第597話◆これぞバカンス

「外で肌を出すのはやっぱり抵抗があるけど、気温が高いから薄着の方が過ごしやすいね。よくよく考えたら、人目のない場所だからまぁいいっか。それとこの日焼け止めゼリー、やっぱスライムゼリーだからかなりベタベタするから改良が必要だねぇ。時期的に今年の夏には間に合いそうにないなぁ」

 早朝の人の少ない時間とはいえ、寝衣のまま王都の冒険者ギルドのトイレに行った奴が何を言っているのだと思う。

 日焼け止めゼリーはアベルの言う通りベタ付きが強くて、このまま売り物にするのは難しそうだ。


 なんだかんだで水着に着替えてパラソルの下の椅子で寛いでいるアベルだが、やはり屋外でハーフパンツ一枚は抵抗があったのか薄手のシャツを上に羽織っている。

 そういえばこいつ、リヴィダスの実家で温泉プールに入った時も、湯船に浸かっている時以外ガウンを羽織っていたな。

 アベルのいるすぐ横にはテーブル。その上には高そうなティーセットで淹れた紅茶とスイーツやフルーツが並んでおり、ただの砂浜のはずなのにそこだけ妙に高級感が溢れている。

 そして同じパラソルの下ではフローラちゃんが、困ったようにモジモジしている。

 ごめんな、パラソルが何故か収納から一個しか出て来なかったんだ。暫くアベルと同じパラソルで我慢してくれ。


「ところでさ、このハーフパンツなんなの!? 元は冒険者用のハーフパンツだけど、魔改造しすぎて意味がわからないことになってるよね!?」

 パラソルの下でのんびりと寛いでいると思ったら、アベルがメチャクチャ笑顔を張り付けた顔でこちらを見ている。

「なんなのって言われても、水の中で快適に遊ぶためのハーフパンツだけど?」


 冒険者用の装備は、防具の下に着る衣服も付与ができる素材が使われているものが多い。

 危険と隣り合わせでの活動、身に着けるものは少しでも自分の生存率を上げるものがいい。

 そんな理由で冒険者用の衣服はだいたい付与ができる素材で、自分で好きなように付与もできるし、専門店で付与をしてもらうことができる。

 冒険者の衣服だけでなく、あらゆる職業で作業に合わせた付与ができる衣服は使われている。もちろん一般的な衣服でもそういう服を販売している店がある。


 俺が水着に改造した服もその類の服で、水に入るための水耐性と、妖精の地図の難易度を考慮して念のため打撃耐性と射撃耐性も付与してある。

 三姉妹のはワンピースなので胴体全体だが、男勢のはハーフパンツなので腰周りから膝上くらいの範囲だけだ。

 ガードされている面積は限られているが、その部分はしっかりとガードされるようになっている。

 パンツの上からなら少々の攻撃なら軽減されるので、パンツの範囲ならエビやカニに挟まれても平気だ。シャコパンチクラスはさすがにやばいかもしれない。

 うっかりハーフパンツの中に入ってダイレクトアタックされない限り大惨事にはならないはずだ。

 遊ぶことばかりではない、賢くて慎重な俺はちゃんと安全も考えて水着を作ったのだ。


「いやいやいやいや、これの元は冒険者ギルドに普通に売ってる防具の下に着ける安いハーフパンツだよね? 水耐性だけならわかるけど打撃とか射撃の耐性まで付いてるのが見えるんだけど? しかもサンダルも水耐性と打撃耐性も付いてるよね? 何で安物ハーフパンツがこんなことになってるの?」

「何でって、カニとかエビにうっかり挟まれたら痛いし、遊んでて貝殻とかウニとか投げたら危ないし、足元は貝殻とか尖った石を踏んだら危ないじゃん? ホントは海洋生物に多いマヒと毒耐性も付けたかったけど時間がなくて手が込んだことはできなかったんだ」

 何でって言われても、安全性を考えた結果だ。

 確かにギルドで買ったあまり高くない服だが、改造ついでに腰紐を付与に向いた魔物素材に交換してみたり、裏側の目立たないところに魔物素材の糸で刺繍を入れてみたりして、無理矢理物理耐性と射撃耐性の付与もしてある。

 これを応用するとビキニアーマーが作れるのではないかということに気付き、いつかビキニアーマーを作るための練習も兼ねてがんばったのだ。

「うん、多分この安物のハーフパンツにこれだけ付与できるのはグランだからだよね。というかすごくグランって感じ」

 褒められているのだと思うけれど、なんか最後にため息をつかなかったか!?



