第514話◆白銀の騎士

「おう、グラン、久しぶりだな。ボーッとしてるけど暇なのか?」

 昼前でまだ人の少ない冒険者ギルド食堂で、チーズがタップリ載ったコカトリスの胸肉のステーキと、フィッシュベアーの肉団子スープをペロリと腹に収めたが、キルシェの姿はまだ見えない。

 間もなく昼飯時なのでそろそろ混雑をする時間だ。そうなるとここに居座っているのも邪魔になりそうだな、と思っていたら料理長のマルゴスが厨房から顔を出した。


「暇ってわけじゃないんだけど、今日初めて王都に来た知り合いの女の子を案内していたら大広場で逸れちまったんだ。それで逸れた時はここに来ることにしてたんだけど、まだ来ないんだよなぁ」

 逸れてから随分時間が過ぎているのでだんだん不安になってきた。

 逸れた後に道を聞きながら冒険者ギルドに向かったとしても、大通り沿いに来ていればもう到着していてもおかしくない時間だ。

 カメ君が一緒にいるので滅多なことはないと思うのだが……キルシェのギフトのことを思うと予想外のことが起きてもおかしくない。

 あー、俺の馬鹿。やっぱ、屋台に釣られたのはまずかった。

 腹が満たされたのもあって、あの時食い物に釣られたのがものすごく悔しくなってきた。


「む、暇なら厨房を手伝ってもらって、その後料理の話でもと思ったのだが、連れがいるのなら仕方ないな」

 昼ピーク時の地獄のような厨房の手伝いは勘弁願いたい。以前何度か手伝ったことはあるが鬼のように忙しく、厨房という名の戦場である。

 マルゴスと料理の話をするのは楽しいのだが、今日は予定もあるし今はキルシェと逸れてそれどころではない。


「それはまたの機会で。逸れてから時間も経って心配になってきたから、もう一度逸れた広場まで行ってみるよ。青い亀を連れた黒いショートカットのボーイッシュな子が来たら、その子だからここで待たせてもらっていいかな? 後で俺が金を出すから何か美味いものを食わせてやってくれ」

「おう、わかった。青い亀を連れた黒髪のボーイッシュな子だな。亀連れなんてそうそういないから見たらすぐわかりそうだな。昼飯時は俺は厨房に籠もってるから、ホールの奴らに伝えておくよ」

 これで俺がキルシェを探しに広場まで戻って行き違いになったとしても、ここで引き留めておいてくれるなら非常にありがたい。


 大通りを通って広場まで行ってキルシェを探してみよう。

 それで会えなければまだ広場にいるか、別のルートを通って冒険者ギルドへ向かっているか、もしくは迷子……トラブルに巻き込まれている可能性もある。

「ありがとう、助かるよ。じゃあちょっと行ってくる」

 マルゴスに手を振り会計を済ませ店を出る。

 昼のピーク時まではもう少し、まだ店はガラガラだ。




 別館を正面口から出て大通りへ。

 大通りは道幅が広く、地面も石畳で綺麗に舗装されており馬車や馬も多く通るため、人は道の左右を通行する。

 裏道はごちゃごちゃと物が散乱しているが、大通りは人が多く広いわりに歩きにくい。

 人が多く大型の馬車も通るため、急いで駆け抜けるとキルシェがいても見落としそうなので、歩きながら周囲に視線を巡らせその姿を探す。


 大通りを道なりにキルシェと逸れた広場に向かうが、キルシェの姿は未だ見つけることができない。

 時々、大きな足音を立てながら馬に乗った騎士が道の真ん中を駆け抜けていく。チャラチャラと鎖帷子を鳴らしながら早足で歩く衛兵の姿も目に付く。

 衛兵の数の少ないピエモンののどかさに慣れてしまったせいか、やたら騎士や兵士が目に付き、そしてせわしなく感じる。

 元からあまり人混みは好きではなかったが、人の喧噪がやたら落ち着きなく感じた。これもきっとすっかり田舎の暮らしに慣れたせいだ。


 そんなことを思いながら大通りを進み、ついに元いた大広場の前まで来たがキルシェの姿を見つけることはできなかった。

 カメ君が付いているが、やはり心配であることには変わりないし、うっかり離れてしまったことが悔やまれる。

 これは、本格的に迷子かトラブルか? 

 広場の中をぐるっと見て回っていなかったから、もう一度マルゴスのところに行って別の場所も探してみよう。

 そう思い広場の中へ進もうとした時。


「キュ?」


 小さな高い鳴き声が聞こえた。

 声のした方を振り返ると、広場を囲う植え込みの陰にエメラルドグリーンのフラワードラゴンがいるのが見えた。

 色合いとその花ような襟巻きのせいで周囲の植物に同化しており、パッと見ただの植物である。鳴き声がするまで俺も全く気付かなかった。


 こんな人の多い場所に珍しいな……ん?


「キュキュキュ」


 俺と目が合ったフラワードラゴンがチョイチョイと手招きをするような仕草をする。その頭の上にはどこかで見たようなゴーグル付きの帽子。


「あーーーー! それカメ君の帽子じゃないか!! お前、どこでそれを!? あ、こら! 待て、この野郎!!」


「キュッ! キューーーーーー!!」


 周囲に人がいるにもかかわらず思わず大きな声を出した俺。そしてその声に反応して広場の植え込みから飛び出し、建物が並ぶ方へと逃げていくエメラルドグリーンのフラワードラゴン。

 端から見ると一人で叫び声を上げた変な人に見えそうだが、そんなことは関係ねえ!! てめぇ、なんでカメ君の帽子を持っているんだ!?


