第560話◆閑話:お兄ちゃん会議
「ノワもエクシィも急に呼び出してごめんね、どうしても話し合っておかないといけないと思ってね。では今日のお兄ちゃん会議を始めるとしようか」
「そうだね、双子達も大きくなって自己主張が強くなってきたからね。お兄ちゃんの仕事も増えそうだなぁ」
「や、いきなり呼びつけたと思ったらお兄ちゃん会議って何!? ……ですか? 兄上と兄さんは今までもそんなことしてたんですか!?」
「ああ、エクシィはお兄ちゃん会議は初めてだったね。うんうん、今は僕達だけだから昔みたいに気安い話し方でいいよ。そこにいる護衛や側近は置物だから気にしないでね。うん、よそよそしい言葉を使うと未翻訳の本を一冊ずつ渡すことにしようか?」
「無茶なことを言わないでくだっ……言わないで! だからお兄ちゃん会議って何!?」
「ははは、あんなに小さかったエクシィもすっかり大人になってお兄ちゃん同盟の仲間入りだなぁ。お兄ちゃんすごく嬉し……うっ!!」
「意味のわからない暑苦しい同盟に勝手に入れないで! 何なのその同盟!?」
「エクシィ、さすがに僕の部屋で魔法を無意味に使うのはまずいかなぁ。まぁノワが鬱陶しいのはわかるけど、ちょっと我慢しようね?」
「まるで自分は鬱陶しくないと言いたげだが、俺より兄者の方がエクシィにうざがられてるから。エクシィが戻って来た時、兄者より俺の方がエクシィにたくさんあってるから」
「ノワ兄さんは勝手に会いに来てるだけなんだよなぁ、ちゃんと仕事しなよ」
「ノワは仕事を抜け出す余裕があるくらい暇なんだねぇ。もうちょっと仕事を増やしてもいいみたいだねぇ」
「や、忙しい! めっちゃ忙しい! エクシィが巻き込まれたオークション襲撃事件の調査もあるし、セレの誘拐監禁事件の調査もある! あぁ~、忙しい忙しい!」
「そうだよ、忙しいならこんな妙な会議してないで仕事に戻りなよ。あと俺が帰って来た時どこからともなく嗅ぎつけて突撃してくるのもやめてよ」
「そうだね、僕も忙しいしノワもエクシィも忙しいと思うからお兄ちゃん会議を始めるとしよう」
「忙しくてもその妙な会議はやるんだ……」
「んん? エクシィ、何か言ったかい?」
「ううん、なんにも言ってなぁい」
「そうかい、じゃあ最初の議題、セレの今後について。冒険者になりたいっていうのは、確実にエクシィの影響だよね? で、剣の才能があったのは喜ばしいことかもしれない。他国に嫁ぐに当たって自分の身を守る術があるのはいいことだね。でも警備の隙を突いて抜け出すのはねぇ……ノワ? 騎士団どうなってるの?」
「ふぉっ!? そ、その件なんだけどね、実はセレが警備の隙を抜けることができたのは、抜け出す前の日に新人の騎士が落とした配置表を拾ったらしく、それ見て抜け出す計画を立てたみたいなんだ。それで、その日の勤務を調べてみたのだが新人なんていない、いつものメンバーだけだった。初めて見る顔だったから、セレも自分の知らない新人だと思ったらしい。新人騎士は配属された時に義母上とは必ず顔合わせすることになっているんだけど、その新人がいたという日はご婦人達とお茶会でいらっしゃらなかったんだよね。まぁ、それでもちょっと剣を囓っただけの女の子に警備の隙を突かれるとか、鍛え直し確定だねぇ」
「ふぅん、じゃあいつもはいない騎士がわざと配置表を、セレが拾う場所に落としていったってこと? セレがそれを拾って抜け出す計画を立てることを予想して。となると、その後セレが誘拐されそうになったのももしかすると計画の一環の可能性もあるってことだよね? で、一応聞くけど、その新人騎士って特定できたの?」
「さっすが、エクシィ。僕の聞きたいこと全部聞いてくれたね。で、ノワ、そこのとこどうなの?」
「ひっ!? そんな怖い笑顔で詰めなくてもちゃんと話すから。その新人騎士の特定はまだできていない。正確にはセレ以外の目撃がなく、セレも初めて見る顔であまり印象に残ってないらしい。おそらく認識阻害の魔法が使われているね、しかも顔を認識できないということすら認識できない高レベルのものが。で、例の酒場で捕まえて来た奴は尋問中だが契約魔法をかけられてるみたいで、その解除が難航しているからエクシィにお願いしていい?」
「うーん、そのくらいのレベルになると相当な魔法技術を持ってる者になるね。ただの認識阻害なら、ちょっと勘のいい人はその場で顔が印象に残らないことに気付くからね。認識阻害がかけられているという認識すら阻害されるレベルになると、視覚的な干渉だけではなく、精神的な干渉になるし、それらを全く違和感なくかけることができるなんて、魔導士の俺から見ても高い魔法の技術を持つ奴が関わっていると思うよ。もちろん魔法じゃなくて魔道具の可能性もあるけどね。それと契約魔法の強制解除は沌属性だから俺は苦手なんだよねぇ、やってみてダメだったらシルエットを連れてくるよ。それにシルエットなら死人の記憶も覗けるからね、ふふふふふ」
「ああ、ドリアン君のパーティーの魔女さんだね。確か腕利きの薬師だったよね、そうだねもしもの時はお願いをしようかな。お礼はしっかり支払うよ、そうだね報酬は普通では買えない調薬素材でもいいよ。じゃあこの件は引き続きノワが中心で調査を進めて。それから、セレの件についてはセレが冒険者になりたいって言ってること。ノワは登録するだけなら賛成なんだよね?」
「ん、んん……まぁ、うん、登録するだけなら? その先は、そうだねぇ……エクシィはどう思う?」
「うわ、俺に振るの? 登録するだけなら、全く問題ないと思うけどね。仮にまた家出をしてどこか他の町で冒険者ギルドを使ったら、所在がすぐバレるからありといえばあり。でもそれ以上は……うーん、冒険者ギルドのシステムは冒険者にものすごく配慮されているから、規則に従って行動していれば絶対ではないけどほぼ安全だね。でもセレの性格上、規則を守れるか不安があるよね。いや、守る気はあってもここぞという時にやってはいけないことをやりそう、今回の脱走事件みたいに。規則を外れれば危険がたくさんあるし、命に関わることもある。そして無駄に力を持っていると、驕ってしまい油断をしてしまう。冒険者……いや、戦いの経験が少ないほど自分の実力を過信しやすい。それにセレは俺の時と違って希望を持っているだけに、浮かれていて地に足が着いていない」
「エクシィが言うとすごく説得力があるよね」
「兄上、それどういう意味!? 俺は守る気なんかなくて守ってなかったの! わかってて守ってなかっただけだよ! それと権力で冒険者ギルドから情報を引き出すのはやめて!!」
「エクシィはありとあらゆる規則違反をしてたからなぁ。今は隠蔽がすっかり上手くなったけど、今でもこっそりしてるでしょ?」
「まぁ、何度か兄さんに……騎士団にお世話になったことはあるけど、それはグランが原因だったこともあるし。って、そういえばノワ兄さんはなんであの時グランと一緒にいたの!? グランに変なこと言ってないよね!?」
「ああ~、まぁ偶然一緒になっただけだ。ああ、お兄ちゃんは空気が読めるからちゃんとバレないように上手く演技をしておいたよ。もしバレるとしたら、現場の近くでこそこそ隠れてたエクシィの方が先だったんじゃないかなぁ? 窓から頭が見えていたよ。赤毛君の位置から見えない場所だったし、事情聴取で緊張してたのかエクシィの気配にも気付いてなかったみたいだし」
「グランには気付かれてなかったからいいの! それにハイドの魔法を使ってたから気配は完全に消えてたの! ついでにグランが何か変なことしなかった? こないだ騎士団に渡したレシピ以外にも変なもの使ってなかった!?」
「使ってたものはあの三つだよぉ。エクシィの邪魔は入ったけど、とりあえず悪くない条件でレシピを使わせてもらえるしよかったなぁ。いやぁ、よくわからない魔剣君のお手柄だねぇ。そうそう、今はセレの話だよぉ」
「く……、それでセレのことに話を戻すけど、俺は今のままだと反対かな。セレは今、キルシェちゃんという身分を越えた友達ができて浮かれている。ここに来る前に少しあっただけだけど、その浮かれようはよくわかった。今のセレは未来への希望で舞い上がっていて現実が見えていない。さっきの新人騎士の話もそう、セレの脱走が誰かにより意図的に誘導されたものだということに気付いていない。厳しいようだけど、今のままだと冒険者は無理だね。そもそも常識が足りない。警備の隙を突いて一人で抜け出すって何考えてんの? 今までどういう教育してきたの!? 非常識にもほどがあるよ!!」
「いやぁ、さすが十二歳で警備を片っ端から眠らせて家出したエクシィは違うねぇ」
