第561話◆閑話:あの人は今!?

「おろ? 定休日かぁ? 店は休みでも奥に誰かしらいるもんなのに、人の気配すらないなー。ついにしょっぴかれたかぁ?」


 煌びやかな大国の王都の中の薄汚い一画。俺のようなはみ出し者にはキラキラと眩しい場所よりも居心地良くも感じる、ごちゃごちゃとした汚い町並み。

 その町のとある通りにある怪しい酒場――逆向きの看板は関わったことのある者なら知っている目印。この辺りの破落戸の溜まり場であり、そいつらを纏めている組織の窓口である。

 地元の奴なら、詳しいことまでは知らなくてもここが破落戸の溜まり場だということくらいは知っているので、普通の奴はまず来ない。

 来るのは普通ではない仕事をする破落戸や、そういう仕事の依頼主といった事情を知っている者ばかり。ごく稀に迷い込んで来る世間知らずやよそ者がいるくらいだ。

 そのため、酒場が営業していても中にいるのはその酒場の関係者の破落戸ばかりである。


 普通の奴から見るとろくでもない酒場ではあるが、俺のようなはみ出し者にはこのくらいでちょうどいいし、夜の遅い時間になれば酒が回った破落戸どもが普通では聞けない噂話をボロボロと漏らしてくれる。

 俺も少し前まではこの煌びやかな王都で、金持ちの屋敷ばかりを狙ったコソ泥をしていたが、事情があって今ではコソ泥家業からは足を洗い、冒険者として宝探しを楽しんでいる。

 暫く各地をフラフラとしていたが少し前に王都に戻ってきて、今は王都近郊で冒険活動を満喫している。

 コソ泥稼業だった頃に情報収集に利用していたこの怪しい酒場のことをふと思い出し、立ち寄ってみたのだがどうやら今日は休みらしい。


 逆さまの看板が掛かっている店の中は暗く、人の気配は全くない。

 今日は日没直後に月が早々と沈んでしまった暗い夜。そんな暗い夜の遅い時間でも破落戸が集まる酒場なら営業の真っ最中の時間である。

 俺の知っている限りではたまーに酒場が休みの日はあるものの、それでも店の奥の事務所には誰かしら人がいるのだがその気配もない。

 まぁ、碌でもない奴らの溜まり場で、仕事も法に触れるものがほとんどだったので、それがバレて捕まったのだとしても何も不思議なことではない。

 しかし今までも末端の者が捕まるなんてよくあったが、さすがに店ごと全部捕まったのならどんだけやらかしたんだって話だ。


「ここがハックが行きたかったお店?」

「そこまで行きたかったわけじゃないけど、やってねーなら仕方ねーな。いいかパック、酒場って場所は人が集まる、そして酒の入った奴は口が軽くなる。とくに悪いことをしている奴は、自分のやった悪いことの成功例を自慢したがるんだ。その中にはたまーにおもしれー話や儲け話も混ざってんだ。まっ、情報収集ってやつだなーっと、そのつもりだったが店がやってねーならしかたねーな、他に行くか」

 俺が話している相手は俺の肩の上にチョコンと座る人間の手のひらほどの男の子。その背中にはトンボの羽が生えている。

 ピクシーと呼ばれる妖精だ。

 色々あって俺について来ちまったのだが、なんだかんだでおもしろ楽しく各地を共に旅をしている。


 共に旅をしている道中で度々冒険者ギルドに立ち寄っていると、冒険者に興味を持ち登録をしたいと言い出し、ピクシーの冒険者なんて無理だろうと思ってダメ元でたまたま通りかかった町の冒険者ギルドで尋ねると、王都のギルドでならできるかもしれないと言われ、それをきっかけに暫く離れていた王都に戻ることになった。

 ピクシー冒険者の前例が少なく、その気まぐれな性格のため地方の小さいギルドでは判断しかねると王都のギルドに丸投げされたようだ。

 俺としてもピクシーが冒険者なんて無理だろって思ったが、あてのないぶらり旅だし王都で断られたらこいつも納得すると思い王都へとやって来たのだが……。

 登録できた。

 会話が成立して法と規則を守れれば種族は問わないって、ガバガバ過ぎないか冒険者ギルド!?

 なんかわりと上の方のおっかなそうな奴が出てきて、色々確認されたがなんとかパスできた。ただしこいつが人間の法を全く知らないため、活動条件に俺が一緒にいることが追記された。おいい!?

 いずれ人間の法を学び、従えるようになったらこの条件もなくなるらしいが、その頃には俺は爺さんになっているんじゃねーかな。

 で、登録するのに名前が必要で付けた名前がパック。名前が思いつかなくて冗談半分で適当に言ったら、妙に気に入られてしまいそのままパックに。

 俺がハックだから紛らわし過ぎると思った時にはすでに手遅れだった。


 そんなわけでパックの冒険者ランクを少し上げなければ不便なので、王都に滞在してパックのランク上げをしていた。

 が、ちまちまランクを上げることにパックが飽きてしまい、一週間ほど近くのランクの低いダンジョンに籠もって宝探しを楽しんで、戻って来たのが今日の日没を過ぎた時間だった。

 倒した魔物も合わせてがっぽり稼いで、それらを整理して精算を終わらせると普通の店は閉まるような時間になってしまい、夜遅くまでやっているところで思い出したこの酒場に来てみれば閉店だったっちゅーわけだ。

 くそ、ここなら明け方近くまでやっていると思ったのに。


「このお店、何かすごく嫌な感じがするね。行かない方がいいよ、きっと良くないことが起きちゃう」

 俺の肩の上でパックがトンボ羽をジジジと揺らした音がした。

「悪いこと?」

「うん、すごく強い子の機嫌を損ねたんだと思う、妖精が悪戯した気配が残ってるよ。ここのお店は良くないことが起きちゃう……ううん、もう起きちゃった後かもね。まだその妖精の影響が残っているから、巻き込まれないように暫く近寄らない方がいいと思う」

