第563話◆亀話:カメ君の休日――弐
「ホッホッホッホッホーッ!!」
うむ、海は広かっただろう。
海を見た感動がまだ収まらぬのか、俺の転移魔法で海までピューッとして、少し遊んで赤毛の家までピューッと戻って来たのだが、フクロウのテンションが下がらない。
そうかそんなに楽しかったか。仕方ないまた連れていってやるぞ。
うむ、気持ちよく海で遊んでいたことに加齢臭が俺が島に入ったの気付いたようで、何故か探されているような気がしたから早々に引き上げたのだが、フクロウは随分楽しかったようだ。
いいぞ、海はいいところだ。また連れていってやろう……加齢臭に絡まれそうにない日に。
逃げたわけではないぞ。戦略的撤退だ。アイツは暑苦しい。それに今アイツに捕まると面倒くさいことを頼まれそうな気がする。
例えば樹の世話とか。肥料の加減はリザードマンの子供にでも教えてもらうがよい。
すまんなフクロウ、また後日ゆっくりと海に連れていってやるぞ。その時は島にいる俺のしもべどもを紹介してやろう。
他の場所にも連れていってやってもいいが、長いこと箱庭にいたせいで、どこに転移用のマーキングをしたか忘れてしまってな。
そうだな、赤毛や銀髪もしくは変エルフについて行って新しい転移ポイントを開拓するか。
ん? 何だ? 海の礼に空を案内する? 背中に乗れ? 空は気持ちいい?
空……空……べ、別に俺が竜なのに飛べないのは飛ぶ必要がなかったからだからな!
うむ……俺は海専門だからな。
だが連れていってくれるなら行くぞ。うむ、お前のお気に入りの場所か……悪くないな。
互いのお気に入りの場所を気に入れば、お気に入りの場所が増えるからな。
よし、行くぞ! 俺は空へ行くぞ!!
ふぉ……ふぉおおおおおおおおおおお!!!
空!! これは空!!!!
ヒッ! 高っ!! べ、別に怖くないぞぞぞぞぞぞ……うおおおおおおおお、急に回転やめえええええええ!!!
ああああああああああ!! 空だああああああ!! 俺は空を飛んでいるぞおおおおお!! うおおおおおおおおおお!!!
あ、いや、赤毛が作った空飛ぶクッションを使えば俺も自分で飛べるからな?
しかしあれは制御がいまいち難しいから、こんなに高い場所をスイスイとは難しいからああああああああああああーーー!! いきなり回転はやめるんだあああああ!!!
カーーーーーーーーッ!
おちおちおちおちおちなかったわ……びっくりして変な声が出てしまったわ……。
ふう、もう空にも慣れてきたぞ。……いきなり回転はびっくりするからほどほどにするんだぞ? べべべべべべ別に怖いわけではなくて、びっくりするだけだだだだだ!!
海も広いが空も広い。どちらも広くてどちらも良いものだな。
確かに空にいる奴が自慢をしたくなるのもわからなくはないな。
それをいうと海も、海の底もすごいのだ。まるで暗い夜の星空の中にいるようなのだ。
うん? 海の中に星があるのかと?
いやいや、本物の星ではない。海の深くは光が届かぬ故に夜のように暗く、そこには自ら光る生き物もいるのだ。
それが夜空に散らばる星にも似ていて、触れることのできるほど近い場所にいるのだ。
それがまるで星空の中にいるようでな。
そうだなぁ、海の底にも連れていってやりたいところだが海の底は過酷な環境だから、地上の生き物は海の底に行くことはできぬし、行ったとしても一瞬で死んでしまうからな。
まぁそれは空の上も同じと聞く。
海の底は無理でも、海しか見えない場所で星空を見上げるのも良いぞ。こちらは本物の星だしな。
いいだろう、今度は夜の海に連れていってやろう。そうか、代わりに夜の空に連れていってくれるか。仕方ない、楽しみにしているぞ。
それにしても赤毛の家の傍にある森は思ったよりでかいな。まるで緑の海のようだ。
ふむ、空からだと地上からは見えないものがたくさん見えるな。とくに今日は天気も良いし遠くまでよく見える。
ああ、森の奥にあるでかい緑というか樹の塊。あれがこの森から溢れる魔力、この森を自然とダンジョンの融合物にしてしまっている原因だな。
そのさらに向こうには霞んでいるがもう一つ大きな緑の塊。こちらはこの辺りまで漂ってくるオタク臭の源だ。まぁいい、このオタク臭は関わらなければ実質無害だ。
森のその向こうは薄らとだが山が見える。
おそらく相当な距離があると思われるが、ここから見えるということはかなり大きな山脈なのだろう。その頂きには白い雲が被りその向こうまでは見えない。
そのうち森全体を俺の縄張りにしたいが、今日のとこは見るだけにしてやろう。
さて、今度は森とは反対側を見てみるか。
近くに人間の町らしきものがあるな。ああ、赤毛と銀髪と一緒に何度か行ったな。あの微妙に非常識でやたら運のいいチンチクリンが住んでいる町があそこか。
その町の向こうにはあまり大きくない森にその向こうには山。こちらの山も結構でかい山だな。
ふむ、その向こうからだろうか、何か古臭いにおいがするな。知っているような知らないような。
俺は鼻が利くのだ。その気になれば海の中に零れた一滴の血のにおいですら嗅ぎ分けることができる。
まぁいい、あまり嫌な記憶のあるにおいでもないし、山の向こうなので無理に関わる必要もないだろう。
ふおっ!?
