第595話◆何もやっていないのに

「うわ……どうしたんだそれ……うわ……」

 焼き上がったパンを篭や皿に盛ってリビングに戻ってきて、思わずうわってなった。

 その視線の先ではフローラちゃんが困ったようにウネウネしている。

 ごめん、加減のできない番人様や世間知らずのカメ君や毛玉ちゃんのお守りは、清楚な乙女のフローラちゃんには荷が重かったね。


 俺が表情を引き攣らせながらうわってなったものは、リビングのローテーブルの上にある。

「退屈なので弄っていたら何故か大きくなった。何もしていないのに急に光って大きくなった」

「カ、カカカカメーーーッ!!」

「ホ? ホホホォ????」

 などと言っているラト達が囲んでいるのは、キノコ君の箱庭。

 何か明らかに以前よりは一回りでかくなっている。しかも箱庭に生えている御神木みたいなのも更に立派になっている。


 なるほど、何もやっていない?

 何もやっていないと言いつつその前に退屈なので弄っていたとハッキリ言っているよな!?

 それだよそれそれ!!

 古今東西「何もやってないのに云々なった」は確実に何かしらやっているのだ。


 弄っていたって何をやったんだよーーーーーー!!


 でかくなっている御神木は確実に番人様だとして、海の面積がドーンと広がっているな。箱庭がでかくなったのは海のせいか?

 海が広くなっているということは、カメ君も何かやったんじゃないかな!?

「カ……カメェ?」

 すっとぼけるように可愛く首を傾げているが、海は間違いなくカメ君だな。


 む? 元から湖に浮かぶ島にあったダンジョンのような洞窟から闇っぽい魔力が出ているな。

 これは――毛玉ちゃん、何かやった?

「ホホォ?」

 洞窟と毛玉ちゃんを交互に見ると、頭が上下逆になるくらい毛玉ちゃんが首を傾げた。

 可愛いし面白いけれど、とぼけても無駄だぞぉ?


「大きくなったってことはまさか……」

 箱庭に手を触れ鑑定をしてみる。


【妖精の箱庭:Lv2】

レアリティ:SSS

品質:マスターグレード

素材:???

属性:聖/光/土/水/他

状態:良好

耐久:15/15

用途:ままごと

アミダモゼニデヒカル


 君、レベルなんてあったの……。

 あれ? 属性が付いている。元は無属性だったよな?

 他と見えるってことは、他の属性より今見えている属性が突出しているということか?

 これは属性的にラトや三姉妹、そしてカメ君が弄り回した結果では?

 中で生活しているキノコ君が開拓するのとは別に、外部的な要因で属性が偏っていくのだろうか?

 表示されている属性が突出している属性だと思えば、そう考えるのが自然だ。


 鑑定結果からは詳細まではわからないが、この感じからすると弄っていると更にレベルが上がりそうだ。

 しかしこの箱庭を主に弄っていたのはラトと三姉妹で、最近ではカメ君もそれに加わっている。

 ……本来ならそう簡単にレベルが上がるものではないのではなかろうか。

 俺みたいな普通の人間が弄っていたら一生レベルアップなんかしなかったのでは……いや、深く考えるのはやめよう。


「うん? キノコ君、何かくれるの? 今日の分は朝食前にくれたよね、それとは別?」

 箱庭を覗き込むと、キノコ君がいつもよりも大きな箱を持って、嫁さんと子供と一緒に手を振っているのが見えた。

 そのキノコ君の家は朝よりも少し大きくなっているし、畑も広くなっている。これはレベルアップの影響なのだろうか?


 キノコ君から箱を受け取って中を確認すると、妖精の地図らしき巻物が一つと野菜や薬草、それに鉱石や宝石が箱いっぱいに詰め込まれていた。

 毎朝くれるものよりも豪華な内容。もしかしてこれはレベルアップボーナスというやつか!?

 つまり箱庭を育てれば育てるほど良い物が貰えるってことか!!

 ふおおおおー、なんかやる気が出てきたぞ!!


