第484話◆匙加減が大雑把すぎる男

「へぇー、弱すぎる攻撃は普通に通過しちゃうんだ、おもしろーい」

「カメー」

「つべたっ! ヒヤッ!」

「当たってもダメージにならないようなものはそのままにして無駄な魔力消費をしない仕組みかぁ? 世の中には賢いローブもあるもんだぁ、そぉれ!」

「このくらいならいけるのか」

「いたっ! いたっ! 無闇に石投げんな! アッ、ジュスト、炎は髪の毛以外の場所を狙って! 念の為!」

 ジュストのローブ――正式名称"混沌の聖衣"の検証を兼ねて、俺は今、小さな氷やら水やら炎やら小石やらをぶつけられている。

 ジュスト以外の奴ら、検証よりどこまでならローブにダメージ軽減されずに俺に攻撃を当てられるかギリギリのラインを楽しんでいるだろ!?

 それも検証!? もう検証とかどうでもよくなってるよな!?


【混沌の聖衣】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

属性:光/闇/聖/沌

素材:魔シルク/骨

状態:良好

耐久:13/18

<付与効果>

魔力耐性上昇A

物理耐性上昇A

シンデモイノチアルヨウニ


 これが俺の鑑定で見えるジュストのローブだ。少し耐久が削れているのは検証で色々攻撃を浴びまくったせいだ。

 物理系魔力系共に一定の強さまでの攻撃を無効化、その無効化のラインを超えるとドラゴンゾンビが出てきてカウンター攻撃をする。これはジュストの言っている通りだった。

 その一定の強さまでの攻撃はまるで何かに吸収されるように消えて、ローブを装備している本人にはほとんど影響がない。少し何かが触れたなーとか、掠ったなーくらいの感覚である。

 よく見ると攻撃が当たる瞬間に透明なバリアが発生している。このバリアが発生した時に攻撃が無効化されるようになっているようだ。

 一定の強さを超えた攻撃をくらうと、このバリアがパリンと割れるのがはっきりと見えその後、攻撃がローブの装備者に届く。しかし、おそらくこの時くらう攻撃は耐性分軽減されていると思われる。

 そしてバリアが割れるとローブの両肩にあるドラゴンの頭蓋骨を模したようなショルダーガードと、腰の両側にあるドラゴンの前足を模したようなレッグガードから沌属性の魔力が吹き出し、それが一メートル半ほどのドラゴンゾンビの形になって相手に体当たりをして消えた。

 うおおおお……カウンターが発生すると痒いっ! ゾワゾワチクチクするううう!!


 カウンターで発動したドラゴンゾンビの体当たりを、カリュオンがスキルも鎧もない状態の体で受け止めて後ろに吹き飛ばされた。この状態のカリュオンの防御力はおそらく普段の俺と同じくらいだろう。

 速度重視の軽装型の装備では結構なダメージをくらいそうだ。

 しかもこのカウンターくらった攻撃の種類や強さでカウンターの種類が変わるようで、今のところ体当たり、爪による引っ掻き、腐敗臭のするブレスを確認している。

 このカウンターが発動すると装備の耐久が一つ減り、約五分間は次のカウンターは発動できないようだ。しかしその間も弱い攻撃は無効化するので、カウンターはなくとも充分強い装備である。

 カウンターが発動しない間に大きな攻撃をくらえば、耐性を超えた分ダメージを受けてしまうので連続で大きな攻撃をくらうと危険である。

 それから攻撃を無効化しても耐久は減るようなので、いくらダメージを無効化、カウンター効果付きの装備とはいえ、やはりそれに頼りすぎるのはまずい。


 検証で装備の耐久が削れてしまったのは、後で修理をしておかないとな。

 カウンターの度に耐久が下がっているので、カウンターでローブの持っている魔力が消費されているのだろう。こっちは魔力を補充してやればもどるだろう。

 綻んだ部分とかはあとで繕っておこう。


 そして、このローブの所有者ジュストすら気付いていなかったことが発覚した。

 なんとこのローブ、弱すぎる攻撃には無効化のバリアが反応しないのだ。

 小石を軽く投げつける程度、水をピューってかける程度、近くで火を燃やす程度の熱。それらにはバリアが発動しない。

 確かに一つ一つはダメージらしいダメージではないのだが、チマチマとひたすらやられるとそれなりに痛いし、痛みは蓄積する。

 弱い攻撃は貫通するということは、チクッと針で刺すとか軽く皮膚の表面を爪で引っ掻くとか、少量の砂や水をかける程度ならバリアが反応しない。

 これはダメージにならないような細かい攻撃による毒や、目潰し、特殊な薬品が弱点になってしまうかもしれない。

 ジュストにはローブの下にはこの弱点をカバーするようなアンダウェアを付けるようにすすめておこう。




「なぁなぁ、加減するから引我応砲撃ってみていい?」

 は? 何言ってんだコイツ!?

