第479話◆浪漫あふれる武器
長いテーブルの一番上座に当たる場所は空席。
そこからテーブルの左右に分かれて一番上座に近い席にアベルとドリーのお姉様が向かい合うように座り、お姉様の隣にドリー、アベルの隣には俺、俺の隣にカリュオンその隣にジュスト。
ドリーの隣にはシルエット、リヴィダスという順で並んでいる。
アベルは気にすることなく挨拶をして、執事さんが引いた椅子にそのまま座っているけれど、俺この場所でいいの?
「席順には深い意味はない、姉上はグランと話したいそうだからこの席順になっただけだ」
オロオロしているとテーブルの向こうからドリーが教えてくれた。
なるほど?
「ああ、君がグラン君だね。弟から話はよく聞いているし、ネイルサロンの件ではバーソルト商会を通して色々よくしてもらったからね。気にせずかけたまえ」
少しハスキーで落ち着いた声色と話し方がすごくかっこいい。
「お、お招きありがとうございます。ドリーさんにいつもお世話になってます。また、ネイルサロンの件ではこちらこそお力添えを頂き大変光栄でございます」
少し緊張しながら挨拶をするとお姉様が満足げにニッコリと微笑んでくれた。
よっし、失敗しなかったぞ!
執事さんが椅子を引いてくれたので腰をかけてテーブルを見ると、俺の席の前には他のみんなの前に置いてあるカトラリーとは別に、小さめの皿とデザート用の小さなフォークとスプーンが置いてあった。
これはカメ君用か!?
カメ君にまで気を遣ってもらえて嬉しいな。
「カッ! カカカッ!」
カメ君も気付いたのか、俺の肩の上で満足そうに頷いた後、テーブルの上にピョンと下りて皿の前に待機した。
人間のマナーなんてカメ君にはわからないと思うけれど、可愛さで許してもらえるはず。
「ネイルサロンは開店からずっと好評で、近いうちに誰でも気軽に楽しめる庶民向けと、新しい武具としての冒険者向けも出店したいと思っている。こちらは男性に好まれるデザインも多く取り入れようかと思ってる。詳しくはバーソルト経由でまたそちらに話が行くので考えておいてくれ。今あるのは富裕層の女性向けの店だけだからな、せっかく見た目も機能もそなえたいいものだ、もっと気軽に誰でも楽しめるようになればよいのではと思う。女性ばかりの店で男性には少々入りづらいと思うが、よかったら店を覗いていってくれ」
「はい、ぜひ伺わせていただきます」
バハムートの解体が終わったら。
順々に出される豪華な料理を食べながら、ドリーのお姉様――カーラお姉様とオルタ・クルイローのネイルサロンについて話をしていた。
カーラ様はドリーより一歳年上のお姉様で辺境伯ご兄弟の五女らしい。なお辺境伯兄弟は四男八女でドリーは下から二番目でドリーの下には妹がいるらしい。
末っ子に近いと可愛がられたんだろうなぁ、うちも弟と妹は何だかんだで可愛かったから、実家にいる頃はせっせと面倒を見ていたし。
上に七人もお姉様がいるなんて羨ましいなぁ、綺麗なお姉様達に囲まれた少年時代とか羨ましさしかない。あれ? ドリーはなんでそんな遠い目をしているんだ?