「キノコ君、ありがとう! お礼に色々植物の種を入れておくね。もしかして胡椒もいけるようなった? まじで? 農作物をいっぱい入れたから肥料も一緒に入れておくよ。それから変な奴が近寄らないように、聖属性の魔石もたくさん入れておくね。後は属性がちょっと偏ってるみたいだから風と火属性の魔石も入れておこうか。沌はちょっと……」

 たくさん貰ったから、お礼を奮発しちゃうぞー。

 キノコ君は良き隣人みたいなもんだからな、良い関係を続けるためにもギブアンドテイクだ。


「キッチンに残ってたパンを運んで来たよー、焼きたてのいい匂いでお腹空いちゃったよ。早くお昼ご飯にしよって、うわぁ……その箱庭どうしたの……」

「おぉ? テーブルの上に置いてあるのは妖精の地図かぁ?」

 キノコ君に貰った物をテーブルの上に置いて箱に入るだけ農作物の種や苗、肥料や魔石などを詰め込んでいると、アベルとカリュオンがパンの入った篭を抱えてリビングにやって来た。

 その後ろには三姉妹もパン入りの篭を抱えている。

「あらぁ、箱庭が大きくなってますわぁ」

「たくさん加護をあげたかいがあったわね」

「大きくなりそうだと思って頑張ってよかったですぅ」

 ここにも箱庭レベルアップの原因がいたわ。


「それが、妖精の地図? 常夏の島」

「常夏の島かー、なんだか南の海っぽくて楽しそうな地図だなー」

「次に妖精の地図を使う時は俺も連れてってよね」

 キノコ君がくれた地図は、鑑定すると海っぽい雰囲気の場所が記されていた。

 カリュオンの言う通り、名前だけ見れば南国の島でバカンスをイメージしてしてしまう。

 そういえば今まで妖精の地図を使った時はアベルはいなかったな。


「妖精の地図ならわたくし達も入れますわね」

「南の海!? 海なら行ってみたい!!」

「海に行ってみたいですぅ」

「海か……久しく見てないな」

「ホホォ?」

「カッ!!」


 その地図の名前にテンションが上がりまくっているのは三姉妹。

 カメ君はすごく得意げな顔をしている。

 そうだな、三姉妹を海に連れていってやりたいな!!

 毛玉ちゃんも海は見たことないよね?

 ラトは海くらい見たことあるか。でもずっと森引き籠もりみたいだし、たまにはバカンスしたかったりする?

 俺も海でバカンスしたいーーー!!

 だが妖精の地図だ、油断はできない。


【妖精の地図】

レアリティ:S

場所:常夏の島

難易度:SS

属性:水

状態:良好

使用回数:1/1

参加人数:制限なし


 その証拠に、鑑定スキルで見えるのはどう見てもやばそうな難易度。

 前にラトと行った夜の森の地図は確かBだったな。それでもあの強そうな三本角のカブトムシ君だった。

 SをすっとばしてSSって何だよ……。

 嫌な予感しかしねーぞ!?


 いや、島ならきっと海だしカメ君がいれば何とでもなるか?

 人数に制限なしだしラトも一緒ならきっと無敵の無敵?

 でもこの難易度は油断はできないから、行くならしっかり準備をしてからだな。

 そう、海に行くなら準備はしっかりしないといけない。

 

「人数制限もないみたいだし、行くならみんなで行けるな、でも難易度がSSとかやべーのが見えるから、しっかり準備をして明日以降にしよう。それにせっかく焼きたてのパンがあるんだ、とりあえず昼ご飯だ」


 三姉妹が作ったバターロールがふんわりとしたバターの香りを漂わせていて腹が減ってしかたがない。

 アベル向けのシナモンロールや、カリュオン向けのソーセージパン、カメ君が好きそうなカレーパンにリンゴジャムの入ったパン、毛玉ちゃんにはクリームパンが作ってあるよ。

 ラト用? ああ、リュネ酒の中に入っていたリュネの実を引き上げてジャムにしたものを詰め込んでおいたパンがあるぞ。

 妖精の地図より先に焼きたてのパンパーティーをしようか。

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