 俺に小石を投げるのに飽きたカリュオンが恐ろしいことを言った。

「いいわけねーだろ!! あれは威力が違いすぎる!! 人に撃とうとするな! 人に!!」

「引我応砲って確か聖属性だよね? このローブ聖光沌闇の属性を持ってるけど、ドラゴンゾンビは闇と沌だから強力な聖属性はまずい気がする」

 アベル、よく言った!!

 確かに沌は聖属性に弱い。しかもゾンビとなると聖属性は弱点中の弱点だ、装備の耐久が一気に削れて壊れてしまう可能性もある。

 それに弱点属性だから攻撃の軽減率もさがりそう、つまり俺が痛い。


「そっかー、じゃあちょっとディスペル系の魔法ならいい?」

 ディスペル系とはアンデッドや沌属性の生物に特効性のある聖属性の魔法である。

「まぁ、人間にはほとんど効果のない魔法だし、俺は沌属性の魔力はないのでディスペルなら……。でもローブが使えなくなったらいけないからあまり強烈なのはやめろよ?」

「おう、ちょっとだけだ! チクッとくらい? 任せとけ! いっくぞおおおおおお!!」

 あー、なんだろうこの人間には効かないはずのディスペル系の魔法なのに、何故か嫌な予感するのは。

 や……っちょ!? ちょっとだけって言ったよな!?

 カリュオンの手上でめっちゃ気合いの入った聖属性の光の槍が生成されているのが見えるんだけど!?


「カリュオン? ちょっとそれはまずいんじゃね?」

「カメェ……」

 ほら! カメ君も呆れている!!

「多分大丈夫だ! 引我応砲より弱いから問題ない!! 必殺! ハイエルフ秘伝!! 聖槍ロンギヌス!! もどき!!」

 おい、基準!! なんだそのやばそうな魔法は!! ついでにもどきってなんだ!! ハイエルフ秘伝適当すぎないか!!

「カリュオン、ローブに何かあったら意味がないから手加減はしろ」

 ドリーもそう言っているぞ!!

「大丈夫、大丈夫! 人間には効かないから!!」

 いや、だからローブ!!

「うっわ……、ハーフだからハイエルフの血筋にしては魔力が少ないって言ってたけど、タンクのくせにあんなのほぼ無詠唱で出しちゃうんだ……なんかくやしっ」

 ホント、叫んだだけでやばそうな聖なる槍を出すのやめてくれないかな!?

「ほえー、リヴィダスさんが聖属性の剣を出しているのは見たことがありますが、カリュオンさんは槍ですかー」

 ジュスト、ほえーとか言っている場合じゃなくて、君のドラゴンゾンビ君の危機だよ!!

「いくぜ! ちょっと手加減したかっこいい聖槍アタックッ!! もどきだから問題ない!!」

 問題しかねえええええ!!!

 うっわ……本当に投げやがった!!

 さすが俺の中で大さじの代わりにお玉を使いそうな冒険者ランキングナンバーワン!!


 いかにも聖属性でーす!! みたいな金色の光の槍が俺の方へと迫ってくる。

 ディスペル系の魔法で生きたものには何も害はない、むしろ聖の魔力で身も心も洗われそうなのだが、やっべー厳つい槍の見た目のせいでめちゃくちゃこわい。

 その槍が俺に届く直前、透明なバリアが現れたのが見えた。あれ? これ生き物にはダメージがないのに?


 光の槍がバリアに触れると、そのままバリアを貫通し俺の体まで届いた。やはり装備者にダメージがない攻撃には反応しないようだ。

 槍はそのまま俺の体を貫いていくがダメージは全くない。少し心がチクチクするのは良心の呵責、何かやましいことがある証拠だ。

 強い聖属性の魔力に触れると、自分の間違った行いを悔い改めたい気持ちになる時がある。カリュオンめ、本当に手加減をしたのか?

 なんかやったっけ? あ、バハムートか? それともカメ君をこっそり連れ出したことか? まぁ、そのくらいなら誰にも迷惑はかからないのでセーフ!!


 そして俺を貫いた聖なる槍はそのまま弾けるように光の粒になるが、直後ものすごくムズムズした感覚に襲われた。

「な、なんか出そうっ!!」

 沌属性の魔力が相性の悪い聖属性に触れてイヤイヤしている感じだ。その沌属性がイヤイヤする感じのせいで、俺の体中がざわめく。

 あ、これやばいやつかも。

「カリュオン! 盾でガードしろっ!!」

「え? あんなデカイもの部屋に置いて来た!!」

 だよねーーーー!!

「カァ……」

 カメ君の呆れたようなため息が聞こえて、カリュオンの足元に滑り込み水のバリアが出た。


 それとほぼ同時にローブから感じるムズムズが大きくなり、背後に強力な沌属性の魔力の気配を感じた。

 振り向くとドラゴンゾンビ君。

 あれ? 君、さっきまでのカウンターの時より二回りくらい大きいね? もしかして聖の魔力嫌いすぎてご立腹?

