第578話◆閑話:その舞台の裏に潜む者達

「この人数で集まるのも、久しぶりですわね」


「ええ、このところ皆様お忙しいようで、小規模な会合ばかりでしたからね」


「約二ヶ月ぶりですかね。前回は百合様のお宿で会合の予定が、突然公式様のファンサイベントになりましたからね」


「ああ、噂の公式様の聖地突撃事件ですね。わたくしは都合が合わなくてその会合には参加できなかったのですよね。百合の魔女様は何やら大変だったみたいで……」


「ええ、まさか聖地に公式様がいらっしゃるとは思いもよりませんでしたし、まさかのまさかで禁書を禁書と誤解されて襲撃を受けるとは思いませんでしたわ。開けた場所での言葉選びは重々にお気を付けて下さいませ」


「しかしあの騒動のおかげで、近くでターゲット様と飼育員様を見ることができましたし、百合様はターゲット様と随分とお近付きになられたようですが」


「あら、そのお話はわたくしもお姉様から聞いておりますわ。ターゲット様が熱心に百合様のお家にアプローチをされているとか? 新しい事業もその一環ですよね?」


「ええ、ええ……確かに偶然にもターゲット様と飼育員様と縁ができてしまいまして、ターゲット様に事業の雑用を押しつけられ……いえ、事業への協力を求められまして、お力添えをする運びとなりました。確かにご縁は繋がってしまったのですが……推し触るべからずですね。ターゲット様のご尊顔は非常に素晴らしいのですが、やはりわたくしは見る専門が性に合っておりますわ。あ、そういえばこちらは飼育員様から頂きました、オルタ・ポタニコの食材ダンジョンのお土産でございます、皆様でお召し上がり下さいませ。ポミュプという生き物の目玉のショウユ漬けだそうです。見た目はアレですが味と食感はかなり良いものですわ」


「これはさすが飼育員様ですね。こういうちょっと独特のセンスをお持ちのところがまた魅力なのですが……これはなかなか……」


「ああ……これはあのダンジョンの十四階層にいるやつですね。あのダンジョンでターゲット様のパーティーをお見かけしましたというか、フェニクックトレインを巻き起こしてしまったところを助けていただきました。これがその時の戦利品ですね。あまり品質の良いものではないのですが数はすごくありますね。百合様がターゲット様の商会で庶民向けの服飾品を担当されると聞いて持ってきました」


「これはフェニタイトですか。確かに品質も低くサイズも小さいですが、逆にこのくらいだと、緩いリジェネレーション効果付きの装飾品が低コストで作れそうですね。いいでしょう、買い取りましょう」


「ありがとうございます。それにしても飼育員様は魔法が使えないと聞いていたのですが、ダンジョンの床を一時的に砂に変えてましたね。土属性の魔法のように見えましたがあれは――」


「貴方、そのことは他で口外してはなりませんよ。以前飼育員様が王都におられた頃――ターゲット様も飼育員様も今よりもお若かった頃、飼育員様の一見魔法のように見えるスキルを目撃した冒険者達が、片っ端からターゲット様に口を封じられるという事件がございまして。ああ、口を封じられるというのは文字通り言葉を封じられるということですわ。飼育員様のスキルを悪用しようとする輩が現れることを懸念したターゲット様が、飼育員様の特異性に気付いた冒険者に片っ端から契約魔法をかけたのだと、お姉様がおっしゃってましたわ。はぁ……尊い……」


「ああ、その事件はわたくしも叔父様から聞いたことがありますわね。王都の冒険者の半数近くがターゲット様に契約魔法で口を封じられていたとかなんとか」


「そういえば、百合様は王都ギルドの長様とご親戚でしたっけ、それにお兄様はかの御方の側近でしたよね」


「あっ! そう! お兄様!! マジあの仕事人間!! かの御方からまた面倒事を押しつけられやがりあそばしまして、そのせいでわたくしが今日ここオルタ・クルイローに来ることになったんですよ」


「百合様、お言葉が乱れておりましてよ。その件はわたくしもお姉様から聞き及んでおりますわ。でもその件、提案なされたのはターゲット様だとかなんとか。百合様……もしかしてターゲット様に便利屋か何かだと思われていらっしゃるのでは?」


「あああああああああああー、またターゲット様ああああああああ!! 今日まさにその件でオルタ・クルイローのお城でお話し合いがありまして、かのご兄弟の双子様が暫くうちの実家で静養することになりましたの、というか呼ばれて行ってみたらすでに決定事項でした。あの図書館での一件で借りを作ってしまって以来、何かと面倒事を押しつけられるようになり……ああ、やはり推しは見ているだけに限りますわ」


「そういえば本日、百合お嬢様がお買い物中に飼育員様と偶然鉢合わせいたしましたね。わたくしどもは店の外で待機中でしたが、飼育員様はお嬢様の護衛のわたくしどもにも頭を下げられて、相変わらず律儀で愛想のいい方ですね。飼育員様スマイルばっちり頂きました」


「ええ、私もその場にいましたが相変わらずの爽やかスマイルでした。お連れの方はお嬢様のお店にも来られている商人の君でしたね」


「ああ……噂の……。つい先日王都で色々あったようで、ターゲット様達がお泊まりになったゲストハウス勤務の者達が、軒並み癖を破壊されたようでしたね」


「あ……ああ……見ました、わたくしも先日偶然目にいたしましたわ。わたくし、あの日は偶然にも事件のあったオークション会場にいましたの。あの襲撃事件が起こった時の避難先で、非常に麗しい美少年がいると思ったら噂の商人の君だったと後になって知りました。ええ、あのバケモノが現れた時、ターゲット様と飼育員様が颯爽と舞台に登場するところも見てしまいましたわ。バケモノを見た時は恐怖しましたが、ターゲット様と飼育員様を見て安心しましたわ」


