第590話◆古の災厄
「それでその屋敷の周辺には首無しの騎士が――」
「それってデュラハンじゃん、ただのデュラハン案件じゃん。町の中にデュラハンはやばいから、本当にいるなら冒険者ギルドの仕事になってると思うけど? デュラハンでも話が通じる奴はいるみたいだけど、そうじゃなかったらAランクかそれ以上の依頼になるから王都の話なら、絶対俺達のパーティーにその話が回ってきてるよね? もしくはギルド長クラスが対応に当たってるよね? よってただの作り話! はい、論破! 全く怖くない!! はい、その蠟燭消して次いくよ次!!」
くそぉ、冷静に返しやがって。
ソファーの上でクッションを抱え笑顔のアベル、その表情は全く怖がっているようには見えない。
アベルを怖がらせてやろうと王都で有名な怖い話をいくつかしたのだが、その都度冷静な分析が返ってきて怖い噂話の原因を挙げられ怖さがなくなってしまう現象に陥っている。
だよなー、過去に殺人事件や一家心中なんかあった屋敷で怪奇現象があったとしても、だいたいゴーストが原因で浄化すれば終わる話である。
首無しの騎士? そーだよ、多分噂の元はデュラハン案件だよ!!
デュラハンは首無しの馬に乗った首無し騎士の妖精で、自らの首を脇に抱えている。
デュラハンが訪れた家は死人が出るとか、デュラハンに気付いて家の扉を開けると棺桶いっぱいの血を浴びせられるとかいわれている。
高位の妖精であまり人の多い場所には現れないのだが、田舎町ではたまに目撃情報がある。
何度か遠目に見たことはあるが、やべー強い妖精なので絶対近寄りたくない。
中には人間に友好的なデュラハンもいるらしいが、そんな個体の方がレアだし、首のない馬とか騎士とか夜中に見かけたらびびってちびりそう。
くそぉ、怖い話をしてもアベルが冷静に解析して、思ったよりも怖がらないからつまんないぞ。
それでも俺の番が終わったのでフッと息を吹いて蠟燭を一つ消す。
部屋の照明は消し、蠟燭の火だけが室内を照らしている状態。話が一つ終わる毎に部屋が少しずつ暗くなっていく。
念のため魔力の動きには注意をしているが、今のところこれといっておかしな様子はない。
やはりただの怖い話と蠟燭だけで、召喚魔法が発動するなんてありえない。
「ははは、王都の怖い話はだいたいゴーストや妖精が原因の出来事がおもしろおかしく脚色されたものだなぁ。じゃあ、次は俺の番かー?」
俺の次はカリュオンの番。
「ふふふ、確かに蠟燭を一本ずつ消していくのは意味ありげな演出だけど、話が怖くなければ平気だよ。それにカリュオンやラトの話は怖いというか興味深いんだよね。ねぇ、今度はどんな話?」
くっそ、アベルが楽しそうだぞ。
確かにカリュオンやラトの話は怪談というより、怖い昔話みたいなやつで怪談というより、記録に残っていない歴史の話を聞いているみたいなものだ。
それに俺が思う怖いと、カリュオンやラトの怖いの感覚はかなりかけ離れている。
カリュオンやラトの話す怖い話は、あまり現実感のない神格持ち達の話、生き物の力ではどうすることもできない理不尽な話や、生き物の愚かさによる悲劇といった悲惨とか残酷という怖さの話である。
一方、俺やアベルが怖いと感じるものは、正体や目的がわからない漠然とした存在の話。
前世の感覚でいうと幽霊とか妖怪とかいった類だろうか。だがそれは今世ではゴーストや妖精や精霊といった存在がいるため、彼らの仕業でだいたい説明がついてしまうのでいまいち恐怖を感じない。
アベルもそのことに気付いて、俺の話を冷静に分析してゴーストや妖精と結論付けるという対処でさっぱり怖がってくれない。
話が終わる毎に蠟燭を消すとそれなりに雰囲気はあるが、魔力の動きに注意していれば何も起こる予兆がないことはわかるのでさっぱり怖くない。
時々外で大きな音を響かせる雷でびっくりするくらいだ。
くっそぉ~、つまんない! つまんないぞおおおお~~~!!