そのカーラお姉様がオルタ・クルイローのネイルサロンの出資者なのだ。
去年の夏にマニキュア騒動があって、マニキュアの生産と販売に協力してもらっている王都のバーソルト商会が、ユーラティア東部での商業展開のために力を貸してくれたのがオルタ辺境伯だった。
国の西部にある王都が拠点のバーソルト商会が東部まで物品を短期間で輸送するために、オルタ・クルイローに設置されている転移魔法陣を使わせてもらっているのだ。
本来なら高額の使用料のかかる転移魔法陣だが、マニキュア販売とそのサロンの運営にオルタ辺境伯家が一枚噛むことで、転移魔法陣の利用料を安くしてもらったのだ。
その契約を取り付けるのに走り回ったのがアベルというか、コネになってくれたのがドリーだった。
当時はドリーが辺境伯の弟だなんて知らなくて、びびりまくったよね。ただのゴリラクマだと思っていたのに。
そんなわけで、バーソルト商会は東に大きなパイプができて万々歳、辺境伯は王都の大手商会と懇意になることで西部の物品の仕入れ、王都の流行りの流入が早くなり景気が良くなる、俺は不労所得が増える、あちこちいいことばかりだった。
この流れの話し合いはほとんどバーソルト商会とアベルが進めたので、俺はドリー以外の辺境伯家の人とは直接会っていなかった。
俺が平民で貴族に苦手意識があるのと、冒険者と生産者の両立のため、接点のない商会や貴族から俺に生産依頼が直接こないよう、マニキュアの件を含めバーソルト商会に商品化を任せているものは、匿名制作者という扱いにしてもらっているのだ。
俺個人では商業的パイプもあまりないし大規模な生産はできないので、大手工房との取り引きが多く、国内各地に支店のあるバーソルト商会に商品のレシピを渡して、生産と販売を丸投げできるのは非常にありがたい。不労所得万歳。
もちろん人気が出れば、権利の隙間をくぐった模倣品や更に改良されて便利なものも出てくるので、何か新しいものを売り出して好調だからといってその後何もしないわけにはいかない。
技術は常に進化し、需要は変化しているのだ。
「オルタの地は結婚後も働く女性、戦う女性が多くてな、着飾るよりそちらを優先することも多いのだよ。それでもやはり可愛いものや綺麗なものは好きだから、こういう見た目と機能を備え個性を出せるものは非常に嬉しいのだ。とくにネイルチップというのは装飾品と武具を兼ね添えていて、オルタの女性の需要によくあっている」
ネイルチップは樹脂素材で作った付け爪で、裏に吸着系の付与をすることにより着脱可能な仕組みになっている。
使用者の爪の形と用途に合わせた形状で、模様や効果もオーダーメイドできるようになっており、爪の形にコンプレックスがあるとか仕事がら爪を伸ばせないとかといった女性に人気がある。
付与で気軽に着脱できるためアクセサリー感覚で付け替えができ、チップのサイズを小さめにすれば指先の動作を妨げることなく付与効果を得られるので、女性だけではなく男性にも愛用者が増えつつある。
サイズ的に一つ一つは大きな効果はないが、手足の全てを合わせると全部で二十箇所に装着できるとなると塵も積もれば山、バカにできない効果になる。
「そういえば、戦う女性向けに爪というか指先に仕込む武器を考えてたんですよ」
そうそう、爪といったらやっぱこれだよな。
「何? それは面白そうだな」
「まだ耐久と安全性の問題が山積みで実用には時間がかかりそうなのですが、魔力で伸縮可能な素材を使ったネイルチップで、魔力を通せばシュッとチップが伸びて小型の武器になるって……」
「おい、こら! そんなお手軽な暗器は警備上の問題が山積みになるから、世に出す前に絶対にアベルに一度相談しろ! アベルもその後俺に報告しろ!」
「そうだね、あらかじめこういうものがあるって、警備側に周知させないと武器の類はまずいね」
思いついた隠し武器案を披露しようと思ったら、ドリーに止められた。
そうだな、よく考えたら人が集まる場所で付けていても違和感のない隠し武器はあぶないな。
大きな施設や身分の高い人の集まる場所では、入り口で鑑定スキルや魔道具で厳しい持ち物チェックがされる。
それでも、あまり知られていない武器は見落とされることもある。
暗器系の扱いには気を付けなければいけないな。
爪がミョーンって伸びる武器で戦うかっこいいお姉様に浪漫を感じて考えたのだが浪漫より安全性だな。まぁ、強度や安全性の関係で完成はしていないけれど。
「そうだな、確かにそういうものは表に出すのはまずい。しかし、自然に持ち歩ける武器は警備上でも必要とされる。もし実用レベルになった場合ぜひ見せてもらいたいものだな」
「姉上は自分が使いたいだけでは」
「まぁ、そうだな。私も辺境伯の一員故、身分の高い女性を自然に警護するような場面もある。自然に持ち歩ける武器を常に追求しているのはお前も知っているだろう」
「まぁ、そうではありますが……ほどほどに」
「グラン? 出来上がったら一度俺に見せてね?」
「お、おう」
危険性はあるが必要とする場所もあるみたいだし、難しいことはアベルに相談しよう、そうしよう。
この後、食事をしながらカーラ様とスタイリッシュでかっこいい暗器の話で盛り上がった。
やっぱ、隠し武器ってかっこよくて浪漫なんだよなぁ。
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