第591話◆不完全な神々
カリュオンの話が終わり、火の灯った蠟燭が一つ減り暗さが増したリビング。
元からあまり蠟燭の数は多くなかったため明るくはなかったが、残りの蠟燭の数も少なくなってくると一本減った時に急激に暗くなったように感じる。
いつのまにかグラスに張り付いていたナメクジをうっかり触ってしまったため、ナメクジ君を始末して気の済むまで手を洗ってきて百物語を再開。
百物語――もちろん実際に百も怖い話をしたわけではない。
適当に出した蠟燭の残りは二本、俺達が囲んでいるローテーブルの周りだけがほんのり赤い光で照らされていた。
窓の外ではザーザーという雨の音とゴロゴロという雷の音が相変わらず続いていた。
「ふむ、次は私の番か。人間やエルフの感じる恐怖という感覚というのは私にはわからぬからな……。ふむ、ダークエルフの話が出たことだし、神が対になるものを創ることに夢中だった頃の話をしよう」
俺がソファーに戻るとラトが口を開いた。
おい、怪談じゃなくて人間が知らないような創世神話になってきたぞ。
「何それ面白そう。これもカリュオンの話と同じで記録には残ってない話でしょ? く……なんだかもったいないな、でもそういう誰も知らないような話を知るのはなんだか優越感もあるね」
くそぉ、怖がるどころかアベルはめちゃくちゃ楽しそうである。
夜中にトイレに一人で行けなくて、ピーピー言っているのを見て揶揄うつもりだったのに。
「その辺の話は俺も苔玉にチラッと聞いたことがあるな。ハイエルフとダークエルフは神が自分を模して創った対になる種族だって話だよな。創世の時代の主神は二つで一つにはまってて、だから神様には双子が多いって話」
それは俺も子供の頃にリリスさんから聞いたことがあるな。
神様には双子が多くて、それは二柱で一つであり表裏一体の関係が多いって教えてもらった記憶がある。
ついでにありがたい説法もされた覚えがある。
物事は表裏一体である。表があれば裏があり、光があれば影ができる。始まりには終わりがあり生には死がある。
そのどちらか一方だけでは物事は成り立たず崩れていく。
この世は不完全だらけである。
だからこそ足りない部分は補い合わなければならない。
自分だけで足りなければ、他者と力を合わせればいい。
不完全だからこそ共に生きることができる。
不完全であることを認め、悟り、受け入れ……むにゃむにゃ、眠くなるからやめよう。
「遙か昔の話だ。創世の神は数多の世界を創り、それらを自分に代わり管理する神もたくさん創った。その神々は創世の神の力を受け継いでいたが、創世の神を越えぬように創られたため未熟で不完全な存在ばかりだった。そのため創世の神は試行錯誤をしながら数多の神を創り出した。複数の生き物を混ぜ合わせた神を創ることにはまっていた時期もあった、相反する力を持つ二柱で一対の神ばかり創っていた時期もあった、やたら獣ばかり創っていた時期もあったな。色々試した中で二柱で一対の神を創ることが効率が良いと気づき、やたらと双子の神が増えることになった。ハイエルフとダークエルフもその試みの先に創られた種族だな」
ラトの話がめっちゃ神話。
確かに神話に出てくる神々はやたら双子が多く、対になる属性を司る神はだいたい双子である。
ユーラティアで信仰されている宗教は創世神といわれる主神の下に、属性を司る神を始め、自然や職業を司る神、土着の神など数多の神が崇められている。
教会といえば主に創世神を信仰しているが、他の神をないがしろにすることはないし、各地にはその様々な神々を祀る場所がある。
「俺は宗教や神話はあまり詳しくないけれど、各地に土着の神格持ちがいるのはその名残? ラトもその類? もしかして双子だったりするの? でもそんなに神様をたくさん創ったら世界は神様だらけになるんじゃない? あー、グランの故郷とか神格持ちだらけだったね」
ラトの話に好奇心を刺激されたのか、アベルがラトに詰め寄るように質問攻めにしている。
そういや、オルタ・ポタニコのダンジョンでラトに似た金色のシャモアを見たな。すげー強そうだったし、もしかしてラトの双子のご兄弟だったりする!?
