第564話◆亀話:カメ君の休日――参

 町が面白いというか、実は町におやつを貰いにきているだけだろ!? 餌付けされているだろう!?

 むむむ、お前結構人気者なのか? 先ほどから町の女達にやたらと菓子を貰っているな!?

 ホォ? とかいって可愛く首を回しても騙されないぞ! 俺は赤毛のようにチョロくないからな!

 一緒にいる俺にまで菓子を差し出すから餌付けされている気分だな。

 だが貰えるものは貰っておくがな。縄張りの民から供物を貰うのは縄張りの主の特権なのだ。


 ふむ、供物を貰ったのなら礼を兼ねて少しだけ水の加護をわけてやろう。それも縄張りの主の仕事である。

 別に勝手にくれたのだから返さなくてもいいのではないかと?

 そうなのだが、こういうのは返しておくと勝手に感謝して勝手に信仰を始めて、更に色々供物をくれるようになるぞ。

 人間にしろエルフにしろリザードマンにしろなぜか、正体のわからぬものを信仰する傾向があるよな。

 まぁ、信仰――信じて貰えるというのは悪いことではないし、その想いが強ければ力となる。妖精のような存在ならとくにその影響を受けやすいだろう。

 励まされると頑張ろうって気持ちになるだろう?

 ん? 赤毛に励まされて毎日が楽しくなった?

 ああ、アイツは無意識にそういうことするよな。人誑しというか妖精誑しというか竜誑……おっおっおっ、俺は誑し込まれてなんかないぞ!!


 俺は水属性だから水の加護だな。加護といっても短時間水との相性が良くなるただの強化魔法だ。

 そうだな、お前は闇属性と相性がいいようだから、闇なら休息――心も体も休まる属性だ。やりすぎると寝ちまうからやるならほどほどにだな。そうだ、上手いではないか。

 うむうむ、闇を恐れる者もいるが眠る時は暗い方を好む者の方が多いだろう。闇とは恐怖の対象であると同時に安らぎの象徴でもあるのだ。 


「あら、グランさんのとこのフクロウちゃん。あらあら、一緒にいるのはこの間グランさんと一緒にお店に来たカメさんね」

「ホホッ」

 町の屋根の上で住人に貰ったフカフカした甘いパンのような食べ物を、フクロウと並んで囓っていると下から人間の女に声をかけられた。

 よく見ると目の前に見える建物は赤毛について来たことがあるな。この女もその時に見たことあるな。ああ、あのやや非常識なとんでも幸運娘の家族か。


「せっかく遊びに来てくれたみたいだけど、今日はキルシェは冒険者ギルドのお仕事をやりにいっているのよ。ごめんなさいね、お詫びにちょうどリンゴパイが焼けたところだからどうかしら?」

「ホッホッホッ!」

 先ほどまで貰った甘いパンを食べていたのに、まだ貰うつもりなのか。

 まぁ、くれるというなら俺も貰っておこう。

 それにリンゴという果物は好きだぞ。甘味と酸味のほどよいバランスの味で、シャクシャクした歯触りがとても良い。果物のくせに生のままでも、煮ても焼いても美味い不思議な果物だ。

 もちろんそのリンゴを使ったパイは俺も好物だぞ。俺の好物を差し出したお礼に加護をくれてやろう。赤毛の知り合いのようだから少しサービスをしてやろう。

 うむうむ。この建物に暑い日も快適に過ごせる程度に水の加護をくれてやろう。

 ついこないだも非常識な加齢臭が暑苦しい魔力を撒き散らしながら飛んでいったからな。もう変な加齢臭が近くを通っても、この中にいれば、か弱き者でも加齢臭で悪い影響は受けないはずだぞ。

 そうだ、ここは赤毛の知り合いの家のようだし、ここをこの町での俺の拠点としてやろう。というわけで次から時々遊びに来るからな。



 ここを俺の縄張りにすることにしたので、見回りもしなければならないな。しかし、俺は古代竜でありながら冒険者としても活動をしていて非常に忙しい。

 フクロウは毎日町に遊びに来ているのか。町の者からも気に入られているようだし、フクロウを俺の代理としてこの町の管理者に任命してやろう。

 なぁに簡単なことだよ、他所からくる悪いものや災厄を追い払ったり、すでに中にいるそれらをお仕置きしたり排除したりするくらいだな。

 まぁ手間はかかるがその分縄張りは綺麗になるからな。そうすると縄張りに住んでいる者が元気になり、供物が増えて美味し……己の力となるのだ。

 お前も根無し妖精のようだから、縄張りというものに慣れるためにもやってみるがよい。

 うむ、頑張れば俺からも褒美をやるぞ。海か? 海がいいか? そうだ、また海へいこう!



 ではもう少し町を見回ることにするか。

 ん? 行きたい所がある? この町に住んでいる妖精仲間?

