第596話◆いざ、南の島へ

「グラン、準備まだー?」

 そわそわとしたヴェルの声が聞こえる。ヴェルはせっかちだなぁ。


「グランは朝早くから起きて、たくさん準備をしてくれたみたいですから楽しみですわ」

 うんうん、朝早くどころか昨日の夜遅くまでいろいろとがんばったんだ、もっと褒めて褒めて。


「今日はお弁当を作るのを手伝わせてもらえませんでしたからぁ、どんなお弁当かわらないので楽しみですねぇ」

 そうそう、せっかく三姉妹達が初めての海なので、弁当は現地でのお楽しみと思って俺一人でがんばった。


「む、海に行くのは何百年ぶりだろうか……いや千、二千だろうか……まぁいい、久しぶりに海を見ながら酒を飲むのもよいだろう」

 おい、ラト。お前が抱えているのは俺が色々漬けている各種果実酒の瓶ではないか。どんだけ飲むつもりだ。


「海なら水耐性特化の鎧でいいよなぁ。おのれ苔玉、防具ばっかり大量に押しつけやがって、たまに役に立つけどマジックバッグがパンパンで肉を入れるスペースがねーんだよ」

 なにやらブツブツと一人でぼやいているカリュオンは、いつもと違う青みのある金属鎧。ところどころにある装飾が魚のヒレっぽいのが、すごく水属性って感じがする。


「カァ?」

 カメ君がいつもと違うカリュオンの鎧を見て首を傾げている。カメ君と相性がいい水属性だから気になるのだろうか。


「ホッホッホッホッホーッ!! ホホホホホホッ!!」

 そして一番テンションが高いのは毛玉ちゃん。羽を大きく広げてはやくはやくと急かすように足踏みをしている。

 もう少し待ってね、もう出発できるから。


 そして少し不安そうにゆらゆらしているフローラちゃん。

 フローラちゃん潮風は大丈夫かな? でもみんなが行くのにフローラちゃんだけお留守番をさせるわけにはいかないよねー!!

 ワンダーラプター達はお留守番だけど!

 ナナシは勝手にベルトにくっ付いて意地でも憑いてくるつもりのようだ。


「もー、グラン、どんだけ時間かけて準備してるのぉ、早起きした意味がないじゃん。しかも海に入るための服まで用意して、海に魔物がいたら入ったら危なくない? 妖精の地図って簡易的なダンジョンなんでしょ?」

 妖精の地図に興味津々なアベルはいつもより早起きをして、せっせと準備をしている俺の周りをずっとうろうろしながら急かしている。そしていつもの心配性。


 何を言う、海といったら海水浴だろ! つまり水着!!

 昨日地図を手に入れた後で、アベルに頼んで王都まで連れていってもらい大急ぎで水着の準備をしたのだ。

 三姉妹の水着は付与ができる素材の子供服を買って、それを前世の記憶がある女性用の水着型に改造して、水に濡れても透けないように裏地も付け、仕上げに水耐性を付与した。

 どうせならと水着には可愛い飾りを少しだけ追加しておいた。

 男勢の水着は冒険者用の厚手のハーフパンツを買ってきて水耐性を付与するだけだったので、こちらの水着化作業は時間はかからなかった。

 さぁ、全員分の水着を持って常夏の島と見える妖精の地図へ全員で突撃だ。


 というわけで、キノコ君の箱庭がレベルアップしてレベルアップボーナス品をたくさん貰った翌日、妖精の地図を使うべく朝食後リビングに大集合。

 キルシェ達も誘いたかったのだが、地図の難易度が少し不穏なので、ラト達や三姉妹やカメ君の本気が飛び出す可能性と安全を考えて、今回はうちに住み着いているメンバーだけで行くことにした。

 水着よし! 弁当よし! 飲み物よし! バーベキューの道具も持ったし、日除けのパラソルも持った!! バーベキュー用の海産物は現地調達!!

 よおおおおおおおし、海へ行くぞおおおおおおおおおお!!


「それじゃ地図を使うぞおおお! みんな、忘れ物はないなーーーー!?」


 家の外は相変わらずの大雨。

 だが俺達はこれから陽の光溢れる常夏の島へバカンス。

 いざ行かん、常夏の海へ!!