いきなり急降下したどうした? む? 敵か?
ああ、空を漂う不浄の魂の塊を避けたのか。
こんなものが俺の縄張りの上空を飛んでいるのは気に入らないな。ピューッと水鉄砲で消えてもらおう。
ピューッ! 偉大なカメさんの聖なる水鉄砲ですよー!
フハハハハハ! 偉大な俺様はこう見えて……いやどっからどう見ても神にも匹敵する神聖な生き物なのだ! よって聖属性! 俺の水鉄砲は聖なる水鉄砲なのだよ!!
不浄の魂どもめ、偉大な水鉄砲で浄化されるがよい! ピューッ!
どうだ、すごいだろ?
また変な奴が飛んでいたらピューッとしてやるぞ。俺の縄張りの上空だ、綺麗に保つのは当たり前だな。
む? 何かまた来たな。今度は聖属性か。
ああ、珍しい。骨の飛竜に乗り聖衣を纏ったミイラ、あれはリッチ・ビショップだな。ああ、あの手の奴らは昔からいるぞ。
自らリッチという不死者になり、生物としての寿命が過ぎた後も神を信仰する奴らだ。いや、永遠に神に祈りを捧げるため不死の道を選んだ奴だ。なんとも酔狂な奴らよの。
永遠に変わらぬことを続けるというのは、苦痛でしかないというのに。
いや、苦痛だからこそ試練だとして神に祈り続けるのか?
俺とはまったく違う価値観なのだろうな。
フクロウはあれが苦手か?
ああ、お前は闇属性だし、沌よりの魂だからな。聖属性の化身のようなリッチ・ビショップは相性が悪いだろうな。
うむ、安心しろ。何か仕掛けてきても俺が追い払ってやろう。
たかが神に祈り続けるものと、神の代行者としてこの世に現れた古代竜とでは格が違いすぎる。
ん? リッチ・ビショップがこちらに近寄って来たな。何だぁ、やるかぁ?
そうじゃない? ああ、俺の正体がわかったか? ふむ、なかなかわかる不死者のようだな。
してどうする? 俺達にケンカを売るか? 違う? あ、拝んでいく?
う、うむ……まぁ。一応俺もありがたい存在だからな……拝みたければ拝めばいいが、改めて真面目に拝まれると、なんだか落ち着かないな。
海エルフどもにも信仰されていたが、アイツらの信仰は拝むというよりどんちゃん騒ぎに近かったからな。
うむ、拝みたいなら仕方がない。水と聖属性の加護をサービスしてやるから、拝んだら適当に去っていってくれ。
なんというか、お前もたまには自らへの試練を休んで、この世に在るということを楽しめよ。
無限に時があるのだから、たまには立ち止まってこの世にある綺麗なものを見てみるのも悪くないぞ。
お前も俺も。
散々俺を拝み倒した後去っていくリッチ・ビショップの金色の光を、フクロウの背中から見送っていると、眼下に白い渡り鳥の群れが飛んでいるのが見えた。
いつもは海の中から見ていた群れ。
腹いせに撃ち落としたこともあったな。うむ、すまんかった。
俺は今空を飛んでいる。
自分の力ではないが、あの箱庭から出てきたことでできた縁により空を飛んでいる。
あそこから出て、自分だけではできなかったことが、他者の力を借りたくさんできるようになった。
他者の力を借りることに抵抗がなくなった。
かつては不完全な自分が大嫌いだった。だが、今はそれも悪くないと思う。
ん? 何だ? どこかへ行くのか? 町へ遊びに行く?
お前は人間が嫌いじゃなかったのか?
人間は嫌いだけれど、人間の町はそれなりに楽しい?
ほう、そういえば俺は海エルフやリザードマンとは縁があるが、人間とは赤毛一味以外あまり縁がないな。
いいだろう、せっかくだ。あの町も俺の縄張りにしてやろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます