第513話◆キルシェを探して
「すみません、この辺でちっこい亀を肩に乗せた、黒髪の女の子……髪の毛の短いボーイッシュな子を見ませんでした?」
俺と別れた時はキルシェが座っていたベンチに座る親子に声をかけた。警戒されないように超さわやか笑顔で。
「いいえ? 私達が来てからは見てないですね」
「そうですか、ちなみにどれくらい前にここに来ました?」
「そうねぇ……一〇分くらい前かしら?」
「わかりました、どうもありがとうございます」
答えてくれたお母さんに礼を言って、ベンチから少し離れた場所でキルシェを探して周囲を見回す。
しかし屋台に並んでいる間に一般商店も開店する時間になり、広場には先ほどより人が増えており背の低いキルシェを人混みの中から探すのは厳しく思えた。
一〇分か。ちょっと離れたにしては長い時間だな。
トイレかな? トイレの場所を探してウロウロしているうちに迷子、或いはトイレが混雑している。
あ、しまった、田舎のピエモンには公衆トイレなどなく、そういう時はその辺の商店や役所、それもない時は近くの個人宅で借りるんだよなぁ。
トイレならどこかの商店に借りに行っているかもしれないな。もう暫くこの辺りで待ってみるか。下手に動くと行き違いになってしまいそうだ。
せっかく買った料理が冷めるともったいないので収納に入れて、キルシェを待ち始め約一〇分。
やはりキルシェとカメ君の姿は見えない。
ううーん、キルシェ達が何らかの理由でベンチを離れて、その後に迷って元の場所に戻れず広場をウロウロしていることも考えられるなぁ。
綺麗に整備された造りの広場のため、同じような場所が何か所もある。
初めての王都、その人混みの中、少しの間だと思って離れたのはやはりまずかった。
人目の多いこの場所で人さらいや暴漢などはいないと思うし、そんな騒ぎがあれば俺が並んでいた列からでも気付いたはずだ。
それでも予想外の何か変なトラブルに巻き込まれたということもある。
広場を見回せば、警備に当たっている騎士や衛兵、そしておそらく催し物の警備の仕事に就いていると思われる冒険者の姿も見える。
よく見ると私服ではあるが警備員っぽい者も結構目に付く。今日は何か特別な催し物なのだろうか、毎週行われている催し物の警備にしては、俺が知っているそれよりその数が多い気がする。
広場にベンチなんてたくさんあるため、どこか似たような別の場所で待っていることも考えられる。
ダメだ、色々な可能性がありすぎて行動を予測して探すのは難しいな。あらかじめ逸れた時の待ち合わせ場所は決めておいて正解だった。
広場の他のベンチを見て回ってから待ち合わせ場所である冒険者ギルドの食堂へ行ってみよう。
広場から冒険者ギルドはわかりやすい大通りをのんびり歩いて一〇分から一五分くらい。土地勘のないキルシェの足ならもう少しかかるだろうし、近道を知っている俺ならもっと早く到着することができる。
キルシェの方が広場を出て冒険者ギルドに向かっていたとして、俺が広場で少々時間を使ってから追いかけても近道をすれば、待ち合わせ場所でそう長い時間キルシェを待たせることはないだろう。
そう思い広場の似たような場所を見て回り、グルリと一周して元の場所に戻ってきた。が、やはりキルシェの姿はない。
神の日は前世でいう日曜日のような日だ。天気の良い休日のため催し物のある広場はすっかり人が増え、キルシェを探すどころか早足で歩くと人にぶつかりそうになる。
これは、広場でキルシェを探すのは諦めて冒険者ギルドへ行ってしまおう。
そう思いつつ、広場に設置されている催し物の舞台の方をチラリと見ると、今日は何か人気のある催し物のようでやたら人で溢れかえっているのが見えた。
うっわ、人混み。近寄らんとこ。
