第580話◆減ると不安になる

 やべぇ……金がない。

 いや、全くないわけではないし、生活するには困らないだけの貯蓄はまだあるのだが、シランドルに行った時以来なんだかんだで食材や素材を買いまくったり、興味を惹かれたものを見つけては買っていたりしてジワジワと散財をしていた。そしてとどめのナナシである。

 これ以上減らしたくないというラインまではいっていないが、次に少し大きな買い物をすると余裕で貯蓄がそのラインを割り込んでしまう。


 これを下回りたくない貯蓄のライン。

 貯蓄としては余裕のあるラインなのだが、そこを下回ってしまうとそのままゼロまで使ってしまいそうな気がして、なんとなくそれ以上は使わないようにしているライン。

 もしもの時のために残しておきたいラインでもある。

 ナナシを買うことになったせいでそのラインがもう目の前である。

 うるせぇ! カタカタアピールしてもだいたいお前のせいだ!


 うむ、真面目に金を稼がねば。

 色々小金稼ぎをしているうちに定期的に入ってくる金もあるが、散財した金額を取り戻すほど大きな額でもない。

 パッセロ商店の稼ぎも一気に入ってくるものではなく、毎週コンスタントに入って来る感じである

 そしてそれらは生活費や素材を買う金に消える。

 騎士団に渡したレシピの使用料も入るようになる予定だが、それはもう少し先だし。

 うむ、働かなければ金が減る一方になりそうだ。


 アベルとカリュオンは家賃を払ってくれているし、食材を持って来ることもあるので、それもじわじわっとプラスになっている。

 三姉妹とラトも畑の世話をしてくれたり、謎の森の土産をくれたりするし、それらの価値を考えると家賃と食費以上のものである。

 しかしラトが持って来るものは、稀少なものだが普通の店だと買い取り拒否をされそうなものばかりである。

 バーミリオンファンガスとかホホエミノダケとかイルミネーションファンガスとかといったやつらだ。

 使えそうな薬草も混ざっているがそれは俺が使うから売らない。


 珍しい素材はやっぱ売らないで収納に入れておきたいものなのだ。

 売ればいい金になりそうな素材は収納にいくつかあるのだが、やはりそういったものは優秀な素材だったり、手に入りにくいものだったりするので、いつか使いたい時に売ってしまって手元に残っていないとなると悔しいのでやはり売りたくない。


 ううーん、肉はいっぱいあるから肉を売るという手もあるが、カリュオンがうちに来るようになったので肉はいくらあってもいいと思う。ワンダーラプター達の餌も必要だしな。

 鉱石や宝石は集めるのが面倒くさいから売りたくないし、薬草は絶対にいつか使う。魔石は日々の生活でも使うし、物作りでも使うからいくらあっても足りない。

 そうなると売れるものといったら、魔物の毛皮や骨、あまり使わない部位ばかりになりたいした金にならない。

 食べても美味しくない肉は売るようにしているが、そもそも生ものなので大量に売ろうとすると買い取り価格が下がってしまう。


 楽してパパパッとすぐに貯蓄を復活させるのは難しそうだなぁ。

 やはり働かなければダメか。

 冒険者ギルドの仕事は嫌いではないが、いざ効率重視で仕事を選ばずやろうとなると面倒くささが先にきてしまう。

 つまり一生懸命働きたくないでござる。



 なんてことを思っても生きていくためには金は必要なので働かなければならない。

 というわけで今日はポーション作り。

 今日はパッセロ商店用のではなく、金持ち冒険者向けの効果の高いポーションも作っている。


 食材ダンジョンに行く前に薬調合のスキルをがっつりと上げたので難しいポーションにも挑戦できる。そこでエクストラポーションを作って一儲けしてやるつもりだ。

 幸い食材ダンジョンでポーション素材もたくさん手に入れたから、材料には困らない。

 しかし食材ダンジョンで手に入れた調合素材は高ランクのものが多く失敗が怖いので、まずは手に入れたものの中ではランクが低めのフェニクック素材から加工していこう。

 といってもエクストラポーション用の素材なので、十分高ランクの素材である。

 持ち帰って来たフェニクック素材を全部ポーションにし終える頃には調合スキルが少しは上がっていそうだし、そうしたらもう少し難しそうな素材も弄れるだろう。


 フェニクックが終わったら、マンドレイクをやってレッドドレイクかなぁ。それが終わったらリュウノコシカケやレッサーレッドドラゴン素材か。

 ああ、亀島で手に入れたドラゴンフロウの変異種や海竜草もあったな。

 この辺りもポーションにするとお金にもなりそうだし、調合も上がって一岩二竜だな。

 リュウノコシカケで魔力回復ポーションを作ってアベルに高く売りつけよう、そうしよう。




「も! なんかにおうも!」

 倉庫の作業場でポーションを作っていると、地下室からタルバがやってきた。

 うちの地下室にモールの住み処からの直通トンネルができて以来タルバがちょくちょく遊びにやってくる。

 だいたい鉱石を手土産にやってくるのだが、雑談に来ているのか、それともおやつを食べに来ているのか、いつもおやつを食べてとりとめのないおしゃべりをして帰っていく。

 アベルがいればアベルと仲良く口喧嘩をしているのだが、今日は仕事で王都へと行っているのでアベルは不在である。


「こないだまで行ってた食材ダンジョンで手に入れた素材をポーションにしているからな」

 窓を開けてやっているが、あれこれ作りすぎて色々な素材のにおいが混ざって作業場の空気がムワッとしている。

 モグラの獣人モールは、暗い地下で暮らしているため嗅覚が非常に発達している。もしかしてトンネルを通ってモールの住み処までにおっていたのだろうか?

