第478話◆辺境の一族

 辺境伯――それは国境を守るという重要な役割を持つ家門。

 貴族が武力を持つことに制限があるこの国において、防衛のため王家と同等、もしかするとそれ以上の武力を持つことも許される家門、それが辺境伯だ。

 そのため辺境伯の貴族内での権力は強く、階級的には王家以下公爵、侯爵、辺境伯という順ではあるが、下手な侯爵より辺境伯のほうが力を持っている。

 国の防衛という生命線を握っているとなれば、場合によっては王族の親戚になる公爵家よりも発言力があるのかもしれない。

 

 国土が横長のユーラティアは北と南は海に面し、東と西は他国と接しているため、その東西に辺境伯と呼ばれる家門の領地がある。

 その辺境伯の東のほう――オルタ辺境伯領が今俺達のいる場所でありドリーの実家である。

 東の隣国シランドルとは長年の友好国であり、その国境は北側には険しい山脈、南側には幅の広い川があり長年戦争は起こっていないが、それは国境に安定した武力を持つオルタ辺境伯がいるという理由もある。


 西側の国境にも別の辺境伯家があるがこちらは陸続きで、過去にユーラティアから独立した小国が複数あり、小国同士で小競り合いもあり少し緊迫した地域だ。

 こちら側は王都が近いことがあり、西の辺境伯家と王家で西の諸国を牽制している状態だ。

 辺境伯の"辺境"は田舎という意味ではない。


 王都から乗合馬車を乗り継ぎながら来ると、半月はかかるオルタ辺境伯領だが決して田舎ではない。

 オルタ辺境伯領は国境を守る地でだがそれと同時に、隣国との交易の窓口でもある。

 ユーラティアの中心部である王都ロンブスブルクより、シランドルの方が近いことがあり生活様式や文化はシランドルの影響が強い。

 ユーラティアとシランドルの文化が混じり合い、そして輸出入の窓口となっているため、王都から遠く離れた地であっても非常に栄えている領だ。少しだけ王都に近いピエモンのほうが田舎らしい田舎である。


 そのオルタ辺境伯領の領都が俺達のいる城塞都市オルタ・クルイロー。

 食材ダンジョンのすぐ近くの町がオルタ・ポタニコで、オルタ・クルイローから北に向かった先の山岳地帯の町だ。

 そしてオルタ・クルイローから大きな街道沿いに東に行けば交易都市オルタ・ポルタ、俺達がシランドルに行った時に通った大きな川沿いにある国境の町だ。

 シランドルからオルタ・ポルタに入って来た輸入品や、食材ダンジョンを始めオルタ辺境伯領のダンジョンから産出されたものはオルタ・クルイローに集まってくる。

 そしてオルタ・クルイローには王都と繋がる転移魔法陣もあるため、少々高くはあるがユーラティア西部の物品も入って来る。そのためオルタ・クルイローには様々な物品を扱う店が並び、ユーラティアとシランドルの文化が混じり合い、王都ロンブスブルクとは少し雰囲気の違う活気ある町となっている。


 オルタ辺境伯領は領地の半分以上が山岳地帯であり、川沿いの平野部以外はあまり農耕に適していない土地だが、山岳部には有益なダンジョンと宝石や稀少鉱石の鉱山が複数ありそれらがオルタ領の主な収入となっている。

 耕作地が少なめで農作物はシランドルや近隣の領に頼っていたオルタ辺境伯領だったが、食材ダンジョンが発見されたことにより最近では食糧問題も解消されつつあるらしい。

 食料にダンジョンに鉱山に、オルタ辺境伯領なんでもありすぎだな? ないものって海くらいか?

 

 そんなすごい辺境伯家は武闘派貴族であり、国境を守るという責務を背負っており、それを果たせるだけの力を必要される一族。

 つまり戦闘一族。

 筋肉教のドリーを見ればすごくわかりやすい。

 そういう役目がら、若くして命を落とす者も多いため、妻を複数迎え多くの子を儲ける家系らしい。

 へー、ドリーも将来は奥さんをたくさん囲うのかー。え? なんでそんな遠い目をするの?


 ユーラティア王国では一夫多妻も一妻多夫も認められている。それだけの甲斐性があれば。

 経済的に可能でも俺には絶対無理だな……。何人も同時になんて俺には器が足りる気がしないし、俺は一途なタイプだしぃ?

 まぁ、まず一人目すらいないんですけどね!!


 ドリーのお父様――前オルタ辺境伯も三人の奥さんがいて、ドリーも異母兄弟合わせて十人以上いるとかなんとか。

 うちより多いな!?

 貴族の家系でそんなに兄弟いて後継争いとかならないのかな?