広場をウロウロしたせいで更に時間が経ってしまったので、裏道を使って近道で冒険者ギルドへ。
ちょっとだけ距離が近くなるし、道は細いが人は少ないので身体強化スキルを使って駆け抜けることができる。
人通りの少ないこちら側の道は看板のない小さな店が多く、なんだが少しワクワクする場所だがあまり治安のいい場所ではない。道を間違えれば更に治安の悪い場所へと行ってしまうので、王都に詳しくない者は使わない方がよい道である。
そんな道を身体強化スキルでピューッと駆け抜けていく。
怪しい薬屋、営業しているのかわからないような古本屋、入るとぼったくられそうな食い物屋に昼間からセクシーなおねーちゃんが客引きをしている店、そんないかにもやばそうな店がやたらと目に付く路地裏の通り。
そこから枝分かれをしている細い道の方に進めば、更に怪しい店や訳ありの店がある方へと行くことになる。冒険者ギルドはそちら側ではないので、細い道の前を駆け抜け冒険者ギルドを目指す。
狭い道なので時々路上に置かれている物を蹴飛ばしたり、道端で寝ている犬の尻尾を踏んだりもしたが、この路地裏では日常茶飯事で誰も気にしない。
うげぇ、うっかり尻尾を踏んだ犬が追いかけてきた!! ごめんて! ほらよ、サラマンダーのジャーキーでも食ってろ!!
って、誰だ! 道に樽をいっぱい転がしているのは!! えぇい、蹴飛ばしてやる!! そぉれ、隅っこの方に転がってしまえ!!
あ、枝道の方に転がっていったな……下り坂だからめちゃくちゃ転がっているけれどまぁいいか、こんなところに樽をばら撒いている方が悪い。
ぎえーーーー!! 路上に馬糞が散らかっているぞ!!
これだから路地裏は……あー、馬糞の上に靴跡があるな、踏んだ人はご愁傷様。靴底にお排泄物が付くと滑りやすくなるんだよなぁ。もちろん俺は靴が汚れるのも嫌だし、馬糞で滑るのも嫌なので馬糞エリアはピョーンと飛び越えていく。
ぬぁ!? 曲がり角を曲がったところに短い丸太が複数転がっているぞ!? 薪にする前の丸太か? こんなところに丸太を置いておくなんて危険すぎるだろ!! 俺じゃなきゃ避けられなかったな!!
この路地裏を通るのはすごく久しぶりだが、相変わらずの散らかり具合になんだかホッする。
綺麗で華やかな王都の表の顔から一歩奥に入った裏の顔。このゴチャゴチャとした少し汚い場所は何だかんだで嫌いではない。むしろ俺のような陰キャはこういう路地裏の雰囲気の方が落ち着くまである。
王都で活動していた頃は時々この路地裏にある店にも来ていたので、この辺りの住人に当時の顔見知りもちょいちょいいる。そんな懐かしい顔とすれ違うと、驚いた顔をしてそれでも手を振ってくれる人もいる。
暫く離れていたのに覚えていてくれた嬉しさに手を振り返しながら路地裏を駆け、冒険者ギルドの裏手に出る。正面に回るのは面倒くさいのでそのまま別館の裏口から建物の中へと入った。
裏口といっても誰でも使える裏口だ。そこから入り別館の一階正面側にある冒険者ギルド食堂ガストリ・マルゴスへ。
「いらっしゃいませー。あ、グランさんお久しぶりです」
店に入ると見知ったウェイトレスのおねーさんがにこやかに迎えてくれた。
昼前のガストリ・マルゴスはまだ客の姿は少ない。店内をざっと見回すがそこにキルシェの姿はなかった。
「やあ、お久しぶり。ちょっと連れと逸れちゃったから、ここで待たせてもらうよ。ついでに軽く何か食べながら待ってようかな?」
キルシェは初めてくる王都で道がわからず、冒険者ギルドまで来るのに時間がかかっているのかもしれない。
何も注文しないのも悪いので軽く摘まみながら、ここでキルシェが来るのを待つとしよう。
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