリムゾン――Ⅰ
俺は歌と赤が好きだ、そして広い空と世界が好きだ。そこに生きる存在も好きだ。
歌は生まれた時から何故か好きだった。
赤は自分の色だから元から嫌いじゃなかったが、古き友がかっこいいと言うので好きになった。
その古き友が歌を歌い、更に歌が好きになった。
古き友が俺を外に連れ出すから、外の世界が楽しくなった。
友と飛ぶ空は無限に広くて空を好きになった。
古き友がそこに生きる者に紛れ込むことが好きで、それに付き合っているうちに楽しくなった。
『いつか、いつか必ず会いに行くから、俺のことを忘れるんじゃねーぞ』
そう言って笑顔で手を振る、懐かしき者。
これは俺の遥か昔の記憶。そして、心の中に残っていればいいと、随分昔に諦めてしまった記録。
オルゴールの奏でる音と共に、遥か昔の記憶が色鮮やかに蘇る。
長い時の中忘れかけていた、姿が、声が、表情が――再びはっきりとした記憶として心に刺さる。
俺の長い長い記憶の中には必ず赤がある。
俺自身の赤、そして古き友を象徴する色。
やっと、やっと……帰ってきた。
誰にも邪魔をされない場所でオルゴールの奏でる曲を聴きながら、ただただ再び会えたことの喜びに溺れていた。
彼らと過ごしたのは万単位で昔の話、それは神々の時代の話。
創世の神がこの世界を創造した時、この世界をかの神に代わり維持するための存在をいくつも創り出した。
我ら古代竜もその一つであり、火を司る俺はその中でも最古の存在である。
古代竜以外にも多くの神々や神獣が創り出された。
自分の代行者としてより完璧な存在を創り出そうとした結果いくつもの失敗作が生まれ、それは神捨て場とも呼ばれる地の底深くの凍り付いた世界に捨てられた。
あれは俺が古代竜として生まれ、まだ成長過程だった頃。
創世の神が対になる双子の神を創ることに夢中だった時代。
真逆の性質を持つ二柱で一つの完璧を目指し、数多の神が失敗作として捨てられた。
その中の一つ。
全てを持つ者と全てを持たぬ者――有と無を意味する双子がいた。
美しさも強さも知識も全てを持つ姉と、体すら持たず意識も言葉もない魂だけの弟。
全てを持つ故に姉は完全であり、今まで創り出したどの神より、かの神の理想の存在だった。
そしてかの神は気付いた――何も持たぬ弟の方は必要ないのではないか。
必要がなければ神捨て場に捨てられる。それが失敗作とされた者の行く末。
あの双子の弟もそこへ捨てられるはずだった。
だがそれに抗ったのが、全てを持つ姉。
体すらない弟を溺愛して止まない姉だった。
何故かと問うと、全ての中には弟を想う気持ちも含まれているのだと。
全てを持つ者故、それを奪われることは耐えがたい苦痛であると。
それでどうする? かの神に弟を奪われないためには。
弟がかの神に成功と認めて貰えるだけの存在になればいい。
簡単なことよ。
とあの騒動を起こす直前に俺に会いに来た彼女が、美しい笑顔を見せたのを覚えている。
無とは何もないこと。
何もないが故に、何でも受け入れることができ、何にでもなれる。
なければ作ればいい。与えればいい。
真っ白なキャンバスに、自分の好きなように絵を描くように。
無とは始まりで無限の可能性。
ならば全てを持つ彼女は、それ以上にはならない終着点。
まさに真逆の双子。
そして、彼女は無である弟にあらゆるものを与えた。
ただそのあらゆるものを手に入れた手段がまずかったというか、そのあらゆるものがまずすぎた。
思い出しただけでやばい。マジでやばい。どうやったらそういう発想になるのか、万の時が過ぎた今でもわからない。
結果良しなのだが、全く良しではない気がする。
彼女が弟に与えたもの。
それは彼女達より先に創り出され失敗作として神捨て場に捨てられた兄神達の体。
神ですらそこに行くと簡単には戻って来られないといわれるあの場所に迷いもなく踏み込み、そこに捨てられた者達から体の一部を奪いこちらに戻って来た。
それをやってのける全てを持つ者の能力もやばいが、それをやろうと思いついて実行する思考もやばい。
間違いなく、有史以来この世界で一番やばい女である。
神捨て場に捨てられたといっても、その者達があの場所で自分の領域を設けそこで好き勝手に過ごしているとも聞いている。
それらから体の一部を奪ったとなると、絶対に穏便に貰ったわけではないはずだ。そもそも彼女自身が奪ったと言っていたからな。
あまり詳しくは聞かなかったが、色仕掛けをしたらどいつもこいつもチョロかったらしい。
……ああ、そうだな。元は神であっても色恋沙汰を経験する前にあそこに堕とされた者なら、悪い女にコロッと引っかかってしまうかもしれないな。
中にはそのまま拗らせて、妙な性癖に目覚めて彼女のストーカーになった奴も少なくないとかなんとか。