「俺はあの時はまだ騎士団に入ったばっかりで見習いだったけど、そのとばっちりで騎士団全体がめちゃくっちゃしごかれて、魔法耐性の訓練も厳しくなったんだよなぁ」
「キッ! ともかくセレは少し時間をおいて冷静になった後に、ちゃんと常識を教えた上で冒険者というもの……いや、身分が関係ない場所がどういうところなのかを正しく認識してからじゃないと、冒険者としての活動は賛成できないかなぁ。条件次第ではあるけど……そう、信用できるお目付役がいるとか。あ、俺は無理だからね」
「エクシィは信用できるけど、信用できないからなぁ。セレをエクシィに任せるのはちょっと怖いかなぁ?」
「兄上酷くない?」
「ああ、エクシィに任せてセレが変な薬品を投げるようになっても困るからなぁ」
「それは俺じゃなくてグラン! そうだ、いいこと考えた! ねぇねぇ、丁度良いお目付役というか、今回の騒動の罰も考えて丁度良い静養先があるよ。ふふふ、建国からの忠臣で尚且つ王家派の信用もできる家門、それに庶民の生活にも詳しくてセレの教師に丁度いい令嬢がいる家があるじゃないか。怪しい奴が兄上のお膝元にも入り込んでいるみたいだし、掃除する間くらい預かってもらうのもありじゃない?」
「ああ、あの幻の妖精姫のとこか。確かにあそこなら王都から離れているが、父上と母上の影響力はほぼない場所だし、西方の国の手も届かない場所だなぁ。砂漠の国はちょと気になるけど、まぁ海の向こうだしね」
「あそこの家は信用できるし、かの妖精姫は僕の奥さんとも仲がいいねぇ。事業も色々やっているみたいだし、功績もたくさんある。妖精姫とかいわれてるけど、実は冒険者登録もしてるよね? そうだねぇ、あそこの家なら信用もできるし、ちょっと掃除をしている間、リオと一緒に静養に行かせてもいいかもね。あの子達、義母上なしで王都から出たことがないから、学園が始まる前に外のことを知るいい機会だね。そこでセレにまた変化があったら冒険者のことは考えてあげようか。じゃあ次、オークションでのこと」
「あー、あれねぇ……。あの騒動が発生する前にすでに不審者が入り込んで、エクシィの席の辺りをウロウロしてたみたいなんだよね」
「ああ、グランが天井に誰かいるっていってたから、思わず兄上の間諜を真っ先に疑ったよね」
「やだなぁ、僕はエクシィが嫌がるようなことはしないよ?」
「兄者がすでに嫌がられてるから、どっちにしろ手遅れだよね。それで、天井裏に残っていた痕跡から、そいつがエクシィ達が戦ったあのリュウノナリソコナイという生き物の可能性が高い。俺はあの生き物が現れた時の姿を見てないので何ともいえないが、天井裏には人の手形や足跡に加え、トカゲの足跡のようなものも残っていた。人とトカゲがいたのか、それとも人とトカゲの特徴を併せ持つ者がいたのか、その両方から調査中だ」
「ノワほど面倒くさがられてないと思うけど? でも何故そんなのがそこにいたんだろうねぇ……、ただの間諜かそれとも攻撃目的か。知能が低そうな生き物だったということは、やはり何らかの攻撃目的と見た方がいいかな。で、そのリュウノナリソコナイって人型だって報告があるけど、まだ目が覚めないんだよね」
「うん、一応現場に散らかってた肉片や血液も採取して調査中、近いうちに何のキメラかわかると思うよ。まぁ、多分上位の竜種だと思うけど」
「兄上も兄さんもどっちもどっちだけどね。俺はキメラ学はあまり詳しくないけど、混ぜ合わせるもの同士の力に違いがありすぎると上手く混ざらないはずだよ。竜種、とくにランクの高い竜になるほど混ぜた後に拒否反応、生命としての秩序の崩壊が起こりやすい。事情聴取の時に兄さんの部下にも伝えたけど、最上級の部類に属する竜の血液は超高級素材でもあるけど、そのままだと人間にとっては毒にもなるから念のため調査は気を付けた方がいいと思うよ」
「うん、そのことは研究室にも伝えてあるよ。じゃあ次、現場検証中に天井が落ちてきたやつ、赤毛君が不審者を見たってやつね。長い金髪の成人男性に該当するユーラティア貴族はそんなに多くない、そしてその夜王都にいて所在が証明されていない者。調査中だが今のところ該当する者は見つかっていない。それとそいつがいたという辺りには痕跡も残ってなかった。転移系のスキル持ちということも考慮して捜査をしているけど――」
