第589話◆言葉の暴力

「百物語といってどこかの国の怪談のやり方らしいんだけどさ、本来は百本の蠟燭を灯して話が一つ終わるごとに消していくんだ。そして百本目の蠟燭が消えた時――」


 ピシャーーーーーーーーッ!!


 バリバリバリバリバリバリバリーーーーーッ!!


 ドオオオオオオオオオオオンッ!!


「うわあああああああっ!!!!!」

「カーーーーッ!?!?」


 前世の記憶にある怪談のやり方を説明していると、突然窓の外が真っ白になるほど光り、空気を切り裂く音と共に近くに雷が落ちた。

 びっくりして変な声が出たが、アベルの悲鳴が大きかったので俺の声はそれにかき消された。

 アベルの声がでかくてその陰に隠れていたけれど、カメ君もびっくりして叫んでいたのが聞こえたよ?

 今の雷は大きかったなぁ。こわいこわい。

 雨が上がったら雷が落ちた辺りを探せば、雷属性の魔石が落ちているかもしれないなぁ。

 おっと、今は雷より百物語だ。


「それでさ、百本目の蠟燭が消えた時、化け物が現れるっていわれてるんだ。まぁ、肝試しを兼ねた怪談のスタイルだな」

「やめて! どうしてそういうのをやろうとするの! 原理はやってみるまでわからないけど、それって絶対に召喚系の儀式だよね!? ただの肝試しの領域を超えているやつだよね!?」

 説明中に大きな雷が落ちたこともあって、怖がりのアベルがびびりまくっている。

「大丈夫だよ、昔の友達とやった時は何も起こらなかったし。もちろん百も怖い話なんてネタがないから十くらいで終わったのもあるけど、ヘーキヘーキ」


 魔法もなく魔物もいない世界だった前世で、友人と肝試し気分でやった時は当然のように何も起こらなかった。

 そりゃ呪文でも魔術の文言でも何でもない、ただの怖い話という曖昧なものを話すだけだし、それにあわせて灯りを消すだけだから、変に魔力を作用させなければおかしなことにはならないはずだ。

 そもそも召喚系の魔法は別空間から生き物を無理矢理連れてくる魔法のため、空間魔法系でも上位のもので非常に難しい魔法なので使える者も少ない。

 そんなのが怖い話とただの蠟燭で成立してたまるかっつーの。

 魔法があるこの世界で、その原理について知っているからこそ、ある意味ただ漠然と正体のわからないものにびびりながら肝試しとしてやっていた前世より怖さを感じない。


「昔の友達? ガロ達のこと?」

 しまった、アベルは俺の故郷に一緒に行ったから、冒険者になる前の友人達との面識ができちゃったんだよなぁ。

 俺が王都に行って冒険者になってすぐにアベルと知り合ったし、昔の友人とか知り合いという誤魔化し方が使いにくくなったぞ。

 い……いや、冒険者になってからアベルの知らない友人だっているかもしれないだろぉ!?

 ……王都にいた頃は素材集めに夢中で友達がほとんどいなかったんだよな。マジでアベルとドリーのパーティーメンバーくらいしか、親しいというほどの仲の者はいない気がする。

 短い期間パーティーを組んだり、食事を一緒にしたりするくらいの知り合いは何人かいたが、お互いどこか遠慮している部分もあり親しい友人というほど気安い関係ではなかった。

 なんだかんだで気を使わずに気安く付き合える友人ってアベル達くらいなんだよなぁ。


「ガ、ガロ達じゃなくて、冒険者になってからの友達? そうそう、アベル達の知らない友人かな?」

 前世の友人と言うわけにはいかないので適当に誤魔化しておこう。

 俺にだって友達くらいいてもおかしくないだろ!? 実際はいないけど!!

「うそぉ! グランって友達いたの!? 俺の知っている限りだと、王都にいた頃ってグランって、俺達以外と親しくしてる人なんていなかったよね?」


 グサァッ!!


 やめろ、言葉の暴力やめろ!!

 というかお前、何で俺の交友関係を把握してんだよ!

