第562話◆亀話:カメ君の休日――壱
俺様は亀である――いやいやいやいやいや、偉大な古代竜である。
名前はクーランマラン。わけあって、子亀のふりをして内陸部の山の中にある小さき屋敷に居座っている。
本来なら海が縄張りの俺だが、ここは居心地がいい。というわけでここを俺の縄張りとする。
縄張りが海ばかりでは飽きるからな、飛び地の縄張りが山の中にあるのも悪くない。
む? 白い奴に睨まれた気がするが知らない。俺はただのカメさんですよ~。
それにここは加齢臭のする島から離れているのもいい。まぁ何か近くに別の加齢臭というかオタク臭の気配があるが気にしない。アイツはこちらから絡まなければだいたい無害だ。
夜はこの山の中の屋敷に寝泊まりしつつ、昼間は加齢臭のする島で小さき生き物に紛れて、その生態を観察している。
この島で冒険者なるものをやってみようと思ったら、いろいろあって珍妙な生き物の面倒を見ることになったのだが、俺様は海のように心が広いので珍獣だろうと子供だろうと木の根っこだろうと、暇潰しに少しだけ世話をしてやることにした。
ふはは、赤いおっさんと違って水属性の俺は植物との相性もいいし、海エルフと少しばかり交流があるので奴らの農作業を見ることもあって、植物の育て方は詳しいのだ。
よいぞよいぞ、珍獣と子供達よ、あんながさつで暑苦しいおっさんより水のように爽やかな俺を敬うがいい。
適度に働いて適度に休息を取る。赤毛はそういって、たまに休みの日を作ってのんびりするようなことをいっているが、だいたい何かしらせわしなく働いている。それは本当に休みになっているのか?
まぁ偉大な俺様は疲れ知らずなので休みなど必要ないのだが、小さき者のふりをするなら、奴らの習慣に合わせてたまには休日というものを作ることにした。
小さき者達の暦で週に二日ほどは加齢臭島に行かず、いろいろな場所を見て回ることにした。 長い間あの忌々しい場所に閉じ込められ、その間に世の中のことにすっかり疎くなってしまった。
あそこに入る前も疎かったなんてことはないぞ、あの頃はただ興味がなかっただけだ。
というわけで今日は休日というやつにすることにした。せっかく新しい縄張りが増えたのだ、今日は加齢臭島には行かずこの新しい縄張りを見回ることにしよう。
なんだ、白い奴がまた睨んでいるぞ。そんなに睨まなくても俺はただのカメさんですよ~。
赤毛の屋敷のすぐ傍には大きな森がある。屋敷の周辺には赤毛関係者以外たいした気配はしないが、森の奥からは何やら遠い昔の記憶にあったようななかったような、なんとなく覚えのある魔力を感じる。
ふむぅ、この森は奥の方はダンジョン化をしているようだな、森の奥の気配と白い奴と三人の幼女の影響か。
こちらは迷子になりそうだし、あまり興味もないので深く立ち入らないことにしよう。といっても、この森も俺様の縄張りということにしたので気が向いたら見回ってやるか。
まずは赤毛の屋敷周辺――敷地内からパトロールだ。自分の暮らしているところくらい把握しておかないとな。
赤毛の屋敷は外見はやや古ぼけているが、中は比較的綺麗に整えられ部屋の数も多く広さも申し分がない。
屋敷の周囲にはやたら広い敷地が広がり、そのほとんどが畑として使われている。野菜ばかり植えているので、もっと果物を植えるように銀髪経由で伝えるか。
そして屋敷の隣には円柱状の塔のような形をした無駄に大きな倉庫、更にその隣にはこぢんまりとした獣舎がある。
倉庫には赤毛について何度か入ったことがある。
入ってすぐ作業場があり、地下室にはスライムの入った水槽がところ狭しと並べられている。赤毛は少し変わった奴だし女っけもないと思っていたが、まさかのスライム愛者だったらしい。
もの言わぬスライムにひたすら話しかけているし、名前を付けている奴もいるし、可愛い可愛いといっているし、人間の趣味はよくわからんな。
スライムなんかより俺様の方が可愛い……いや、俺様はかっこいいだな!
そしてこの地下室の床には謎の扉がある。
赤毛についてこのスライム部屋に来た時は、この扉が開かれることはなかった。
この扉の先には何があるのだろう、ちょっとだけこっそり覗いてみよう。
そ~と、そ~と、扉を持ち上げて~、ただのカメさんがちょっと覗きますよ~。
――パタン。
よくわからない変なキノコがいっぱいおったわ……土の中に通路が続いているようだが、変なキノコがいっぱいおったわ……キノコのくせに目が付いていて一斉にこちらを見たから、びっくりして思わず閉じてしまったわ。
赤毛の屋敷は母屋だけではなく、土の中までモンスターハウスなのか。まったく、人間とは酔狂な生き物である。
地下室の謎の扉は見なかったことにして、次は倉庫の二階と三階の低い温度に調整された食料保存庫の見回りだ。
二階は保存用に加工された肉類が多く置かれて……いや、吊されていてぶっちゃけ不気味である。
三階は冬のように寒い部屋。しかしここには冷たくて甘い食べ物がたくさん保存されている。
銀髪がちょいちょい忍び込んで盗み食いをしているのも知っている。銀髪どころか野生の妖精までもが盗み食いをしている。
赤毛はそれを許しているようだが、やはり盗みは盗みだ。盗人が入らぬよう、俺様が見回ってやろう。うむ、見回りのついでに報酬として、その甘くて冷たい食べ物を少し貰っていくぞ。
これは正当な報酬なので盗みではない。
倉庫の見回りを終えた後は、隣の獣舎の見回りでもするか。
ここには位の低い竜が三匹棲んでいる。
竜といっても太古の竜から進化に進化を重ね、翼を捨て走ることに特化した亜竜だ。
悪くない。己の目的のため、環境に合わせるため、不要なものを捨て進化する。
地上で快適に生きるには大きすぎる必要はないと俺も学び、最近では子亀の姿をしていることが多い。
大きいことはよいことだが、場所や目的に合わせた姿になることは間違った選択ではないのだ。
こいつらも地上で身軽に生きるために、コンパクトで素速い姿になったのだろう。
その進化、俺とは真逆の進化だが、嫌いではないぞ。
うむうむ、そうだ俺はすごい竜だ。お前達よりずっと格上なのがわかるか?