「なるほど、そういうことだったのか。どうりでただのサンダルなのに、貝殻や石ころが足に当たっても気にならないわけだ。そぉれ、こないから次はこっちからいくぞぉー!」

「水に濡れても張り付かないで動きやすい服はいいですわね。あ、つめたっ! いきなり酷いですわ!」

「どうりで薄着なのにカリュオンに攻撃が効かないわけね!」

「カリュオンに攻撃が効かないのは元からでわぁ?」

「ホッホッホッホーーー!!」

 バケツを脱いだカリュオンは、三姉妹の膝ほどの深さの場所で彼女達と毛玉ちゃんと戯れている。

 最初はハーフパンツ水着に戸惑っていたが、今はではすっかり海遊びを楽しんでいるようだ。


 三姉妹と毛玉ちゃんがカリュオンを囲んでバシャバシャと水をかけたり、海藻を投げたりして、時々カリュオンが反撃をしている。

 なんか時々貝やらエビやらが宙を舞っているのが見えるので、食べられるものは回収は任せたぞ、カリュオン!

 そしてその三姉妹達は俺の用意した水着を着てくれている。

 うんうん、可愛い可愛い。娘や嫁さんどころか彼女もいないけれど、娘を持った父親ってこんな気分なのかな。

 初めての海に大はしゃぎをしている三姉妹達を見ていると、無意識に頬が緩んでくるのがわかる。


 三姉妹達が遊んでいる近くの波打ち際では、ラトがシャモア姿で座り込んで持ってきた酒をグビグビと飲んでいる。

 そんなに飲んで大丈夫か?

 魔物が近寄らないように結界を張っているから安心して酒が飲める?

 そっかー、さすが番人様だなー!

 まぁカメ君も海で泳いでいるし、魔物は近寄ってこなさそうかな。

 これで近寄ってくるとしたら、命知らずかホントにヤベー奴くらいだろう。


 そして俺は水着に着替えたのだが、浜辺で椅子を出してまずは釣りをすることにした。

 あ? 何だナナシ、水着に着替えたと思ったら腰紐に同化しやがって、無駄に器用な魔剣だな!?

 海と言ったらやっぱ釣り! 釣った魚を入れる用に保冷効果を付与した箱もちゃんと用意してきたぞ!

 食材ダンジョンで手に入れた釣り竿を使うようになってから、気持ち魚がよく釣れる気がして釣りが楽しいんだよなぁ。

 さぁて、今日は何が釣れるかなーーーーー!!

 昼のバーベキューの魚や貝をたくさん釣ってやるから任せておけーーーーー!!




 と思ったのだが――。




「相変わらずグランは運がいいのか悪いのかわかりませんわね」

「海って魚以外のものも泳いでいるのね」

「むしろ魚以外のものばかり釣れてますねぇ」

 と呆れ顔の三姉妹。すぐ横でフローラちゃんも戸惑う様にユラユラとしている。

 違うこれは俺のせいじゃない。


「ふむ、この場所はおそらく箱庭が進化したことの報酬の場で元より魚に加え珍しいものが釣れやすく、そのようなものもかかりやすいのだろう。そのうえ使っている釣り竿に幸運系の効果が密かにかけられているようだから、その相乗効果でこのようなことになっているのだろう。ついでにどこぞのカメも悪戯をしてそうだな」

 何だ、俺が悪いわけじゃなくてだいたい釣り竿とカメ君のせじゃないか。


「何が飛び出してくるかわからなくて、見てるだけなら面白いけどなー」

「もー、カリュオンは呑気なんだからー。俺の経験上、このまま続けてると絶対碌なことにならない予感しかしないよ」

 と楽しそうなカリュオンと困り顔のアベル。

 相変わらずアベルは心配性である。


「カーカッカッカッカッ!」

 海からカメ君の楽しそうな高笑いが聞こえ、俺の持っている釣り竿の先端がクイクイと曲がった。

「おっ、またかかったぞ。そおおおおおれっ!」

 釣り竿の手元の糸を巻き上げる魔道具で、海に垂らしている釣り糸をシューッと巻き上げる。

 ある程度の大きさのあるものの手応えだが、抵抗して暴れているような手応えはない。

 この島で釣りを始めてからずっとこんな感じの手応えばかりである。


 釣り糸を巻き上げるとすぐにそれが海中から姿を現した。

 藻やフジツボが張り付いてけっして綺麗とはいえない木の箱。

 そう俺が釣りを始めてからひたすら釣り上げ続けているもの、それは宝箱である。


 ここで釣りを始めてから魚は一匹も釣れず、ひたすら宝箱ばかり釣れている。

 何だ、この海!? 魚の代わりに宝箱が泳いでいるのか!?