「も? 見たことのない素材ばかりもね」

「ああ、ピエモン周辺にはいない魔物ばかりだし、ダンジョン内は環境も違うからな。何か欲しいものがあったら安くしておくぞ」


 地面の中に掘ったトンネルで暮らし、地上にはほとんど出て来ないモール達。地上の物品は、モール達と同じように地中で生活するドワーフ経由で入手しているため、彼らにとって遠くの地のものは非常に珍しく、好奇心をくすぐられるものばかりだと思われる。

 食材ダンジョンでは鉱石系はあまり手に入らなかったが、細工向きの魔物素材は多く持ち帰って来ている。


「も! とりあえず見せてほしいも! レッドドレイクの素材でポーションを作っているってことはその鱗や牙や爪もあるも?」

 お、釣れた。

 ダンジョンの戦利品はメンバーで等分して、俺は素材系はほとんど売らずに持って帰ってきたんだよな。

 レッドドレイクはあのダンジョンで遭遇した手強いボスクラスの魔物に比べればパッとしない印象だったが、それでもAランクの亜竜であるため、その素材はとても優秀である。

 しかもモール達が住むアルテューマの森は緑溢れる場所のため、火属性の魔物はまずいない。いたら、森を守るラトが排除していそうだな。

 よってレッドドレイク素材はモール達にとっては手に入りづらい素材だと思われる。

 ちょうど金欠だしいくらかタルバに買い取ってもらおう。といってもモールとの取り引きは現金ではなく物々交換になるのだが。


「あるある、他にもバハムートとかシーサーペント、それからレッサーレッドドラゴン素材も少しなら出せるぞ。あっ! アベルが粉砕しちまったけど、ダンジョンの敵が持ってた強そうな盾の破片を集めて持って帰ってきたんだった。これこれ、アベル達の魔法を反射するくらい強い盾で、素材はルル石だったけどどうかな?」

「もっ! ルル石も!? 欲しいも欲しいも!! ルル石は珍しいもっ! というかルル石はあまり堅くないから、ルル石を盾にするのは珍しいもね」

「ああ、どちらかというと魔法を反射することに特化した盾だったな。壊れてない盾もあるから少し調べてみたけど、タルバのいう通りルル石だから物理防御にはあまり強くなくて、装備者の魔力を消費して強度を上げる系なんだよな。魔法を反射する時は更に魔力を持っていかれるんだよなぁ」


 あの城で戦ったインペリアルドラゴンが持っていた盾である。一つはアベルの魔法で割れてしまったが、もう一つは無事である。

 誰もいらないというので貰って帰って来たが、性能に癖があり普段使いには向いていないうえに俺が盾をあまり使わないので、そのまま収納の肥やしになっている。

 うむ、いつかそのうち使う日がくるだろう。

 ルル石という素材だけ見ればわりと珍しく、防具には向かないが魔力との相性は良く、魔力への耐性も高いため装飾品には向いている。

 砕け散った方の破片は自分の分を少しだけ残して、後はタルバに買い取ってもらいたいな。チラッチラ。


「もっ! その盾の破片は買い取るもよ。バハムートは角が欲しいもねぇ、シーサーペントは牙と鱗が欲しいもっ!」

「お、まいどっ! シーサーペント素材はたくさんあるから相場より少し安めにしとくよ」

 そう、カメ君のせいで海洋系大型生物の素材が山のようにあるのだ。

 本来なら海上の戦闘になり非常に厄介な相手のため、それらの素材は高値で取り引きされるのだが、ダンジョンでカメ君が小型のシーサーペントをビュンビュン海中から投げて来ていたから、アホみたいにあるんだよなぁ。

 バハムートもカメ君のおかげで合法的にたくさん狩れて、素材が収納の中でたっぷんたっぷんしている。

 しかしあまり纏めて市場に出すと、稀少価値のある素材の値段が下がってしまうのでいっきの放出ができないのだ。

 モール達に売るのなら人間の市場にまでは影響が出づらいだろうし、そもそもモール達が海の素材を手に入れるには、人間市場の相場よりはるかに高い金をドワーフに払うことになるだろう。

 つまり俺達が冒険者ギルドに売る値段でモールに売っても、彼らにとっては激安の部類なのだ。


「ありがとも、ありがとも! 海の素材はドワーフもエルフも手に入りづらいもだから、アイツらからぼったくれるもね」

 可愛い顔をして、その発言はえげつない。


 食材ダンジョンでの戦利品をいくらかタルバに買い取ってもらい、その代金は宝石や鉱石で支払われた。

 鉱石やあまり高くない宝石は自分で使いそうなので残しておいて、高価すぎて自分では使わなさそうな宝石は大きな町で売って現金化だな!!

 よっし、貯蓄が少し回復しそうだぞ!






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