 誰も忘れ物はないようなので、巻物を止めている紐を解いて妖精の地図をバサリと開く。

 地図が開くと、すっかり見慣れた地図から門が飛び出してくる光景。

 今まで見た中で一番大きくて立派な門。

 その門の扉は美しい海を凝縮したような水でできており、まるで海の中をそのまま扉にしたよう。

 海でできた扉を温暖な地方で見られる魚が泳いでいる。扉の下の方は海底のようになっており、沈没船の残骸らしきものが見えた。

 それがどうなっているかよく見る前に海でできた扉がバタンと開き、溢れ出した青い光に包まれながら門の中へと吸い込まれた。






「ひゃ、眩しっ!」

 最初に聞こえたのはアベルの声。

 それに続いて俺の視界もすぐに明るい光でいっぱいになった。

 連日の悪天候で薄暗い光に慣れていた目がシパシパとする。だがそれが気持ちいい。

 すぐ近くで三姉妹達のキャーッという明るい声が聞こえた。


 門を抜けた先が眩しくて一瞬目が眩んだが、その直後に目に入ったのは白い砂浜と青い空、そしてエメラルドグリーンの広い海。

 後ろを振り返ると砂浜の奥に熱帯系の植物が生えるジャングルが見える。

 まさに常夏の島である。

 その雰囲気はルチャルトラの島、あるいはカメ君と出会った島に似ている。

 これで魔物さえいなければ心置きなくバカンスを楽しめそうだが、残念ながらジャングルからも海からも魔物の気配がする。


「すごい量の水ですわ! 記憶と知識にはあっても本物を見るのは初めてですわ!」

「すごい、すごい! 水だわ! 海だわ! とても広いわ!」

「海を見ることができるのはもっともっと先かと思ってましたぁ! わー、水が来たり下がったりしてますぅ」

「ホッホッホーーーッ!!」

「む、海から魔物の気配がするな、ちょっと雷でも落としておくか」

 周囲の様子を窺っていると、三姉妹と毛玉ちゃんが波打ち際に向かって行くのが見えた。

 ちょっと待つんだ、海にはたまにやべー魔物がいるぞ!

 って思ったら三姉妹が海に近付く前に、海面に向かって雷が落ちた。

 番人様!?

 ああ~~、海洋性の魔物がプカプカ浮いているなぁ~~。


「海で遊ぶなら魔物には気を付けるんだぞー。それと水に濡れても平気な服を用意してあるから、着替え用のテントを組み立てるまで波打ち際で遊んでてくれ」

 ふっふっふっ、三姉妹のために用意した可愛い水着の出番だ。

 三人お揃いの白いワンピース型水着だ。裏地を付けておいたから濡れても透ける心配はなし!!

 いや~、器用貧乏のギフトってこういう時に大活躍するんだよな!! ありがとう、器用貧乏!!


「カッ!!」

 カメ君が俺の肩にピョンとやって来て、身に着けている装備品を外して俺の方へと差し出した。

「ああ、海に入るから俺が預かっとこうね。海の安全はカメ君がいれば安心だな。変な魔物がいたらわからせてやってくれ」

「カッカッカッカッ!!」

 俺に装備品を渡すと、カメ君はピョーンと飛んで海へと飛び込んでその姿がすぐに見えなくなった。

 海の平和は任せたぞ!!


 フローラちゃんはどうする? さすがに海水はやばい?

 うん、海から離れたところで見ているだけにする?

 あ、フローラちゃん用には日除け用の帽子を用意しておいたよ。そうだね、日除け用のパラソルも建てておこうね。


「濡れても大丈夫な服は俺達のも用意してるから、テントを組み立てたら先に三姉妹に着替えてもらって、その後俺達も着替えるか」

「え? 魔物がいそうなのに海に入るつもり? そのためにわざわざ着替えるの? って何これパンツ一枚?」

「確かに海に入るなら鎧は重いからなぁ。だからと言ってパンツ一枚なのかぁ?」

「水に入るなら私はシャモアの姿になればいいだけだな」

 用意してきた水着を出したらこの反応である。


 そういえばユーラティアでは身分が高くなるほど肌を晒さない服が主流だし、海沿いで生活する者以外海に入る習慣はあまりない。

 そのため水着なんかないし、前世の感覚で作ったハーフパンツ一丁の水着なんて下着状態みたいなもんだ。

 非常識の化身みたいなカリュオンにまで戸惑われてしまったぞ。

 ラトなんか目を反らしながらシャモアになってしまった。


「海に入るなら専用の服じゃないと、濡れたら動きにくいだろ」

「海に入らなければよくない? それにこんな日差しの強い場所で肌を出したら、日焼けして後でヒリヒリするよ」

「俺は光耐性も高いから日焼けの心配はないな。せっかくグランが水遊び用の服を作ったみたいだし海で遊ぶかー」

 高耐性タンク便利だな。

「安心しろ、スライムゼリーから作った日焼け止めもあるぞ」

 夏も近いし一儲けできないかと、日焼け止めを試作していたものがあるのでアベルに試してもらおう。

 もちろん、自分でも試す。

「何それ、帰ったら詳しく教えて」

 なんとなくそうなりそうな気はしていたが、アベルが日焼け止めに食いついた。

 ちょうど金欠気味だしアベルの伝手で一儲けしたいな。ま、それは帰ってからだけど。

 とりあえず今は南国の海を楽しむんだ。


「それは帰ってからだな。よし、まずは着替え用のテントを張ろう。海はカメ君がいるから魔物の心配はあまりなさそうだし、今日は思いっきり遊んじまおうぜ」


 せっかく海に来たのだ、細かいことは気にせず楽しむのだー!!



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