第八章

第565話◆休暇の終わり

「ちょっとおおおおおおお! 何で起こしてくれなかったのおおおおおお!!」


 バタバタ……いや、ドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえて、頭がボサボサに爆発しているアベルが食堂に飛び込んで来た。

 服も急いで着替えたのか、いつもならきちんと一番上まで閉まっているローブの詰め襟もぱっくりと開いている。


「起こしても起きなかったし、後ちょっとってむにゃむにゃ言っているから自分で起きるのかなーって思って?」

 まぁ、どうせ寝直してこうなるとは思ったのだが、起きない奴を起こすのは案外疲れるのでさっさと諦めた。

 そして、壮絶に寝坊をかまして頭がボボボンッてなったままなのもおもしろい。頭毛玉かな!?!?


「あっ! カリュオン、それは俺の朝飯! 今、横取りしようとしたでしょ!?」

「んん? 呑気に飯を食ってる時間はなさそうだから、代わりに食ってやろうかなって?」

「そんな無駄な気遣い入らないよ! あああああ~~、髪の毛が縺れてるうう~、髪の毛も魔法で整えられればいいのに」

「おい、食事の席で髪を弄るな!」

 アベルが椅子に座りながら手櫛で髪の毛を整えているが、やや癖があるうえに猫っ毛なアベルの髪の毛は絡まりまくって、頭のてっぺんあたりで小鳥の巣のようになっている。

 これを直すのは時間がかかりそうなのだが、朝飯と髪の毛、アベルは朝飯を選んだようだ。

 まぁアベルがうちに住み付いてから……いや、王都にいた頃から寝坊の多い奴だったのでいちいち気にしていない。



 今日は冥の月、三ノ竜の日。

 ドリーパーティーの休暇が終わり、再集合の日だ。

 俺は正規のメンバーではないから関係ないけれど、アベルとカリュオンは集合場所であるオルタ・クルイローの冒険者ギルドに向かうことになっている。

 今日は打ち合わせと準備だけして夕方には帰って来るらしいので、俺もヒョコヒョコとついて行って、アベル達が打ち合わせをしている間オルタ・クルイローで買い物をしてこようと思っている。

 将来のために冒険者活動にも力を入れようと頑張っているキルシェも一緒に。というか、正確にはキルシェの装備を選びにだ。

 ついでにオルタ・クルイローの冒険者ギルドで依頼を受けて小金を稼いでこようかなって。

 そーだよ、勝手についてきた魔剣のせいで貯金がごっそり減ったんだよ!!

 ベルトに張り付いてカタカタしても誤魔化されねーぞ!! 使いどころは思いつかないが、そのうち反動がない使い方を思いついて酷使してやるからな!!


 で、ただでさえ寝起きの悪いアベルが休暇中に夜更かしをする癖がついてしまい、昨夜も遅くまでラトやカメ君と遊んでいたせいでこれである。

 現在、鬼気迫る形相で朝飯を掻き込んでいる。そして咽せる。


「あらあら、お行儀が悪いですこと」

「ラトなんかに付き合って夜更かしをするからよ」

「髪の毛を剃っちゃえば縺れなくなりますよぉ」

「なんかとは何だ、何かとは。月見酒は大人の楽しみなのだよ」

「カッカッカッ!」

 あーあ、三姉妹にまで煽られている。

 今日は月の出は夜明けの後だから昨夜は月はなかったけどな。

 アベルと一緒に遅くまで遊んでいたラトとカメ君はわりかし元気でもりもりと朝食を食べている。

「今日は寝坊したから仕方ないの! 昨日は休みの最後だからもったいなくてつい夜更かししちゃったの! それと髪の毛は剃らない!」

 ガツガツと掻き込んでいても、口に入れたものを飲み込んでから喋るあたり、やはり品がいいのか?

 いいや、あの掻き込みっぷりはとても貴族とは思えないな?


「はい、これカメ君のお弁当ね。こっちのクッキーはバロンや子供達と一緒に食べるといいよ」

「カッ!」

 カメ君は週の半分以上昼間はルチャルトラで過ごしているようだ。どうやらバロン達と一緒に過ごしているらしく、海産物や南国フルーツのお土産を持って帰って来てくれる。

 ルチャルトラに行くつもりの日は、いつの間にかカレンダーに亀マークが書き込まれているので、その日は簡単な弁当を作るようになった。

「アベル達は今日は弁当なしでよかったんだよね?」

 今更いると言われても作っていないけど。

「うん、今日はドリーのとこで打ち合わせだから、昼食もそっちになる」

「俺はあったらあったで食うぞおおお?」

 カリュオンは胃袋ブラックホールだから、あったらあっただけ食うんだろ!?

 あれ? ブラックホールって何だ!?

 えぇと、別に何ともないのに眼帯を付けて……違うそれはブラックヒストリーだ!!

 おい、転生開花! 朝から余計なことを思い出させるんじゃねぇ!

「今日はアベル達の弁当は作ってないから、ドリーのとこの飯を食い尽くしてくれ。ってもうこんな時間ー、俺も準備しなきゃ。帰って来て洗うから、食器は各自で台所に持っていっておいてくれ」

「あら? 片付けくらいやっておきますわよ」

「食器を綺麗にするくらいできるから任せなさい」

「ヴェルはお皿を割るからゴミ捨て係ですよぉ」

 三姉妹達まじ女神。家のことをやってくれるのは本当にありがたい。

「助かるう~。でも割れた皿で怪我をしないようにな?」

 皿が割れるより怪我をする方が心配だからな。

 というか皿を割っていたのか……今まで気付かなかったな。


「やば! 急がないと、髪の毛を直す時間がなくなるうう! 朝食いつもありがとう、美味しかった!」

 朝食を掻き込み終わったアベルが、空いた食器を空間魔法で纏めて重ね、それを持って台所へと転移をしていった。

 なんか、レア魔法の無駄遣い感が半端ないけれど、空間魔法便利だな。

「俺もぼちぼち鎧を着るかー。また今夜もここに泊まりに来ていい?」

「ああ、どうせ空いている部屋もあるし、いつでも来てくれ」

 三姉妹達もおもしろバケツのカリュオンのことはお気に入りだし、カメ君もカリュオンのことを気に入っているみたいだし、何よりカリュオンがいるといつも以上に明るい雰囲気になる。

 恐るべしスーパー陽キャ。

「やったね! じゃあアベルといる時はちょいちょい遊びにくるかなぁ」


 慌ただしい朝、気付けば食卓を囲む人数が増え、テーブルが狭く感じる。

 だが、その雰囲気は心地良い。

 新しい家具でも買ってくるかなぁ……ああ、いや、クソ魔剣のせいで貯金がごっそり減ったんだった。

 ベルトでカタカタ震えても、払った金の分だけそのうち働いてもらうし、ちょいちょい魔力を吸っている分もちゃんと働いてもらうからな!!

 ていうか俺も働かないと。


 席を立ち、空いた皿を重ね台所へと向かう。

 台所へ食器を置いた後、洗面所に転移して髪の毛を弄くっていると思われるアベルの大きな独り言が聞こえてくる。

 平和な朝だなー。

 って、俺も髭を剃るから早く洗面所を空けろ!!

 あー、洗面所も増設するかなー?

 カリュオンまでたまに遊びに来るとなったら、洗面所もトイレも風呂も一つなのは不便だよなぁ?

 まぁ、明日以降だな。



 二週間ほどだったアベル達の休暇が終わり、また慌ただしい日々が始まりそうだ。

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