罪作りの度が過ぎる女である。というか実際罪でしかない。
その奪ってきた兄神の体を使い、体を持たぬ弟の体を作った。
確かベースになったのは、豊穣と慈雨の神。失敗作といわれる者の中でも極めて成功に近い者だったと記憶している。
むしろ何故失敗作として堕とされたのか不思議なくらいである。
真っ赤な髪で豊穣の神らしく食べることが好きな神だったのを覚えている。
ベースになっただけあって、できあがった双子の弟の体はこの神の姿によく似ていた。
他にも色々とあちこちから奪ってきて、それらを組み合わせて弟の体を作り、その中に魂だけだった弟を埋め込んだ。
奪ってきた体で作られたため、その弟は体だけではなく、体の持ち主の力の一部までも手に入れた。
一部なので完璧ではない、だがあらゆる者の力を少しずつ手に入れた故にその能力を使い何でも器用にこなしてしまう。
後に成長した弟が作られた器用貧乏だと自嘲していたが、後天的なものであったとしても、それはかの神が目指した完璧に近いものではないかと俺には思えた。
こうして双子の弟の体が作られ、弟は意識をはっきりと持つようになり、言葉も話せるようになり、一柱の神として目覚め成長することになった。
その双子の神は薄い紫色の髪を持つ美しい姉神と燃えるような真っ赤な髪を持つ弟神――名をリリスとリリトといった。
そうやって目覚めたのはいいが、碌でもないやり方でリリトの体の材料を集めたため、奪われた神々が神捨て場から抜け出して体を取り返しにくるかもしれないと、彼女達はとある場所に身を隠すことにした。
とある場所――それが若かりし頃の俺が力を付けるために棲んでいた、高い高い火山の火口である。
奴らが俺の巣に転がり込んできた時は、面倒事に巻き込むなと追い返すつもりだったのだが、勝手に住み着かれたので仕方ない。
そもそも当時の俺とリリスとでは、リリスの方が力が上で追い返せなかった。
俺の棲んでいた場所は、大地を作り動かすための火山だったから、火の魔力に満ちあふれ、他の魔力を隠すにはちょうどよい場所だったが面倒事にも程がある。
しかも創り出されたばかりで、体から受け継いだ力と知識はあってもそれ以外何もないリリトの面倒を見ることにも巻き込まれるし。
というかリリトの体ができた後も、まだ足りないといってリリスがちょいちょい兄神の体を奪いに出かけていくので、体を得たばかりのリリトの面倒はほぼ俺が見ていた気がする。
世界の始まりの頃から続いていた火山の火口でただ力を蓄えるだけの日々が少し賑やかになった。
神の姿はその力の象徴。
未熟なうちは子供の姿、力を付ければ成長していき、十分に力を持てばそのものに適した年頃の姿となる。
そして力が衰え始めれば、その力も失われ。衰えても力を取り戻せばまた全盛期の姿に戻る。
とりあえず兄神の一部で作った体を得たリリトが俺のところに来た時は、人間でいう四、五歳の子供の姿だった。
あるのは奪ってきてつなぎ合わされた兄神の体と力と知識だけ、他は何も持たぬ者だった。
しかし今までの体すら持たなかった頃と違い、体という器ができたことで何も持たぬ者から持つことができる者になった。
最初は何もなくともこれからどんどん経験をして覚えることができる、鍛えて強くなることができる、たくさんの感情を知ることができる。
何もないからこそ、たくさんのものを詰め込むことができる。
神という存在なら、俺と同じく無限の時間があるはずだから。
そしてリリトは俺の下で学び成長していった。
たまにリリスが兄神の力を奪ってきてリリトに与えていたのは、とりあえず見て見ぬ振りをした。
リリトが成長してからは、姿を変え正体を隠し共によく遠くまで旅をした。
何もないところから生まれ、火山の火口という出入りの厳しい場所で育ったリリトは、外の広い世界に憧れそこを見て回るのが好きだった。
リリトと旅をしながら、その時はまだ俺も若く今ほどの力はなくまだ世界を飛び回る程の翼ではなかったから俺はリリトの肩の上にいた。
そしてそこから世界の景色を眺めながら、いつしか俺が完璧な古代竜になった時は世界のどこまでも世界の向こうですら連れていってやってもいいと思っていた。
厄介事に巻き込まれたくないから早く出ていってくれねーかなーという感情が、いつのまにか厄介事が来なければこの時間がずっと続くという感情に変わり、来れば追い払えばいいとなり、何ごともなく変わらぬことは退屈ではなく平穏なのだと思うようになった。
当たり前だが、永遠というものはない。
その平穏も永遠のものではなくいつしか終わるものだと、あの双子と過ごしながら薄々気付いていた。
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