びびり散らかして、トイレにも行けなくなるアベルを見てからかいたかったのに!!
俺の話では怖がってくれないし、カリュオンやラトの話は楽しんでいるし、つまんなぁ~~~~い!!
「じゃあ俺はソウルイーターって化け物の話をしようか」
「ソウルイーター? 何だかすごく物騒な名前だね」
カリュオンの口からかっこいい響きだがものすごく不穏な名前が出てきた。
ソウルイーターつまり魂喰い、明らかにろくでもない存在であろう名前である。そしてアベルはそれに興味津々で、目がキラキラとしている。
あーあ、全然怪談って雰囲気じゃないよ。
「すごく昔の話で、俺もテ……知り合いの苔玉に聞いただけなのだが――」
苔玉? 知り合いの苔玉って何だ?
ああ、カリュオンが帰ってきた日に送ってもらったとかいう盆栽みたいな苔玉みたいな妖精か……ん?
緑のもこもこした苔玉……ん? 何だっけ、なんか思い出せそうなー……はて?
カリュオンの話が始まってすぐに何かを思い出しそうになったが、話の続きの方が気になりそのことはすぐに頭の隅に追いやってしまった。
「ソウルイーターは遙か昔にこの大陸を大混乱に陥れた化け物でその名の通り、魂を喰う生き物で、元は親指ほどの小さな寄生生物だったとか。生き物の体に入り込み、その宿主の魂を喰らい宿主の体と同化しながら成長し、その体を乗っ取るんだ。そして体を侵食しつつ最終的に魂を全て喰われてしまえば、取り憑かれた者は完全にソウルイーターとなる。肉体ではなく魂を喰って乗っ取るため外見からは全くわからないだけではなく、喰らった者の記憶や能力まで乗っ取り、その宿主のふりをして他の生き物に近付き魂も食い散らかす厄介な生き物だったと聞いた」
ひえ、聞いただけでも恐ろしい生き物だな。
しかし現在ではそんな生き物の話は聞いたことがないので、すでに滅んだ生き物なのだろう。
カリュオンの言い方も過去形なのできっと現在はいない生き物だと思われる。それにこんなの実在していたら、冒険者ギルドで猛烈に教えられているはずだ。
「寄生キノコのユキムシノココロに似た生き物だね。あっちは魂ではなく宿主の体に菌糸を張り巡らせて宿主を養分にするから、乗っ取りが進めば体がボロボロになって乗っ取られていることもわかるし、宿主の記憶や能力を乗っ取る程ではないけど」
アベルの言う通り、ソウルイーターってやつは寄生キノコのユキムシノココロに似ている。
ユキムシノココロも宿主の記憶や能力を僅かに吸収する性質はあるが、それはほんの僅かなだけでユキムシノココロ本体は非常に弱い。乗っ取り中の強さは宿主の能力とその体の状態に依存するが、ユキムシノココロ本体が非常に弱い存在のため、強力な生き物を乗っ取れるほど成長したユキムシノココロは非常に珍しい。
「ああ、確かにユキムシノココロに似てるけど、外見でわからないから奴らより厄介そうだな。ソウルイーターに取り憑かれた奴は最初のうちは全く自覚症状はなく、魂と体の浸食が進むと少しずつ記憶の欠落が始まり、だんだんその時間が長くなり最終的に自分の意識は完全になくなってしまう。記憶の欠落が自覚できるようになる頃にはもうすでに魂も体もかなり浸食されていて、手遅れな状態だとかなんとか。だから、ソウルイーターに取り憑かれたことに気付いた時にはもう助からないんだ。そして完全に生き物を乗っ取ったソウルイーターは自分の体の一部を切り離して他の生き物に侵入させ、同じようにその生き物を乗っ取りその数を増やしていく――いや、数を増やすというか正確には親の個体から分かれた子の個体は別の個体ではなく同一個体だったらしい。たくさんいるように見えて、実は意識を共有している一匹だったって苔玉が言ってた」
「うっわ、すっごい厄介な生き物だね。でもそんな生き物の話聞いたことないし、俺が知っている限りでは、そういう生き物の記録があるのは見たことないから記録にないくらい昔の話?」
博識アベルが知らないくらいだから、本当に記録にない生き物なのだろう。
しかしそんな生き物を知っている苔玉って何者だ? 太古から生きる妖精か?