 フシュー。

 俺の疑問を肯定するかのようにドラゴンゾンビ君の骨から沌の魔力が溢れ出し、それが口の中に凝縮されるように集まり、黒い光線になってカリュオンに向かって放たれた。


 やべー、今までで一番強そうなカウンター攻撃だ。

 やや規模は小さいものの引我応砲の沌属性版のような見た目である。黒い光線はちょっとかっこいいな。

 などと呑気なことを思っている間に黒い光線が、カメ君の出した水の盾にぶつかって大きな音を立てて弾けた。

 その衝撃で水の盾も弾けて周囲に霧雨のようになって降り注いだ。明るい朝日がそれを照らし訓練場には小さな虹ができていた。

 ローブから感じていたザワザワが収まり、振り返るとドラゴンゾンビの姿は消えていた。


「カメッ子ぉ、助かったぞおおお!! ちょっと体で受け止めてみたかったけど、カメッ子が助けてくれたのは嬉しいなぁ!!」

「カッ!? カカカカカカメッ!!」

 カリュオンが足元にいるカメ君を両手で掴んで持ち上げて、ものすごい勢いで頬ずりをしている。カメ君はものすごい迷惑そうな顔をしているように見えるな。


「はー、カメ君が助けてくれたからよかったけど、やりすぎだろ!? それに、今のでローブの耐久がごっそり減ったぞ」

 わりと危なかったのに、脳天気にカメ君を構い倒しているカリュオンに呆れながらローブを鑑定すると耐久がごっそりと減っている。


【混沌の聖衣】

レアリティ:S

品質:マスターグレード

属性:光/闇/聖/沌

素材:魔シルク/骨

状態:良好

耐久:3/18

<付与効果>

魔力耐性上昇A

物理耐性上昇A

シンデモイノチアルヨウニ


「ホントだ。普通にカウンターを出した時は攻撃の大小にかかわらず一ずつだったけど、今回は一気に十減ってるね。ドラゴンゾンビだし聖属性が弱点のせいかなぁ?」

 アベルも鑑定したようでその耐久の減りに気付いたようだ。耐久の減った原因は俺も同意見かな。

 今の聖槍ロンギヌスもどき騒動から推測すると、どうやらこのローブは、装備者がダメージを受ける受けない関係なしに、ローブまで攻撃が届いた時点でカウンターが出るようだ。

 聖属性はバリアをすり抜ける、もしくは装備者がダメージを受けない攻撃ならバリアが割れるエフェクトが出ない。

 そしてドラゴンゾンビ君が聖の魔力が嫌いなだけなのか、このローブが聖属性に弱いだけなのか、聖属性の魔力による攻撃にカウンターをすると一気に耐久が減る仕様らしい。ただし、その威力は通常のカウンターよりかなり強力である。


「び、びっくりしました。カリュオンさん、グランさん大丈夫ですか?」

「もちっ」

「俺も大丈夫だ」

 カリュオンはカメ君に感謝して反省しろ!!

「これは聖属性――ディスペル系の攻撃には気を付けたほうがいいかもねぇ。自分は無傷で強いカウンターが出るけどその分装備の耐久も減るから、いざという時に使えなくなるかもね」

「そうだな。まぁ、人間にディスペルを撃ってくるような敵は多分いないけど、他人のディスペル系の魔法に巻き込まれないようにしないとやばいな。アンデッド系の掃討に参加する時にはとくに気を付けろ」

 うっかり、他人の放った広範囲ディスペルに巻き込まれると大惨事になりそうだ。

 アンデッド系と乱戦になった時は人間には効かないからと、周囲の人を気にせずに聖魔法をぶちかます人もいるからな。

「は、はい、わかりました」

 カリュオンがやりすぎはしたが、うっかり発動すると危ない効果に気付けたのはよかった。


「む、検証は終わったようだな、ならばこの場を離れるぞ。少し騒ぎすぎたから姉上が戻ってくるかもしれない……」

 最後の騒動は見物していただけのドリーだが、落ち着きなくキョロキョロとしている。

 でっかい音がしたもんなぁ……、屋敷の中まで聞こえていそうだな。

 朝から、お騒がせしました!! だいたいカリュオンの仕業です!!




「ドリー! なんの騒ぎだ!!」


 アッ!!


 先ほど鍛錬用の広場から去っていったカーラさんが走って戻って来た。


「うげぇ! 姉上! これはちょっと検証をしていただけで、何も悪いことは……、何も壊れてない、誰も怪我はしていない、ちょっと地面が湿ってるだけ! あー、虹が綺麗だなー!! よっし、問題ない!! そろそろ朝飯にいこう!!」

 ドリーは何も悪いことはしていないのにものすごく目が泳いでいる。




 この後、ゲストハウスの皆様にお騒がせしてごめんなさいをした。



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