「うむ、各地にいる古い神格持ちはその名残だな。またそれらに縁がある存在が信仰を得ることにより神格を持つこともあるな。私もまた神が神獣にはまっていた頃に創られた種だから双子ではないな。もちろん創られた神が全て神として残ったわけではない。創られはしたが力が弱い者の中には神としての力を維持できず消える者、神をやめ地上の生き物と共に生きることを選んだ者、中には自分を創り出した創世の神や他の力ある神を恨み神々に牙を剥いた者もいた。いいや、むしろ神として残ることができた者の方が少なかった。創世の神が創り出した神々は不完全な者が多く、数多の不完全な神が失敗作として闇に葬られた。比較的成功例が多かった双子の神も創り出された後、その多くがなかったことにされ神という地位から堕とされた。私は運良く神獣となれたが、運が悪ければ堕とされる側だったかもしれぬな」
ラトがフッと息を吐き、グラスの酒を一気に呷った。
ラトがやべー強くて間違いなく神格持ちなのはわかるが、どういう存在なのかはよく知らない。
だが一歩間違えれば、神として創り出された存在のはずが失敗作として闇に葬られていたのか。
怖い話――俺達人間と長い時を生きているラトでは恐怖という感覚は全く違うだろう。
ラトは運良く神獣になれたと言った。運が悪ければ……それがラトが長い時の中で抱えている恐怖というものなのだろうか。
神の行為に理不尽さを感じながらも、世界を創り出した絶対的存在であるが故のことなのかと、ちっぽけな人間である俺は納得するしかない。
酒を飲み干したラトがグラスを置き口を開いた。
「では双子の神々の話をしよう。創世の神は相反する双子の神を次々と創り出した。お互いで力を制御し合えばバランスがとりやすいから、二つを一つにしてしまえば完璧に近付けそうだから。時には対とはいえぬほど極端に性質の違う双子が、いやもはや双子とは言えぬような歪な双子神が次々と生み出された。違いすぎる双子の中には自分の片割れを偏愛する者も多かったが、自分より劣って生まれた相手を蔑む者、自分より優れて生まれた相手を憎む者も少なくなく、双子の神の間で殺し合いが起こることも少なくなかった。もちろんそういう風に自分達を創り出した創世の神を恨み刃を向けた者もいた。そういった反逆者を含め失敗作とみなされた者は世の果てにあるという氷の中に捨てられた。二柱で一組にこだわるあまり一柱では不完全な者ばかり創りすぎて、成功の数も多かったが失敗作の数も多かったのが双子の神々だ」
なんとも理不尽な話だがラトがそれを口にしないのは、ラトも神に創られた神獣であるが故に、それを口にすることができないのだろうか。
「理不尽な話だねぇ。まぁ神様なんてそんなものかもしれないけど」
「祈れ祈れっていうわりには、祈ってもたいしていいことはないしな。それだったらグランを拝む方が飯が出てくるから、そっちの方がいいよな」
いや、拝まれても困る。
でも飯を作って美味しいとかありがとうとか言われると嬉しくてまた作っちゃう。
「今思えば創世の神もまた不完全だったが故の試行錯誤の結果だったのだろう。まぁ、もうこの世界はとうの昔に創世の神の手を離れ、世界に残された者だけで回っている故これ以上不幸な神が創り出されることはないだろう」
ラトが目を伏せ、息を吸った。
これでラトの話は終わりかな。人間視点では怖いというか理不尽な話だったな。
「だがその不幸な元神々の中には、世の果てから復讐の機会を狙っている者もおるかもしれぬな」
ポツリとラトが呟き、蠟燭を吹き消し灯の灯った蠟燭が二本から一本になり一気に暗くなった。
おい、やめろ。神様大戦争みたいなフラグはやめろ。
だ、大丈夫だよね? 成功作の神様の方が強いよね?
神様なら何とかしてくれるよね。
「すごい歴史的事実の話なんだろうけど、壮大すぎて実感がわかないね。何か物的資料があれば、神学や宗教学界隈が沸き立ちそうな話なのになぁ。あ、次は俺? 怖い話ってあんまり知らないんだよねぇ。そうだね、首都ロンブスブルクにまつわる話をしようか」
蠟燭の残りは一本。ラトの次のアベルで最後だ。
怖いのが苦手といいながらわりと喜々として怖い話を始めようとしているように見える。
ソファーの上に膝を立てて座り、クッションを抱え込んだ姿勢のアベルが淡々と話し始めた。
ローテーブルの上に置かれた蠟燭に灯された炎がユラユラと背の高いアベルの顔を下から照らし、その顔がめちゃくちゃ怖い。
「ふふふ、俺は怖い話が苦手だからあんまり怖い話じゃないかもね」
怖いのは苦手といいながらその話し方ですでに怖いんだけどおおおお!!
「ユーラティア王国の首都ロンブスブルクの下には太古の都市が埋まっているというのは歴史に詳しい人は知っている話だよね。ロンブスブルク周辺自体が大規模な台地状の場所だからね、そこに滅びた古代の都市が埋まってるといわれてるんだ。まぁ埋もれちゃってるから入ることもできないし、上にロンブスブルクの町があるから発掘作業もできないんだけどね。ロンブスブルク周辺に遺跡が多いのはこの埋まっている都市の一部だって説が有力だね」
今のところ怖い話というか考古学の話だよな。
「それは人間の国の話か? この国の王都はここからずいぶんと西の方だったな……あの辺りは古代竜達の国の中心部だった辺りか」
「王都の方はダンジョンも遺跡も多いよなぁ。苔玉に何かその辺の話も聞いたことがあるようなないような……。次に会った時に覚えてたら聞いてみるか」
ラトが昔の話をすると未解明の歴史的情報がポロポロと出てきそうだな!? てか時々カリュオンの話に出てくる苔玉って何者!?