「それは恐ろしい場に居合わせましたね。しかし不謹慎ながら、ターゲット様と飼育員様の活動の場を生で見ることができたのは羨ましいですわ」


「ええ、ええ……警備の厳しいあの場所であのような事件が起こるなど予想できるはずもなく、お二方ともいつもの冒険者装備ではなく正装をされておられ、しかしその服装で戦う様もまた……ああ……」


「ふぇ!? それは尊い……現場はそれどころではなかったのでしょうが、なんという非常事態ファンサ」


「しかしその後、ターゲット様達が舞台上にいらっしゃる時に人為的に吊り天井が落とされてその犯人も見つかっていないとか。飼育員様の機転で事なきを得たようですが、その犯人は見つけ出して処さねばなりませんね」


「ああ……あのオークション会場はやんごとない方々も利用される場所故、警備も徹底したはずなのにそのようなことが起こるとは」


「関係者の話によりますとあの日は色々あったようで、朝からターゲット様の妹様がお住まいを抜け出して誘拐されかけて、それを解決したのが白銀隊長様でついでに自ら誘拐組織も潰してしまわれて、その夜には件のオークション会場で潜んでいたターゲット様の護衛が片っ端から飼育員様に見つかるわ、あげくに侵入者の痕跡はあるわ、魔物は出るわ、その魔物はターゲット様と飼育員様が片付けてしまうわ、天井を落とした犯人には逃げられるわで騎士団と隠密部は後日相当絞られたみたいですね」


「わたくし、騎士団の治療院勤務ですが、あの事件の後、白銀隊長様が訓練と称して大暴れされたとか、たまたま居合わせた黒熊様もそれに巻き込まれて一緒にハッスルされたとかで大忙しでしたわ」


「ああ、わたくしは部署が違うのでその難は逃れましたが、第一から第三までの殿方団員が片っ端からしごかれて、見かねた団長様方が止めに入ったのですがゾンビ取りがゾンビになってしまいまして、団長及び隊長クラスそれに黒熊様が加わって大乱闘に……。最後は総団長がやって来て雷を落とされて終了でした。ええ、そのまんま雷です」


「妹様の脱走からの誘拐未遂事件も、オークション襲撃事件も現在調査中でして、関係部署は大忙しのようですわね。わたくしもお姉様経由でお話は流れてくるのですが、重要参考人はまだ目を醒まさないようですし、回収された謎生物もまだまだ調査中らしいので情報があまり出ていないようですね。ただもしかすると、竜素材を利用した人工的なキメラ案件かもしれないという話だけ聞きましたわ。そちらの方は今後の情報待ちですわね。ところで百合様にはお聞きしたいことがたくさんあるのですが……双子様のことや、ターゲット様の事業のことや」


「ふ、ふぇ!? え、ええ、ええ……そうですわね。先ほども申しましたように、その件で双子様が一時的にうちの実家でご静養なされることになりまして、つきましては同志の方にご協力をお願いしたい所存でございます。何やら妹様は冒険者に興味を示されているとかでして、行動を制限してしまいますと逆効果にもなりそうですので、できれば自然と市井に、庶民の文化に馴染んでいただこうと思っております。弟様の方は大人しめの方で本がお好きなようなので、図書館の方にもご案内することになると思いますので、聖地担当者はくれぐれも本の仕分けミスがないようにお願いいたします」


「先日の公式様聖地襲来の時のようなバタバタは避けたいですね」


「そういえば、あの騒動は砂漠の国の間者の仕業だったようですが、そちらの方はいかがなっているのでしょう」


「ええ、そちらは定期連絡は来ておりますが、なにしろ独裁主義国家で場所も遠い地故これといった重要な情報はありませんね。ただ、魔石の取り引きが活発になっているようで、おそらく魔道具産業に力を入れているのではないかとのことです。そちらはまた情報が入りましたらお伝えいたします。コホン、それでとても朗報がございます! ターゲット様の商会でわたくしが服飾店を担当することになっている話はもうお伝えしてたと思いますが、その店舗でターゲット様、飼育員様、商人の君様がモデルを引き受けて下さることになりました。飼育員様との口約束ではありますが、言質は頂いておりますのでそこはなんとでもなりますわ、ホホホ」


「これはこれは百合様の大手柄でございますわね、ホホホホホホホ。では、その時に備えて、物資と人員を集めなければいけませんわね。職人やデザイナーの手配等ございましたら、いつでもお申し付け下さいませ。服飾でしたらお姉様のお力も借りることができますし、お兄様は商業ギルドに顔が利きますのでそちらからも職人を紹介できますわ」


「うちは物流や出版、食料品には強いですが、服飾系は伝手が乏しいのでとても心強いですわ。ターゲット様の商会では飼育員様考案のメニューを扱ったレストランも営業をする予定ですので、そちらも人員が必要になってくると思われます。皆様ご協力のほどをお願いいたしますわ。それと、影のお姉様や飼育員様から魔法王国の新たな発見について情報をたくさん頂きましたの。さぁ、それを元にかの国の歴史について考察をいたしましょう。ええ、ええ、ガーランド王の新たな話もたくさんございますので、今宵はターゲット様達の話の他にもめくるめく歴史の神秘に迫っていきましょう」


「ああ、百合様の歴史スイッチが入ってしまいそうですわね。でもいいでしょう、今日は古代の魔法王国の考察をいたしましょう」



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