第698話◆俺の津波は一つじゃないぜ
ええ……カメ君、何やってるの……ちょっと、こわっ!!
って、今はそれどころじゃない。
アースドラゴンの首にナナシワイヤーを巻き付けてピューッと重力弾の効果範囲を抜け出したのはいいが、首に巻き付けたということはアースドラゴンの顔が――。
「あ、どうもこんにちは」
あぶねぇ、岩石の鱗だったとしても首にワイヤー巻かれて気付かないわけがないよな?
ナナシワイヤーでシューッと重力弾の引き寄せゾーンを抜けた先で、アースドラゴンがやや長さのある首をこちらに巡らせてパカッと口を開けたのが見えた。
ヒッ! このままパクッとされるのは勘弁かなぁ!?
だが、口を開けたな?
俺の津波は一つじゃないぜ?
アースドラゴンの後方で重力弾が展開されている。
重力系の魔法は魔力消費も大きく、魔法としても高度なため他の魔法と併用するのは、ドラゴンといえど咄嗟にできることではないだろう。
狙ったわけではないが、こっちが本命だあああああ!!
ポイッ!!
俺を待ち受けるようにパカリと開けられた口にギリギリまで近付き、その中に収納から取りだした拳ほどの大きさのそれを投げ込んだ。
ふははははははは、内陸部のダンジョン生まれのお前は知らないだろう?
あらかじめ何か知識や仮初めの記憶を持って生まれているにしても、本来内陸部にしか棲息していなく水に弱いアースドラゴンが深い海にしかないものは知るはずがない。
アースドラゴンは雑食だが岩石も食べると図鑑で読んだことがある。
美味しそうな深い紺色の鉱石だろ?
深い深い海の激レア天然素材をしっかり味わうがいい、そのまんまメイルシュトロオオオオオオオオオオック!!
「ナナシ、後ろに回り込め!」
メイルシュトロックを投げた後の指示をすでに予測していたかのように、ワイヤーに取り憑いたナナシが即座に軌道を変えグルンとアースドラゴンの頭の後ろへと俺の体を引っ張る。
その直後、ナナシで軌道を変えなければワイヤーで引き寄せられていたであろう場所で、アースドラゴンの口がバクンと閉じた。
「あぶねぇ、ギリギリだ。よくやったぞ、ナナシ!! 戻っていいぞ!!」
少し冷や汗をかきながらアースドラゴンの首の後ろに回り込んだタイミングでナナシを褒めて次の命令を出すと、嬉しそうにカタカタと震えてシュルリと左手の防具にワイヤーを戻して、自らはベルトのいつもの場所に収まった。
そして、次。
「カリュオン、今だ!」
アースドラゴンとの力比べの末、ピカピカと光り始めた盾を確認してカリュオンに合図を送りつつ、アースドラゴンの首の後ろを力一杯蹴って十分に距離を取った場所に着地をした。
「最大じゃないけど、援護のおかげで十分いけそうだな!!!」
カリュオンは俺がアースドラゴンの口の中に何を投げ込んだか察したようだ。
俺が着地してアースドラゴンの方を振り返った時、内側から押し広げられるように首から胸にかけて大きく膨張したアースドラゴンの姿が見えた。
最初に口の端からボコボコと泡立ったよだれらしきものが溢れた後、口の中から噴水の如く水が溢れ出したことで、口の中に投げ込んだメイルシュトロックが予想通りアースドラゴン体内で津波になったことを確信した。
その溢れ出す水の量よりも、俺が投げ込んだメイルシュトロックによって発生する海水の量の方が多かったようで、口からドバドバと海水を吐き出しながらも喉から上腹にかけてが歪に膨らんでいく。
衝撃を与えると津波の如く海水を発生させる深海の鉱石メイルシュトロック……拳大でこの量の海水とは恐ろしい鉱石だぜ。
アースドラゴンの弱点は水で、外から繰り返し水をぶっかけていると防御力が下がるけれど、体内からの津波って効果あるのかなぁ。
防御力云々より、体の中から津波が発生するってだけで大ダメージになっていそうである。
その証拠に、アースドラゴンは口からドバドバと水を吐きながら、行動不能状態で無防備になっている。
アースドラゴンが発生させていた重力弾も消失してそこに集められていた海水も解放され、メイルシュトロックが発生させた海水と合わせて軽い津波状態になり、周囲の魔物がそれに飲まれてぶつかり合いながら流されて砕け散っていくのが見えた。
あ、やべっ。カメ君の方にも流れていっている。
カメ君なら津波の余波に巻き込まれるくらい平気そうだが、何かカメ君なりの考えがあってカメカメしているみたいなので、割れ目に海水が流れ込んだらまずそうだし流れている海水は収納しちゃうか。
アースドラゴン君がゲロッた海水と混ざって地面の上を流れたのであまり綺麗じゃないな……いつかどこかで津波アタックとして再利用するついでにダンジョンに捨ててこよう。
俺が汚い海水を手に入れている頃、俺の背後では海水をゲロり続ける石作り平屋建て系アースドラゴン君の膨れ上がった首とその付け根にかけてを、因果応砲の白くてぶっとい光が貫いているのが見えた。
さすがカリュオン、ドラゴンの頭や内臓は高額素材だらけであることを考慮して、頭と胴体を避けてとどめをさしてくれたようだ。
帰ったら二人でアースドラゴン素材を山分けだな。使ったメイルシュトロック代を取り戻せるといいな。
メイルシュトロックはカメ君に貰ったものだけれど、冒険者たる者、常に収支を考えながら戦わないといけないのだ。
「なんとかやったみたいだな」
カリュオンが息を吐き出しながら言った後、膝を地面についた。
「おう、さすがカメ君から貰った石だな。それより、とりあえず何か口に入れておけ」
因果応砲で首を吹き飛ばされて地面に落ちたアースドラゴンの頭を回収してカリュオンに駆け寄り、収納からすぐ口に突っ込めて腹に溜まりそうなハムカツサンドの包みを出して差し出した。
「助かるぅ。しかし、メイルシュトロックってやつは思ったよりやべーな」
「ああ、想像以上にやべー鉱石だった。これを生き物の口の中に投げ込むのはやめよう」
バケツヘルムを外し口にハムカツサンドを突っ込みながらぼやくカリュオンの視線の先には、首から上を失い地面に崩れ落ちながら血と一緒に水も吹き上げているアースドラゴンの胴体があった。
ドラゴンの血も素材なのだが、アレは近寄りたくないなぁ。
まぁそろそろ、メイルシュトロックから海水が溢れるのも落ち着くかな。
そうだ、カメ君。カメ君はどうなってるのかな?
「カメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメカメ」
相変わらずカメカメしていた。
ん? 割れ目に何か投げ込んでいるな?
って、吹き出している土の魔力がカメ君に集まっている?
集まった魔力はカメ君に纏わり付いて、そのままカメ君の中に引き込まれているように消えていく。
そういえば、いつのまにか階層を満たしていた土の魔力の濃さが薄れている。
代わりに朝靄のような清々しさのある、ひんやりとした空気が広い荒野である十階層に広がり始めた。
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