「そうそう、ロンブスブルク周辺はズィムリア魔法国の首都もしくは大都市があった辺りじゃないかって説が有力なんだ。ふふふ、一部の貴族しか知らない話なんだけどね、ロンブスブルク城にはその地下に入ることができる秘密の通路があるとかなんとか……ふふふふふふ」
おい、意味深な笑いやめろ。
「おいおい、それって王城の警備上の機密事項にならないのか?」
何でアベルがそんなことを知っているのかは知らないが、城の内部の話なんて保安の関係で絶対に外に漏らしてはいけない話なのでは?
思わず心配になって尋ねた。
「うん、でもそんな通路が本当にあるかどうかも明らかにされてない話だし、なによりその埋まっている古い城にはかつての城の主が眠っていて、資格なき者が立ち入るとその主に喰われてしまうらしいんだ。実際にその古い城や城下町を探そうと現在の城を探った者もいたらしいけど、ほとんどが途中で記録が途絶えてるんだ……何でだろうね。古い城は見つかったのかな? それとも触れてはいけない王家の秘密なのかな? ふふふ……どちらにせよその古い城――現王城に隠された地下通路を探そうとした者はことごとくその後の足取りが途絶えてるんだ。ふふ、だから別に知られても警備上問題はないんだ――だってその通路を探しにいった人はみんないなくなっちゃうから」
ピシャーーーーーーーーーッ!!
「ふおおおおお!!」
アベルが胡散臭い笑顔を張り付けながら話を終えるとほぼ同時に、その背後で窓の外が光り雷鳴が鳴り響いた。
びびりすぎて思わず声が出てしまった。
「ぷぷ、何だかんだでグランが一番怖がってるじゃん~、かっこわるぅ~」
「う、うるせぇ! 今のは雷の音でびっくりしただけだ! そそそそそれにアベルのその話、地下の謎っていうか王城の秘密じゃん! 知ったらやべーやつじゃん! 王家こわっ! ヒトこわってやつじゃん! 大丈夫、俺は庶民だから絶対貴族や王族なんかとは関わらないし、王城なんか入ることなんかないから怖くないもんねーーーーー!!」
近くにあったクッションを引き寄せ、それをギュッと抱え込む。
王城の話なんか俺には関係ない関係ない。
王都の地下に眠る謎の遺跡は浪漫が溢れていてワクワクする話だけれど、王家の秘密に関わった人がことごとくその足取りが途絶えているって絶対やばいやつじゃん!!
町の地下の遺跡なんてワクワクするけれど関わらないよ!! この世で一番怖いのはヒト!! そう、人は怖い生き物なのだあああ!!
短い話だったのに空気を読まない雷のせいでびっくりしてしまった。
くっそー、怖くないぞ。怖くないもん。怖いのは王族とか貴族だもん。
雨が降って少し肌寒いからクッションの抱き心地が良くて抱え込んでいるだけだもん。
「ふふふ、最後の一本だね。話も終わったし消しちゃう? グランが怖がってるなら、部屋の明かりを点けてやめてもいいんだよ? 変な魔力の動きもないし、やっぱりこんなガバガバなやり方だと儀式として成り立たないみたいだしぃ?」
蠟燭が最後の一本となり、蠟燭のあるローテーブルの周囲だけ薄いオレンジの光に照らされているだけの暗い室内。
アベルが張り付けたような笑顔でニコニコしている。だがその腕にはクッションを抱え込んでいる。
さてはこいつ、平気な顔をしているが実はびびりまくっているだろ? 俺が怖がっているからやめてもいいとか言っているけれど、実は自分も怖がっているだろ?
その手には乗らないぞぉ~、へへ~ん!
「いいや、ここまでやったんだからやめるのはもったいないだろう。どうせもう蠟燭を消すだけだし? アベルが怖いなら俺が消してやるぞぉ?」
どうせ、内心びびり散らかしていて消すのが怖いんだろ?
「こ、ここここ怖くないよ!! グランが怖がってるからホントに消すのか確認をとっただけで、おおおおおお俺は怖くないんだからね!! で、でももしもの時のために準備はちゃんとしておくからちょっと待って!!」
やっぱこいつ、びびっているな?
「はっは、怖くないなら消してもいいな? 準備? 今更なんの準備をするっていうんだ、さっさと消しちまおうぜ」
アベルがびびって時間稼ぎをしようとしているが、そんなことはさせないぞ。
息を吸い込んで――。
「ちょっと待って、グラン!」
フッ!!
アベルの声を聞きながら蠟燭の火を吹き消した。
そして、暗闇。
と、静寂。
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