「ああ、ズィムリア魔法国時代の話だと聞いたから、千年いや二千年くらい前の話で記録は残ってなさそうだなぁ。そのソウルイーターってやつは生物の体に入ったばかりの頃なら聖や光属性の魔力にすごく弱くて簡単な浄化魔法で消せるし、聖や光属性持ちの体では成長する前に死んでしまうんだ。だから乗っ取られる奴は限られているし、対策さえしておけば乗っ取られることはほとんどなかったらしい。子供が生まれるとさ、親が子供に祝福系の儀式を受けさせたり、聖属性のお守りをあげたりする習慣があるだろ? 僅かにでも聖属性があればソウルイーターは入ってこないから、ソウルイーターの出来事が忘れられても残り続けている習慣だって苔玉が言ってたな」
「へぇ~、確かにユーラティアは子供が生まれると聖職者に祝福をしてもらって、子供に聖属性のお守りを贈ることが多いね。親がいない孤児達も孤児院の運営は教会が中心になっているから、孤児院に引き取られた時に必ず祝福の儀式を受けるし、孤児院に入らないスラムの子達も定期的に施政者がスラム街慈善活動を行う時に祝福系の魔法をかけたり、聖属性の浄化魔法も教えたりするね。少しだけでも聖属性の加護があったり、自分で聖属性浄化魔法が使えたりすると、不衛生からくる伝染病や弱い呪いは回避できてそれが蔓延するのが防げるからね」
「そういや、俺の故郷でも子供が生まれるとオミツキ様のところや教会に行って、健やかに育つようにとお祝いをしてもらうな。物心ついた頃には生活魔法の一環として浄化魔法も習ったなぁ」
俺は使えなかったけれど。
昔からある習慣って、やっぱなんらかの理由があるもんなんだなぁ。
「ふむ、ソウルイーターか……懐かしいな。成長すると自分の体の一部を切り離して別の生き物を乗っ取るという形で勢力を広げ、親の個体は成長した子の個体を喰ってどんどん力をつけおってな、最終的に非常に厄介な存在になって滅するのに苦労したのを覚えているぞ。私の加護の範囲では大きな被害はなかったが、テムペストの縄張りの辺りはダークエルフの村がほとんどやられたと記憶しているな。あやつらは光や聖の適性が低い故にソウルイーターの標的にされてしまったのだ」
出た、歴史の生き証人。
ダークエルフかー。
エルフには色々種族があるが、ハイエルフも含めそのほとんどがライトエルフと呼ばれる光と聖属性に適性の高いエルフだ。
ライトエルフの中には褐色肌の種族もいるが、これは進化の過程で生息地に合った体質になっただけで、元を辿ればハイエルフのような色白の種にいきつくらしい。
一方ダークエルフと呼ばれるエルフは、闇と沌属性に適性が高く光と聖属性の扱いは苦手としている種族だ。
他のエルフ達と比べ非常に数が少ないらしく、色々な種族を見ることが多い冒険者をしていてもダークエルフはあまり見かけない。
黒に近い褐色肌に銀髪、エルフ独特の長い耳という風貌で、俺が見かけたことのあるダークエルフはめちゃくちゃ美人で巨乳のセクシーお姉様だった。
「そうそう、ダークエルフはそのソウルイーター騒動でかなり数が減って、その影響は現在でも残っていてライト系に比べてかなり数が少ないって苔玉が言ってた。俺の故郷の近くにはちっこい集落が一つあるだけかなぁ、昔はたくさんあったらしいけど、この国のダークエルフはほとんどソウルイーターにやられたらしい。で、エルフって長寿だけど出生率は低いじゃん? それで未だにダークエルフは数が増えないままなんだってさ」
なんか歴史の教科書に載っていない話を聞いたな。
「そのソウルイーターって生き物、現在だとそんな生き物の話は聞かないし記録に残ってないってことは、もういない生き物なんだよね?」
「ああ、苔玉曰く、大元になっている親の個体を滅ぼしてソウルイーターに浸食された地域は大規模な浄化作戦を行って、全て浄化しきったとかなんとか。もちろん浄化してしまえば乗っ取り済みの生き物は死んでしまうから、その時相当な数の生き物が死んだって話だ」
ひええ、ソウルイーターの乗っ取りがどれだけ広がっていたのかはわからないが、その性質から想像すると恐ろしい数の生き物が死んだんだろうな。
しかも親から切り離した子の個体も同一個体で意識を共有しているなんて、やべー生き物だな。その上どこに紛れ込んでいるかわからないって恐ろしすぎる。
ホントに全部滅ぼしたの? 破片とか残ってない? 大丈夫?