「ババババババカヤロー! おっおっおっ俺だって酒を飲みながら悪乗り話をする知り合いくらいいたぞ!!」

 気安い友達はいなかったけれど、アベル達がいない時に飲みに誘ってくれるような知り合いくらいはいたもん!!

 百物語を一緒にやるような友達は前世にしかいなかったけど!!

「ああ……そういう系の人ね、なるほど」

 なんだよ、それで納得するのかよ。

「ははは、王都にいた頃のグランに友達がいなかったのは、色んな意味で友達運が悪かっただけじゃないかな~?」

「そうそう、グランは運が悪かっただけだよ」

 そっか~、運が悪かったのか~。

 くそぉ、カリュオンもアベルも好き勝手言いやがって。

 冒険者になるために故郷を出た頃は、友達百人できるかな~とかと希望に満ちあふれていたのにな。

 結局友達らしい友達はアベル達くらいだ。

 友達を作るのは難しい。


「と、ともかく、以前試してみた時はそれっぽい雰囲気になったけど何も起こらなかったよ」

 もー、こんなネタバレしてしまうと肝試しの意味がなくなるじゃないかー。

「ふむぅ、話だけ聞くと確かに召喚の儀式のようではあるが、怖い話という漠然とした鍵で何かを召喚するような扉が開けるとは思えない。しかし、それが古くから伝わっているものだというのなら、元は何かの儀式だったものかもしれないな。長い時が過ぎるうちに正しい手順が伝わらず、効果が発動しなくなっているだけかもかもしれぬな」

 元は俺の前世のものだが、確かにラトの言うことは一理ありそうだ。

 魔法や魔物が存在しない世界。怪奇現象のほとんどはやらせ。

 怪談だ超常現象に興味を惹かれつつも、現実に起こらないと思っていたし、俺の前では起こることもなかった。

 だが心のどこかでそういうこともあるかもしれないと、ほんの少しだけの怖さと好奇心を持っていたあの頃。

 怪談が現実になるようなことはない世界だったが、もしかすると昔からある風習や言い伝えはラトが言うように――。


 ま、どちらにせよ前世のお遊びである。

「げー、ホントにやるのー?」

「せっかくだから雰囲気だしてこ」

 収納から蠟燭と燭台を取りだしてテーブルの上に並べ始めると、アベルがものすごく渋い顔をした。

「召喚の儀式になるかどうか試してみるのも楽しそうだな。俺もこんな儀式は知らないから興味はあるなぁ~、いざとなったら主様もいるし大丈夫じゃね?」

 そそ、カリュオンの言う通りいざとなったら森の番人様がいる。

「うむ、ここは私の結界の中だ。召喚の儀式だとしても、いざとなれば空間を遮断することもできるから、その百物語とやらを試してみるのも悪くないな」

「もー、ラトまでそんなこと言ってー、絶対やばい儀式じゃん」

 ラトは乗り気だが、相変わらず怖がりアベルだけは渋い顔をしている。

「カーッ! カーッ!」

「ホッホーッ!」

 そうそう、カメ君もいるから、大丈夫大丈夫。

 カメ君と毛玉ちゃんも百物語に興味があるようだ。

 よっし、多数決で決行決定だな!!


「そんなに怖いなら、先に部屋に帰って寝てもいいぞぉ?」

 怖いなら無理に参加する必要はない。

「や、やだよ! グラン達がよくわからないことをしている時に、部屋に一人でいる方が怖いよ!!」

 ものすごく正論のようにも聞こえるし、ものすごく俺に失礼なようにも聞こえる。

「じゃあ準備して始めるか、蠟燭に火を点けたら部屋の灯りは消すぞぉ~」

「い、異変があったらすぐにやめるからね!」

 アベルはびびりすぎである。


 ただの遊びだから心配はないと思うが、万が一おかしなことが起こればすぐにやめればいい。

 それにラトやカメ君がいるから何かあっても大丈夫、大丈夫~。



 そして嵐の夜の百物語が幕を開けた――。




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