 俺がすぐさまフラワードラゴンを追いかけ走り出す。

 小さいフラワードラゴンは行き交う人の足元をスイスイとすり抜けて、路地裏へと続く道の方へ。先ほど俺が冒険者ギルドに向かう時に通った道だ。

 人を掻き分けながらフラワードラゴンを追い、迷うことなくその道へ。

 こんにゃろぉ! 懲らしめはしないからちょっとその帽子をこっちに寄こしやがれ! ついでにその持ち主のところまで案内しろ!!




 相変わらず散らかっている路地裏の細い道を、チョコチョコと走るフラワードラゴンを追いかけて駆け抜ける。

 うおっと、さっきのわんちゃんまた会ったね! 今度は尻尾を踏まないよ! え? ついて来てももうジャーキーはあげないよ!

 うげぇー、まだ先ほどの樽がそのまま散らかってるぅ。邪魔なやつは今回も蹴飛ばしちまうか。また枝道の方に転がっていったけれど今は急いでいるから、そこが坂道なのが悪いのであって俺は悪くないことにしよう。


「こらあああああああ!! 待て、この野郎おおおおおおおおおお!!」


 うげえっ!? 樽の持ち主か!?!?

 後ろからくぐもった怒声が聞こえた。

「すみません、今急いでるので後で回収して片付けます!!」

 反射的に後ろを振り返ると白味の強い銀の鎧を纏った騎士が表通りに続く道から飛び出してきて、ガチャガチャと音を立てながらものすごいスピードで走って来る。

 あれ? 樽の持ち主じゃない?


 カリュオンの鎧よりは幾分スマートなフルプレートアーマーに、てっぺんに赤い房の付いているバイザー付きのヘルムをすっぽりと被っており顔は見えない。

 鎧のデザインは王都の騎士団のそれだが、房の色と鎧の材質からして位の高い騎士。王都の騎士は自分の装備を、騎士団の規定の範囲内で自分にあったものに改造することを許されていると聞く。ただしそれは自腹になるのでそれなりの高給取りでなければ大きく弄ることはできない。

 デザインは騎士団のものだが、その材質は一般の騎士が使うものとは違う高そうな金属。

 純度の高い魔法銀かなぁ? パーツによっては魔法白金も使われていそうだな。間違いなく金持ちの騎士だ。


 まぁ高給取りでなくても、家柄の良い者なら家の金で装備を弄る者もいると思うが、この騎士のヘルムに付いている房は長い深紅。

 一般の騎士も同じ系統のクローズドヘルムだが、房は付いていない。団長や隊長、班長もしくはその補佐に当たる者のヘルムには房や羽などの飾りが付いている。

 その飾りの種類や色、形状は役職そして所属で違っていた気がするがよく覚えてないな。


 ともかくヘルムに房付きでこの鎧は間違いなく位の高い騎士!!

 樽の持ち主ではなさそうだが、樽を蹴飛ばして坂道に転がしているところを見られちゃったよ!! 何だってそんな階級の高そうな騎士がこんな路地裏にいるんだ!? 表通りでも警備してろ!!


「うおらああああああ!! 止まりやがれええええ!!」

 うわーー、まずううう!! しかしフラワードラゴンを逃がすわけにはいかない!!

「すみません! ちょっと逸れてしまった友人の女の子が何かのトラブルに巻き込まれた可能性があって急いでるんですうううう!! 後で必ず片付けますうううう!!」

 女の子がトラブルに巻き込まれた可能性があるなら、正義の味方の騎士様ならきっと見逃してくれる!! それに俺は間違ったことは言っていない!!

「違う! 君じゃない!!」

 え? 返ってきた返事は予想外。俺じゃない?


「キュ? キュキュキュー!!」


 騎士さんの方を振り返りながら叫んだ俺の横を、ピョンピョンと軽快な足取りでエメラルドグリーンのフラワードラゴンがすり抜けていく。

 あれ? お前、今俺が追いかけていた奴?

 いや、違う。そいつの頭には帽子はなく、代わりに金色の糸で花柄の刺繍の入った赤いリボンをマフラーのように首に巻いている。

 そして俺の追いかけているカメ君の帽子を被ったフラワードラゴンは、更に先の方を走っている。


 なーんだ、俺じゃないんだー。

 って、ええ!? フラワードラゴン二匹? 騎士さんもフラワードラゴンを追いかけているのかな?



「待てこら、フラワードラゴン野郎!!」

 振り返っている間、少し速度の落ちた俺に騎士さんが追いついてきて狭い通路で横並びになる。

 フルプレート装備なのに足はえぇなー、騎士ってすげぇなー。

「いやー、奇遇ですね。実は俺も別のフラワードラゴン野郎を追いかけてるんですよ」

 そんな呑気なことを言っている場合ではないのだが、同じフラワードラゴンを追う者同士、妙な親近感を覚えてしまった。


「む? フラワードラゴンがもう一匹……これはなんという偶然か? ん? おま!? 赤……」

「あ、その先に馬糞が散らかってるので気を付けて」

 騎士さんが何か言いかけたがそろそろ馬糞ゾーンだ。

 高そうな甲冑で馬糞を踏むのは悲惨そうなので、親切な俺はちゃんと教えてあげる。これで樽を蹴飛ばしたのはチャラにしてくれ。


「え? 馬糞!? うおおっ!? あぶねぇ、助かった!」

 馬糞ゾーンをピョーンと飛び越えた俺に続き、騎士さんもピョーンと馬糞ゾーンを飛び越えた。

 ガシャガシャとうるさいが、あんな重そうな装備を着けているのに身軽である。さすが騎士。

 それにしてもどっかで聞いたような声なのだが……王都にいた頃、お世話になったことがある騎士さんなのかなぁ?



 しかし今はそんなことどうでもいい。とにかくあのフラワードラゴンに追いつかなければ。



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