「元は人工的に作り出された小さな生物だったらしいが、最終的に多くの生き物が命を奪われるという大災厄になったな。あのキンピカ小僧がかの魔法国の王になったばかりの頃だったか……、仕方ないからちょっと手伝ってやったのを覚えているな。もちろんあんな物騒な生き物が残っていると困るので徹底的に浄化してやったな。あの災厄はそこで滅びたが、その出来事が原因で多くの生き物が滅び、または滅びに向かうことになった」
番人様もボコボコにするのを手伝ったのね。ちゃんと滅んだのね。
信じているぞ、番人様ぁ!!
「人工的に作られた生き物かぁ、再現されると困るから記録は消され、対策だけが残ったのかな。いや、その生物の出所によっては国の体制が揺らぐ出来事だよね。キンピカ小僧ってラグナロックのこと? 王になったばかりなら政権が安定しているかもわからない時期か……そこで人工的に作られた国を揺るがすような災厄……ふーん、歴史の考察のしがいがある話だね。でも口伝だけで確かな記録が残ってないのがすごく悔しいけど」
怖い話のはずがアベルはすごく楽しそうである。
キー! なんか悔しっ!
「ちなみにそのソウルイーターってやつ、最初は親指くらいの大きさのナメクジみたいなやつだったらしいぜ」
そう言ってカリュオンが蠟燭を一つ吹き消した。
灯りが一つ減り、室内が少し暗くなる。
外は大雨、その湿気は室内の空気までじっとりとさせる。
一つ話が終わり、喉を潤すために酒の入ったグラスに手を伸ばした。
氷の入ったグラスには冷たい水滴が張り付き、それが指先を濡らす。
ムニッ。
グラスを持ち上げると何か柔らかく湿った感覚が指先にあった。
「ん? 何だ?」
少し薄暗い部屋の中、手に持ったグラスへと目をやる。
グラスに張り付き俺の指先に触れた細長く黒いもの。
何だ、スライスしたキノコか……なんでこんなとこにくっ付いているのだ?
キノコ?
いや、夕飯にもキノコのスライスなんてなかったし、ツマミにキノコはない。
え? 何???
ニュッ。
スライスキノコのようなもの先端に、二本の細い触覚のようなものが見えた。
「うおあああああああ!? ナメクジイイイイイイイイイ!!」
雨の日、森の傍にある古い家。どっかの隙間からナメクジが入ってくるなんてすごくよくある。
だがこのタイミングで、グラスに張り付いているのは不意打ちすぎて思わず叫んでしまった。
びっくりしすぎて漏らすかと思ったじゃないか。
やだ、ナメクジ触っちゃった……。
この後、めちゃくちゃ手を洗いにいったので百物語は一時中断。
突然のナメクジ君はただのナメクジだったけれど、塩をかけてサヨナラをした。
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