第579話◆閑話:ホントは怖い昔話
※残酷な表現がございます。苦手な方はご注意ください※
むかしむかしあるところに、人ばかりを食べる竜がおりました。
たくさんの人がその人食いの竜に食べられ、人々は人食いの竜を大変恐れていました。
人食いの竜はとても強い竜で、人食いの竜を倒そうとした人もみんな食べられました。
人食いの竜にとって人は食べ物で、生きるために必要なことでした。
人食いの竜は人しか食べたことがなく、人以外の食べ物を知りませんでした。
ある日、どこからともなくやって来た旅人が人食いの竜をこてんぱんにして、命だけは助ける代わりにもう人を食べないと誓いを立てさせました。
人食いの竜は生き物として生きるために人を食べていただけであって、悪い竜ではなかったので旅人は人食いの竜を許すことにしたのです。
そして旅人は人以外の食べ物を知らなかった竜のために魔物を倒し、その肉で料理を作ってあげました。
魔物は人より肉がたくさんあって、その肉の料理は人よりずっとずっと美味しくて、人食いの竜は魔物の肉を食べることにしました。
人しか食べたことのなかった竜に、旅人は魔物肉の料理をたくさん教えました。
魔物の肉の味を知った人食いの竜は、魔物を狩ってその肉を料理して食べるようになりました。
人食いの竜に料理を教えた旅人と一緒に。
人を食べることをやめ、魔物を食べるようになった人食いの竜は、時が過ぎるうちに魔物を倒す勇敢な竜として人々に慕われるようになりました。
竜は言いました。
人の肉より魔物の肉の方が美味しい。
生の肉より料理をした肉の方がずっと美味しい。
そして誰かと食べる料理はもっともっと美味しい。
竜は竜に料理を教えてくれた旅人、そして竜を慕う人々と共に美味しい料理を食べて生きていきました。
もう誰も竜のことを人食いの竜と呼んで恐れることはなくなりました。
めでたし、めでたし。
「フローラちゃんがキルシェに借りたこの絵本の人食いの竜ってアイツ?」
「多分そうですわね。この話はもうずっとずっと昔の話で、これは子供向けの本のようですし、優しいお話だけで具体的なことは省かれた、あるいは伝わらなかったのでしょう」
「このお話の続きはもう知っている人はほとんどいないのかもしれませんねぇ」
「フローラちゃんは、この後どうなったか気になるの? あまり気分のいい話じゃないわよ?」
「うふふ、世の中には知らない方が、綺麗なお話で済むことがたくさんありましてよ」
「昔話や伝承の類は伝わるうちにぃ、時が過ぎるうちに少しずつ変わっていって、いつの間にか最初の話とは別物になっていることもありますからねぇ」
「そうそう、伝言を繰り返すうちにちょっとずつ話が変わってしまって、気付いたら最初と最後で話が変わっていたり、一部しか伝わっていなかったりするやつ。これもそれ系ね、この後に続きがあってそれは今でも続いてるのよ」
「この本の先は優しくないお話ですが、聞きたいのならお話しいたしますわ。そう、聞きたいのですね、ではお話しいたしますわ。人を食べることをやめた竜は、人々に慕われながら美味しい料理を食べて暮らしておりましたの」
「そうして平和な日々が続いたある時、そう、ちょうど"旅人"が竜の下を離れていた時期に、平穏を乱したがる嫌な奴が竜のところにやってきて、善人ぶってその竜に料理を振る舞ったの。何の料理かを隠して」
「それまでも近くに住む人達が竜のために料理を持ってきていたので、竜は何も疑うこともなくその料理を食べちゃったんですぅ。そうしたらその料理がですねぇ……フローラちゃん本当にこの先を聞きますかぁ?」
「聞きたいのなら仕方ないわね。その料理っていうのが――――――近くに住む人で作った料理だったのよ」
「ええ、そう。その嫌な奴はわかっていてやったのです。竜が人の肉を食べるのをやめたことも、ちょうど竜の友人である旅人が竜の下を離れていたことも、竜が自分を慕う人々のことを友人だと思っていたことも」
「旅人が戻ってきた時には嫌な奴はすでに姿を消し、竜は自分が食べたのが自分のことを慕っていた人達だと知り、後悔と懺悔で苦しみ、自分で自分の体を食べて命を絶とうとしていたのですぅ」
「旅人は竜を止めたけど、竜はすでに自分の体をほとんど食べてしまっていて助けることは難しかったの。いいえ、仮に助かったとしても自己嫌悪で苦しみ再び自分を食べてしまうと思い、無理に助けることはせず竜の残った体を魔剣に変え、その魂も魔剣の中に封印したの。いつか竜が自身を許して、元の姿に戻る日がくることを願いながら」
「竜が真実を見抜く力を持っていればあの者に騙されることはなかったでしょう。いいえ、見抜けたとしても竜を慕う人々の命が理不尽に奪われたのなら竜は怒り悔やんでいたでしょう。当時かの竜はまだ幼く、無知だったのです。剣となり長い年月が過ぎても、そのことを未だに悔やみ、自分をあの者を許せずにいるのです」
「だからあの剣は、自分と同じように懺悔や後悔を持つ者の想いを聞き届けそれらを許しながら、いつか自分が許せる日まで彼は懺悔と後悔を斬り続けるつもりなのですぅ。でも剣なので誰かに使ってもらわないといけないのですぅ。そうですねぇ……一人でずっとずっと後悔し続けるのは辛いことですからぁ、寄りそう人が必要なのですねぇ」
「まぁ、竜でできた剣だからあたり前のようにすごく強い剣で、過去に大きな戦いがある度に活躍していたわ。最初の持ち主はあの旅人。でもあの旅人の手では剣は蘇ることはなく、その後持ち主を転々としながらラグナロックとよく一緒にいた赤毛の手に渡ったこともあるし、ラグナロックが使っていた時期もあったわね。その後ラグナロックが知り合いに貸したらなくされたとかぼやいてたけど。え? ラグナロック? そうね、人の姿をしている時はアベルくらい綺麗な顔だからフローラちゃんの好みかもしれないわね。だけど見た目はいいけど中身は残念な奴よ。ズボラじゃなかったらあんな魔剣を他人に貸したりしないわよ」
「あの魔剣は使用者の心にも負担がかかりますからね、生真面目な人ほどあの魔剣の負の感情に取り込まれてしまいますわ。ラグナロックもアレは手放して正解だったのではないかしら?」
「それが巡り巡ってグランのところに戻ったのは不思議ですねぇ。随分長いあいだ巡っているうちに、武器としてあれこれと手を加えられているみたいですし、剣として過ごした時が長すぎて後悔と懺悔の想いばかりが残って本来の自分を忘れてるみたいですねぇ。でも器用なグランなら上手く付き合えるかもしれませんねぇ」
「生真面目とは対極みたいなグランなら案外いけそうね。何だかんだで仲は良さそうだし、名前まで付けちゃってるし。え? あの嫌な奴はどうなったかって? ああ、アイツ。多分世界のどこかにいるんじゃない? 自分の存在価値を証明するという、はた迷惑な目的のためにあちこち放浪して迷惑をかけまくってそうね」
「アレは存在価値が負の方に振り切れすぎてますわ。ええ? 旅人さん? そうですわね……何者だったのでしょうね。わたくし達も森の中から見える範囲のことしかわかりませんので、あまり詳しいことまでは知りませんの」
「あ、もう夕方になりますよぉ。そろそろグラン達が帰ってくる時間ですねぇ。グランがすぐに料理に取りかかれるように準備をしておきましょう」
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