 え? 女兄弟の方が多い? その女性も含めて当主はガチ勝負の殴り合いで後継者を決めた? いや、辺境伯の後継者の決定方法が筋肉すぎないか? 一応当主の資質やらと頭の良さも考慮されるがそこは足りない分は兄弟や補佐役? 完璧な人間なんていないから、足りない部分は補い合う?

 うん、それはよくわかるけれどその前が……筋肉主義いいい!!

 ってつまり現辺境伯様はドリーより強い? え? なんでそんな遠い目をするの!?

 アベルはドリーの兄弟に会ったことあるの? え? なんで目を逸らしたの!?

 リヴィダスとシルエットもなんで聞こえないふりするの? カリュオン、なんで苦笑いしているの!?

 やっぱ国境を守る一族だからみんなやべー強さなのか……。


 そんな辺境伯家の事情を馬車の中で聞きながら到着した、オルタ・クルイロー城内のゲストハウス。

 到着するなり大貴族の屋敷らしい出迎えを目撃し、ドリーが威厳たっぷりで馬車から降りて屋敷に向かったかと思うと、ものすごくかっこ良くてものすごく美人なお姉様がドリーを引っ張って連れて行ってしまった。

 なんかこう、調教師に連れられていく子パンダみたい。


 ドリーが連れて行かれてしまいポカーンとしてしまったのは俺だけ。

 他のメンバーはここに来るのは初めてではないらしく、この光景にも慣れているようだ。

 そっか、慣れるくらいには恒例行事なんだ……。


 ポカーンとした後はいかにもな執事さんに案内されて、今日お泊まりをする部屋に。

 本当は一人一人別の部屋だったようだが、アベルが俺を初めての場所で一人にするのはヤバイと言いだしてアベルと同じ部屋になることになり、一人だけハブられるのは嫌だとカリュオンも同じ部屋がいいとか言いだし、三人とカメ君で同じ部屋にしてもらった。

 すみません、せっかくお部屋を用意してもらってのいたのに、いい大人の二人が我が儘言ってお手数をおかけします。

 お詫びのシーサーペントとクラーケンの干物です、お納めください。

 たくさん作っておいてよかったシーサーペントとクラーケンの干物。



 案内された部屋はバスルームが付いていて自由に使っていいとのことなので、食事前にシャワーですっきり。

 解体作業は肉体労働だし血生臭くもなるしで、食事の前にすっきりできてよかった。

 部屋は複数の部屋がリビング状の部屋から扉を挟んで繋がっており、三人同室だと言っても寝室は別々である。

 もう一つ空いている部屋があるから、ジュストが来るならジュストも一緒がいいな。

 また寝室とバスルームの他に、仕切られて見えにくい場所に簡易的なキッチンもある。これはおそらく部屋付の使用人が客人にお茶や軽食を用意するためのものだろう。

 ここも好きに使っていいと言われているので、後でなにか簡単なおつまみでも作ろうかな。



 シャワーを浴びてすっきりした後、お貴族様のお屋敷の食事なんて何を着ていけばいいのかすごく困ったのだが、カリュオンが鎧の下に着るアンダーウェアの上にそのままシャツを羽織っているのを見て、俺も汚れていないシャツに着替えただけのラフな恰好で行くことにした。

 カメ君も一緒でいいらしく、カメ君には前掛けを兼ねて綺麗な布をスカーフのように首に巻いてあげて俺の肩の上へ。

 カリュオン曰く、何度かここに泊まったことはあるが堅苦しいことは要求されないので、お金持ちの依頼主と仕事をする時くらいの感覚で、かしこまりすぎなくて大丈夫だそうだ。

 カリュオンがかしこまっているところなんて見たことがないから信じていいのかわからないけれど、とりあえず常識の範囲内でかしこまりすぎなくていいということだろう。


 着替えを終えた頃に使用人さんが呼びにきたので案内されて食堂へ行くと、俺達が最後だったようでパーティーのメンバーはすでに揃っていた。

 やべ、こういうのって身分の高い人より先に席に着いておかないといけないやつでは!?

 この場合ドリー? でもドリーはすでに席に着いている。もしかしてこれはマナー違反では!?

「難しいことは気にしなくていいよ」

 俺が少しそわそわしたことに気付いたアベルが、小声で言った。

 貴族のマナーはアベルが詳しそうだし、アベルがそういうのなら大丈夫だろう。


 そして俺がそわそわしたのには更に理由がある。

 パーティーメンバー以外の姿も見えたからだ。

 ドリーのお姉様!!

 そしてジュスト!!


 長いテーブルの一番下座に座っているジュストと目があって、ジュストの目が少しキラキラした気がする。

 久しぶりに会えて嬉しかったのは俺だけではないようだ。








※明日と明後日は更新をお休みさせていただきます。水曜日から再開予定です。

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