第512話◆王都は俺の庭

 キルシェはどこに行きたい? これでも元王都の民だから、王都は俺の庭みたいなもんだ。どこでも案内してやるぞぉ~。

 え? 商業ギルド? 今日は神の日だから商業ギルドは休みだな。その辺は地方も王都も一緒だ。神の日は市場や役所、学校、そこをターゲットにした商店はほぼほぼ休みだな。

 神の日だから教会で大きなミサをやっているけれど行くか? あ、宗教は興味ない? だよねー、俺も教会は苦手。話が長くて眠くなるし、かと言って居眠りをすると起こされるからな。

 今日は広場で色々催し物もやっている日で出店もたくさん出ているからそっちに行くかー。催し物が始まるのはもう少し後だけど、気の早い出店があるかもしれないな。そうだな、商店街も近いし広場の方に行ってみるか。


 おっ、思ったより店が出ているな。今はまだそこまで人は多くないが、きっとこれからどんどん人が増えるから逸れないようにしないとな。


 ん? 露店で売っている物の雰囲気がピエモンやソーリスと違う? そうだな、王都は国の西部は西側の国境に近いから東のシランドルの物はあまり見かけないが、西の国の物は結構多いんだ。


 ユーラティアの西側――この大陸の西の端は、かぎ爪みたいな形に海を囲い込むように南側に曲がって、その部分が湾状の内海になっているのだ。

 そのかぎ爪状の部分に、過去にユーラティアから独立した細かい国がいくつも集まってるんだ。

 王都から西に行くとその湾に面した港町があって、その町からの航路からも西側諸国との交易が行われているのだ。

 ん? 陸続きなのになんで海を使うか? 西側にある細かい国々は、それぞれの関係がその時の情勢次第で悪くなったり良くなったりするんだ。だから、陸路では国境が隣接していない海沿いの国とは海路での交易の方が盛んなんだ。


 魔物? 内海だから大型のは少ないらしいな。まぁ、海の魔物は船の上からの戦いになるから、人間には不利だからなぁ……。大型の魔物じゃなくても面倒くさいことには変わりないな。

 ただ湾の出口の海峡周辺には大型のクラーケンの巣窟があって、あそこを船で抜けるのは非常に危険なので、南方の海へは国の南部の町から船が出ているんだ。

 ん? カメ君どうしたの? 

 まぁ、あそこのクラーケンの巣窟は、ちょうどその辺りにある国とユーラティアの関係があまり良くないから、そのままでいいんじゃないかな?

 冒険者ギルドも特に駆除しようとしていないしな。陸路だと途中に複数の国があるし、海路だとそのクラーケンの巣窟を船で通るのが難しいから戦争を起こしようがないんだ。うん、だからあそこのクラーケンの巣窟はそのままあった方が平和なんだ。

 仲の悪い国? 大陸のかぎ爪状になっている先端――半島になっている国だな。まぁ、俺は国際情勢については詳しくないから、そういうのはアベルに聞いた方がいいな。


 そうだなー、屋台で売られている料理もピエモンでは見かけない食材のものもあるな。

 ピエモンは国の東部だから西部の王都とは、食文化にも少し違いがあるな。ユーラティアは東西に横長の国だから、東の方はシランドルの影響が強いし、西の方はユーラティアの古い文化の色が強い。 

 棲息している魔物も違うし、王都の付近にはダンジョンが複数あって、それぞれで難易度だけではなく魔物の傾向も採取できる素材の傾向も違うからな。


 王都のダンジョンが複数あって危険じゃないのかって?

 そうだなぁ、その全てで同時にスタンピードが起こるとやばいな。まぁ、一個でもやばいけど。

 王都は元から人口が多くて仕事も多いから冒険者は集まりやすいし、ダンジョンが複数あるからそれ目的で更に冒険者が集まるからな。冒険者が日々せっせとダンジョンの魔物を狩っているから溢れ出してくるようなことはそうそうないかな?


 そもそもダンジョン内ではダンジョン生物が食物連鎖を築いているので、その数は増えすぎないようにバランスが取れているもんなのだ。ダンジョン内で大きな異常があってそのバランスが崩れたり、原因不明の魔物の大量発生が起こったりすると、スタンピードが起こりやすいと言われているな。

 滅多に起こるもんではないから、その原因は正確には解明されていないんだ。


 まぁ、王都はギルド長を始めとして冒険者ギルドの職員は桁違いに強いし、王都にはランクの高い冒険者パーティーがいくつもある。それに王都を守る騎士団もやべー強いからな。


 ああ、数年前にランクの低いダンジョンで小規模なスタンピードはあったな。その時は王都のギルド長指揮のギルド職員と冒険者の部隊と、王弟殿下が指揮する騎士団の精鋭部隊でスパーンって殲滅していたよ。俺も隅っこでちょっとだけ参加していて遠目に見ていたけれど、ギルド長の部隊も王弟殿下の部隊もやべー強かったよ。

 さすが、ユーラティア王国の誇る騎士団とユーラティア最大の冒険者ギルドの長だな。


 うん? 王弟殿下? 俺もよく知らないけれど、国王陛下には三人の弟がいて、国王陛下のすぐ下の王弟殿下がすごい騎士なんだ。

 王族なのに騎士団に所属して、一般の騎士と全く同じように働いて、実力で昇進している方らしい。俺が王都から出た時は隊長クラスだったと思う。

 俺はその現場に遭遇したことはないけれど、騎士の勤務で時々町の警備にも出ているらしいよ。まぁ、町を警備中の騎士は騎士団規定のフルプレートの鎧で顔の隠れる兜を被っているから、見かけても気付かなそうだけど。

 そんな人だから王都の住民にはすごく人気なんだよね。俺も一回くらい近くで実物を見てみたいなぁ。いや、見ていても気付いていないだけかもしれないな。


 王都にいて王族を見たことないのかって?

 国王陛下が国民に顔を見せるような催し物もあるけれど、そういう時期は人がめちゃくちゃ多いから、王都にいた頃は人嫌いなアベルに引っ張られてだいたいダンジョンに籠もっていたな。それに、そういう催し物の時でも人が多すぎるし、警備で立ち入りの規制もあるから、近くでハッキリとご尊顔を見るのは無理だな。


 他にも王族は――二人目の王弟殿下はすごく病弱という話で公の場には出てくることがない人だなー、これはわりと有名な話だよね。やっぱ一般人が目にすることはない方だなー。語学の方に明るい方らしくて、何冊かその王弟殿下が翻訳した魔導書が冒険者ギルドの図書室にもあったな。なんかすごく覚えにくくて舌を噛みそうな名前なんだよね。


 その下にもう一人王弟殿下がいてキルシェと同じくらいの年じゃないかな? この王弟殿下には双子の妹殿下がいるんだ。まだお若い二人だからこちらも公には滅多に出てこられないし、詳しい情報もほとんど一般には出ていないんだ。

 そそ、あそこの高い場所に少しだけ見えるのが王城。城下町から見ると遠くはないけれど王族の方々に会えることはまずないな。


 む? 何か美味しそうな匂いが……朝早かったから少し腹が減ってきたな。あそこの屋台すげー並んでいるけれど何かうまいものでも売っているのかな?

 ちょっと買ってみるか。俺が並んで買ってくるから、そこのベンチで待っていてくれ。もちろんカメ君の分も買って来るよ。変な人が絡んで来たらよろしく頼むよ。さっすが、頼もしいなー。

 じゃあちょっと、買いに行ってくる!!



 他愛のない話をしながら、広場に並んでいる出店を見て回っている時に漂ってきた美味しそうな匂いに釣られて、長い行列のできている出店に並んでしまった。分厚いパンの間にがっつりと肉が挟んである系かー。

 今日は早起きをして王都に来て、検問の列に並ぶことになったからすでに小腹が寂しくなっている。その時にこの匂い、釣られないわけない。

 これがまた思ったより時間がかかってしまい、途中で諦めようかと思ったのだがすでに半分くらいまできていたので、ここで諦めるのは悔しかったし、何よりいい匂いすぎて腹が減った。

 くそぉ! 絶対に買ってやるぞ!!


 と意地になってしまい、やっと買えた時には三〇分近くが経っていた。

 うへー、待たせちゃったな。カメ君を付けておいてよかったよかった。待たされた分の元を取ろうと思って思わず多めに買ってしまったので、これで許してもらおう。

 お待たせぇ~……あれ?



「あれ? キルシェ、どこ行った?」




 キルシェが待っているはずのベンチに戻ると、そこには知らない親子が座っていた。




 あれ?



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