「手がかりは全くないんだよね。まぁ、あそこで転移魔法なりスキルなり使えるってことは、相当な力を持った者、もしくは特殊な力を持った者だよね。ふぅん……、そんな者が何の目的があったんだろうねぇ。まぁいいや、それを調べるのはノワとドリアン君達の仕事だね。エクシィはどうしようか、今回もまたエクシィが狙われたのならダンジョン禁止にしないといけないなかぁ? 次は何を翻訳する?」
「は? 今回はダンジョン関係なくない!? しかも俺は悪くないし!? 翻訳は嫌いじゃないけど、量が問題だよ!! ばーか!! 兄上なんか禿げちゃえ!!」
「よそよそしい言葉は使わないようにとは言ったけど、それはちょっと不敬じゃないかなぁ? はー、昔は可愛かったのに、どこでそんな言葉を覚えてきたのやら、これはやっぱりダンジョン禁止かなぁ?」
「ははは、そんなことをしてたら兄者はもっと嫌われるぞぉ。いいぞ、もっと嫌われろ! あと髪の毛は見えないところからクるから気を付けた方がいいってうちの団長が言ってたぞ」
「ははは、そういうことなら蒸れそうなヘルムを被って仕事をしている騎士の方が危ないんじゃないかな? ほら、髪の毛が不安そうな騎士の数を数えてごらん?」
「あー、俺は魔導士でよかった」
「僕達は何を見せられてるんですかねぇ」
と俺のすぐ横でぼやいているのは、この部屋の主の側近――とある侯爵家の跡取りだ。
あの御方に気に入られてしまった故に、侯爵家の跡取りという立場にもかかわらず、あの御方の側近という形で日々激務に追われている。
外回りでたまにしかここに顔を出さない俺の方がまだマシである。
「おい、気を付けろ、不敬だぞ。聞かれると仕事が増やされるぞ。ただでさえ面倒くさい仕事を押しつけられそうな話が聞こえてきたのに」
湿度の高い兄弟会議に夢中で、部屋の後ろに控えている護衛や側近のことは気にしていないと思いたい。
侯爵家の跡取りと辺境伯の四男――この男と俺では俺の方が地位は低いのだが、実家の領地が隣同士のせいで、子供の頃からの付き合い、そして同じ上司に振り回される仲間としてわりと気安い間柄である。
今も目の前で俺とこの男の実家にさらりと面倒事を押しつける会話が流れていったところである。
「しかし妖精姫ねぇ……うちの妹が……あー、これうちの妹が何かやらかして僕の仕事が増える流れじゃ……」
すぐ横でブツブツと呟く声が、目の前で繰り広げられる湿度の高い兄弟の舌戦にかき消される。
この男の妹は社交界では幻の妖精姫と呼ばれる、まるで美しい妖精の人形のような深窓の令嬢。俺も実物を見たのはもう何年も前だが、そりゃあもう風が吹けば折れそうな儚いご令嬢で、うちの姉や妹とは真逆のタイプで羨ましいったらありゃしない。
しかも、非常に勤勉な女性で複数の産業の発展に貢献をしている才女である。とくにここ数年の製紙産業の大きな発展と平民への紙製品の普及は彼女の功績が大きい。
これだけの功績がある美しいご令嬢なのだが過去に婚約破棄の経歴があり、それ以後はご実家に引き籠もって領民のために尽くしていると聞いている。
先日まで籠もっていたオルタ・ポタニコのダンジョンについての報告で王都に戻って来たら、何故かそのまま上司の護衛に付かされた。
兄弟で内密な話し合いをするために、信用できる者しか傍におけないとかなんとかそういう理由で。
で、その内密な話というのがこの湿度が高すぎる兄弟会議である。
っていうかアベル!? 今回は何に巻き込まれた!? また面倒くさそうな仕事がさらりとこちらに回ってきているぞ!?
「はー、ダンジョンに戻りてぇなぁ……」
しまった、ボーッとしていたら心の声が口からポロリをしてしまった。
いかんいかん、つい先日まで冒険者モードだったから色々緩くなっているな。
まぁ、これも湿度の高い兄弟の舌戦にかき消され……。
「ドリアン君、退屈そうだね? 仕事足りてない? そっちの君も暇そうだねぇ?」
「職務中に私語はまずいんじゃないかなぁ? 訓練所で鍛え直す? 俺が相手しようか?」
「ちょっとドリー、ダンジョンに行くなら俺も行くからね!」
うげぇ! 聞こえてた!
この後、湿度の高い兄弟にひたすら言い訳をすることになった。
そして次の仕事は多分ダンジョンではない。
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