「ふぅん。ま、店もやってねーし別のとこに行くか。探せば遅くまでやってる店はいくらでもあるからな」

 妖精の感覚や勘は人間よりも遥かに鋭い。こいつらが悪意なく教えてくれることには素直に従う方がいい。

 決して味方とは言いがたいが敵というわけではない。ただし付き合い方を間違えると凶悪な災厄となる。

 俺は短期間でそれを嫌というほど学んだ。

 この酒場は真っ当な店では聞けないような情報が手に入る店ではあったが、ただの宝探し屋になった俺にとってそんな情報は絶対に必要というわけではない。


「君、ここの店の関係者かい?」


 やっていないのなら仕方ないと店を離れようとしたら、不意に後ろから声をかけられた。

 コソ泥なんてやっていたから人の気配には敏感なのだが……いや、あのバケモノ屋敷でその自信は粉砕されたな。


 声の方を振り返ると、長い金髪の男。

 その眩しい金髪も印象的なのだが、それよりも目が行くのが顔の右側を隠す白い仮面。右目の部分には血のように赤い宝石が嵌められている。

 高そうな紺色のフロックコートを纏ったその姿は、この古く汚い通りにいるような者とは思えない。すぐにこいつが貴族だと判断した。


「いんや、昔何度か入ったことがあるだけで関係者ではないな。今日も久しぶりに飯を食いに来ただけだ」

 相手の顎の辺りを見ながら当たり障りのない返事をする。

「そう。そこのお店、潰されちゃったみたいだよ。悪いことして」

「ふぅん。ま、たまに飲みに来てただけの店だし仕方ないな、別の店に行くか。アンタもそんな綺麗な恰好をして、こんなとこウロウロしてると悪い奴に絡まれるから気を付けな。月のない夜にそんなお日様みたいな眩しい髪の毛は目立ち過ぎるぜ」

「お日様みたい? 僕の髪の毛が?」

 適当に茶化して会話を切り上げて立ち去るつもりが何故か食いつかれた。

「ああ、そこだけ明るくて昼間みたいだな」

 これは嘘ではない。やたら眩しい金色の髪の毛、油断すればこの男の印象が全てそれになる。

「そう、お日様? ふふ、お日様……お日様はたくさんの生き物が必要としてるね……ふふ、ありがと」

「ん? うわっ!?」

 何に納得したのかわからないが男が礼の言葉を口にしたと思うと、風が巻き起こり砂埃が舞い思わず右腕で目を庇った。


 そして風がおさまり腕をおろすと、そこにはもう金色の男の姿はなかった。


「何だありゃ? 貴族かと思ったけど魔導士かなんかか?」

 やたら金色が印象的だった男。

 顔を見ないようにしたのはそいつが認識阻害の魔法だかスキルを使っていたから。

 同化という認識阻害系の上位スキルを持つ俺は、他人の認識阻害系のスキルに対しては敏感な方だ。まぁ、あのモンスターハウスでは……いや、あそこを思い出すのはやめよう、自信がどん底になる。

 認識阻害を使って他人に話しかけてくる奴は碌でもない奴、もしくは碌でもない話を持ちかけてくる奴がほとんどだ。そのため俺は警戒して認識阻害の術に嵌まったフリをして、顔を直視しないようにした。

 うっかり髪の毛のことを口にしてしまったが、何故か納得してどっかに行ったし、まぁいっか。


「うっわ、びっくりした。あんな奴も人間の中に紛れ込んでいるんだね」

 いつの間にか俺の服のフードに潜り込んでいたパックが肩へと戻ってきた。

 ん?

「紛れ込んでるって、ありゃ人間じゃねーのか?」

 半分しか見えなかった顔は浮き世離れした美しさで、その言動も人間というより妖精のような気まぐれさを感じた。

「うん、すごく怖い奴。もう会いたくないけど、また会うかもね。はい、これ」

 俺としてももう会いたくねーなと思っていると、顔の横からパックが何か灰色っぽいものを俺の前に差し出した。

「羽? 価値のない羽? なんじゃこりゃ?」

 パックが俺の前に差し出したのは、黒から白にグラデーションをした鳥の羽。

 俺のしょぼい鑑定スキルではそれだけしかわからない。

「わかんない。アイツが残して行ったやつだけど、持っておいた方がいいと思うよ」

 妖精がそういうのなら捨てずに持っておいた方がいいのだろう。価値のない羽を懐へとしまう。

「で、今のアイツは何?」

「う~ん、すっごい怖い奴。でもハックは気に入られたかも?」

 知っているのか知らないのか。いや、自分に興味のないことだから、詳しくは知らないのだろう。つまり聞いても無駄だということだ。


 しかしすっごい怖い奴というのは何となくわかる気がするので、再会を避けるためにもさっさと王都を離れて遠くに行くか。

 気に入られたという言葉も気になるが、男に気に入られても嬉しくない。

 どうすっかな、東から戻って来たばかりだが、王都から離れた東の方に行くか? 北東部でもいいな。

 それとも外国に行くか? 西諸国、海の向こう、いや東のシランドル、その向こうでも悪くないな。


 気まぐれな妖精と気ままにぶらぶらとするだけの旅は思ったよりも悪くない。

 俺とこの小さな相棒と旅をする原因になった赤毛のアイツをふと思い出した。

 まぁ奴なら元気にやっていそうだな。


「ほじゃ、飯屋を探しに行くか」


 通りを歩き始める。


 月のない夜の星がやたらと明るく見えた。




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