第483話◆かゆっ!

「参りました……ヒィ。全力でも無理です、ヒィヒィ」

 カーラ様と打ち合いの後だんだんカーラ様の癖もなんとなくわかってきたなって思い始めた頃、わかりやすく顔面を狙った上段回し蹴りの振りが見え、それをそのまま回転方向に受け流すように払った。

 カーラ様が自らの勢いで背中がこちらに向けるかたちになったところで、背中に一撃を入れて一本にしようと思ったら、すぐさま反対側の足で裏回しの蹴りがきた。

 うお!? 今の上段は釣りか!?

 慌てて後ろにステップで回避したら、着地点のタイミングに合わせて、地面に着く瞬間の俺の足先に足払いがっ!

 あーーーー、迂闊なことしたーーーーー!!

 と思った時にはすでに体勢を崩しかけてしまい、なんとか踏ん張ったところにローキックが飛んできて、そこでびびって更に後ろに下がるという第二の迂闊選択。

 こちらが弱気になった時の蹴りってぐいぐい伸びてくるような錯覚がして仕方ない。

 あっ! って思った時にはローキックが内ももに当たって涙目。


 参りました。


 いやぁ、至近距離で上から下まで高速で揺さぶってくる蹴り恐いっす。

 蹴りがそのまま構えの切り替えの流れに組み込まれるようなスタイルから繰り出される攻撃に、足元を狙うにも構えの切り替えが速く足払いを狙わせてもらえない。

 これ、踏み込みすぎると普通に捌ききれない距離の回し蹴りがくるよね。やだ……、あの勢いの回し蹴りとか、ガードだとしても腕で受け止めたくない。つま先……上足底で蹴り込んでくる回し蹴りはこわすぎる。

 すっかりカーラ様のペースに嵌まり切り返しのタイミングを狙っているうちに防戦一方になって、内ももに一発もらってしまった。



「いいや、日頃は武器で戦う君とその場にあるもので戦うスタイルの私とでは条件的に私のほうが有利だったしな。途中からは本気だったが最初は遠慮もあったようだし、それでもここまで粘られるとは思わなかったな。ドリーのいう通りこれは有望株だ。どうだ、オルタで共に国を守らないか?」

「や、俺には国を守るなんてご大層なことは無理っす。のんびり田舎でものを作りながら冒険者をして、俺の手の届く範囲のものだけ守ります」

 ユーラティアの国は好きだけれど、それが忠誠心かといわれるとそうではない。

 ただこの国に俺の故郷があって、冒険者としての拠点があって、そして大切な人がたくさんいるだけで、国そのものに忠誠心があるかといわれるとほとんどない。

 それにやりたいことがたくさんありすぎて移り気な俺に、国を守るなんていうご大層な使命なんて無理だな。


「ははは、確かに君の場合はそのほうが才能を活かせそうだな。その自由な発想と柔軟な思考は、縛られるものがないからこそかもしれないな。弟ともどもこれからもよろしく頼むよ」

 そういってカーラ様はヒラヒラと手を振りながら屋敷の方へと帰っていった。

 なんというかさすがドリーのお姉様というか、ドリーのような暑苦しさはないが武人特有の豪胆さと気持ちよさのある人だった。






「いててててて……、蹴りがメインの相手に迂闊に後ろに下がるもんじゃないな」

 少し変な歩き方になりながら、ハイヒールローキックがもろに当たった内ももをさする。

 もう少しズレていたら致命傷だったかもしれない。こわいこわい。

 思いだしたらヒュッてなる。

「オルタ家の兄弟は相変わらず戦闘一族だね」

「姉上達のアレは俺には止められないからな。まぁグランも満更でもなさそうだったし問題ないかぁ」

「まぁ、ここに泊まった時の恒例行事だな」

 問題あるよ!! 綺麗なお姉様は大好きだけれど、お姉様が強すぎてちょっとヒュンってしたよ!!

 ていうか恒例行事!! 恐ろしい朝練兼歓迎会!!

「僕もたまに鍛えてもらってます。絶対勝てる気がしませんが」

 うん、俺もアレは最初から手加減していなくても勝てない気がする。ドリーとはまったく別タイプの筋肉。

 ドリーが熊ならカーラさんは豹といったところだろうか。


「それはそうとジュスト、アレやろうぜ、アレアレ」

 カリュオンがチョイチョイとジュストを手招きした。

 あー、アレか……。やりたい気持ちや気になる気持ちもわかるのだけれど嫌な予感しかしねーんだよなぁ……。

「リヴィダスがいないからあんま無茶すんなよぉ。物理耐性があるといっても殴られたら痛いだろ」

 そうだよ。殴られたら痛いんだよ!! ジュストを殴るなんてとんでもない。

「そうだね、ジュストはまだ成長途中だからね。グランがそのローブを借りてやればいいんじゃないの? それにジュストが無事なら回復魔法もあるし?」

「は?」

 おい、アベルさらっと悪魔のようなことを言うな。

「ドリーはサイズが合わなそうだし、カリュオンはカウンターを受け止める役のほうがよさそうだし、グランしかいないじゃん。なんだかんだでグランはしぶといし」

 そしてさらっと自分を除くな。

「うむ……残念だな。俺はサイズが合わないな」

「確かにグランなら遠慮なく殴れるな」

 そこは遠慮しろ。

「カッ!」

 カメ君もさりげなく同意しているな!?