 などと思っていたが、ラトが言ったような原因があるのかもしれない。


 最初のうちは宝箱が釣れるのが楽しくて、釣り上げる度にテンションが上がっていたが、宝箱しか釣れなくて今ではもう何個目か数えるのもやめている。

 そして中身を回収した空の宝箱が俺の後ろにゴロゴロと転がっている。フジツボが張り付きまくりでそのまま収納につっこめないから、箱はその辺にポイ。

 いらないものをその辺に投げ捨てても許されるのは、ダンジョンの利点である。宝箱はダンジョン産のものだから、このダンジョンが終了したら一緒に消えるので以前の土砂廃棄失敗事件のようなことは起こらない。


 魚がさっぱり釣れず宝箱ばかり釣れるのはそれはそれで悪くないのだが、釣り上げた宝箱は罠が仕掛けられていたり中から魔物が出てきたりするので用心して開けなければならない。

「ホホッ!!」

 その作業も糸から箱を外すと毛玉ちゃんがシューッと闇でできた手を飛ばして箱を空けてくれているので安心だ。

 たまに罠が発動したり、魔物が飛び出したりしているけれど気にしない。

 飛び出した魔物は誰かが処理をして、箱から出てきたものはアベルが鑑定して報告をしてくれている。


 あー、宝箱から二メートルほどのセファラポッドが飛び出して来たぞー。

 でも水の中じゃないから余裕だなー。水の中でもカメ君がいるから余裕だなー。

「ちょっと、グラン! 宝箱ばっかりでバーベキュー用の魚が全然釣れてなくない!?」

 アベルからクレームが飛んで来たけれど、釣れないものは仕方がない。

 それにセファラポッドも一応食べ物だ。


 背後で水着姿のアベルとカリュオン、それに三姉妹達も加わって宝箱から出てきたセファラポッドをタコ殴りにしている。

 タコだけに。


 すごく平和だなー、これぞ南国バカンス。


「あ、また宝箱が釣れた。今度はすごく大きい箱だなぁーって、ぎえええええええーーミミックだああああああああ!!」

 アベル達にセファラポッドを任せて再び海に釣り糸を垂れると、すぐに大きな手応えがあり今までで一番大きな宝箱が見えて思わず期待したのだが、引き上げると同時にパカッと蓋が開いて中から無数の牙と長いベロ、そして棍棒のような腕がニュッと出てきた。

 どうやら海で釣れる宝箱にもミミックが交ざっているようだ。

 ま、ミミックなんて元々二枚貝に腕が一本生えたような生き物だから実質魚介類だな!! つまり食べられる宝箱!! バーベキューの具材!!

 ミミックは干物も美味いがそのまま焼いても美味いぞぉ!!


「ヘイ、アベル! パスッ!!」

 バコンと口を上げてこちらに飛びかかってきたミミックを椅子から立ち上がって躱し、アベルの方へ向かって蹴飛ばす。

 だって釣り竿を持っていて、手が塞がっているんだもーん。

「っちょ!? いきなりこっちに飛ばさないで!!」

 アベルの足元から砂柱が上がって、俺が蹴飛ばしたミミックを下から跳ね上げる。

 そしてそれはカリュオンの方へ。

「何だぁ? 新手のボール遊びかぁ? 主様パスッ!」

「そのままでは食べられないものはいらないな」

 アベルからパスされたミミックをカリュオンが素手で殴ってラトの方へ。

 ラトがフンッと鼻息を吹いたらミミックがポーンと空中に舞い上げられた。

「カァ……」

 海の中から水鉄砲が飛んで来てそのミミックを粉砕。

 ありがとう、カメ君。


 難易度SSと見えた地図だが、今のところ戦力過剰である。

 まぁ、平和であるにこしたことはない。

 箱庭レベルアップのボーナスステージみたいだし、このまま最後までのんびり過ごせるならそれでいい。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る