 ふむ、いいだろう安全飛行で案内するがよい。


「ワンッ! ワンワンワンワンッ!!」

 随分町の外れまで来たから建物が減って、犬の鳴き声がここまで聞こえてくるな。

 犬は知っているぞ。人間が好んで飼う獣だろう? 主人に忠実でそこそこ賢い奴らだな。 ん?

 あれ? 犬の鳴き声がすると思ったら鳴き声のする方に猫がいるぞ? あれ?

 猫も知っているぞ。野生も警戒心も忘れぬくせに、あざとい行動でチョロい奴らを片っ端から虜にして上手く利用していく奴ら。

 って、犬の鳴き声の猫か……いや、あれは妖精だな。なるほどあれがお前の妖精仲間か。

 火属性の妖精のようだが、このくらいの火なら熱すぎないし加齢臭もしないから可愛いものだな。

 うむ、苦しゅうない。今日からこの地を縄張りとすることにした偉大な俺様だ、よろしく頼むぞ。

 偉大な俺は俺の縄張りに元からいる妖精にも優しいのだ。


「おお、おお、いつもの友達が来たか。まぁゆっくりしていきなされ。今日は別の友達も一緒かい? そうじゃの、今日はイチジクにするかの。朝捥いだばかりのがあるからちょっとまっとれ」

 畑の傍でこちらに向かってワンワンと鳴いている猫の傍にフクロウが降りると、畑で作業をしていたしわくちゃな人間の男が話しかけてきた。

 む? ここでも何か貰うつもりか? イチジクとは話の流れからして果物か? 果物なら大歓迎だぞ!!


 フォアッ!? 何だこれは!? これがイチジクというやつか!?

 リンゴに比べ柔らかそうなので、あまり歯触りには期待できないと思ったのがこれはこれでよい。

 それよりも味だ。よく熟れたもののこの味は何だ!? 甘い!! 酸味はあるが甘味の強さ故に酸味がほどよいアクセントになって、口の中が甘くなりすぎない!!

 いける! 延々といけるぞ、これはあああ!!

 少し未熟な身は歯触りはいいものの味が少し淡泊だな、だがこれも悪くないな。赤毛ならもしかすると、この熟れきっていない実の美味しい食べ方を知っているかもしれない。


 うむうむ、非常に美味かったぞ。礼をつかわそう。

 広い畑に水遣りは大変であろう。イチジクの礼だ受け取れ。俺はデキる古代竜だから、海エルフの生活を観察して畑の水遣りの加減は知っているぞ。それに先ほど花の妖精に内陸部の植物について教わったから安心して任せておけ。

 ふはは、この世で最も水と親和性の高い古代竜の水だ、この畑で育つ植物も喜ぶだろう。

 またイチジクを貰いにくるから、その時はよろしく頼むぞ!


 そういえば人間は短命だったな。この男はしわくちゃなので残っている時は少なそうだな。

 うむ、困った。できれば長く生きてイチジクを貢いで欲しいぞ。

 命に限界があるのは仕方ないにしろ、少しでも長く生きられるようにこの男の家の井戸に水の加護をやろう。綺麗な水を飲んで少しでも長生きするがよい。そしてイチジクをくれ。 ん? フクロウも加護をやるとな? 夜よく眠れるように?

 そうだな、よく眠れば体もよく休まる。もう弱りつつある人間だ、質の良い休息が必要だろうな。


 人間の命は短い。それは変えることができぬ理だ。いや、命というものは長さに差があれど必ず終わる。

 一部の古代竜のように命の終わりが見えぬ者の方が珍しいのだ。俺もそちらの部類だな。 ああ、俺は見送ることには慣れている。だが今までは愛着のあるものがなかっただけで、これからはわからないな。

 お前達はどうだ? お前達も俺と同じか?

 そうか、今までは見送るのが惜しいと思うことはなかったかもしれないが、これからは惜しいものが増えるかもしれないな。

 それがどんな気持ちなのかまだ俺にはわからない。だが人間の命が短いことは知っている。


 だからその短い時間を大切にしてやろう。


 どうせ俺達にとっては瞬きほどの一瞬の時間だ。


 一瞬の時間くらい奴らのために使ってやるのも悪くないだろう?


 ああ、そうだな、その一瞬はきっと大切な――。




 おっと、そろそろ日暮れが近づいてきたな。

 夕食を食いっぱぐれるわけにはいかないから帰るとするか。

 そうか、お前も赤毛の家に帰りたい気分になったか。

 ああ、俺もだ――あっ! けっして赤毛に会いたくなったとかじゃなくて、腹が減ったからだぞ! 飯を食うためだからな!! そう飯だ、飯!!


 飯を食いにうちへ帰るぞーーーーーーーー!!

 

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