「だ、大丈夫です、僕がんばります!! おそらく無効化できなかった分だけしかダメージは受けないはずなので、カリュオンさんが耐性をギリギリ超える程度に加減をしてくれれば」

 どう見ても大雑把。大は小を兼ねるを地でいく男カリュオン。大さじの代わりにお玉を使いそうな冒険者、俺的ランキング圧倒的一位。

 そんな男がそんな絶妙な加減ができるとは思えない。

「やる! 俺がやるよ! ジュスト、ローブを貸してくれ」

 ジュストが殴られるくらいなら、俺が殴られよう。

「ええ、でも……」

「大丈夫だよ、グラン臭くなったらちゃんと浄化してあげるから」

 違う、そうじゃないだろ! 臭くないだろ!!

「じゃあ、グランさんがそれでいいなら」

「ああ、任せておけ」

 ここは先輩の俺ががんばっちゃうもんねー。






 なんて張り切ってもなかなか上手くいかないもので。

「うおおおお……、トントントントン沌属性だわ。見てるだけならわからないけど実際に着けてみると沌属性だわ……めちゃくちゃザワザワする」

「グラン、沌属性の適性低いどころからマイナスに振り切れてるもんね」

 や、さすがに振り切れるほど酷くはないと思うけれど適性が皆無なのは事実である。

 相性の悪い魔力に触れるとその濃さや時間により何らかの不快さを感じることが多い。あまりに強力な魔力の場合、体調を崩すこともある。


 ジュストに借りたローブは、そこまで強くはないが沌属性の魔力を含んでおり、沌属性が苦手な俺はローブを着た直後からめちゃくちゃゾワゾワするような感覚に襲われている。

 素肌にそのまま毛糸のニットを着た時のような感覚が、ローブに覆われている首から足首までしている。

 チクチクゾワゾワ……ああああああああああああ……痒い!! 痒い痒い痒い!! 痒いいいいいいいいい!!


「グランさん、大丈夫ですか? やっぱり僕がやりましょうか?」

 ジュストがわかりやすい困り顔で俺の方を見ている。

 がんばる! 後輩のために俺がんばる!!

「む? そのローブ、身に着けた者の体型にサイズが合うようになっているのか? ならば俺でもいけそうだったな」

 そう、俺が身に着けたらぴったりと俺の体型に合わせたサイズになったのだ。

 そういえばジュストが少し成長したなーって思っていたのに、ローブのサイズは体格に合っていたのはそういうことだったのか。

 つまり、ローブが俺の体格に合わせたサイズに変化する時にも付与がされた魔力が作用する。そう沌属性を含んだ魔力だ。

 あ"ぁ"……体全体を毛糸で包まれて、それに擦られるようなこの感覚……痒い。動くと更に痒い。

 身に着けることはできるが、これを着て活動しろというのは無理というやつだ。痒すぎてまったく集中できない。


「着替えは終わったかー? よぉし、始めるかーっ!」

 ちょっと待て。その肩に担いでいるヤバイトゲトゲ棍棒はやめようか。

「待て待て待て待て! いきなり全力はやめろっ! これはローブの検証であって、全力で殴る会でない。最初は弱い攻撃で、だんだん強くしてどの程度でカウンターが出るか。連続で出るか、威力でカウンターの効果は変わるか、またその威力は物理と魔力による攻撃で変わるかを確かめるんだ。むやみやたらに全力で殴るんじゃない!!」

「ふぇ……グランがものすごくまともなことを言ってる!? 思わず変な声が出ちゃったよ!!」

「カカッ!?」

 失礼な奴だな!! カメ君も素で驚いた顔をするんじゃない!!

 当たり前だろ、ただ殴るだけならカウンターが出るねー、で終わるだろ! それはすでにわかってんだから、詳細を調べないと意味がないだろ!!

 ただ全力で殴るのは検証とはいわない。


「いいか、まずは適度に弱い攻撃からだ。面倒くさくてもそこから少しずつ強くしていくんだ」

「面倒くさいけど検証なら仕方ないな。お、いいこと思いついたぞ! ジュスト、弱い攻撃はジュストがやるんだ。普段攻撃魔法を生き物に撃つことはないだろ? ちょうどいい練習になるんじゃないかな?」

 納得したかと思ったら、なにを言い出すのだこのバケツの中身はっ!

 だが、ジュストの攻撃魔法の練習ならまぁいいか。うむ、攻撃魔法も練習しておかないと、もしもの時咄嗟に使えないかもしれないしな。


「じゃあ、ジュストに任せよう。弱い攻撃から徐々に強くしていくんだ。そうだな、魔法と物理両方試しながらやろう」

 こうして俺がひたすら攻撃を浴びるだけの、検証が始まった。



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