妙な名ではあるが名を貰っているせいか、下級の亜竜だが随分と賢いな。ついでに女神の末裔達の加護も貰っているのか。
本来は下級の亜竜だが、後天的に手に入れたものによりその辺の半端な竜より強くなっているな。
いいぞ、生まれなど関係ない。諦めなければ、成長することもある。
壁を越え成長できるかは必ずとはいえないが、諦めればそこで終わりなのだ。
そうだ、諦めることなくそのまま上を目指すがよい。少しくらいならこの偉大な古代竜のクーランマラン様が応援してやるぞ。
同じ、空を飛ぶことを捨てた竜として。
獣舎で下々の竜達を激励した後は庭の見回りだ。
む、あそこにいるのはいつも畑の世話をしているまだ若い花の妖精だな。
植物の妖精は齢を重ねれば人間に近い姿になるものもいる。とくに花の妖精なら見た目麗しい姿になるものが多い。
まぁ地上の者の麗しさなんて俺にはよくわからないのだが。
この花の妖精も今は個性的な姿をしているが、将来は美しい花になるのかもしれない。
うむ、個性があることは悪いことではないぞ。美しいだけで個性がないよりかはよっぽどかいい。美しくそして個性もあればもっとよい。
見よ、俺のこの綺麗な甲羅とお洒落尻尾を。どうだ、個性的な上に美しいだろう?
うむうむ、若い妖精のくせに俺の美しさがわかるか?
なかなかよい美的感覚を持っている妖精だな。よし気に入った、特別に俺様が畑仕事を手伝ってやろう。
んんんっ? 俺は沿岸部の植物については多少の知識があるが、内陸部の植物にはあまり詳しくないな。うむ、教えてくれるというのならありがたく教わるとしよう。
ここは俺の縄張りだからな、自分の縄張りのことくらい知っておかなければならない。
俺は勤勉な亀……いや、竜なので。
この辺りの植物や気候について教わる代わりに、俺の得意な水魔法を教えてやろう。
うむうむ、植物なら水と相性がいいだろう。ほぉれ、こうやって水鉄砲をピューッとな。
なかなか、上手いではないか。どうやら才能があるようだな、これなら日々練習をしているうちに、更に上達するだろう。
む? 水が好きだけれど火が苦手? いいぞ、水が好きな奴は俺も好きだぞ。
ぬ? 前にも悪い奴が来て火を使おうとして困った?
安心しろ、水は火よりも強いぞ。水を極めれば火など恐るるに足らぬ。火を使う奴には水鉄砲をピューッとするがよい。上達すれば雨をザバーッと、極めれば津波をバシャーッといけるぞ。
ああ、だが火山噴火には気を付けろ。あれは火でもずるい技だ。まぁこの辺りには火山はないようだから大丈夫か。
しかしやはり植物は火に弱いものだからな。
仕方ないな、この鱗を持っておけ。これがあれば人間如きが使う火を恐れることはない。
火だけではない、暑さにも強くなり、雨にも強くなるぞ。
俺は懐の広い古代竜だからな、小さきものにも優しいのだ。たとえ植物だろうと妖精だろうと。
ん? なんだ、お礼?
仕方ない貰ってやろう。
何? 今から作る? すぐできる?
何だそれは? 靴? 手袋?
ほう、植物で作ったブーツと手袋か。なるほど、これを履けば手足が汚れないな。
そうだな、泥が付いたまま家に上がると赤毛に怒られるからな。なかなか気の利くものを感謝するぞ。
よいぞよいぞ、今後も何かあれば俺に相談するがよい。偉大な俺は受けた恩は忘れないからな。何かあれば力も知恵も貸してやろう。
ふむ、畑仕事も一段落したな。
たまには土弄りも悪くないな。土と水は相性がいいからな。
よしよし、ではもう少し赤毛の縄張りの周辺をパトロールしてくるか。花の妖精よ、またな。
ぬ、あれは赤毛の家によく遊びに来ている鳥の妖精か。フクロウとかいう鳥だったかな。
見た目はフクロウだが、人間の子供らしき魂も混ざっている妖精だ。
こやつの用心深く相手を探る眼差し、嫌いではないぞ。知らぬ相手に無防備に近寄るようなチョロイ奴は、厳しい自然界では生き残れないからな。
そして全てを呪うかのようなその魂も悪くない。悪意には悪意で返すのは当たり前だよなぁ。やられたら倍返しくらいでちょうどいいぞ。
だがずっと誰かを恨み続ける、憎み続けるのは案外疲れるからな。息抜きも必要だぞ。
居心地のいい場所でのんびりする。これは、恨みを晴らすだけでは晴れない心を晴らす秘訣だ。
世界は広くて楽しいことがたくさんあるぞ。
まぁ、俺は海以外のことはあまり知らないが、それでも海は広いぞ。
む? 海を知らない?
それはいけないな。よし、今から海へ行くか。なぁに、フクロウ一匹連れて転移するくらい余裕だ余裕。
このことは赤毛や銀髪には内緒だぞ?
いいか、俺達だけの秘密だぞ?
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