第594話◆雨の日は

「もー、朝方グランが何故かトイレ掃除してて、トイレが使えないっていうからトイレのためだけに王都の冒険者ギルドまで行くことになったじゃない。どうして夜明けからトイレ掃除してたの?」

 などと稀少魔法の無駄遣いを、朝食の席で報告するアベル。


「明け方にトイレに行ったらなんか気になって?」

 夜明けのトイレ掃除の件はすまんかった。

 変な夢を見て、嵐の夜にトイレに行くのが怖くて少し明るくなってからトイレに行ったのだ。

 そしたら昨夜見た怖い夢が気になってトイレの掃除を始めてしまい、ついでに変なものが入ってこないように聖属性と光属性の魔石をトイレに置きまくっておいた。

 トイレだけじゃなくて家中あちこちに聖と光の魔石を置きまくった。

 そんなわけで、明け方だし誰もトイレを使わないと思って掃除していたら、アベルが寝ぼけた顔で起きてきたので少し待ってくれと言ったら、ブツブツと文句を言いながらどこかへ転移していった。

 こいつ、寝衣のまま王都の冒険者ギルドのトイレへ行ったのか。もしかして……いや、やっぱり非常識君か!?


 百物語の夜から一晩明けたが、天候は相変わらず荒れ模様で強い雨が降り続き、時折雷の音も聞こえている。

 ラトがうちは大丈夫と言っていたが、畑が気になるなぁ。裏の小川も気になるから、後で川と畑を見ておくかな。


 朝の餌やりの時に獣舎まで行ってきたが、ワンダーラプター達も激しい雨に落ち着かないようだった。

 ふと、昨夜カリュオンが話していたソウルイーターという化け物の話を思い出し、何だか気になってしまい獣舎のあちこちに聖と光属性の魔石を配置してしまった。

 ついでにワンダーラプター達にも聖属性の魔石を首からさげてやった。

 ちゃんとした聖属性のお守りを作ってやるから、それまでこれで我慢してくれ。

 もう滅んだ生き物だとは言っていたが、同じような生き物がもしかしたらいるかもしれない。

 昨夜怖い話をしたせいか、それとも嵐のせいか、何だか妙に心配性になってしまっている。



「お水のまわりが綺麗なのはいいことですよぉ。悪い妖精さんも寄ってこなくなりますしぃ」

「そうそう、こんな雨の日は水と一緒に変な奴がスルッと住み処に入ってくるのよね」

「おトイレに聖属性や光属性の石を置きすぎて、小さな聖域みたいになってますわね」

 前世でも水回りが汚れていると悪いものが集まりやすいって言われていたのは、今世でも同様のようだ。

 雨に紛れて水と共に悪い妖精がスルッと入ってくるって怖い話だな。大きな森に近いせいで妖精も多いし、今のところ実害はないがちょいちょい家の中に痕跡が残っている。

 色々魔石を置いたのはやりすぎたかなって思ったけれど、トイレ中は無防備になるしこのくらいでちょうどいいだろう。

 トイレにいる時に襲われるなんて絶対に嫌だ。

 トイレから白い手がいっぱい出てくるなんて絶対に絶対に嫌だ。


「ふむ、こういう季節だ、妙な生き物が入って来ても困るし水回りの結界を少し強化しておくか」 

「カメェ?」

 ラトがちらりとカメ君を見て、それに気付いたカメ君がとぼけるように首を傾げている。

 カメ君は確かラトの結界を無視してうちに入って来たよな。

「そういえばグランの家のトイレは本が置いてあるのはなんでだ?」

 カリュオンが不思議そうな顔をするけれど、トイレで本を読まない?

「あっ、本! そうだ本! グラン、トイレに籠もって本を読むのやめてよ!! そのせいで何度トイレのためだけに王都の冒険者ギルドまで行ったと思ってんの!?」

 本なー、トイレで本を読まない主義のアベルには以前からちょいちょい言われていたんだよなー。

 そしてここでも稀少魔法の無駄遣いが発覚。転移魔法があるなら俺がトイレで本を読んでいても問題ないな!






 そんなトイレの話が話題だった朝食の後はパンを焼くことにした。

 外は雨、どうせ家にいるのだ、時間のかかることをやるにはちょうど良い日なのだ。

 雨の日はなんとなくパンを焼きたくなるし、雨の日に焼いたパンはなんか美味しい気がする。


 パンをふわふわにしてくれるのは、リンゴを与えて育てたスライム君から採取したスライムゼリー。

 乾燥させて粉にしたラシシパウダーというもの。

 複雑な工程もなく管理も簡単なため、一般家庭でもラシシパウダーを自作してパンを焼いている家庭は多い。

 リンゴ以外にもバナナや干しブドウを与えて育てたスライムでも同じようなスライムパウダーを作ることができる。

 うちは俺がよくアップルパイを焼くのとカメ君がリンゴが大好きなので、そのリンゴの皮や芯を与えてスライムを育てている。


 そのラシシパウダーを使って今日はふわふわパンを作るのだー。


「パン作りというのは、難しそうで単純で、でもやはり難しそうですわね」

「それに思ったより力がいるのね。でも何だか楽しいわ」

「単純だからこそ、加減が難しいのですよぉ」

 エプロンを粉で汚しながらも、捏ねやすいサイズに分けたパン生地をせっせと捏ねている三姉妹。


「俺は甘いパンがいいー、もちろん甘いパンも作るよね?」

 そのすぐ近くでごねているのはアベル。

 うるせぇ、パン生地を自分で捏ねたら焼いてやる。

「はいはい、こっちのはバターロールの生地だから、普通のパン生地の材料はそっちのだから自分で捏ねろ」

 今は三姉妹を指導中なの!

「俺は肉の入ったパンがいいぞ! パン作りならエルフの里でもやってたから任せろ」

「肉をトッピングしたパンも菓子パンと同じ生地でいけるから、そこの材料で生地を作ってくれ。アベルのお守りは任せた」

 カリュオンなら上手くアベルにパン生地作りを教えてくれるだろう。


「私は酒の入ったのがいいぞ」

 ラトがひょこっと台所の入り口から顔を出した。その肩にはカメ君と毛玉ちゃんも見える。

 その後ろには心配そうに揺れるフローラちゃん。

「あああああああああーーーー、台所は狭いから定員オーバー! そうだな、酒を使ったパンも後で作るからラトはリビングで待っててくれ」

「カメェ?」

「ホホォ?」

「カメ君と毛玉ちゃんもリビングで待っててね? そうだね果物ののったパンとか、揚げパンとかも作ろうか。フローラちゃんリビング組の面倒を見てて!」


 最初は一人でパンを焼くつもりが、三姉妹が手伝ってくれると言うのでお願いをして、しばらくしたらアベルとカリュオンがやって来てあれこれリクエストを始めたので手伝わせることにしたら、ラト達も台所にやってきてこの騒ぎである。

 無理! 定員オーバー! 成人男性が四人も入れるほどうちの台所は広くありません!

 ラト達はリビングで大人しくしていてくれええええ!!

 台所から追い出した組はフローラちゃんに任せておけば安心かな?


 おぉっと、台所が狭くてアベルにぶつかって小麦粉が舞い散ったーーーー!!

 舞い上がった白い粉がアベルを襲うーーーー!!

 ごめん、ごめんてわざとじゃないよ!!

 はっはっは、小麦も舞い散る美青年てか?

 ほらほら、怒らないでパンを作るよーー!!

 自分で作ったパンはきっと美味しいぞー!


 生地を捏ね、ほどよく発酵させてしっかりガスを抜いたら、生地をパンの形にしていく。

 バターロールは生地を小さく小分けにして丸めて、少しだけ時間をおいたら、棒で細長く伸ばしてくるくると丸めて、上になる面に卵液を塗って魔導オーブンへポイ。

 菓子パンや肉パンは、トッピングするものに合わせて形を変えようか。

 そうそう、パンは基本の生地があればアレンジし放題だからな。


 みんなのリクエストに応えたらたくさん作ることになって、オーブン待ちのパン生地が大渋滞を起こしている。

 最初にオーブンに入れたバターロールが焼き上がりが近くなり、オーブンから香ばしい小麦の香りとふわりとしたバターの香りが零れ出て台所に満ちる。

 その香りで、昼まではまだ時間があるのにすでにお腹空いてきた。


 三姉妹がオーブンの前に張り付いて焼き上がるのをまだかまだかと待っている。

 アベルとカリュオンは作業机の横で椅子に腰掛け、バターのいい匂いにソワソワし始めている。

 三姉妹が焼いたパンだから、焼き上がっても彼女達が食べる前につまみ食いはダメだぞ。



 外は嵐。家の中も湿っぽくて少し肌寒いのに、不思議なくらい温かい。



 雨の日は楽しいパン作りの日。

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